その8 宿舎団地へ
ティトゥは僕の操縦席で仁王立ちになって男達を見下ろした。
『それで? 誰がそちらの責任者なんですの?』
バルトニク騎士団の中から、頬ヒゲの中年の騎士が一歩前に出た。
『私です。今回の件、私共に非は――『それで、この人達を拘束したのは?』』
『それは私です』
ティトゥは頬ヒゲ騎士の言葉(言い訳?)を遮った。
ナカジマ騎士団の中から前に出て来たのは、鋭利な印象の四十代騎士。
この宿舎団地の衛兵隊隊長、元傭兵団団長、ボルゾイ・ザイラーグであった。
ていうか、隊長自らが今回の一件にあたったのか。
『隊長自身が今回の一件にあたったんですの?』
『ウチは人手が不足しているもので』
ザイラーグは無表情に肯定した。
今から一時間程前。コノ村に馬に乗った騎士が大慌てで駆け込んで来た。
それからしばらく後、ティトゥが家から出て来ると開口一番、僕をテントから出すように周囲に命じた。
「一体どうしたの?」
『宿舎団地で、トマスの所の騎士団員達が暴れているそうですわ』
報告をしてくれた騎士団員によると、トマスの護衛の騎士団員達が、ナカジマ家の騎士団員と争っているんだそうだ。騎士団同士の争いで既に負傷者も出ていると言う。
それにしてもトマスの――オルサーク家の騎士団員達が、そんな騒動を起こすとはちょっと信じられない。
彼らは何度もコノ村にも訪れているが、一度だってそんな事は・・・いや。今回はオルサーク家以外の騎士団員が――トマスの婚約者、リーリアの護衛の騎士団員達がいたんだった。
だったら暴れているのはリーリアの実家の騎士団という可能性もあるのか。
『とにかく急ぐわよハヤテ』
「分かった。――ていうか、君が行く訳? そんな危ない場所に君を連れて行けないって」
『ティトゥ様、危険です!』
僕とメイド少女カーチャはティトゥを止めたが、彼女はガンとして譲らなかった。
『詳しい事情はまだ分かっていませんの。自分の目で確認しないと判断は出来ませんわ』
ティトゥは『もし現場が危険そうなら、ハヤテが地上に降りなければいいだけですわ』と言った。
まあ確かに。
ある意味、この世界のどこにいるよりも、僕と空の上にいるのが一番安全かもしれないけどさ。
『ハヤテ!』
「・・・分かったよ。けど、地上に降りるかどうかは僕の判断に従って貰うからね」
『ええ。それで構いませんわ』
騎士団同士の争いともなれば、どれ程の被害が出ているか分からない。
最悪、人死にも覚悟するべきだろう。
宿舎団地の人達は無事だろうか?
僕は現場の状況が気になって仕方が無かった。
そうと決まれば、行動に移すのは早ければ早い程いい。
ファル子達も一緒に行きたがったが、流石に今回ばかりはちょっと。
ティトゥはカーチャに二人を預けると、慣れた動きで僕の上に駆け上った。
『大丈夫。直ぐに戻って来ますわ』
「ギャーウー(・・・分かった)」
ババババババ
エンジンを始動した丁度その時、代官のオットーが現れた。
彼と一緒にいるのはナカジマ家のご意見番、元宰相のユリウスさんだ。
どうやら二人も例の騎士から報告を受けたらしい。
オットーは僕のエンジン音に負けじと叫んだ。
『ご当主様!』
『無茶はしませんわ! それよりオットーはコノ村の騎士団を率いて現場に向かって頂戴!』
『わ、分かりました! お気を付けて! ハヤテ様、ご当主様をよろしくお願いします!』
ティトゥは風防を閉じると安全バンドを締めた。
『ハヤテ、行って頂戴!』
「了解! 前離れー!」
グオオオオオオオ
僕は街道を疾走するとテイクオフ。
宿舎団地へと機首を向けたのであった。
宿舎団地は馬車で二時間程。馬なら一時間もかからない距離にある。
僕が飛べばそれこそあっという間に到着してしまう距離である。
「う~ん。こうして見渡した所、特に異常はないようだね」
『そうね。争いはもう終わってしまったのかしら?』
ティトゥは眼下の景色を見下ろして、戸惑いの表情を浮かべた。
宿舎団地には特に変わった様子は見えなかった。
作業員の中には僕を見上げてのん気に手を振っている者もいる。
「連絡は何かの間違いだったんじゃないの?」と疑ってしまうレベルだ。
しばらく上空を旋回しながら観察していたが、誰かが争っている様子もないし、建物が壊れたり、焼けたりしている様子もなかった。
『・・・これ以上、空の上にいても何も分からないんじゃないかしら?』
「そうだね。どうしようか」
僕は念のため、もう少しだけ宿舎団地の上空を旋回していたが、結局、「このままでは埒が明かない」という事になり、ティトゥと相談の上で団地の近くの街道に着陸する事になった。
