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その26 反跳爆撃

 僕は高度を下げるとエンジンをブースト。海面ギリギリを時速600キロを超える速度で疾風のように駆け出した。


 反跳爆撃という言葉を知っているだろうか?

 第二次大戦の頃。洋上に浮かぶ艦船を攻撃するために生み出された爆撃方法である。


 ちなみに僕がいつも行っているのは急降下爆撃。

 高空から逆落としに降下。十分に速度が乗った所で、目標を狙い定めて爆弾を切り離す。といった爆撃方法だ。

 水平爆撃よりも命中を期待出来るが、その分、敵の対空砲火で返り討ちに遭う危険も大きいし、急降下と引き起こしに耐えられるだけの機体強度も必要となる。


 そして反跳爆撃は対艦船に特化した爆撃方法となる。

 攻撃機は水面ギリギリの水平飛行から爆弾を投下。

 浅い角度で切り離された爆弾は、投げた小石が水面で跳ねる、いわゆる”水切り”の要領で水の表面を跳ね、目標の船の喫水線辺りに命中するのである。


 そんなに理屈通りに上手くいくの? 爆弾って水面に落ちた途端に爆発しないの? などと思うかもしれないが、イタリア軍はこの反跳爆撃でちゃんと戦果を残していたりする。

 実は実戦でも使用された攻撃方法なのだ。

 水の上の標的物にしか使えない爆撃方法だが、やり方自体は単純なので命中率は高かったとも言われている。

 その原理上、どうしても目的の遠くから爆弾を切り離してしまうと、途中で勢いをなくして爆弾が水没してしまうため、どちらかと言えば、敵にギリギリまで接近出来る度胸の方が大事だったようだ。


 と言う訳で、今回、僕が行うのは反跳爆撃。

 狙いは船の後部、喫水線の下。舵を破壊して船を航行出来なくするのが狙いだ。


 エンジンは轟々と唸りを上げ、振動で機体は軋み、ギシギシとイヤな音を立てている。

 ティトゥは緊張でゴクリと喉を鳴らした。


「グギュウ(カーチャ姉、痛い)」


 メイド少女カーチャに抱きしめられたハヤブサがうめき声を上げた。

 最初は洋上の小さな点にしか過ぎなかった船が、みるみるうちに大きくなっていく。 

 今では船の上の船員達がこっちを見て慌てている様子が見える程だ。

 まだだ。まだ足りない。後もう少し・・・後一秒・・・後0.5秒。


 ――よし、今だ!


 小さな振動と共に機体がフワリと軽くなった。

 切り離された250kg爆弾がどうなったか、のんびり確認している余裕は無い。

 船はもう目の前だ。うかつに上昇すれば帆柱に激突してしまうだろう。

 僕は翼が水面に触れそうになる程機体を傾けると、船の左舷をかすめるように強引にすり抜けた。

 なぜ左を選んだのか? そちらの方が捻り易かったからだ。(※コクピットから見て、プロペラが右回転する機体は左方向に機体を動かそうとする力が働く。これを反トルクと言う)


 僕は船の前方に出ると上昇に移った。

 どうだろう? 250kg爆弾はちゃんと命中したのだろうか? エンジン音がうるさくて爆発音は良く聞こえなかったけど・・・。

 僕は、はやる気持ちを抑えながら高度を取った。

 巡航速度までエンジンを絞ると、ティトゥ達が緊張を解いてホッと息を吐いた。

 ティトゥが背後を振り返って叫んだ。


『あの水柱! 双炎龍覇轟黒弾が命中したんですわ!』


 確かに。

 船の後ろに、まるで魚雷でも命中したんじゃないかと思うような、大きな水柱が上がっているのが見える。

 爆弾は狙い通りに喫水線の下、水中で船に命中したようだ。

 これで船は航行不能になった。爆撃成功だ。


『後は船が沈んでしまう前に、トレモ船長がやって来てアデラさんを助けてくれればいいんですけど』

『きっと大丈夫ですわ。トレモ船長を信じましょう』


 僕達は念のために翼下に懸架しておいた、残り一発の250kg爆弾を海上に投棄。

 船の上空を旋回しながら、トレモ船長の船が追いついて来るのを待つ事にするのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ハヤテの接触に船の上は大騒ぎになっていた。


「なんだあれは?!」

「空の化け物だ!」

「船の後方に回ったぞ! みんな前に逃げろ! 急げ! 襲い掛かって来るぞ!」


 グオオオオオオオッ!


 恐ろしい唸り声と共に、巨大な影が信じられない速度で船の左舷をすり抜けて行った。


「ヒッ、ヒイイイイイッ!」


 船員達は必死に船にしがみついた。

 ――その直後。


 ズドーン!!


