その11 リサーチ
という訳で、やって来ましたドラゴン港。
『何が「という訳」なんですの?』
ティトゥが呆れ顔で僕を見上げた。
「ギャウー! ギャウー!(※興奮している)」
『ちょ、ファルコ様! ダメです! 海に飛び込もうとしないで下さい!』
興奮したファル子は、海に向かって駆け出した所をメイド少女カーチャに捕まっている。
そういやファル子はドラゴン港に来るのは久しぶりなんだっけ。
ファル子はつい最近、ここで誘拐未遂に遭っている。そのため港に近付けないようにしていたのだ。
ちなみに犯人は都市国家連合の港町アンブラから来たトレモ船長と船乗り達。
トレモ船長とはその後、何だかんだで色々あって、今ではティトゥのビジネスパートナーになっている。(※前章 評議会選挙編・参照)
「ん? そういえばハヤブサはどこに行ったんだ?」
「ギャーウー?(何? パパ)」
ハヤブサはいつの間にか、うず高く積み上げられた木箱のてっぺんに登っていた。
『ハヤブサ。あなたどうやってそんな所まで登ったんですの?』
「ギャーウー(飛んで)」
ハヤブサはそう言うと、パタパタと翼をはためかせて降りて来た。
いつの間にか集まっていた野次馬達から『おおーっ!』という歓声が上がる。
「ギャウギャウ!(私も! 私も登る!)」
弟がみんなの注目を集めているのを見て、負けず嫌いのファル子が翼を振ってアピールを始めた。
ティトゥが『はいはい、後でね』とファル子を抱き上げると、彼女は「ギャウー!(いやー!)」と身をよじった。
『それでハヤテは何の用があってここに来たんですの?』
『ナカジマ様、ハヤテ様、一体どういうご用件で?』
野次馬達をかき分けて現れたのは、ガテン系のガチムチの一団。
彼らの先頭に立っているのは髭の中年男性。
ドワーフ親方こと鍛冶屋のブロックバスター氏だ。
「丁度良かった。彼らに聞きたい事があったんだ。ティトゥ、僕の言葉を彼らに伝えてくれないかな」
『親方に聞きたい事ですの?』
『俺がどうかしましたか?』
ティトゥと親方は不思議そうに僕を見上げた。
急遽決定したナカジマ領の秋の収穫祭。
この国のお祭りは、基本的にはみんなで美味しい物を食べて騒ぐだけらしい。
それはティトゥの実家、マチェイでも変わらないようだ。
「けど、せっかくならナカジマ領ならではのお祭りが出来ないかと思ってさ」
そう。僕の頭に浮かんだのは日本のお祭り。有名な三大祭である「京都の祇園祭」「大阪の天神祭」「東京の神田祭」。それ以外にも全国各地で地方色豊かなお祭りが行われている。
とはいえ、流石に今からお神輿を作る時間はない。
そこで僕は、この世界の他国のお祭りを参考にするべく、チェルヌィフ出身の親方に話を聞きに来たのである。
ちなみにティトゥ達は僕に勝手について来ただけである。まあ、おかげでこうして通訳して貰えているんだけど。
『チェルヌィフの祭りですか? そんな事を言われても俺は港町デンプション生まれのデンプション育ちなんで、他の土地の祭りまではちょっと・・・』
親方は困った顔で部下達に振り返った。
『おう、お前らはどうだ?』
『俺はバンディータ生まれでさ。バンディータでは女子供は肉を食って、男は酒を飲んで騒いでた感じですかね』
『ああ、デンプションでも基本はそうだったな。やっぱ肉は外せねえよな』
『そうそう。ウチの村は豚の丸焼きをみんなで食べてたなあ。今でもあの時の匂いを思い出すだけでワクワクするぜ』
『豚だって? そりゃあ豪勢だ。俺の所はラクダだったな。子供のラクダを一頭絞めるんだ。子供の頃、コブ肉の部分を食わせて貰ったけど、俺は苦手で残して親父に怒られたっけなあ』
『バカ言え、あれが美味いんじゃねえか! 酒のつまみにピッタリだろうが!』
『いや、だから子供の頃の話って言っただろう。今は美味いと思っているさ』
何だろう。みんな勝手に盛り上がってるんだけど。
取り合えず今までの話で分かった事は、「祭りではお肉がご馳走だった」という事くらいかな?
