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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第十七章 ナカジマ領収穫祭編
532/785

その7 傷害事件

 コノ村に朝日が昇る。

 当番の騎士が現れると、僕のテントの入り口を大きく開いた。


『ハヤテ様、おはようございます』

『オハヨー』


 僕の四式戦闘機ボディーは気温をほとんど感じないが、いつの間にか朝夕は肌寒くなっているらしい。

 外を歩き回っている使用人達は、ほとんどが長袖の上着を羽織っていた。

 そんな風にテントの入り口から外を眺めていると、二人の若いメイドさんが顔を出した。


『ハヤテ様、おはようございます』

『お、おはようございます』

『ハイ。オハヨー』


 二人はトマスの婚約者リーリアのお付きの侍女達だ。


 トマス達一行がコノ村にやって来てから、今日で早五日目。

 朝から忙しく動き回るナカジマ家の使用人達と違って、この二人は主人が起きるまで仕事が無いため手持ち無沙汰らしい。

 まあ、コノ村のみんなの朝は早いからね。

 そのため二人はこうしてあちこち歩き回っては、みんなに挨拶をしたり、ちょっとしたお手伝いをして時間を潰しているのだった。


『ハヤテ様。今朝はファルコ様達はいらっしゃらないんですか?』

『ちょっとゾラ。おやめなさい。はしたないわよ』


 ちょっとおっとりした小動物系のメイド――ゾラがテントの中をキョロキョロと見回した。

 キッチリした性格のそばかすのメイド――こっちはミラエナだっけ? が、慌てて同僚の少女を止めている。

 ゾラは人懐っこい性格らしく、僕が人間と会話が出来ると知ってからは、たまにこうして話しかけて来るようになっていた。

 逆にミラエナは、未だに僕という謎生物とどう付き合えばいいか分からないらしく、僕との距離感をつかみかねている様子だ。

 つまりアレだ。ゾラはティトゥやティトゥママに似たタイプで、ミラエナはティトゥパパや代官のオットーに近いタイプなんだろう。


『サンポ』

『ああ、お二人はお散歩に行ってるんですね』


 そうそう。そろそろ帰って来るころじゃないかな?

 ファル子達は以前はティトゥが起きるまで家の中で待っていたが、体が大きくなって自分でドアを開けられるようになったせいか、今では朝になると勝手に外に出て僕のテントにやって来るようになっていた。

