中間話7 エピローグ 王女の契約
この話で中間話は終わりとなります。
『・・・キノハチヨン・ヨンシキセントウキ・ハヤテ』
『そう、キノハチヨン・ヨンシキセントウキ・ハヤテ、ですわ』
ティトゥは今、銀髪のメイド少女に怪しげな呪文を教えている最中である。
怪しげな呪文は今の僕の身体である四式戦の名称「キ―84 四式戦闘機 疾風」のことで、銀髪のメイド少女はランピーニ聖国のマリエッタ第八王女だ。
ティトゥ付きのメイド少女カーチャと、王都でのティトゥの護衛役ルジェックは声が届かない程度の距離まで下がっている。
ティトゥは二人を下げると、僕と王女の契約のために必要な僕の真名を教えにかかった。
・・・いや、僕に真名なんて中二的な名前は無いんだけどね。
ティトゥが勝手にそう言っているだけだから。
まあ、彼女達がそれで満足するなら付き合うけどさ。
やがて王女が僕の前に立った。
その顔は緊張で強張っている。
・・・いや、一国の王女が緊張するって、ティトゥどれだけぶっ込んだんだよ。
『ランピーニ聖国マリエッタが汝との契約を求めます。キノハチヨン・ヨンシキセントウキ・ハヤテ』
王女は緊張に顔色を白くしている。
ティトゥはこちらをワクワクした目で見つめている。
遠くでカーチャとルジェックも、こちらを心配そうに見ている。
あ、いつの間にかテントに戻って来た、見た目出来る女のカトカ女史が「何この雰囲気?」って顔をして驚いてるね。
え~と、僕はどうすればいいわけ?
・・・仕方がない。
「エンジンをかけるから下がってね」
『えっ?』
ドルン! ダダダダダダ・・・
僕は宣言通りエンジンをかけるとゆっくりとテントから出た。
目の前でエンジンを吹かされた王女は、『きゃっ!』と叫ぶと尻もちをついた。
ゴメンね。でも一応、事前に注意はしたんだよ。
僕はテントの前まで出るとブレーキをかけ、その場に留まった。
慌ててテントから出てくる少女達。
ティトゥがこっちを見ていることを確認してから、僕は勢いよく風防を開けた。
途端に嬉しそうな顔――少し寂しそうな顔――をするティトゥ。
まあ、自分から望んだこととはいえ複雑な気持ちなんだろうね。分かるよ。
ティトゥの表情を見て事情を察したのだろう。王女がティトゥに問いかけた。
『マチェイ嬢、契約は成功したのでしょうか?』
ティトゥは幼い王女に微笑みかけた。
『王女殿下、私のことはティトゥとお呼び下さい。同じドラゴンと契約した竜 騎 士なのですから』
少し呆けていたマリエッタ王女も、やがてティトゥの言葉が心に染み込んだのだろう。
頬を染めて喜びの表情を浮かべた。
年齢相応のあどけない笑顔だ。
この顔を見ると、王女の今までの笑みが作り笑いだったことが分かる。
いや、作り笑いは少し言い過ぎかもしれないな。
要は、本心からの笑みではなく、他人の目を意識して取り繕った笑みだった、という意味で。
『では私のことも王女ではなく、マリエッタと呼んで下さい! 同じ竜 騎 士として!』
こうしてこの日、僕はこの世界に来て二人目の少女と契約を交わしたのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「王女は逃がしたようだな」
ここは王城にある迎賓館の一室。
ランピーニ聖国友好使節団の副代表、メザメ伯爵は部屋の窓から外を見下ろしていた。
窓から見えるのは迎賓館の正面玄関。
今、そこに着いた一台の馬車から、マリエッタ王女が降り立ったところだった。
メザメ伯爵の後ろに控えていた男が頭を下げる。
伯爵が使節団に同行させている腹心の部下だ。
「申し訳ございません。たまたま現場に居合わせたこの国の貴族の使用人に見つかってしまったらしく・・・」
マリエッタ王女は、その使用人から連絡を受けた貴族に保護されたという。
ミロスラフ王国の上士位ヴラーベル家から連絡があり、その後手配された馬車で無事迎賓館に戻ってきたところだ。
メザメ伯爵は部下の報告に眉間に皺を寄せた。
「・・・今回利用した浮浪者共はいかがされますか?」
腹心の男は今日、マリエッタ王女の護衛を勤めた男だった。
彼はメザメ伯爵の命を受け、王女を大聖堂に送り届けた後、他の護衛と共に王城に戻った。
だが、自身はその後引き返し、裏路地の浮浪者に金を握らせ王女の誘拐を手配したのだ。
そう、今日王女を襲った出来事は全てメザメ伯爵の企みだったのである。
メザメ伯爵は口髭をしごきながらしばらく考えにふけった。
幸い王女に事を荒立てる気はないらしい。今回の事も王都で道に迷ったことになっているそうだ。
