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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第十七章 ナカジマ領収穫祭編
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その3 リーリアの旅

◇◇◇◇◇◇◇◇


 街道を行く旅人たちは、興味深そうにその一行を見送った。

 一台の馬車と、二十人程の護衛の騎馬隊。

 その人数はともかく、街道では貴族の馬車とその騎士達はそれほど珍しい物ではない。

 旅人達が彼らに違和感を感じた原因。それはどこか見慣れない騎士団の装備。そしてこの国ではあまり見ない仰々しいデザインの家紋にあった。

 それもそのはず。この馬車はこの国の貴族家のものではない。

 ペツカ山脈を越えた北。旧隣国ゾルタ、現ピスカロヴァー王国の男爵家、オルサーク家の馬車だったのである。


 馬車では一人の少年と二人の少女。それと二名のメイドが揺られていた。

 まるで少年が主人公のハーレム系転生小説の挿絵のような光景だが、勿論そんなはずは無い。

 少年の名はトマス。二人の少女は、彼の妹のアネタと、婚約者のリーリア。二人のメイドはリーリアの実家からやって来た、彼女の身の回りの世話をするお付きの侍女達であった。

 トマスは正面に座っているリーリアに声をかけた。


「リーリア。疲れているのか?」


 リーリアは首を揺らしてうつらうつらとしていたが、婚約者の声にハッと我に返った。


「そ、そんな事ありませんわ。トマス様」

「そうか? 辛いようなら言ってくれ。途中で休憩を取ろう」


 三人がナカジマ領を目指して、オルサークを出発してから今日で約二週間。

 今日の夕方には旅の目的地であるコノ村に到着する予定である。




 旅の出発前夜。リーリアは興奮して中々寝付けなかった。

 これから何か月もずっと婚約者のトマスと一緒に過ごす事になる。勿論、それも嬉しかったが、リーリアにとって外国への旅行が――いや、これ程長い旅自体が初めての経験だったためである。


 彼女が覚えている限り、最も遠くまで行った旅行先は、小ゾルタの王都バチークジンカだった。

 どこまでも続く高い城壁と、歴史ある優雅な町並み。

 リーリアは声も出せない程圧倒され、偉大なゾルタの貴族家に生まれた事を誇り高く感じたものである。

 しかし、残念ながらその王都は、昨年末。突如として南下して来た帝国軍の大軍勢によって、略奪と破壊の炎に包まれた。

 ゾルタ王家が断絶した今、王都バチークジンカを再建する者もなく、かつての町並みはその面影を失い、見る影もなく荒廃しているという。


 こうして旅行に挑んだリーリアであったが、馬車の旅というものは案外キツイものである。

 彼女はすぐに後悔する事になった。

 もし、すぐ目の前にトマスがいなければ。あるいは将来、義理の妹になるアネタがここまで平気そうな顔をしていなければ、彼女は旅の途中で絶対に弱音を吐いていただろう。

 彼女はこの旅行中に仲良くなったアネタにコッソリ尋ねた。


「なんでアネタはそんなに元気一杯なんですの?」

「う~ん。慣れ?」


 可愛く小首をかしげる少女に、リーリアは「やっぱりこの子も三英雄の妹なのね」と、良く分からない納得をしたのだった。


「ここにハヤテ様がいてくれれば良かったのに。ハヤテ様なら、あっという間にコノ村まで運んでくれたはずだわ」

「ハヤテ――ミロスラフのドラゴンの名前ね」


 ハヤテ。

 その名は彼女の婚約者の話に何度か出ていた。(実際は、何度かどころか、かなりの頻度で出ていたはずなのだが)

 ミロスラフ王国のドラゴン。姫 竜 騎 士プリンセス・ドラゴンライダーの契約竜。

 ペツカ山脈を軽々と飛び越え、一日にミロスラフとゾルタを何度も往復し、一撃で外洋船を沈め、帝国の一軍を単独で壊滅させる脅威の超生物。


(トマス様がお話ししてくれた事だから、信じたいんだけど・・・)