 最近ではメイドさんが持ち回りで僕の所を見に来て、二人を散歩に連れて行くのが日課になっていた。


『そうだったんですか。あ、だったら、明日はもう少し早く来ますので、私がお二人を散歩に連れて行ってもいいですか?』


 僕の説明を聞いて、おっとりメイド・ゾラがハイハイと手を上げた。


『イイノ?』

『ハイ。朝はヒマなので。それにファルコ様と仲良くなるチャンスですし』

『ヒマってあなたねえ・・・まあ、そうなんだけど』


 最初の印象があまり良くなかったのか、ゾラは未だにファル子に警戒されている。

 彼女は散歩をきっかけにしてファル子との距離を詰めたいようだ。

 僕としては二人を散歩に連れて行ってくれるのは助かるけど、君らもお客様みたいなものなんだから、ヒマならギリギリまで寝ていればいいのに。

 そう思って彼女達に尋ねてみると、二人は口をそろえて『それはないです』と否定した。


『皆様が働いているのに、私達だけ寝ている訳にはまいりません』

『壁の薄い家だから、どのみち外の音で目が覚めちゃいますしね』

『こら! ゾラ!』


 ぶっちゃける同僚に、ミラエナが肘鉄を入れた。

 まあ、確かに。コノ村の家はどれも壁の薄い民家だからね。


『痛いです、ミラエナ』

『・・・あんた、私だからこの程度で済んでいるけど、お屋敷のメイド長なら、ムチでお尻を叩かれていた所よ』


 現代日本なら社会的規範(コンプライアンス)に引っかかりそうな話を聞いていると、賑やかなリトルドラゴン達がテントに飛び込んで来た。


「ギャウ! ギャウ!(パパ! パパ!)」

「ギャウ?(あ、ゾラ)」


 お転婆ドラゴンのファル子は、いつものように体中を泥だらけにしている。

 マイペースドラゴンのハヤブサはおっとりメイド・ゾラを見つけて立ち止まった所を、すかさず彼女に抱きかかえられていた。


『へへへーっ。ハヤブサ様、捕まえましたよーっ』

「ギャウー(捕まった訳じゃないけど。まあいいや)」

『ファルコ様、ハヤテ様にじゃれつくなら、体を拭いてからにして下さい』

『あ、私も手伝います』

「ギャウギャウ!(イヤー! 放して!)」


 二人を散歩してくれていたメイドが、慌ててファル子を捕まえた。

 ジタバタと暴れるファル子を、キッチリメイド・ミラエナがキレイに拭いている。


『サンポ ドコ イッタノ?』

『今朝の散歩はコノ村のすぐ裏だったんですが、ファルコ様がウサギか何かの穴に潜り込んでしまって』

「ギャウー(何もいなかった)」


 地面に潜ったまま中々出て来ないファル子に、彼女は穴の中で詰まって動けなくなってしまったのではないかと心配したんだそうだ。

 もう少し待って出て来なければ、村に助けを呼んで地面を掘り返してもらおうと考えていたという。


「ファル子。人に心配をかけちゃダメじゃないか」

「キュウ・・・(ゴメン)」


 僕に叱られてしょげ返るファル子。

 この子はいつもちゃんと言えば分かってくれるんだけど、鳥頭なのでその時になるとつい頭から抜けてしまうのだ。


「ハヤブサ。お前にも頼むよ。僕の代わりにファル子が暴走しないように見ておいてくれ」

「ギュウ(うん。注意しとく)」

「ギャウ! ギャウ!(私も! 私も! 私もハヤブサを注意しておく!)」


 ハヤブサに任せておけば大丈夫。なのか? まあ、しばらくは様子見で。

 そしてファル子。お前は勢いで僕とハヤブサの会話に参加したみたいだけど、自分で言っている意味を理解出来ているのか?

 う~ん。不安だ。


『アシタ ヨロシク』

『わ、分かりました。明日のお散歩はお任せください』


 おっとりメイド・ゾラは、ハヤブサを抱きかかえたままでフンスと気合を入れた。

 その時、ナカジマ騎士団の騎馬が慌ただしく村に駆け込んで来た。

 何事? と思っている間に、彼は馬をその場に乗り捨てると、ティトゥが使っている家に駆け寄った。


『何かあったんでしょうか?』

『サア』


 男は立哨の騎士団員と何やら話していたが、直ぐに二人は連れ立ってティトゥの家に入って行った。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 リーリアは外の物音で目を覚ました。

 彼女は一瞬、自分がどこにいるのか思い出せずに、ハッと息を呑んだ。


「そうか。私今、ミロスラフ王国にいるんだっけ」


 リーリアはベッドに横たわったまま、周囲を見回した。

 天上の低い狭い質素な部屋だ。

 テーブルの上には、昨夜寝る前に読んでいた本と水差しが乗っている。

 実はリーリアは本を読むのを苦手としていた。

 幼い子供にとって本は重いしかさばるし、文字を追っていると眠たくなるしで、彼女は実家の書庫には近付きすらしなかった。

 しかし、オルサークの竜軍師の婚約者ともあろう者が浅学では、将来、自分だけではなく夫にまで恥をかかせてしまう。

 そう思ったリーリアは、我慢して毎日少しずつ読み進めていた。


(どうして本を書く人って、持って回った難しい言い回しや私の知らない難しい言葉ばかりで書くのかしら。ひょっとしてこの人達って、わざと分かり辛く書いて「自分の方が賢いんだぞ」って自慢したいだけなんじゃないの)


