その13 ドラゴン杯《カップ》
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宿舎団地からコノ村に戻る馬車の中の空気はギスギスとしていた。
栗色の髪の少女――リーリアは、ムッツリと黙り込む、彼女の婚約者に声もかけられずにいた。
(トマス様がこんなに怒るなんて・・・)
彼女は日頃は温厚な婚約者の本気の怒りに、どうして良いか分からなかった。
リーリアは今にも泣き出したい気持ちを懸命に堪えた。
トマスはリーリアのそんな気持ちが分かっていたが、今ここで口を開けば、自分が彼女に怒りをぶつけてしまうのも分かっていた。
そのため彼は押し黙ったまま、ジッと窓の外を眺めていた。
トマスの怒りの原因。それはリーリアの護衛、バルトニク騎士団の軽率さと浅はかさにあった。
彼らはナカジマ家の騎士団と揉めただけではなく、互いに剣を抜き放ち、刃傷沙汰の一歩手前まで及んでしまったのである。
実際、宿舎団地の衛兵隊が止めてくれなければ、双方に犠牲者が出ていたのは間違いないだろう。
それだけでも十分に腹立たしいのに、バルトニク騎士団の者達は自分達のしでかした事が全く分かっていなかった。
(ナカジマ様と――いや、ハヤテ様と敵対するなど自殺行為だ! なぜバルトニクの者達はそれが分からない!)
自分なら絶対にやらない事を、いや、オルサークの者達なら絶対にやらない事を、彼らは無造作にやってしまった。
しかも、自分達がどれ程危うい事をしたのか、その自覚すら持っていない。
トマスはバルトニク騎士団、そしてリーリアの見識の狭さに、激しい苛立ちを覚えていた。
こうして馬車は険悪な空気の中、新街道を進み、午後三時頃にはコノ村に到着したのであった。
コノ村に着くと、なにやら人だかりが出来ていた。
そこにはハヤテの大きな姿も見える。どうやらこの騒ぎは彼が中心となっているようだ
「? 何をやっているんだ?」
トマス達が馬車を降りてその場所に向かうと、トマスの妹アネタが兄を見つけて駆け寄って来た。
「トマス兄様!」
どうやらアネタはファル子達と一緒に遊んでいたようだ。
天幕の近くには木箱が積み上げられていて、ファル子とハヤブサはその一番上に登っていた。
「ギャウー! ギャウー!(アネタ! アネタ!)」
木箱の一番上でファル子がバサバサと翼をはためかせて、自分をアピールしている。
彼女の隣では弟のハヤブサが大きなあくびをした。
「兄様?」
アネタはトマスの後ろ、リーリアの硬い表情に気付くと、不思議そうに兄を見上げた。
「兄様、リーリア義姉様と何かあったの?」
「ギャウー! ギャウー!(アネタ! こっち見て! 見て!)」
「いや。何でもない。バルトニク騎士団に謹慎しておくように命じただけだ。それより、オットー殿に報告しないと。彼はあそこにいるのか?」
「オットーさんはいないけど、ナカジマ様ならいるわ」
「ギャウー!(アネター!)」
ファル子はアネタの名を呼ぶが、アネタにはファル子の言語が分からない。
アネタはトマス達と合流すると、一緒にハヤテの下へと去って行ってしまった。
ハヤブサは首を伸ばして彼らの後ろ姿を見送った。
「ギャーウー(行っちゃったね)」
「ギャウー! ・・・ギュウ!(アネタ! ・・・んもうっ!)」
ファル子は腹立たしげに木箱を尻尾でバシンと叩いた。
どうやらファル子はここから飛ぶ所をアネタに見て欲しかったようだ。
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僕達がテントの外でナカジマ騎士団の人達を待っていると、トマス達がやって来た。
『収穫祭、ですか』
トマスはティトゥから説明を受けると、ちょっと意外そうな顔をした。
『あ、いえ。意外という訳ではないです。ただ、こちらではそういう事も当主が決めるんだなと思いまして』
ああ、そういう事。
普通は村や町ごとに勝手にやるんだろうね。
この辺はナカジマ領の特殊な事情が関わって来る。ぶっちゃけナカジマ領の村々は貧乏なのだ。
要は祭りをしようにも、村の備蓄では全員にご馳走を振る舞えないのである。
だからティトゥの方から『これをあげるから、それで収穫祭をおやりなさい』と支援してあげる必要があるのだ。
ここでティトゥが大きな胸を張った。
『ただの収穫祭じゃありませんわ! 同時にドラゴン杯も行うんですのよ!』
『『『ドラゴン杯?』』』
いやティトゥ、君、本気でその名前を使うわけ? 僕はイヤだと言ったよね。
ほら、トマス達も呆れてるじゃないか。
『ハヤテの主催なんだから、ドラゴン杯でいいんですわ! きっと大盛り上がり間違いなしですわ!』
僕が主催って何だよ。僕はアイデアを出しただけだっての。