 リーリア達はこうして毎日のように険しいペツカ山脈を見上げ、何日もかけてナカジマ領を目指している。

 彼女は「本当にそんなデタラメな生き物なんて、この世にいるのかしら?」という疑いの気持ちが湧き上がって来るのを止める事が出来なかった。


 旅行に出てから一週間後。馬車はようやく国境となる砦に到着した。ここから先はミロスラフ王国――外国である。

 生まれて初めて外国の土を踏むという事実に、リーリアはさすがに興奮を覚えた。


「トマス様、ミロスラフの王都はどんな所ですの? 私、バチークジンカには行った事がありますが、他の国の王都はまだ見た事がありませんの」


 トマスは申し訳なさそうに婚約者の少女に謝った。


「済まないリーリア。今回はミロスラフの王都には寄らないんだ」

「えっ?」


 ミロスラフ王国は国境から南北、そして東西へと、二本の街道が走っている。

 南北の街道はこの国の王都へと繋がる、メインの街道。

 そして東西の街道はペツカ山脈の南、大湿地帯に沿うように走り、この国で最大の貴族家となるネライ家の領地を通り、この国最大の港町となるボハーチェクへと繋がっている。

 ちなみにナカジマ領に通じているのは、こちらの東西の街道の方である。


「といった訳で、我々が通る東西の街道は王都には行かないんだよ」

「そうだったんですの・・・」


 リーリアは上向きになった心がしぼんでいくのを感じていた。

 しょげ返った婚約者に、トマスは言葉を掛けた。


「リーリアにとってこの国が初めてだというのをすっかり失念していたよ。済まなかった。今回は予定を変える事は出来ないが、帰りには是非、王都に寄るようにしよう。今はそれで我慢してくれないか?」


 貴族が大きな町に入る時は、先にその町の代官に――外国の王都の場合は母国の大使館に連絡を入れておかなければならない。

 勝手の分からない他国の都市でトラブルを避けるための当然の心得であり、自分の身の安全を守り、ひいては実家に迷惑を掛けないようにするための保険のようなものである。

 これが普通の感覚で、ハヤテに乗ってお隣感覚で国から国へと飛び回るティトゥが常識外れなだけなのである。


 申し訳なさそうにするトマスに、リーリアは羞恥で頬がカッと熱くなるのを感じた。


(何をやっているのよ私は! この旅行は私のための物じゃない。トマス様のお仕事のための旅行なのよ。それなのにトマス様にご迷惑をおかけてどうするの。

 それにしてもトマス様はなんてお優しい。私のわがままに気を悪くするどころか、むしろ気遣ってくれるなんて。本当にこの方は私の理想の旦那様だわ)


