エピローグ 秋の訪れ
今回で第十六章が終了します。
僕はいつも通り、コノ村へと続く街道に着陸した。
エンジンが停止し、プロペラの回転が止まると、ティトゥが風防を開けて、出迎えに来ていた使用人達に声をかけた。
『誰か手伝って頂戴! トレモ船長をハヤテから降ろしますわ!』
『ガチガチガチガチ・・・お、俺は死ねない・・・ア、アデラともう一度会う日までは・・・』
結局、トレモ船長は最後まで飛行機恐怖症を克服出来なかったようだ。
彼は今も青い顔をして胴体内補助席でブルブルと体を震わせている。
久しぶりとなる長距離飛行だったせいだろうか。むしろ以前よりも症状が悪化しているようにも見えた。
『ハイハイ。分かったから、いい加減ハヤテから降りて頂戴。ホラ、ファルコ達も降りますわよ。はい、カーチャ』
ティトゥはハヤブサをメイド少女カーチャに預けると、自分はファル子を抱えたまま操縦席から降りた。
「キュウー(カーチャ姉、おやつ)」
『おやつですか? パンがいいですか? それともお米にしますか?』
「ギャウギャウ!(カーチャ姉! 私も! 私も食べる!)」
カーチャがポケットからお米を固めたお団子を取り出すと、ファル子達は一斉に飛びついた。
「ガリガリガリガリ・・・」
「ゴリゴリゴリゴリ・・・」
『・・・あ、相変わらず、すごい音ですね』
『この子達の顎って、一体どうなっているのかしら?』
このお米のお団子は、料理人のベアータが作った、とにかく硬さに全振りした”雷おこし”である。
ちなみに、僕の良く知る板状の雷おこしもあって、そちらはちゃんと人間が食べる用に調整されたものとなっている。
新たなナカジマ銘菓として、一部でファンを獲得しているようだ。
都市国家連合の議長選挙が行われてから早一週間。
選挙は反議長派が勝利を収めたそうだ。
票数は二十二対九。圧倒的な勝利で終わったらしい。
「あれ? だったら僕達がトル何とかの港町を助けた意味って・・・」
『困った人の助けになったんだから、それで良かったんですわ』
う~ん。まあ、別に大した事をしたわけじゃないし、ティトゥがいいならそれでいいんだけど。
聖国メイドのモニカさんは、『本当に困った時の貸しというのは、後々まで利用出来ますからね』などと微笑んでいた。
『ハヤテ様も、もっと私を頼って頂いても結構ですよ?』
『サヨウデゴザイマスカ』
いやいや、今の話の後で、どうやったら「じゃあお願いしようかな」とか言える訳?
あなた僕に一体何を要求するつもり? はっ?! さてはこの豊満な体(※四式戦闘機の)が目当てなのね?!
といったバカな話はさておき。
議長選挙も無事に終わったし、ハヴリーン商会とやらも、今のところ息子の復讐に動く様子は無さそうだ。
そこで僕達は、差し押さえていた船をトレモ船長に返す事にしたのである。
トレモ船長の所の船乗り達は、船と一緒にずっとコノ村に滞在している。
ようやく解放されるとあって、船乗り達は大喜び――するかと思ったら、不思議そうに顔を見合わせたのだった。
『ああ。そういや、俺達は船を取り上げられていたんだっけ』
『飯も酒も美味いんで、すっかり休暇気分で羽を伸ばしてたぜ』
『これで後は娼館があれば最高なんだがな』
『そいつは違いねえ』
下品なギャグにゲラゲラと笑う船乗り達に、ティトゥとカーチャ、女性陣の冷たい視線が注がれたのであった。
そんな彼らは今、迎えに来たトレモ船長を囲んで大いに盛り上がっていた。
『船長、聞いたぜ! とうとうアデラお嬢様と結婚したんだって?!』
『おめでとう! ようやく決心したのかよ! 俺達も随分と心配したんだぜ!』
『残念。俺は別れる方に賭けていたんだがなあ』
『バカ野郎! めでたい場でそんなケチ臭い話をするんじゃねえよ!』
『そうとも! 今日はお祝いだ! パーッと祝杯を挙げようぜ!』
『『『おう!』』』
トレモ船長は高所恐怖症の後遺症もあってか、しばらく船乗り達のおもちゃにされていたものの、とうとう我慢の限界が来たようだ。
彼は額に青筋を立てて怒鳴り付けた。
『バカ野郎! テメエら今日まで散々遊んでおいて、何言ってやがる! 出航の準備を急げ! 船の修理箇所のチェックに、積み荷の確認、やらなきゃいけない仕事はいくらだってあるんだ! そうでなくても日程が遅れてるのに、昼間から飲んでる暇なんてあるわけねえだろうが!』
船乗り達はトレモ船長に追い払われて、渋々港に去って行った。
ご愁傷様。今まで休んでいた分、頑張って働いてくれたまえ。
トレモ船長はこの航海が終わって、聖国から港町アンブラに戻ったら、商会のお嬢様と結婚式をあげるそうだ。
――いや、これって死亡フラグじゃないよね?
