その10 ゆるキャンプ
バルトニク騎士団と騒ぎを起こしたナカジマ騎士団員達。
その原因はともかく、彼らの方が先に剣を抜き、領地の治安を乱した事に違いはない。
代官のオットーはナカジマ家のご意見番、元宰相のユリウスさんに彼らの処遇を相談した。
『そうだの。死傷者が出ていないのなら、減俸の上で新兵と混じって一ヶ月の訓練のやり直し。その辺りが無難であろうな』
ええっ? そんなものでいいわけ?
僕は拍子抜けした。
現代日本で言えば、今回の一件は、警官同士がケンカして互いに銃を突き付け合った、といった感じだろうか?
もしも本当にそんな事件が起これば、ネットで炎上間違いなしの大ニュースになるだろう。
とてもじゃないが減俸や訓練では済まないはずだ。
どうも異世界は大変身内に甘いようで。
ユリウスさんの提案に、代官のオットーが頷いた。
『そうですね。こちらがあまり厳しい罰を与えると、バルトニク騎士団の方にも同じだけの罰を与えなければならなくなりますし』
ああ、なる程。トマスにも配慮したのか。
幸い、お互いに被害者も出なかったので、両国の今後の関係も考慮してなあなあで済まそうと。
相手は外国の騎士団だし波風を立てたくない、というのが本音かな?
こうして今回の事件は、関係者たちの手で隠蔽されてしまったのであった。
朝からあんな事件があったからだろうか。今日のティトゥは今一つ仕事に身が入らない様子だった。
「フウウウウ」
「グウウウウ」
『こら、ファルコ! ハヤブサのおもちゃを取ろうとしない!』
退屈したファル子が、ハヤブサが遊んでいたおもちゃを横取りしようとしてケンカになっている。
ちなみにこのおもちゃは、家具職人見習いのオバロが片手間に作ってくれた木のドラゴンの人形だ。
せっかく作ってくれたのに、二人に齧られて今ではあちこち傷だらけになっている。
僕はオバロに「ウチの子がゴメンね」と謝ったが、彼は「遊んでくれている証拠ですから」と言って、笑って許してくれた。
オタク青年のくせにいい事言うじゃないか。
オットーの部下が書類を手に苦笑した。
『アネタ様がトマス様と一緒に団地に行っているので、暇を持て余しているのでしょう』
確かに。最近ファル子達は、いつもアネタに遊んでもらっていたからね。
今日は遊び相手がいなくて退屈しているようだ。
『そうでしょうね』
ティトゥはそう言うとチラリと空の机に目を向けた。
いつもリーリアが座っている机だ。
あれ? ひょっとして、さっきからティトゥが仕事に身が入らないのは、リーリアがいないからなんじゃない?
リーリアはトマスの婚約者だ。今はトマスと一緒に宿舎団地の騎士団の所に行っている。
この数日、ティトゥは彼女の前で(だけ)、頑張って「立派なお姉さん」を演じていた。
なる程。どうやら彼女は仕事を見せる相手がいなくなって、張り合いがなくなっていたようだ。
ティトゥ、君ねえ・・・。
ティトゥはメイド少女カーチャを呼んだ。
『休憩にしましょう。カーチャ。お茶と甘い物をお願い』
今日のお茶請けは一口大の茶色い塊だった。
ティトゥは不思議そうに謎の塊を摘まみ上げた。
『何なんですの? コレ』
カーチャはカップにお茶を注ぎながら、澄まし顔で答えた。
『膠を使ったお菓子だそうです』
カーチャの言葉にオットー達がギョッと目を剥いた。
『に、膠だって?!』
『? どうしたんですの?』
ティトゥは膠を知らないようだ。
膠とは――
『膠とは物と物をくっつけるのに使う物です! つまりは接着剤です!』
そう、それそれ。
膠は動物の骨や皮を煮込んだ物で、地球でも昔は接着剤として使われていたそうだ。
ティトゥは茶色い塊をジッと見つめた。
彼女は黙って指先で何度か塊の弾力を確かめた後、ゆっくりとカーチャに振り返った。
その姿が面白かったのだろう。カーチャは小さく『ぷふっ』と吹き出した。
「いたずら大成功」といった感じだ。
『・・・カーチャ。あなた』
『ご、ごめんなさい! でも、膠を使っているのは本当ですよ。ベアータさんによると、ハヤテ様に教えて貰ったお菓子だそうです。私もさっき頂きましたが美味しかったです』
僕が教えたという言葉で警戒が解けたのだろう。ティトゥは茶色い塊をパクリと食べた。
『ん。美味しい』
『ですよね』
二人の様子にオットーもおっかなびっくり、恐る恐る塊を口にした。
『ほう。面白い食感だ。軽くてフワフワしていながら、ほんのり甘い』
『そうそう。お茶に合いますよね』
『ハヤテ、これは何と言う食べ物なんですの?』
ん? コレ?