 リーリアは反省半分、のろけ半分といった感じで、密かに身もだえした。


「リーリア?」

「な、何でもありませんわ! 私、今後はトマス様の妻として恥ずかしくないように――「あっ! リーリア様、あちらを! 大変愛らしい小鳥が飛んでいますわ!」」

「あ、あら本当! ほら、リーリア様、あちらの二羽はつがいでしょうね!」


 突然、リーリアのメイド達が主人の言葉を大声で遮り、窓の外に注意を向けた。

 トマスは「?」と頭にクエスチョンマークを浮かべながらも、メイドの無作法をとがめる事はしなかった。


「ヒソヒソヒソ!(ちょっとリーリア様! 何やってるんですか! 結婚前に奥さん風を吹かしてはダメだと、あれ程言っておいたじゃありませんか!)」

「ヒソヒソヒソ!(そうです、そうです! 男性というのは束縛されるのを嫌うものなのです! トマス様に「重い女」と思われて敬遠されたらどうするんですか!)」

「ヒ、ヒソヒソ(ご、ごめんなさい。あまりにトマス様がステキ過ぎてつい・・・)」


 メイド達にガチのダメ出しをされて、半べそをかくリーリア。

 分かった風な事を言っているメイド達だが、二人共年齢は高校生くらい。ちなみに結婚どころか、まともに男性と付き合った事も無い、単なる耳年増であった。

 小声でひそひそと怒鳴り合うリーリアとメイド達を、アネタは生暖かい目でジッと見守っている。


「ボソッ(やっぱりリーリア義姉様は私が手伝わないとダメみたい)」

「ん? 何か言ったかアネタ」

「何でもないわ、兄様」


 アネタはニッコリと微笑むと、機嫌良さそうにイスに座った足をブラブラと揺らすのだった。

 



 ミロスラフ王国の街道を進む事四日目。

 トマスは護衛に騎士に声をかけた。


「そろそろナカジマ領に入ったようだ。ここからは速度を上げて進もう」

「はっ」


 トマスと騎士のやり取りを不思議に感じたリーリアだったが、彼女の疑問は直ぐに解消する事になる。

 明らかに街道が整備され、走り易くなっていたのだ。

 道幅は広がり、歩きの旅人を気遣わずに良くなったばかりか、路面も土を入れて平らに転圧されているらしく、(わだち)に車輪が取られる事も無くなっていた。

 その分、荷馬車や荷車と出会う頻度は増えたが、彼らは貴族家の馬車が近付いて来たと見るや、路肩に避けてくれるため、トマス達の進行が妨げられる事は無かった。

 急に人通りの増えた街道に、リーリアは新鮮な驚きを感じた。


「この辺りは、随分と賑わっているのですわね」

「いや、それは違うよリーリア。ここだけではなく、ナカジマ領全体が活気づいているんだ。流石はナカジマ様――いや、ハヤテ様のお力もあるかな?」


 トマスはそう言って少し遠くを見るような目をした。

 リーリアは自分の不注意な一言が、トマスに恋のライバル(※リーリアが勝手に勘違いしているだけだが)の事を思い出させてしまったと思い、密かに下唇を噛んだ。

 その時、窓から外を眺めていたアネタが大声で叫んだ。


「兄様! あそこ! ハヤテ様だわ!」

「ハヤテ?! ミロスラフのドラゴン?!」


 ハッとするリーリア。

 トマスは御者に命じて馬車を停めさせた。

 トマス達は馬車から降りると秋の空を見上げた。


「兄様! ホラ! あそこ!」

「――確かに。良く気が付いたなアネタ」

「・・・あれがドラゴン」


 西の空。遥か彼方に、目をすがめなければ見えないような小さな黒い点が浮かんでいた。


「ハヤテ様、私達に気付いてくれないかな?」

「流石にムリなんじゃないか? ハヤテ様は俺達よりもずっと目が良いと聞いた覚えがあるが、俺達がここにいると知らないはずだからな」


 それでもアネタは頑張って両手を振っていたが、小さな点はやがて空の彼方に消えてしまった。


「ああ、見えなくなっちゃった」

「丁度、コノ村に帰る所だったのかもな。さあ、もう行こう」


 トマスは、まだ名残惜しそうに西の空を見上げているアネタの手を取って馬車に乗せた。


「リーリアも」

「あ、はい」


 リーリアはちょっとドキドキしながらトマスの手を借りて馬車に乗り込んだ。


「よし。出してくれ」


 馬がブルルと鼻を鳴らすと、馬車がガタンと動き始めた。

 僅か数分の出来事だったが、これがリーリアが初めてドラゴンを――ハヤテを見た経験となった。


 それから三日後。彼らは無事にコノ村に到着。

 リーリアは遂にハヤテとの衝撃の出会いを果たす事となるのであった。

次回「ミロスラフのドラゴン達」

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― 新着の感想 ―
[一言] そういえばなろうだとこの手の馬車の乗り心地の悪さからサスペンションだのスプリングだので馬車の乗り心地を改良する話がよくありますけど、ハヤテはやむなく荷車に載せられることはあっても馬車に乗るこ…
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