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その25 追跡行

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここはアンブラの港。

 船乗り達が数名集まってボンヤリと沖を見つめている。

 その時、彼らの一人が、港に向かって来る馬車に気が付いた。


「おい、あれって旦那の所の馬車じゃねえか?」

「確かに。あれはバニャイア商会の馬車だ。おおい、こっちだ!」


 手を振る男に気付いたのだろう。御者は手綱を振って馬の向きを変えた。

 やがて彼らの前で馬車が停まると、中から男が飛び出した。


「このボンクラ共が! 何こんな所で雁首揃えてやがる! 遊んでんじゃねえ!」

「「「「船長?!」」」」


 馬車に乗っていたのはトレモ船長と初老の女性――商会長フランコの夫人の二人だった。


「船長、なんでアンブラにいるんだよ。バニャイアの旦那の船に乗って聖国に行ったはずだろ?」

「うるせえ! 今はそれどころじゃねえだろうが!」


 どうやらトレモ船長は、船乗り達を相手にする時には粗暴な言葉使いになるようだ。

 あるいは、まだ若い彼が船乗り達にナメめられないように、虚勢を張っているのかもしれない。


「すぐに船を用意しろ! アデラお嬢様を攫った船を追うぞ!」

「船ならもう探しに行ってるし、仲間も集めているよ。だが、船長。相手の船が港を出たのはもう半時(※約一時間)以上も前だぜ。今から追ってもどうせ間に合わないと思うがな」


 ペル・ハヴリーンの乗り込んだ船は、二本のマストに三角縦帆を張った、中型の貿易船である。

 都市国家連合では比較的メジャーなタイプとも言える。トレモ船長がナカジマ領で差し押さえられた船は、これより一回り大きな大型船となる。

 相手は小型とはいえ、外洋に出る事も出来る貿易船だ。彼らは皆、腕に覚えのある船乗り達だが、一時間以上も先行されては、広い海原で相手の船を発見するのは困難だろう。


「それなら大丈夫だ。俺達には強い味方が付いている。お前ら全員ぶったまげるぞ」

「ぶったまげるって・・・まあ、味方は多いに越した事はないけどよ」


 ニヤリと笑うトレモ船長に、船乗り達は気の無い相槌を打った。

 その時、遠くで男達が走りながらこちらに手を振った。


「おおい! 船が手配出来たぞ! あっちに泊っている青い船、ブルードラゴン号だ! みんな乗り込め!」


 トレモ船長はその言葉に軽い驚きの表情を浮かべた。


「ブルードラゴン号?! どうやら最近の俺はとことんドラゴンに縁があるらしい。まあ、むしろ今じゃ縁起がいいとも言えるか」


 彼はフランコ夫人に振り返った。


「奥様は本部で待っていて下さい。お嬢様は俺達が命を懸けて助けてみせます」

「頼んだわ、トレモ」


 トレモ船長は、夫人を安心させるために大きく頷いた。


「船長! 急げ! ぼやぼやしてたら、アイツら俺達を置いて行っちまうぞ!」

「分かってる! では行って来ます奥様!」


 トレモ船長は船乗り達と共に、ブルードラゴン号を目指して駆け出した。

 それから三十分後。ブルードラゴン号は錨を上げ、アンブラの港を後にしたのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


『この船は違いますわね。次はあっちの船に向かいましょう』

『あの船はさっき調べた船じゃないですか?』

「ギャウー! ギャウー!(ママ! 喉が渇いた! お水頂戴!)」


 僕達は港町アンブラの沖を、お嬢様を攫った船を探して飛び回っていた。

 ファル子は早々に飽きてしまったらしく、さっきからティトゥ達に構って貰おうとしてじゃれついている。


『ファルコ。邪魔をしないで頂戴。人の命がかかっているんですわよ』

「ギュウ・・・(だって・・・)」


 誘拐犯達の乗る船はハヴリーン商会のものである事が分かっている。

 それと、二本のマストにヨットのような三角縦帆の貿易船。僕達にはそれだけしか情報が無い。

 そのため、さっきからそれらしい船を見つけては片っ端から確認しているのである。


 メイド少女カーチャがティトゥに尋ねた。


『誘拐犯は自分達の港町に向かって逃げているんですよね。だったらそちらに向かう船だけ調べればいいんじゃないですか?』

『どうなんですの? ハヤテ』


 カーチャの言ってることは正しいと思うけど、賛成は出来ないかな。

 誘拐犯が自分達の港町に逃げ帰るというのは、あくまでもこちらの予想であって、今の所確証はどこにもない。

 そりゃあ、いつかは本拠地に戻るだろうけど、一度どこか別の港町に寄るとか、追跡者の裏をかくために、全然別の場所でお嬢様を降ろす、なんて可能性だってゼロじゃないのだ。


