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閑話16-1 危険な遊戯

 久しぶりの更新です。

 今回はランピーニ聖国を舞台にした二本立てのお話になります。

◇◇◇◇閑話その1 第六王女の帰還◇◇◇◇


 大陸の南西。カルシーク海に浮かぶクリオーネ島。

 この島のほとんどを治める最大の国、ランピーニ聖国。

 高い文化と文明を誇る、聖国の中心地、聖王都。

 その歴史ある美しい街並みを眼下に臨む、壮麗な白亜の城。

 その王城の応接室で、宰相夫人カサンドラは腹違いの妹――第六王女パロマとテーブルを囲んでいた。


「こんなに長くこの国を離れたのは初めてだったわ。なんだか新鮮な経験ね」


 パロマ王女は紅茶の香気をくゆらせながら、しみじみと呟いた。

 そんな王女の姿に、赤毛の派手な美女――王女の姉、宰相夫人カサンドラは密かに感心していた。


(思えばこの一年で、この子も随分と落ち着いたものね)


 パロマ王女が海賊にかどわかされた事件から早一年。

 王女はあの辛い経験を経て、確実に精神的な成長を遂げていた。

 その影響は下の妹、第七王女ラミラにも及んでいる。こちらの方はまだ危うげな所も残るものの、それでもこの一年で随分と大人びた態度を取るようになっていた。


(こうなってみると、王族の誘拐と言う最悪の不祥事も、悪い面ばかりではなかったのかもしれないわね)


