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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第十七章 ナカジマ領収穫祭編
531/785

その6 砦からの訃報

◇◇◇◇◇◇◇◇


 時間は二週間程前。

 トマス達がナカジマ領に向けて出発した直後に遡る。

 ここはリーリアの実家、バルトニク男爵家の屋敷。

 一人娘が旅に出た事で少し寂しくなった屋敷に、領境の砦からの急報がもたらされた。


「何?! ベルハルク将軍が急死しただと?!」


 リーリアの父、バルトニク家当主グスタフは、思いもよらない訃報に声を荒げた。

 彼の妻は夫の様子に驚いた。

 いつも飄々とした態度を崩さない夫が、普段見ない深刻な表情になっている。

 何か取り返しのつかない出来事が起きたのは間違いない。

 彼女は不安を覚えて夫に尋ねた。


「あなた。ベルハルク将軍とは一体?」


 この世界では未だに男尊女卑の傾向が強い。

 彼女も貴族家の淑女のご多分に漏れず、軍事だの将軍だのについては詳しく知らなかった。


「――ウチの北西にあるフォルタ砦の指揮官だ。隻眼将軍、と言えば聞き覚えはないか?」

「隻眼将軍?! あの方が亡くなったんですの?!」


 ベルハルク将軍は長年に渡ってこのピスカロヴァー伯爵領(現王国)を守って来た、いわばピスカロヴァーの守護神とも言うべき存在である。

 将軍はかつて、他領から流れて来た野盗化した傭兵団と戦った際、敵の首魁の細身の剣(レイピア)に左目を貫かれながらも、ひるむことなく相手を絞め殺したという武勇伝の持ち主である。

 片目となった姿から、後に”隻眼将軍”とも呼ばれている。

 彼はピスカロヴァー伯爵が国王となった際、第一軍団の将軍として軍部のトップに任じられていた。


 グスタフは連絡の騎士に振り返った。


「それで、将軍はどのような原因で亡くなったのだ?」

「はっ。ベルハルク将軍閣下は、軍の視察の最中に落馬され、意識を失われました。急ぎ周囲の者達が砦まで運び、医者による治療が行われましたが、そのまま回復される事は無く、お亡くなりになられました」

