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その1 驚愕する侍女

◇◇◇◇◇◇◇◇


「ランピーニ聖国友好使節団主催の招宴会への案内状ですか?」


 ミロスラフ王国王都ミロスラフ。その町中のある高級宿で、マチェイ家当主シモン・マチェイは聖国使節団のメイドから直々に案内状を受け取ることになり、困惑の表情を浮かべていた。


「あの、ヴラーベル家の当主ではなく、なぜ私に?」

「そちらにも同じ案内状が届けられております。こちらは下士位の方々への案内状でして」


 ああ、なるほど。シモンは納得して頷いた。

 ヴラーベル家はマチェイ家の寄り親だ。

 この手の催しで上士位だけではなく下士位の家も招待されることも無いわけではない。珍しいことではあるのだが。

 ちなみにその場合、屋敷の中庭が下士位の者に開放されることが多い。


「お嬢様もぜひにと王女殿下が申しておりました」

「王女殿下直々のお声がけ、我が娘に代わりましてお礼を申し上げます」


 ちなみにその娘は今日も王都騎士団の壁外演習場へと出向いていた。

 ここ数日は女性騎士団員のカトカ女史が毎日の送り迎えをしている。

 初日には屋敷の使用人ルジェックがボディーガード代わりに付いて行ったが、正直ルジェックは見た目こそ大男だが気が弱く、性格的には荒事にまるで向いていない。

 女性とはいえ騎士団員のカトカ女史が娘に付いてくれたことは、シモンにとって非常に心強いことだった。


 カミル将軍の心配りには感謝せねばな。


 シモンは王都騎士団長・元第二王子カミル将軍に心の中で感謝を捧げた。


 ちなみに一方的に感謝を捧げられたカミル将軍だが、彼はこの件には全く関与していない。

 というか、今は式典の警備計画の手配に忙殺されており、それどころではない。

 全ては将軍本人から「お前は俺のところにいても役に立たん。マチェイ嬢に使ってもらえ」と言われたカトカ女史が自主的に行っている行動だった。

 ティトゥも男であるルジェックより同性のカトカ女史の方が気がねが無いので、遠慮無く同行してもらっているようだ。



「では私はこれで」


 使者のメイドの声にシモンは驚きの表情を浮かべた。


「お一人でですか? 一緒にいらした王女殿下のお姿が見えませんが?」


 そう、このメイドはマリエッタ第八王女と一緒に来ていたのだ。

 王女自身は宿に付いてすぐに席を立ったのでトイレにでも行ったのかと思っていたのだ。

 メイドは一瞬目を泳がせたが、すぐに取り繕った。


「姫様はたまたま私に同行しただけで、今は別の用事に行っております。お気遣いありがとうございます」


 このメイドは何を言っているのだろう。

 主がメイドに同行したなどという話はありえるのだろうか? ましてや他の用事で離れるというのもおかしな話だ。


 だが相手にそう言いきられれば、他国の者があれこれ事情を詮索するわけにもいかない。

 シモンは適当に返事をすると、納得できない気持ちを抱えたまま彼女を宿の外まで見送るのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


『これがドラゴン?!』


 大小二人のメイドが僕のテントに入ってきたかと思えば、大きなメイドが僕を見て大声を上げた。

 ノックも無しに人の家に入ってきて、いきなり相手をドラゴン呼ばわりとは失礼だね君は。

 じゃなかった、これ(・・)呼ばわりとは、失礼だね君は。

 ・・・って、おや?


『お久しぶりです、ハヤテさん』


 やっぱりそうだ。特徴的な銀色の髪の小さなメイドは、ランピーニ聖国のマリエッタ第八王女だった。


『マリエッタ様、いらしたのですね』


 ティトゥが僕の操縦席から立ち上がり王女に声をかけた。

 ちなみにカトカ女史はティトゥに言われて僕のブラッシングに使う水汲みに行っている。

 女性に力仕事をさせるのもどうかと思うけど、カトカ女史はこのテントになるべく他の騎士団員を近寄らせたくないようだ。

 騎士団員の中でのティトゥの人気が高すぎて、彼らが暴走して不祥事を起こしかねないと警戒しているのだ。

 確かに何かしら用事を見つけては僕のテントをチラチラ覗いている団員は多いからね。

 まあ、もし騎士団員の誰かがティトゥのお尻でも触ろうものなら、このドラゴンの怒りを覚悟して頂かねばなるまいな。


『ティトゥさん、お邪魔します』


 王女の声に王女の隣のメイドが眼をむいた。

 どうやら王女とティトゥが気安く話していることに驚いたようだ。


『姫様、こちらの女性は?!』


 うっかり話しかけて慌てて口を押さえた。

 うん、主が相手と話している時に横から話しかけるのは駄目だよね。

 マチェイ家長男ミロシュ君(7歳)の授業で習ったよ。

 まあこの子の気持ちも分かるけどね。

 ちなみにこの子は赤い髪の気の強そうな女性だ。20歳――日本で言えば女子大生くらいの子かな?