後、大人にはお酒。
『そうだなあ。それと村に劇団員が来ていれば、みんなで劇を見たり、とか?』
『町だと広場で楽団が演奏していて、みんなで踊ったりしてたな』
『それは楽しそうですわね』
う~ん、楽団か。南米のリオのカーニバルや、日本の阿波踊りみたいなのも楽しそうだけど、流石に今回は準備期間が足りないかなあ。
けど、ティトゥの反応も良いみたいだし、これは来年以降のアイデアという事で。
その時、一台の馬車が停まるとメイド姿の若い女性が降り立った。
聖国メイドのモニカさんだ。
『ナカジマ様、ハヤテ様。今日は何のご用ですか?』
丁度良かった。ランピーニ聖国のお祭り事情も聞きたかったのだ。という訳で、ティトゥよろしく。
『聖国のお祭りですか・・・』
モニカさんの返事は彼女にしては珍しく、煮え切らないものだった。
『私はずっと王城で生活していましたので』
ああ。そういやそうか。
モニカさんの本名はモニカ・カシーヤス。こうしてメイドの恰好をしているが、代々聖国王家に仕えるカシーヤス家のご令嬢なのである。
『一般的な知識としては知っていますが。みんなで美味しい物を食べて、一晩中飲んで騒いで踊って。そんな感じじゃないでしょうか』
『聖国も親方の所と事情は変わらないみたいですわね』
モニカさんは僕を見上げると、『お役に立てずに申し訳ございません』と謝った。
いやいや、別に謝るような事じゃないから。しかしそうか。聖国も似たようなものなのか。
実際はモニカさんが知らないだけで、何か独創的なお祭りをしている可能性もワンチャン・・・ないか。
『独創的なお祭りですか』
『ハヤテの所ではどんな変わったお祭りがあるんですの?』
変わったお祭り? う~ん。若宮八幡宮のかなまら祭・・・は流石にセクハラになってしまうよね。
かなまら祭を知らないって? ネットでググればすぐに写真が出て来ると思うよ。
神奈川県のお祭りで、巨大なピンク色のチ〇チ〇神輿を担いで町を練り歩くお祭りだ。いやマジで。
チ〇チ〇神輿の名前が”エリザベス神輿”という所からも分かる通り、実は昔から伝わるお祭りではなく、近年になって観光用に作られたお祭りだそうだ。
実際に外国人観光客にも人気らしい。
「そうだね。無難な所で変わり種のお祭りと言えば、やっぱり有名なのはスペインのトマト祭りかな?」
トマト祭りはスペインの東部、バレンシアで行われる祭りで、大量のトマトを参加者同士がぶつけ合うという、誰がこんな事を始めた訳? なお祭りである。
スペインでの名前はラ・トマティーナ。確か八月の最終週に行われる収穫祭だったはずだ。
『トマトのお祭りですの?』
『でも、トマトはもうだいぶ前に収穫が終わっていますよ?』
そうだね。トマトのシーズンは夏。今はもう秋だし、これからやるにはちょっとタイミングが遅いかな。素直にトマトがもったいないし。
取り合えず、親方達とモニカさんから、チェルヌィフと聖国のお祭り事情は聞けた。
お酒と肉。そして音楽とお芝居。
ティトゥが僕に尋ねた。
『それでどうするんですのハヤテ。次はレブロンの港町にでも行ってみます?』
レブロンの港町は聖国の大きな港町だ。領主夫人のラダさんは、元はこの国の王女様で、マリエッタ王女の叔母に当たる人である。
「う~ん。流石にそこまでしなくてもいいかな」
僕の思い付きにそこまでティトゥをつき合わせるのは悪いし。
それに、あまり遅くまでティトゥを連れ回したら、代官のオットーがストレスで胃に穴を開けてしまいそうだ。
後、残っている知り合いの外国人は、隣国から来たトマス達くらいか。
とはいえ、隣国ゾルタは似たような規模のすぐお隣の国だし、この国のお祭りと大して事情は変わらないんじゃないかなあ。
「フウウウ」「ウウウウ」
唸り声にふと目を向けると、退屈したファル子達が、荷造り用のロープを咥えて引っ張り合いを始めていた。
野次馬達からは『そこだ! 頑張れ緑色!』『負けるなピンク色!』等と、声援が上がっている。
二人の引っ張り合いは拮抗していたが、やがてハヤブサが両手両足に加え、背中の翼をパタパタとはためかせ始めると、流れはハヤブサに傾いた。
ファル子はジリジリと引っ張られていくと、遂に耐え切れずにロープを口から放してしまった。
「ギュウ!(ああっ!)」
「ギャウー! ギャウー!(やった! 勝った! 勝った!)」
『緑色の勝ちだ! 凄いぞチビ!』
『ああ! 翼を使うなんて、いかにもドラゴンって感じだったぜ!』
野次馬達がハヤブサの勝利を褒め称えた。
「ギャウギャウ!(ズルい! 翼を使うなんて反則よ!)」
キレたファル子がハヤブサに襲い掛かると、そのままケンカになってしまった。
『いいぞ! やれ、やれ!』と囃し立てる野次馬達。
慌ててカーチャとティトゥが止めに入った。
『こら、ファルコ! みっともないですわよ!』
『ハヤブサ様もファルコ様の尻尾を咥えてないで放して下さい!』
やれやれ。ファル子の負けず嫌いは――ん? ちょっと待てよ。
あれ? これって使えるんじゃない?
『オヤカタ! ドワーフ、オヤカタ!』
『何ですかい、ハヤテ様』
おっと。親方はどう見てもドワーフにしか見えないけど、一応は人間なんだっけ。
いやまあ、そんな事はさておき。
親方。相談に乗って欲しい事があるんだけど、ちょっといいかな?
次回「宿舎団地にて」