「落馬――まさかあの隻眼将軍がそんな理由で」


 グスタフは絶句した。

 かつて彼はピスカロヴァー家(※当時伯爵)の屋敷で、何度かベルハルク将軍と言葉を交わす機会があった。

 将軍は豪放磊落(ごうほうらいらく)を体現したような男で、グスタフは彼ほど、殺しても死なないような男、という言葉がピッタリ来る人物を知らなかった。

 もちろんグスタフも、落馬事故を甘く見ている訳ではない。打ち所が悪ければ大怪我をするのも知っているし、最悪、命に関わる事故もあり得るとも知っている。

 しかし、まさかベルハルク将軍程の武将が、事故が原因でこの世を去るとは思わなかったのである。


 ちなみに将軍の本当の死因は、脳動脈瘤破裂――いわゆる、くも膜下出血によるものであった。

 しかし、まだレントゲンも発明されていないこの世界では、脳内出血を発見する術はなかったのだ。

 また、仮に分かったとしても、未発達な医療技術では繊細な脳の外科手術は不可能だったに違いない。

 こうしてベルハルク将軍の死は、落馬が原因による事故死、と診断、いや、誤診されたのである。


 将軍の死は確かに不幸な出来事だった。

 しかし、彼の死は単に一人の将軍の死に留まらなかった。

 絶対的な守護神の喪失。

 それは国の守りにポッカリと大きな穴が開いてしまった事を意味していた。


「――将軍の死を知る者は? つまり、今からでも情報の封鎖は可能と思うか?」

「それは・・・ムリではないでしょうか」

「・・・だろうな。フォルタの町は旅人の集まる宿場町だ。じきに、隣の領地にも噂は広がるだろう」


 グスタフは苦虫を噛み潰したような顔になった。


 フォルタ砦はここ、バルトニクの地の北西に位置する砦である。

 その役割はピスカロヴァー領が隣接する領地――カメニツキー伯爵領からの侵略に備えるものとなる。

 侵略に備える、と言うと物々しく聞こえるかもしれないが、代々ピスカロヴァー伯爵家とカメニツキー伯爵家は良好な関係を築いている。

 そのため、今では砦の存在も有名無実化し、砦の麓には兵士の需要を見越した町が作られ、領境の宿場町として大いに発展していた。

 人の口に戸は立てられぬ。

 将軍の死という重大事件に対して、宿場町の者達全員に緘口令を敷けるとはとても思えなかった。


 連絡の騎士が部屋を退室すると、グスタフは独り言ちた。


「問題になるのは隣の領地。将軍の死を知ったヘルザーム伯爵がどう動くか」


 既に役目を終えたと思われたフォルタ砦だったが、ここ最近の情勢の変化で、突如、注目が集まっていた。

 その理由はヘルザーム伯爵によるカメニツキー伯爵領の併呑である。


 かつてはヘルザーム伯爵軍の力とカメニツキー伯爵軍の力はほぼ互角と見られていた。

 しかし、カメニツキー伯爵家の当主は、王都バチークジンカが帝国に攻め滅ぼされて以来、心労のあまり病床に伏せる事が多くなっていた。

 トップの不在は末端の腐敗を招く。祖国滅亡の混乱の中、カメニツキー伯爵軍はみるみるうちに力を失っていった。

 野心家のヘルザーム伯爵はこのチャンスを見逃さなかった。

 ヘルザーム伯爵軍の侵攻に、カメニツキー伯爵軍はなすすべもなく敗北。カメニツキー伯爵本人も病床の中、屋敷を略奪に来た敵兵に見付かり命を落としたと言われている。


 こうしてカメニツキー伯爵領はヘルザーム伯爵の手に落ちた。

 ヘルザーム伯爵は勝利の余勢をかって、カメニツキー伯爵領の隣――このピスカロヴァー伯爵領(※当時。現王国)に攻め込んで来るものと予想された。

 緊張が高まる中、ピスカロヴァー伯爵は、慌ててフォルタ砦を修復。その地に彼が最も頼りにしている男――ベルハルク将軍を総司令官に任命した。

 結局、予想は外れ、ヘルザーム伯爵はなぜかミロスラフ王国へと攻め込んだのだが、それはさておき。

 野心家のヘルザーム伯爵が、まだこのピスカロヴァーの地を諦めていないのは誰の目にも明らかだった。


「ヘルザーム伯爵がベルハルク将軍の死を好機と捉え、軍を動かすかどうか。ミロスラフ王国との戦いで多くの兵を失ったとはいえ、その大半はカメニツキー伯爵軍だったとも聞く。

 ――こんな事なら、ヘルザーム軍とミロスラフ軍が互いに争い、十分に消耗するまで様子を見るべきだったのかもしれないな」


 グスタフはそう呟いた直後に、「いや、それはないか」と、自分で自分の思い付きを否定した。


 あの時、ミロスラフ軍とヘルザーム軍は膠着状態にあった。

 堅固な砦に立てこもり、防衛に徹したミロスラフ軍。

 攻め手を欠き、攻めきれないヘルザーム軍。

 そんなヘルザーム軍の背後から、ピスカロヴァー王国軍が襲い掛かった。

 ヘルザーム軍の指揮官は退路を断たれる事を恐れ、慌てて撤退。領地へと戻った。

 その翌日、ミロスラフ王国では、新国王カミルバルトが、彼の即位に反対して反旗を翻したメルトルナ家当主ブローリーを討伐。反乱の芽を摘み、国内を纏め上げる事に成功している。


「後五日、出兵が遅れていれば、ミロスラフ王国は砦に援軍を送り、自分達だけでヘルザーム軍を撃退していただろう。ミロスラフ王国に恩を売れるのはあのタイミングしかなかった。それは間違いない」