そして相変わらず、なんなの君の僕に対するその自信。
君の信頼が重いよ。重すぎるよ。
『トマス達も是非参加して頂戴』
『それは構いませんが、何なんですか? そのドラゴン杯とは。ひょっとしてその箱に入っているロープと関係があるのでしょうか?』
ああうん。そう、それそれ。
僕の前にはロープが入った木箱が置いてある。
港町ホマレのドワーフ親方に頼んで用意してもらった、港に外洋船を係留するのに使う丈夫なロープだ。
ちなみに長さは大体120フィート(※約36メートル)。
ここに積み上げてある箱には、全て同じ長さのロープが入っている。
『このロープを引っぱり合って、優勝を決めるんですわ!』
そう。ドラゴン杯とは要は綱引き大会の事なのだ。
僕が提案した収穫祭のイベント。それはチーム対抗の綱引き大会である。
綱引き大会なら綱引き大会って言えばいいだろうって? そんな事はドラゴン杯なんて大袈裟な名前を付けたティトゥに言って欲しいよ。
ここでようやくナカジマ騎士団員達がやって来た。
『ご当主様。言われたように人数を集めました』
『そう。早速お願いしますわ』
彼らは箱からロープを引っ張り出すと、二チームに分かれて配置についた。
『この長さだと一チーム十人前後ですかね』
『どうかしらハヤテ?』
「そうだね。いいんじゃない? それと一番後ろの人は一人で。確かアンカーとか言うんだっけ? ロープをたすき掛けにして肩にかついで」
『――だそうですわ』
『はい。こんな感じでしょうか』
僕達が何をやっているのか? それはルール作りだ。
各村ごとにやって貰ってもいいけど、どうせなら各村で予選を行って、選ばれた代表チームによるナカジマ領ナンバーワンを決めようと思ったのだ。そっちの方が盛り上がりそうだし。
しかし、そうなって来ると、たかが綱引きとはいえ、統一されたルールが必要になる。
それを今ここで作ってしまおうというのだ。
『なら一チームは選手八人のアンカー一人の計九人で。どうなったら勝負が付く事にしましょうか?』
『ハヤテ』
「う~ん。真ん中に目印を付けておいて、その目印が一定距離どちらかに進んだらでいいんじゃない? どのくらいが適当かは実際にやってみないと分からないけど」
『――だそうですわ。試しにやってみて頂戴』
『分かりました。始めるぞ! そーれ!』
ああそうか。開始を告げる審判もいるか。不公平にならないようにオットーの部下にやって貰った方がいいかもね。
騎士団員達は『そーれ! そーれ!』と掛け声をかけながらロープを引っ張り合った。
やがて片方が堪えきれずに引っ張られると、そのまま総崩れになった。
「ストップ! ストーップ! やっぱり最後まで引き切ると危ないな」
『そうですわね。騎士団員は日頃から鍛えているからまだしも、村人は倒れた時にケガをする者も出るかもしれませんわね』
そうそう。大会には村の人達にも是非参加して欲しいからね。
いやまあ、そこらの村のオジサン達が騎士団に敵うとは思えないけど。
結局、ルールは一チーム九人。一人はアンカー。制限時間は無し。ロープの真ん中に目印を付けておいて、その目印がどちらかに二メートル動いた時点で勝敗が決まる。三本勝負の二本先取。一本ごとに互いの場所を入れ替える。というルールが決まった。
随分シンプルだって? いやまあ、お祭りだし。あまりややこしいルールだと、みんなも盛り上がれないだろ?
トマスは顎に拳をあてて考え込んだ。
『一チーム九人ですか。それならばオルサーク騎士団とバルトニク騎士団の二チームに分ける事が出来ますね』
どうやらトマス達も参加してくれるようだ。
強制参加のナカジマ騎士団だけだと盛り上がりに欠けるからね。非常に助かります。
ティトゥはロープの入った木箱を指差した。
『では、ポルペツカと宿舎団地に収穫祭の通知とドラゴン杯の開催を知らせに向かって頂戴! その時には一緒にこの大会用ロープも持って行く事! 各村には今から私とハヤテが向かいますわ!』
ティトゥは僕の胴体にロープの入った木箱を積み込ませると、ヒラリと操縦席に飛び乗った。
「ギャウー! ギャウー!(ママ! 私も! 私も行く!)」
『カーチャ、ファルコ達を乗せて頂戴』
『は、はい! キャッ! ファルコ様、飛びつかないで下さい!』
僕はカーチャとファル子達を乗せるとエンジンを始動。
『前離れー! ですわ!』
「「キュキューッ!(離れー!)」」
『・・・・・・(※無言のカーチャ)』
こうして僕達は各村々に収穫祭と綱引き大会の告知を伝えるべく、大空へと飛び立ったのであった。
やる気を見せてくれているティトゥのためにも、少しでも多くのチームがドラゴン杯に参加してくれますように。
次回「委員長」