トレモ船長ならきっと大丈夫。だよね?
ちなみにその後は、奥さんと実家のあるバーバラ島に移り住んで、そこで代理店の立ち上げに着手するという。
出資者は奥さんの実家のバニャイア商会。協力者はモニカさんの口利きでランピーニ聖国王城。
一応、トレモ船長には、養蚕業について僕が知ってる事は全部話しておいた。後は聖国の昆虫学者達と協力して、どうにか軌道に乗せてもらいたいものである。
ナカジマ家は何もしないのかって? ティトゥは領地の開発で手一杯だからね。直接加わるつもりはないみたいだよ。
とはいえ、ファル子達はお米を気に入っている事だし、時々は様子を見に行きたい、とは言っていたけどね。
ここからは後の話になるが、トレモ船長はフランコさんから今の船を買い取り、ナカジマ領と貿易を始める事になる。
養蚕業の育成には時間がかかるし、その間、商会として収入が必要だったからだ。
その頃にはナカジマ領――ドラゴン港にも、聖国の船が訪れるようになっていて、彼はわざわざ聖国まで行かなくても、ナカジマ領との貿易だけでも十分な利益を生む事が出来たのである。
それから二日後。
ここはコノ村の外の街道。使用人達が興味深そうに僕の周囲を取り囲んでいた。
「ギャウー! ギャウー!(パパ! カーチャ姉! ハヤブサ! 見てて!)」
僕の翼の上で薄桜色の子ドラゴンが元気よく翼をはためかせた。
「大丈夫。ちゃんと見てるから」
『ファルコ様! 頑張って!』
ファル子はタイミングを取るために何度か頭を上下させると、勢い良く駆け出した。
パッ
ファル子は主翼の縁を蹴ってジャンプ。目一杯大きく翼を広げると、そのまま空中に飛び出した。
『『『『おお~っ!』』』』
周囲から大きなどよめきが上がる中、彼女は二~三十メートル程、グライダーのようにスーッと滑空。スタンと地面に降り立った。
「ギャウギャウ! ギャウギャウ!(見た?! パパ! 私ちゃんと飛んだよ!)」
「ああ。バッチリ見たとも。スゴイぞ、ちゃんと飛べるようになったんだな」
『すごいですよファルコ様』
「ギャーウー(飛んでた)」
ファル子はみんなに褒められて鼻高々である。
カーチャに飛びつくと、「ギャウギャウ!(もう一回飛ぶから、またパパの翼の上に乗せて!)」とお願いしている。
ファル子はカーチャに翼の上に乗せて貰うと、勢い良くダッシュ。再び空中を滑空すると、さっきより遠くの位置に着地した。
「ギャウ! ギャウ!(ホラ! ホラ!)」
「記録を更新したな。もうじき自由に飛び回る事が出来るんじゃないか?」
『これは一体何の騒ぎなんですの?』
「「ギャウ! ギャウ!(ママ! ママ!)」」
飛行服姿のティトゥが姿を現すと、ファル子達は彼女の下に殺到した。
『ファルコ様が飛べるようになったのを、みんなにお披露目していたんです』
『ああ、そうですの。みんなに褒めて貰って良かったわねファルコ』
ファル子は事前にティトゥには見せていたようだ。
ファル子は喜びを隠し切れない様子でティトゥに体を摺り寄せた。
「ギャウ!(もう一回飛ぶ!)」
ファル子は再びカーチャに駆け寄ったが、その時、港の方から出航の合図の鐘が聞こえて来た。
『ファルコ、それは後にしましょう。トレモ船長の船が出航しましたわ。一緒に見送りに行きますわよ』
「「ギャーウー(分かった)」」
ティトゥはファル子とハヤブサを操縦席に乗せると、自分も乗り込んだのだった。
トレモ船長の船は港を出発、湾内をゆっくりと航行している所だった。