『・・・確かにそうですわね。勝手な思い込みは危険ですわ』

『そうですね。それに、空を飛ぶハヤテ様なら、この辺の船を全部調べてもそれほど時間もかからない訳ですしね』

「ギャウー! ギャウー!(カーチャ姉! 抱っこ! 抱っこして!)」


 僕の説明に神妙な顔つきになるティトゥ達。

 そしてファル子はいい加減にしなさい。みんなお嬢様を助けるために頑張っているんだから。


「ギャーウー(パパ、あそこにも船がいるよ)」


 その時、ハヤブサがコツンと風防に鼻を押し付けた。

 かなり沖の方だが、確かにハヤブサの指し示した先には三角縦帆の船が見えた。


『随分と沖ですね。急いで逃げているのに、わざわざあんな遠くにまで行くでしょうか?』

「どうだろう。ひょっとしたら、実はあの辺に流れの速い海流があって、陸の近くを航行するよりも早く目的地に着くのかもしれないよ?」

『確かに。その可能性はありますわね。調べてみましょう』


 僕は翼を翻すとハヤブサの見つけた船へと向かったのだった。




 海の上には国境線も砦も無い。海は数多くの国に繋がっているし、なんなら地図にも載っていない島や大陸にだって繋がっているかもしれない。

 そんな自由の海を行く船は、自分の所属と目的地を示す旗を掲げる事が義務化されているそうだ。

 旗が無い場合、最悪、海賊船扱いされて沈められても文句が言えないらしい。

 疑わしきは罰する、という訳だ。

 随分と乱暴な話のような気もするけど、実際、海賊の被害が馬鹿にならない以上、商業路の安全を確保するためには仕方がないのかもしれない。


『この船ですわ! 間違いありませんわ!』


 ティトゥは手元のメモと船の船尾ではためく旗を見比べて叫んだ。


『あの旗の紋章! トレモ船長が書いてくれた、このハヴリーン商会の紋章と同じですわ!』

『後は船首の彫刻ですよね。――あっ! 獅子の彫刻です! 誘拐犯の乗った船に間違いありませんよ!』


 大きな帆船の船首にはツノのような棒が突き出ている。これをバウスプリットと言うらしい。

 海戦時にはこのツノで相手の船の舷側を貫き、敵を轟沈せしめる――というのはウソで、ここには(セイル)を張るためのロープが結びつけられているそうだ。

 そういう理由なので、エンジンで走る動力船が出現して船に帆が必要無くなって以降、バウスプリットは存在理由を失い、姿を消してしまったのだった。

 強そうでカッコいいのに。ちょっと残念。


 このバウスプリットの根元には彫像が飾られる事も多く、それらはフィギュアヘッドと呼ばれている。

 元々は宗教的な意味で取り付けられたそうだが、船名にちなんだ物が取り付けられるケースも多いそうだ。

 きっと誘拐犯の乗った船の名前は、獅子に関係しているんだろう。

 例えばシーライオンとか。(※ハヤテは知らないようだが、英語ではシーライオンはアシカを意味する)


 それはさておき、眼下の船は事前に聞いていた話と完全に特徴が一致している。

 船の上では、船員達が僕を見上げて何やら騒いでいる。今の所、怪しい所はなさそうだけど・・・


『あっ! 船の中から出て来た人達を見て下さい! 凄い武装をしていますよ!』

『きっと傭兵ですわ! 彼らがアデラさんを攫ったんですわね!』


 船員達の騒ぎを聞きつけたのだろう。船の中から武装した男達が数名現れた。

 彼らは、明らかに他の船員達とは一線を画する重装備に身を固めていた。

 ティトゥが言うように傭兵達で間違いはないだろう。

 ところで、アデラさんというのは、攫われたお嬢様の事でいいのかな?

 どこかでその名前が出ていたんだっけ? どうも僕は人の名前を覚えるのが苦手でいけない。


『ハヤテ。この船を攻撃するんですの?』

「――そうだね。こうまで特徴が一致している以上、誘拐犯の船はこいつで間違いないと思う。よし。船の後ろに回るよ。爆撃を開始するから安全バンドを締めてね」

『りょーかい、ですわ!』

「「ギャウー!(りょーかい!)」」


 相手の後方から彼我の速度差を生かし、距離を詰めつつ攻撃をする。いわゆる同航戦というヤツだ。

 狙いは船の後部。舵を破壊して逃げられないようにする。

 事前に僕はトレモ船長から、『攫われたお嬢様は、船の前部にある船室に拉致されている』と聞かされていた。

 理由はハヴリーン商会の船は外洋船だから、との事だ。


『どういう意味ですの?』

『ナカジマ様は船で旅をされた事がないのですね? 何日も外洋を行く船にとって水は貴重品です。船員達の体を拭くための水なんてないんですよ』


 汗だくになって働いているにも関わらず、何日も体を拭いていない男達。船内には彼らの体臭がこもっているという。

 そのため、船室というのは風上――船の前の方に作られ、風下にあたる船の後方には荷物置き場や、あるいは船員よりも悪臭を放つもの――トイレなんかが作られているという。


『ペル・ハヴリーンがお嬢様を苦しめるために攫ったというならともかく、そうでないなら船員達よりも劣悪な環境に閉じ込める訳はありません』


 トレモ船長は、船乗りとして長年培って来た経験で、攫われたお嬢様は船の前部の客室に拘束されている、と考えたようだ。

 彼の推測が正しいのなら、後部の舵を攻撃してもお嬢様を傷付ける恐れはない事になる。

 それでも不安は残るが、それを言っていてはみすみす敵を逃がしてしまう。ここは専門家の判断を信用しよう。


「行くよティトゥ!」

『行って頂戴! ハヤテ!』


 僕は高度を下げるとエンジンをブースト。海面ギリギリを時速600キロを超える速度で疾風のように駆け出した。

次回「反跳爆撃」

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― 新着の感想 ―
[一言] >>疾風のように~ そう言えばティトゥの翻訳スキルって、"ハヤテ"の意味が"疾風"だってのも分かるんですかね? 名前は翻訳されないとかもありそうですけど。(先のほうの話でホマレが通じてなかっ…
[一言] 命のやり取りするのが傭兵の仕事だから仕方ないけど、独自にちゃんと情報収集しなきゃ生き残れないぞってお話かな
[良い点] 更新ありがとうございます。 いつも楽しく読ませて戴いております。 [一言] 人質の身に万が一があってはマズイので、浸水や転覆の恐れがある船体への攻撃はしないかと思ってました。 てっきり、横…
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