 この国だともう結婚してもいい年齢だ。


 マリエッタ王女は失言をしたメイドを軽く睨んでたしなめた。へこむメイド。


『すみませんでした、ティトゥさん。後できつく言っておきますから』

『お気になさることはありませんわ。それより今日はどうされたのですか?』


 マリエッタ王女は軽く頭を下げた。ティトゥは軽く手を振って話を促す。

 驚愕に目を見開くメイド。

 君は驚いてばかりだね。

 王女はそんなメイド少女を紹介した。


『こちらはビビアナ・ペンスゲン小男爵令嬢。昔から私の侍女をしています』


 王女に促されてビビアナさんが一歩前に出た。

 その場でメイド服のスカート摘まんで軽く頭を下げる。

 確かカーテシーとか言うのかな?


『ペンスゲン小男爵家のビビアナと申します。』


 ティトゥが僕の操縦席で胸をポヨンと・・・いや、トン、と叩いた。


『私はティトゥ・マチェイ。王都の人々は私を姫 竜 騎 士プリンセス・ドラゴンライダーと呼びますわ!』


 あまりの驚きに言葉を失くすビビアナさん。

 渾身のドヤ顔のティトゥに、苦笑いのマリエッタ王女。


「あ、ハヤテです。よろしくお願いします。」


『喋った?!』


 そりゃあドラゴンだって喋りますよ、挨拶されたんだし。




『私は先日、ティトゥさんの導きでハヤテさんと契約しました』

『今ではマリエッタ様も私と同じ竜 騎 士(ドラゴンライダー)なのですわ』


 衝撃の告白にビビアナさんは理解の限界を超えてしまったようだ。

 なんだか挙動不審な人になっている。


『あの・・・いえ・・・その・・・』


 どういうことか聞かなければならないのだが、何をどう聞けば良いのかすら分からなくなっているのかもしれない。

 オロオロとうろたえ続けている。

 まあそれはそうだろう。突然自分の主が竜 騎 士(ドラゴンライダー)になったのだ。

 僕だって、自分の父親が戦闘機の搭乗員になったって聞いたら耳を疑うに決まっている。


『困りましたね・・・ここまでビビアナが取り乱すとは思いませんでした』


 仕方ないわねー、といった感じで話すマリエッタ王女だが、ビビアナさんの反応の方が普通だと思うけど?

 王女は年齢の割に・・・いや、若いからこそ僕の存在を柔軟に受け入れられたのかもしれない。


 そういえばあの時は勢いで契約したけど、ランピーニ聖国にドラゴンはいないのだろうか?

 自国の王女が他国のドラゴンと契約するのってどうなんだろう。

 NTR(ネトラレ)になったりしないのかな?

 まあ、契約といってもあくまでティトゥの脳内設定で、別に拘束力は無いから大丈夫か。


『そうですわね・・・順を追って話していけば分かってもらえるかもしれませんわ』

『良いですね! 私もハヤテさんとの出会いを聞いてみたいです!』


 えっ? そこから話すの? 長くない?

 マリエッタ王女は胸の前で手の平を合わせて興奮した面持ちでティトゥに詰め寄った。

 ティトゥは・・・ まんざらでもなさそうだ。

 可愛い妹分に自慢話が出来る喜びに口の端が吊り上がるのを抑えきれない様子だ。


 そしてビビアナさんの目からは光が消えている。

 全く付いていけない展開に、ついに心を閉ざしてしまったようだ。

 今も小さな声で何かをブツブツと言っている。


『ここはどこ? 姫様はどこ? あれは誰? 私の知ってる姫様はどこにいるの?』


 おおう・・・。戦闘機イヤーは地獄耳。思わずメイドの呟きを拾ってしまった。

 そんな状況の中、ティトゥの話が始まった。


『あれは二ヵ月ほど前、私が屋敷のテラスで空を見上げた時のことです――』

次回「スウィートメモリー」

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