 この同盟でピスカロヴァー王国はミロスラフ王国の後ろ盾を得る事に成功した。

 しかし、その代償として、ヘルザーム伯爵とは修復不可能な敵対関係となってしまったのである。


 グスタフの妻が不安そうに夫に尋ねた。


「隻眼将軍なしで、フォルタ砦は大丈夫でしょうか?」

「・・・正直言って分からん」


 ピスカロヴァー伯爵領は、長年に渡ってベルハルク将軍を守りの盾、”大鷲”バルターク家の騎士団を攻めの鉾としていた。

 しかし攻めの鉾バルタークの騎士団は、王都バチークジンカの防衛戦で、帝国軍の精鋭部隊”白銀竜兵団”によって壊滅的な被害を被った。

 今回、ピスカロヴァー王国は攻めの鉾に続いて、守りの盾まで失ってしまったのである。


「そんな。もしもフォルタ砦が攻め落とされてしまったら・・・」

「ここ、バルトニクの地で迎え撃つ事になるだろうな。クソッ」


 バルトニクの地は、元々、ピスカロヴァー伯爵家の所領だった。庶子のグスタフが男爵家として独立するに当たって、彼の父親は街道の要所となるこの裕福な土地を息子に与えたのだ。

 それがよもや、ゾルタ王家が滅び、バルトニクのフォルタ砦が国防上の最前線になろうとは。

 数年前には想像すら出来ない未来が現実のものとなっていた。


「ねえあなた。トマスさんのご実家に兵を出して貰えるように頼めないかしら?」

「竜軍師の実家。オルサーク家か」


 帝国軍との戦いによって力の落ちた大鷲バルターク家。

 現在、バルターク男爵家に代わり、この国の新たな鉾となるべく期待されているのは、若き救国の三英雄を抱えるオルサーク男爵家――トマスとアネタの実家である。


「トマスさんはリーリアの婚約者。お願いすればバルトニクを助けるためにフォルタ砦に援軍を送ってくれるんじゃないの?」

「いや、それはない。フォルタ砦は父上の――ピスカロヴァー国王の直接の指揮下にある。オルサークの騎士団が勝手に加わる訳にはいかない。

 協力を頼めるのならば砦が破られたその後。ヘルザーム伯爵軍がバルトニクに攻め込んで来て、我々の騎士団が防戦に入った時。

 それならば協力者としてわが軍と共同戦線を願い出る事が出来る」


 だが、その時には既にフォルタ砦が落ちた後。フォルタの町はヘルザーム軍に奪われ、近隣の村々も略奪と破壊の被害に遭った後になるだろう。


「そんな! そうでなくても、昨年は帝国軍に荒らされて、今年の収穫は例年の半分にも満たなかったというのに!」


 二年連続で領地が荒らされれば、生活が立ち行かなくなり、流民となる者達も増えるだろう。

 限界を超え、消滅してしまう村も出て来るに違いない。

 そもそも、ヘルザーム伯爵の侵略自体が、不足している食料を他領から略奪する、という狙いもあるのだ。


「分かっている。一応は父上に――陛下にオルサーク家に協力を要請するように進言だけはしておこう。そうだ、砦の戦力補強ではなく、フォルタの町の防衛を頼むという形でなら、フォルタ砦の騎士団との軋轢も生まないだろう」


 グスタフは祐筆を呼ぶとピスカロヴァー国王に宛てた手紙をしたためた。


(父上は俺の進言を受け入れてくれるだろうか? いや、父上ならば道理を説けば理解してくれるか。となると、王子のダンナの反応が気がかりだ。アイツは父上と違って感情的だからな。妙なプライドを発揮して俺の意見に反発したりしないだろうか)


 グスタフは異母弟のダンナの反発を心配していたが、結論から言えばそれは杞憂に終わる。

 小さいながらも一国の王位継承者となった事で、彼にも為政者の自覚が芽生えていたのかもしれない。

 グスタフの進言はほぼ取り入れられ、ピスカロヴァー国王からオルサーク家に、出兵命令が出された。

 オルサーク家当主マクミランは国王からの命令を受け入れ、彼の弟”万夫不当の勇者”パトリクに一軍を与えて出兵させた。


 こうしてピスカロヴァー王国と旧カメニツキー伯爵領の領境では、次第に緊張が高まっていったのである。

次回「傷害事件」

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[気になる点] >>庶子のグスタフが男爵家として~ >>それがよもや、ゾルタ王家が滅び~ グスタフは「その24 オルサークの竜軍師」で、"俺の一生は、せいぜい町の代官か、砦の指揮官止まりで終わると思っ…
[良い点] 収穫祭編だからのほほん回かと思いきやなんだかきなくさくなってきましたね…。まぁいざとなればハヤテがとんでいって敵軍を刈り取っちゃえばいいかもですが…収穫だけにw
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