僕に気付いた船乗り達が、忙しい仕事の合間を縫ってこちらを見上げて手を振っている。
僕も翼を振って彼らに答えた。
「「バサバサバサ(※翼を振っている)」」
『これでようやく全部片付きましたわね』
ティトゥが感慨深そうに呟いた。
そうだね。最初はファル子が追い回された事から始まった出来事が、半島の南の島に行く事になって、その島で養蚕の手ほどきをする事になって、最後は港町の選挙にまで関わった訳だからね。
「ファル子達の好物も見付かったし、遠くまで行った甲斐があったんじゃないかな」
「ギャウー(お米、好き)」
「ギャウギャウ!(私も! 私もお米好き!)」
『そう。帰ったらおやつに雷おこしを食べましょうね』
「「ギャウー(やったーっ!)」」
僕達は、『そう言えば何で”雷”おこしなんですの?』「確か浅草の雷門が名前の由来だったような・・・」などと雑談をしながら、トレモ船長の船の上をゆっくりと旋回した。
やがて船が沖に出ると、僕は最後にもう一度翼を振って、彼らに別れを告げた。
「「ギャーウー!(バイバーイ!)」」
そう言えば、いつの間にか空から積乱雲が――入道雲が姿を消している。
今回の一件や、少し前の新国王の戴冠式やらで、色々と忙しく飛び回っている間に、いつしか夏が終わり、季節はすっかり秋に移り変わっていたようだ。
そう言えば空の上も汗ばむ陽気からめっきり肌寒く――って、全然分からないか。
元々あまり気温を感じない機体だし。
そんな風に僕が季節の移り変わりに情緒を感じていると、ティトゥが不思議そうな顔をした。
『急に黙ってどうしたんですの? ハヤテ』
「ん? いや。もうすっかり秋の空になったな、って思って」
『そうですわね。そう言えば私がナカジマ領の領主になって、もう一年が経つんですわね』
ああ、そう言えば確かに。
思い返せばティトゥが領地を貰ってからこっち。この一年間に、本当にいろんな事があったと思う。
開発のために湿地帯に火を付けたり。
帝国が半島に戦争を仕掛けて来たり。
大陸に飛んでチェルヌィフ王朝で遺跡を発見したり。
王都の戴冠式に参加したり。
そこで新国王反対派が内乱を起こそうとしたり。
「・・・いや、この一年で色々あり過ぎじゃない? どんだけ盛りだくさんなんだよ」
『・・・た、確かにそうですわね。二年目は何事も無く過ぎて貰いたいですわね』
そうそう。世の中平和が一番。
お前が言うなって? いやいや、戦闘機の僕が言うんだから間違いないよ。
「それじゃあそろそろ戻るよ」
『りょーかい、ですわ』
「「ギャーウー(りょーかーい)」」
僕は翼を翻すとコノ村の外に降り立ったのだった。
こうしてナカジマ領に秋が訪れた。
ティトゥの領主二年目は、是非とも穏やかな年でありますように。
これで第十六章も終わりとなります。
養蚕の話のボリュームを見誤ったせいで、他の章よりも少しだけ長くなってしまいました。
とはいえこのくらいは誤差の範囲という事で。
この後はいつも通り閑話を挟みつつ。次の章に取り掛かる予定です。
他作品の執筆がひと区切りつき次第戻って来ますので、それまでは気長にお待ちいただくか、私の他作品を読みながら待っていて頂ければと思います。
最後になりますが、いつもこの小説を読んで頂きありがとうございます。
まだブックマークと評価をされていない方がいましたら、今からでも遅くありませんので、是非よろしくお願いします。
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