「いい? 絶対に僕から降りないでね。何かあったらすぐに空に逃げるからね」
『何度も言われなくても分かってますわ』
ティトゥは僕にしつこく念を押されて、少しむくれている。
でも、君もファル子と一緒で返事だけはいいからなあ。
無駄に行動力がある分だけ、手放しに信用しきれないというか・・・
『ハ・ヤ・テ』
「分かった。分かったから。降りるから舌を噛まないように注意してね」
僕はティトゥに睨まれたので慌てて下降を開始した。
こうして僕達は開通したばかりの新街道に着陸したのであった。
街道に着陸した途端、宿舎団地からナカジマ騎士団の人達が、そしてその何倍もの野次馬達がやって来た。
ティトゥは僕との約束通り、僕の操縦席に乗ったままで彼らに尋ねた。
『騎士団同士が争っていると聞いて来ましたわ! それでどうなっているんですの?!』
『それでしたら衛兵が対処致しました!』
騎士団員の一人がそう言って敬礼した。
とりあえず事態は収まっているようだ。
その事に僕達は一先ずホッと胸をなでおろした。
『それで一体、ここで何があったんですの?』
ティトゥの問いかけに騎士団員達が答えた。
以下、彼らから聞いた話を要約する。
トマス達の護衛の騎士団員達。彼らはトマスの実家、オルサーク家の騎士団と、リーリアの実家、バルトニク家の騎士団が合わさった騎士団である。
呼び分けがややこしいので、彼らの事は仮に”合同騎士団”と呼ぶ事にしよう。
合同騎士団員達は、この宿舎団地に宿泊。新街道を使って片道約一時間程かけてコノ村に通勤している。
なぜ、こんな面倒な事をしているかと言うと、コノ村には彼らの乗るニ十頭もの馬を入れておける厩が無かったためである。
そもそもコノ村はアノ村の漁師達が冬の間だけ使っていた漁村だ。
ナカジマ家が借り受けてからは多少は拡張しているものの、大きな厩は作られていなかったのである。
さて。そんな理由で宿舎団地に宿泊している合同騎士団員達だが、オルサーク家の騎士団員はさておき、バルトニク家の騎士団員は早々に不満を溜め込んでいた。
この辺は少し複雑な事情となってくる。
バルトニク家の騎士達は、元々、ピスカロヴァー伯爵家の騎士団に所属していた。
しかし、庶子の長男が伯爵家から独立してバルトニク男爵家を興した時に移籍。現在はバルトニク騎士団となっている。
つまり彼らは少し前までは伯爵家の騎士団員だったのだ。
さて。隣国ゾルタは大ゾルタ帝国の末裔を自称しているだけあって、位や格式を重んじる傾向にある。らしい。
ゾルタ風に言えば、小上士位のナカジマ家は準伯爵位。伯爵家のピスカロヴァー家よりも一つ格が下となる。
元は伯爵家の騎士団だったバルトニク騎士団員は、宿舎団地に追いやられた事で格下のナカジマ騎士団以下の扱いを受けたように感じ、大いに不満を覚えていたのである。
「いや、今は君らの方が格下の男爵家じゃん」などと思うのは僕のような外部の人間の考えらしい。
そんな訳で、合同騎士団員達――というかバルトニク騎士団員達は、宿舎団地でもかなり横柄に振る舞っていたようだ。
やれ厩が汚いの寝床が狭いの飯が美味いのと――いや、最後のは違うか。とにかく、不満たらたらで周囲からひんしゅくを買いまくっていたんだそうだ。
そして今朝。道の真ん中で堂々と隊列を組んでいた彼らに、たまたま訪れたナカジマ騎士団が「通行の邪魔になっているので道の横に避けてくれ」と頼んだ所、「お前達の方が避けて通れ」と言い返され、そのまま口論に発展したんだそうだ。
嫌われ者のバルトニク騎士団との対決に、野次馬達からも「やっちまえ!」の声が上がる。
この一触即発の事態に、オルサーク家の騎士団が慌てて仲裁に入った
しかし、野次馬の目には、彼らはバルトニク騎士団と同じ合同騎士団――つまりは相手の増援に映った。
悲鳴をあげて逃げ惑う野次馬達。
危機感を覚えたナカジマ騎士団は抜剣。相手に襲いかかり、バルトニク騎士団も剣を構えてそれに応戦。
ナカジマ騎士団は増援を要請。連絡を受けた騎士団員は、慌てて現場に駆け付けると共に、コノ村に連絡をよこした。
『以上が事の次第となります』
『・・・そうですの』
ティトゥは何だか疲れた表情で相槌を打った。
ヤンキー漫画ばりの血の気の多い展開に、脳が理解を拒んでいるようだ。
『それで騒動を起こした騎士団員達はどうなったんですの?』
『我々が到着した時には、既に全員、ここの衛兵によって捕らえられておりました』
ティトゥは頷くと彼に命じた。
『では、全員をここに呼んで頂戴。私自ら問いただします』
次回「トマスの悩み」