「うわあああああああっ!!」


 耳がバカになりそうな大音量と共に、外洋船が―― そう。信じられない事に、この大きな外洋船が確かに大きく跳ね上がったのだ。


「が、岩礁に衝突したのか?!」

「バカ言え、ここは外洋だぞ! そんなものがあってたまるか!」

「見ろ! 船の後ろを!」


 信じられない光景だった。船の後ろ白い塊が膨れ上がり、今まさに船を飲み込もうとしていた。


「違う! あれは水の塊だ! 全員何かに掴まれ――うわあああっ!」


 ドバーン!

 まるで滝のように勢い良く水が叩きつけられると、船の後方に近い位置にいた者達は勢いに押し流されて海に転落した。


「マズい! 傭兵が落ちたぞ! 右舷後方だ! 急いで浮き輪を投げろ! 溺れ死ぬぞ!」

「どこだ?! どこにも見えないぞ!」


 傭兵は重い装備を着たままで、しかも直前まで船室で酒を飲んでいた。

 下手をすれば海に落ちた時に、ショックで心臓麻痺を起こしてしまったかもしれない。

 この騒ぎに船内にいた傭兵達が次々と姿を現した。


「何が起きた! 今の衝撃は何だ?!」


 強面の傭兵、骸骨団(コステラ)の団長、ガドラスが船員を捕まえて叫んだ。


「分からない! 化け物だ! 化け物に襲われた!」

「化け物だと?! 一体どこにいる?!」

「違う! そっちじゃない! 空だ! 空から襲い掛かって来た! ――マズイ! また来たぞ!」


 キョロキョロと海を見回していた傭兵達は、船員の声に一斉に空を見上げた。


「だ、団長! あれは――あの怪物は!」


 傭兵の誰かが叫んだ。

 キラリと陽光を反射しながら空を舞う、猛禽のような大きな翼。

 彼らはあの姿を知っている。イヤと言う程良く知っている。

 つい先月。山を越え、ミロスラフ王国に攻め込もうとした都市国家連合の四千の傭兵団。

 その軍勢を、たった一匹で翻弄し、遂には撤退にまで追いやった脅威の怪物がいた。

 大きな音と共に山を崩し、峠道と人間を生き埋めにする魔物。

 死を運ぶ翼。

 空を舞う厄災。

 あの時は完全に謎の存在だったが、今では怪物の正体はあれ(・・)ではないかと噂されていた。


「ミロスラフ王国の・・・ドラゴン」


 恐怖に誰かの喉がゴクリと鳴った。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ティトゥが船を見下ろしながら不思議そうに呟いた。


『あの人達は何をやっているのかしら?』


 どれどれ? さっきから急いで船の修理をしている船員達の事じゃないよね。

 だったら、せっせと自分達の装備を脱いでいる傭兵達の事かな?


『なんでみんな裸になっているんでしょう?』

『さあ?』


 この時、僕は彼らが何をしているのか分からなかったが、後で考えてみると、多分、彼らは僕の攻撃の第二波を警戒していたんじゃないかと思う。

 もし、もう一度あんな攻撃を食らったら、今度こそ船が沈没してしまうかもしれない。例え船がもったとしても、重い装備を着たまま船から転がり落ちてしまったら、そのまま沈んで溺れ死んでしまうのは間違いない。

 そう考えて、少しでも身軽になるために裸になっていたんじゃないだろうか。


『そんなことよりも、トレモ船長の船はまだ見えないんですの?』


 ティトゥは北の水平線に目を凝らした。

 カーチャがハヤブサの背中を撫でながら呟いた。


『そもそも、こんな広い海の上で目当ての船を見つけるなんて、ハヤテ様以外に可能なんでしょうか?』


 う~ん。問題はそこなんだよな。

 一応、目立つ場所に目印の旗を掲げてくれるように頼んではおいたんだけど・・・。


「どの道しばらくは無理なんじゃないかな。馬車でアンブラの港まで行って、そこから船員を集めて出航するんだろ? 最低でも、半時(※約一時間)以上はかかるんじゃないかな」

『半時(※約一時間)以上もこんな所で待ってなければならないんですの?』


 ティトゥはうんざりした顔になった。


『グルグル回り過ぎて目が回ってしまいそうですね』

『本当ですわ』

 

 まあまあ。時々逆に回るから大丈夫だよ。


『そういう問題じゃありませんわ』

『ハヤテ様は今、何て言ったんですか?』


 カーチャはティトゥから僕の言葉を聞かされて、呆れ顔になった。

 トレモ船長の船が姿を現したのはそれからきっかり一時間後の事だった。

次回「道案内」

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― 新着の感想 ―
[一言] >>残り一発の250kg爆弾を海上に投棄 将来引き上げられて、謎のオーパーツ扱いされるやつだ!
[一言] ミロスラフ王国侵攻に失敗した時点で、報復されるリスクを考えてさっさと契約を切り上げなかった勉強代は高く付きそうだ
[一言] 木造船に250kはオーバキルでは? 木っ端微塵になるところを見たくはあるど、今回は違うし
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