「放っておけ、ここは聖国ではない。つまらんことから足がついても困る」
メザメ伯爵の部下は内心ホッとした。
また裏路地に行ってロクに顔を覚えてもいない浮浪者を探し回らずに済んだのだ。
メザメ伯爵は部下を下がらせた。
部下が部屋から出ると、机の上の案内状の束へと向かう。
「アイツも存外使えない男だ。だが今日の件が失敗したとて私の計画に支障はない」
メザメ伯爵は案内状を一枚手に取った。それはマリエッタ王女が主催する招宴会の案内状だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「姫様! 良くご無事で!」
迎賓館の玄関先で、自分付きの侍女ビビアナに飛びつくように跪かれ、マリエッタ王女は苦笑を浮かべた。
「ごめんなさい、遅くなりました」
今日のことは考え始めると、色々と不審な所が目に付いた。
だが、今のところは事を荒立てるつもりはない。
ただ今後はより注意深く行動しなければならない、と、マリエッタ王女は考えていた。
「出かけた時とお召し物が違うようですが?」
かたわらに控えたメイドが思わず、と言った感じでその疑問を口にした。
はじかれたように顔を上げたビビアナも、今更のようにそのことに気が付き、メイド同様に怪訝な表情を浮かべた。
「色々とあったのです、後でお話ししますよ。そうそう、ビビアナ」
その時初めてビビアナは、彼女の主人の表情が、今朝までとは比べ物にならないほど晴れやかになっていることに気が付いた。
困惑するビビアナに、王女はさらに追い打ちをかけるような質問をした。
「白い穀物を握って丸めた料理を知りませんか? 味は薄く塩味で、食感はもちもちした甘味のある穀物を使った料理です」
「「「は?」」」
目を丸くして唖然とするビビアナとメイド達。
マリエッタ王女の質問はさっきティトゥ達と食べたおにぎりのことなのだが、そんなことを知らないビビアナ達には何のことだか分からない。
ちなみにおにぎりは、ハヤテがお近づきの印にごちそうしたものだ。
ビビアナ達の反応が予想外に面白かったのか、マリエッタ王女はころころと笑った。
その年相応な笑みに驚きの表情を浮かべるビビアナ達。
「思い出したら教えて下さい。私は着替えてきますから」
そう言うと王女は自室へと向かった。慌てて後を追うメイド達。
取り残された侍女ビビアナは、呆然としたまま今までに見た事もないほどご機嫌な主の背中を見送り続けるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
(私が竜 騎 士ですか。夢のような話ですね)
着替える前にメイドに湯で肌を拭われながら、マリエッタ王女はさっきまでの出来事を思い出していた。
こんなに楽しく、心が躍るような気分になったのはいつ以来のことだろう。
マチェイ嬢、いや、ティトゥは、彼女が知る中でも屈指の美しさを誇る女性だった。
しかし、その性格は真っすぐで爽やか、女性でなければ正に”快男児”を絵にしたような人物と言えた。
(あんな女性も世の中にはいるのですね)
聖国にいる女性騎士団員とは違う方向の強さに、王女は同性として強い憧れを抱いた。
王女が知る中でティトゥに匹敵するような人物といえば、彼女の叔母くらいなものだろう。
そういえば叔母もミロスラフ王国から聖国に嫁いできたと聞く。
ミロスラフ王国の女性はみんなあんな女傑なのだろうか?
そう考えたところで、マリエッタ王女はメイドの少女の姿を思い出した。
(危険な所を助けてくれただけではなく、この出会いの奇跡に導いてくれた彼女には、何か報いてあげなければいけませんね)
王女からの礼にあたふたと慌てる少女の姿を脳裏に思い浮かべて、彼女は口元に笑みを浮かべた。
しかし、今も彼女の身体を拭っているメイドが怪訝な顔をしたため、慌てて取り繕った。
ティトゥは確かに美しく、気高い女性だった。
しかし、そんなティトゥもかなわないほど、ハヤテは高潔で慈愛に満ち溢れているのだそうだ。
そんな竜 騎 士の二人の仲に自分も入れてもらえたと思うと、正に天にも昇る気持ちがした。
(次はビビアナも連れて行ってあげましょう)
自分の侍女が、自分が王都で噂の竜 騎 士になったと知れば一体どんな顔をするだろう。
その時のことを想像するとどうしても笑みが浮かんでしまう。
マリエッタ王女は、メイドにこれ以上不審に思われないように懸命に笑いをこらえるのだった。
これで第二章は全て完結となりました。
第三章をお待ち下さい。
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