「マシュマロ。それが僕の知ってるマシュマロと同じかどうかは分からないけどね」
『マシュマロ。これはマシュマロと言うのですのね』
マシュマロの主原料は砂糖とゼラチン、それと卵白だ。
メレンゲ状になった卵白にシロップを加え、ゼラチンで固めて粉をまぶしたものである。
自分で作った事は無いので、詳しい作り方までは知らないけど。
ちなみに卵白はメレンゲ状になり易いために使われるが、逆に言えばメレンゲ状にさえなれば他の材料でも特に問題はないはずだ。
例えばフランス菓子のギモーヴは、卵白の代わりにフルーツピューレを。市販のマシュマロはコーンスターチを使っていると聞いている。
要は粘りのある食材なら何でもいいという事だ。
さて。マシュマロ作りにどうしても欠かせない材料。それがゼラチンだ。
ゼラチンはゼリーにも使われる動物性のたんぱく質で、さっき会話に出て来た膠の主成分でもある。
何かの会話のはずみで、ナカジマ家の料理人ベアータがゼラチンの作り方を知っていたようだったので、「だったらこんなお菓子もあるよ」と伝えていたのである。
『そういえば、以前、そんな話をハヤテから聞いてベアータにしましたわね』
ティトゥはマシュマロを摘まむと口の中に放り込んだ。
カーチャが呆れ顔になった。
『膠と聞いて思い出さなかったんですか?』
『かなり前の話ですわ。忘れていても仕方ないでしょう?』
しかし、僕のうろ覚えの知識でマシュマロまで再現しちゃったか。
ベアータは本当に凄い料理人なんだな。
「マシュマロと言えば焼きマシュマロかなあ」
『焼きマシュマロですの?』
おっと、僕の呟きにティトゥが反応した。
昔、キャンプの好きな友人が「キャンプといえば焼きマシュマロでしょう!」と、力説していたのを思い出したのである。
ちなみに、後にそいつは、漫画の影響を受けていただけでキャンプなんてロクにした事がない、いわゆるエアプだった事がバレて恥をかいてた。
「マシュマロを棒に刺して、キャンプファイヤーで炙るんだよ。マシュマロのフワフワした食感がトロリとしたものに変わって、甘みも強くなるんだ」
『それは美味しそうですわね』
『ティトゥ様、ハヤテ様は何と言ったんですか?』
ティトゥから説明を受けて、カーチャ達は『へえ』と感心した。
『いいですね。ベアータさんに頼んで焼いてもらいましょうか?』
『いや、待てカーチャ。ハヤテ様が言ったのは違うんじゃないか?』
『? どういう事ですのオットー』
『ハヤテ様は、キャンプファイヤーで焼くから美味しい、と言いたかったのではないでしょうか。つまり、その行為も含めた料理方法、という事です』
ティトゥは『そうなんですの?』と、僕に振り返った。
そういうつもりは全然なかったけど、オットーの言っている事は最もだ。
キャンプで作るカレーが美味しいように、縁日の出店の料理を食べ歩くのが楽しいように、イベント性というのは確実に味に上乗せされるよね。
オットーは『そう言えば』と、書類の束をめくった。
『あった、これだ。住民からの声の中に「今年は収穫祭をやらないのか」というものがありました』
『そういえば、去年はやりませんでしたわね』
『ハヤテ作戦の後始末でそれどころじゃなかったですからね』
この国では秋に各地で収穫祭を行う習慣があるそうだ。
去年はティトゥがナカジマ領の当主になったばかりだったし、ハヤテ作戦(いやだなあ、この名前)も行ったりで、そんな余裕は無かったようだ。
『ナカジマ領になって丁度一年が過ぎた訳ですし、今年は盛大にやりましょうか』
『分かりました。ならば急いで準備した方がいいでしょう。おい、誰か責任者を選んで計画を立てさせろ』
『はい!』
こうして急遽、収穫祭が行われる事が決定した。
こんなに唐突に決めちゃって大丈夫なの? と思ったが、基本的には各村ごとにみんなで美味しい物を食べて一日中騒ぐだけだから、さほど準備に時間はかからないそうだ。
『かがり火でマシュマロを焼きたいですわね』
『ベアータさんにたくさん作っておいてもらわないといけませんね』
日頃から美味しい物を食べているティトゥ達も、やはりこういうイベントは楽しみなようだ。
まあ、余程のへそ曲がりでもない限り、みんなが盛り上がっているのを見て、嬉しくならない人はいないよね。
僕の四式戦闘機の体は物が食べられないけど、お祭りには協力したいなあ。
何かみんなに楽しんでもらえる良いアイデアはないものだろうか。
次回「リサーチ」