 結果として、パロマ王女はこうして無事だった上に、子供じみた身勝手な性格が改まり、王女としての自覚も芽生えている。

 そして王女の救出作戦を通じて、ミロスラフ王国の竜 騎 士(ドラゴンライダー)ともよしみを結ぶ事が出来た。

 人間、万事塞翁が馬、とは良く言ったものである。


 カサンドラは少しの間感慨に浸っていたが、いつまでもこうしてお茶を楽しんでいる訳にはいかない。

 彼女の仕事はいつでも山積みなのだ。

 カサンドラはカップを置くと、早速本題を切り出した。


「それでパロマ。ミロスラフ国王とあなたとの婚約だけど――」

「そ、それは・・・性急に決めて悪かったとは思っているわ。けど、あの時はああするのが一番だと思ったのよ」


 パロマ王女は不安げに視線を泳がせた。

 王女は一ヶ月ほど前、ミロスラフ王国の新国王、カミルバルトの即位式の際に、彼との婚約を発表している。

 その後、ミロスラフ王家が上士位筆頭メルトルナ家との戦闘に入ったため、パロマ王女は安全のためしばらく王城に留め置かれる事になった。

 戦いも終わり、最近になって国内の治安も落ち着いたため、パロマ王女はようやく母国に帰国出来たのである。


「別にとがめている訳じゃないわ。あなたにあちらとの成婚を持ちかけるように命じたのは私だし、むしろ良くやってくれたと思っているのよ」

「そ、そうなの? だったらいいんだけど」


 明らかにホッとするパロマ王女。

 奔放な王女は、昔からこの厳しい姉に何かにつけて叱られていた。

 カサンドラは彼女が苦手とする数少ない人間の一人であった。


「それで、向こうにはいつ戻る事になっているのかしら?」

「そうね。次は結婚式の時だから、来年の春以降になるんじゃないかしら」


 ミロスラフ王国では新国王の即位式が終わったばかりである。いくらおめでたい話とはいえ、こうも立て続けに大きな式典を行うのは財政に負担がかかりすぎる。

 それに、式典に参加しなければならない国内の領主達も、やはり大きな負担を抱えてしまう。

 第二のメルトルナ家(造反者)を出さないためにも、今は慎重な行動が求められる時期にあった。


「あらそう。だったらあまり時間は無いわね」


 カサンドラ夫人はパンパンと大きく手を鳴らした。

 事前に命じられていたのだろう。白髪の老紳士が部屋に入って来た。

 その一部の隙も無い完璧に作法にのっとった慇懃な姿に、パロマ王女は内心で「うげっ」と声を上げた。

 彼こそは王女が姉のカサンドラよりも苦手とする男。この世で彼女がもっとも苦手とする最大最悪の天敵。

 宮廷作法の教師、宮中祭祀長であった。


「・・・あの、カサンドラ姉さん。何でこの人を呼んだのかしら?」

「これから他国に嫁ぐんですもの。聖国の恥は晒せないわ。あなたには宮廷作法をしっかりと覚えて頂きます」

「げっ! ――え、ええと、出来れば他の人から教わりたいんだけど。その、彼も仕事が忙しいだろうし」

「あなたを一流の王族にして送り出す以上に大切な仕事はないわ。ではパロマ。しっかり学びなさい」

「ええっ?! 今から?! ちょ、私、さっき王城に着いたばっかりなんだけど?!」


 パロマ王女の必死の抗議は通じなかった。

 王城に王女の悲鳴が響き渡り、彼女の地獄の特訓の日々が幕を開けたのであった。


◇◇◇◇閑話 その2 危険な遊戯◇◇◇◇


 パロマ王女の悲劇から数時間後。

 夜の王城の一室に、密かに男達が集まっていた。


「おい、もっと明かりを絞れないのか? これじゃカーテン越しに光が漏れるぞ」

「いつもより人数が多いからな。これ以上暗くして手元を見え辛くする訳にはいかんだろう」


 男達は声を潜めながらも、興奮が隠し切れない様子だった。 


「今日は何だか賑やかだな」

「パロマ殿下の護衛でミロスラフに行っていたヤツが、久しぶりに戻ったからな」

「ああ、それで参加人数が多いのか」


 パロマ王女の護衛。どうやらこの部屋に集まっている者達は、王城の護衛の騎士達のようだ。


「いいから、早くはじめようぜ。お前らと違って、ミロスラフまで行っていた俺達は随分とご無沙汰なんだ」

「まあ待て。レックスがまだ来てない。今週の勝敗表はアイツが持っているんだ」


 その時、勢い良くドアが開かれた。

 大きな音に、全員がギクリと身をすくめる。

 ドアを開けたのはまだ若いそばかすの青年だった。


「レックスかよ。脅かすな。勝敗表は忘れずに持――」

「マズいぞ! この集まりが隊長にバレた!」


 青年の――レックスの言葉に全員がギョッと目を剥いた。


「お前、まさか俺達を売ったんじゃないだろうな?! いくら今週は負けが込んでいたからって、見損なったぞ! それでも王家を守る正義の騎士か!」

「そんな訳ないだろ! それより急いで逃げるんだ! 今、隊長が捕獲のための人手を集めている! 俺は隙を見つけて知らせに来たんだ!」


 レックスの必死の形相に、男達は慌てて立ち上がった。


「どっちに逃げる?!」

「中庭に逃げ込もう! あそこなら隠れる場所が多い!」

「ダメだ! 中庭は何度もミロスラフのドラゴンが降りた事で、庭師がやる気をなくして荒れ放題だ! お前らは知らないだろうが、ドラゴンはつい最近もやって来て、僅かに残った庭木も根こそぎ薙ぎ倒してしまった! 今は空き地も同然だ!」

「だったらどうする?!」


 男達が急いで部屋を出ると、ガチャガチャと鎧の擦れる音が耳に飛び込んで来た。


「ヒソヒソ(もう追手が回っている! おい、ヤバイぞ!)」

「ヒソヒソ(くっ・・・こうなればバラバラに逃げるしかない。みんな、無事に逃げ延びろよ。もし捕まったとしても、騎士の名にかけて仲間を売るようなマネだけはするな!)」


 男達は決意を秘めた目で頷き合った。


「「「「王家の剣に誓って!!」」」」

「向こうで声がしたぞ! あっちだ!」

「しまった!」


 こうして夜の王城の一角で、衛兵達の逃走劇が始まったのだった。




 翌日。

 王城の執務室で、聖国宰相アレリャーノは騎士団長から報告を受けていた。


「規律に違反した騎士団員達を捕えた――か」


 昨夜。王城で禁止されている賭け事に興じていた騎士団員達が数名、捕えられたという。

 彼らは連日王城の一室に集まって、賭け事を行っていた所を一斉検挙されたと言う。


「捕まったのは四名。しかし、それ以上の者達が参加していたのは間違いありません」

「まあ、そうだろうな」


 彼らはどんなに厳しく詰問されても黙秘を貫き、決して仲間の名前を口にしていないという。

 隊長は「騎士団員としては、ある意味天晴な心意気なのですが・・・」と苦虫を噛み潰したような顔になった。

 彼は隊員をとがめるどころか、むしろ彼らに同情するような表情を浮かべた。


「あの。そろそろドラゴンルールは解禁にしても良いのではないでしょうか?」


 ドラゴンルール。それは昨夜、騎士達が行っていた「賭けジェンガ」の事である。

 昨年の夏、ミロスラフ王国のドラゴン・ハヤテから伝えられたこの賭け事は、瞬く間に王城の中で流行し、一時は借金を作った使用人や騎士達が金策に走り回る姿があちこちで見られた。

 事態を重く見た宰相夫妻は、城内に「ドラゴンルール禁止令」を出し、緩んだ綱紀を厳しく引き締めた。


「既に一時の熱は収まっています。今、許可しても、遊びの範囲を超えて金を賭ける者もいないと思われます」


 この国でも昔から普通に賭け事は行われている。隊長だって付き合いで遊んだ事は何度もある。

 代表的なものはサイコロを使ったサイコロ賭博だ。しかし、それらの賭け事とドラゴンルールとの間には明確な違いがあった。

 それはプレイヤーの「技術介入の有無」である。

 サイコロ賭博は所詮は運否天賦(うんぷてんぷ)。一度サイコロをえいやと振れば、後は賽の目次第。何が出るかは完全に運任せとなる。

 それに対して、ドラゴンルールは個人の技術(スキル)が介入する余地がある。戦略や駆け引きがある。

 そこがプレイヤーを夢中にさせたのである。

 とはいえ、ドラゴンルールが流行してから一年。


「今となればドラゴンルールに熟知している者とそうでない者とに分かれています」

「負けると分かっていて大金を賭ける者はいない、か」


 そう。技術が介入する余地があるがゆえに盛り上がったが、それゆえにかつての流行は無いとも言える。

 あの時はみんなが初心者だった――適度に下手くそだった――からこそ、公平なギャンブルとして成立していたのである。


「分かった、考えておこう。昨夜捕らえた者達にもあまり厳しい処罰を与えないように」

「はっ!」


 隊長は踵を打ち鳴らして敬礼すると、執務室を後にした。

 宰相は一人になると大きなため息をついた。


「・・・ミロスラフのドラゴンは、どこまで我々を振り回してくれるんだ」


 もしもこの時のボヤキをハヤテが聞けば、「いや、僕のいない所で起きた事に文句を言われても困るんだけど」とでも言ったかもしれない。

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― 新着の感想 ―
[一言] >>今は空き地も同然 せっかくだから整備して滑走路にしちゃいましょう。(暴論)
[良い点] ハヤテが実際サイコロを振ったわけでもないのに風評被害にもほどがあるw [一言] クロ子∶あれ、私の出番…? 水母∶出番は風と共に去った クロ子∶な、なんだって〜
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