 リーリアは恨めしそうに本の表紙を睨んだが、やがて小さくため息をついた。


「私ってダメね。すぐに理由を付けてイヤな事から逃げようとしてしまう。こんな事じゃナカジマ様に敵わないわ」


 コノ村で生活するようになって数日。

 リーリアはティトゥに強いコンプレックスを感じるようになっていた。


 最初。リーリアはどこかにティトゥにダメな所が無いかと、目を皿のようにして彼女の事を観察していた。

 リーリアにとって、ティトゥは自分の大好きなトマスが憧れる年上女性――婚約者の心を盗んだ恋敵である。(※リーリア視点)

 どうにかして悪い所を見つけて、トマスの目を覚まさせたい。

 リーリアはその一心で一日中ティトゥに張り付いていた。

 そんなリーリアにティトゥはやり辛さを覚えた。


「またあの子が見てますわ。ちょっとハヤテ。どうにかなりませんの?」

『いや、僕に言われても困るんだけど。あれじゃない? あの子、お兄さんはいてもお姉さんはいないみたいだから、働いているお姉さんに憧れがあるとか?』


 ティトゥは、「本当かしら?」と訝しんだものの、内心ではまんざらでもなかったようである。

 この数日。彼女は苦手な書類仕事にも、いつものようにだらける事もなく熱心に取り組み、代官のオットーを喜ばせていたのだった。


 そんなわけでリーリアの目から見たティトゥは、正に彼女が理想とする女性だった。

 輝くような美しい容姿。部下に対する毅然とした態度。山のような書類をテキパキと片付ける高い事務能力。

 リーリアの目には、ティトゥはまるで優秀なキャリアウーマンのように映っていたのであった。(※もちろん、事の真相はさっき述べた通りなのだが)


「それに比べて私は・・・」


 ティトゥの姿を知れば知る程、リーリアはいかに自分が何も出来ない子供か、思い知らされる思いがした。

 十年後、自分に今のティトゥと同じ事が出来るだろうか?


(これじゃ、トマス様が私よりナカジマ様に惹かれてしまうのも無理ないわ)


 リーリアは今まで一度も感じた事のない敗北感を(自分で作って自分で勝手に)味わっていたのだった。




 リーリアが気を取り直して身支度を整えて部屋を出ると、そこにはトマスとアネタがいた。

 トマスは外出用のコートを羽織り、護衛の騎士を従えていた。

 どうやらトマスは村の外に出る前にアネタを預けにこの家に来ていたようである。

 物々しい雰囲気に、リーリアは慌ててトマスに尋ねた。


「トマス様、どうされたのですか? こんな朝早くに」

「リーリア。少し用事が出来たので――いや、君にも言っておいた方がいいか」


 トマスは少し言いよどんだが、リーリアも知っておいた方がいいと判断したようだ。


「宿舎団地で、我々の騎士団員達が傷害事件を起こしたそうだ。詳しい事までは分からないが、全員ナカジマ家の騎士団に取り押さえられたらしい。ナカジマ様はハヤテ様に乗って、もう現場に向かっている。私もこれから馬で向かうつもりだ」


 先程リーリアが聞いた音。あれはティトゥを乗せてコノ村を飛び立つハヤテの音だったようだ。

 リーリアは思いもよらない事態に青ざめるのだった。

次回「宿舎団地へ」

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― 新着の感想 ―
[一言] >>気温をほとんど感じないが 平常時なら、油温計がそのまま気温になるんですかね? 正確な気温付きの気象記録が残せるぜ!(誰もやらない)
[良い点] 酒に酔ってのトラブルなんかな…?なんにせよこの件が片付いたら報告に向かったついでくらいでピスカロヴァーの争いは解決しそうな気もする。ハヤテの武名(?)も高まってきてるしその姿をみただけで蜘…
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