その24 骸骨団《コステラ》のガドラス
すみません。予告とタイトルを変えました。
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陸が小さく遠のいていく。アンブラの港はもう影も形も見えない、
男は血が付いた剣を鞘に納めた。
ひと目で危険と分かる男だ。傷だらけの凄みの有る顔に伸ばし放題の髭。日焼けした顔にむき出しの太い腕。場所が船の上という事もあって、まるで海賊船の船長のようにも見える。
彼の名はガドラス。傭兵団、骸骨団の団長である。
彼らは港町ヒーグルーンのハヴリーン商会に雇われ、商会主の息子、ペル・ハヴリーンの護衛として港町アンブラにやって来た。
そんな彼らがなぜ、逃げ出すように船でアンブラを後にしているのか?
それは、護衛対象のペル・ハヴリーンの身勝手な命令が原因だった。
「ちっ。今回は荒事は無いと思っていたのに、全く、ツイてねえ。やってくれるぜあのボンボン」
ガドラスは海風になびく髭に、むずがゆそうな表情を浮かべた。
元々、彼らは今日中にアンブラを発って、港町ルクル・スルーツに戻る予定だった。
それがこれほど慌ただしい出発になったのは、護衛対象のペル・ハヴリーンの気まぐれによるものである。
彼は港町アンブラを去る前に、バニャイア商会の娘を攫うように彼ら骸骨団に命じたのだ。
荒くれ者揃いのガドラス達だが、大手商会の恨みを買うような事は出来れば避けたい。
傭兵という仕事柄、誰かから恨まれるのは仕方ないものの、権力者に私怨を持たれるのは困る。
ペル・ハヴリーンのわがままで、今後二度と港町アンブラを利用出来なくなっては割りが合わないというものだ。
しかし、結局彼らはペル・ハヴリーンの命令を聞かざるを得なかった。
港町アンブラの恨みを買うのも困るが、ハヴリーン商会の不興を買うのはもっと困るからである。
ガドラスは、「過剰な恨みを買いたくないので、殺しだけはしない」という条件付きで、渋々娘の誘拐を引き受けたのだった。
「ガドラス」
名前を呼ばれて振り返ると、そこには副団長が立っていた。
「おう。娘はどうしている?」
「さっきまでは泣き叫んでいたが、今は大人しくしている。船が港を離れた事でようやく諦めたんだろう」
骸骨団には、女子供が泣き叫んだくらいで同情するようなヤワな心を持つ者はいない。
だが、あまりに娘が聞き分けないようなら、言う事を聞かせるために暴力を振るわなければならなくなる。
そうなればペル・ハヴリーンの機嫌を損ねる恐れがあった。
「そうか。で、俺達に娘を攫うように命じた本人は?」
「船室に閉じこもったままだ。大方、ベッドに潜り込んでいるんじゃないか?」
ペル・ハヴリーンは船に酔いやすい体質らしく、行きもずっとベッドで横になっていた。
副団長は小さく鼻で笑った。
「あれでハヴリーン商会は、チェルヌィフ王朝との貿易で儲けているってんだから笑っちまう。アイツの代になったら商会はつぶれるんじゃないか?」
「さあな。金は腐る程あるんだし、そいつでどうにかするだろ。やれやれ、俺達だって別に船に強いって訳じゃないのによ」
骸骨団は、以前は小ゾルタの貴族家に雇われて、隣国のミロスラフ王国と戦っていた。
彼らの大半は海の無い内陸部の領地の生まれで、この都市国家連合まで流れて来るまでは、船に乗るどころか川で泳いだ事すらろくになかった。
「他の仲間達はどうしてる?」
「さっきまではそこらで適当に見張りをさせておいたが、今は休ませてる。ヤツらの事だ。風を避けて船内で酒を飲んでるんじゃないか」
ガドラスは「そうか」と呟いた。
まだ護衛任務中だが、船の上で彼らに出来る事は何も無い。出航前は追手を警戒して見張りをしていたが、こうして船が沖に出た以上、彼らの仕事はほとんど終わったも同然だ。
無駄に部下を縛り付けるような命令を出して、不満を溜めるのは避けたい。
元々、ならず者達の集まりのようなものなのだ。
それに人を切った事で気も高ぶっているだろう。後の事は船員達に任せて酒で紛らわせる、という副団長の判断は間違いとは言えなかった。
「アイツをハヴリーン商会に送り届ければ報酬もたんまり貰える。そいつを持って全員でルクル・スルーツの娼館に繰り出すか」
「うひひっ。そいつはいいや」
副団長は酒はダメだが女にはだらしない。彼は下卑た笑みを浮かべた。
この時、ひと際強い海風が甲板を吹き抜けた。
ガドラスは傷だらけの顔を大きくしかめた。
「風は涼しいが、潮のせいでベタついていけねえ。おい、俺達も船の中に入るぞ」
「おう」
二人は連れ立って船の中に入って行った。
彼らの姿が消えてから数十分後。
ヴーンという羽音のような音を立て、大きな翼が船の上に現れるのだった。
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馬車から降りた初老の女性は、必死の形相でトレモ船長に叫んだ。
『トレモ! あの子が! アデラが! アデラが誘拐されてしまったの!』
『お嬢様が?! 奥様! 一体何があったんですか?!』
トレモ船長はさっきまでのダメダメな態度から一転。サッと立ち上がると彼女の体を支えた。
というか、トレモ船長が『奥様』と呼んだことで思い出した。この人、トレモ船長の雇い主の奥さんだ。
『奥様! 話して下さい! アデラお嬢様が攫われたとはどういう事なんですか?!』
『さっき突然、店に男達が――』
奥さんは娘さんが攫われて、気が動転しているのだろう。話はあちこち前後して、どうにもつかみどころがなかった。
しかし、トレモ船長は辛抱強く彼女の言葉に耳を傾け続けた。
『誘拐犯はペル・ハヴリーン。ペル・ハヴリーンは護衛の傭兵達を使って本部に押し入り、お嬢様を拉致したと。その後、ヤツらは港に泊まっていたハヴリーン商会の船に逃げ込み、半時(※約一時間)程前にお嬢様を連れたまま、アンブラの港から出航した。そういう事なんですね?』
『なんて酷い男達なのかしら! 許せませんわ!』
ティトゥがキリリと眉を吊り上げた。
『ハヤテ! 私達で悪者の後を追いますわよ!』
「「ギャウギャウ!(追いかけるーっ!)」」
ティトゥの意気込みにファル子達もあてられたらしい。勢い良くバサバサと翼をはためかせた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。追いかけるのは構わないけど、相手はそのお嬢様を連れているんだよね? 追いついてどうするのさ」
『そんなもの、決まっていますわ! 追いついて――あっ』
そう。相手は船で海の上にいるのだ。迂闊に攻撃して沈めてしまっては、攫われたお嬢様諸共、海の藻屑になってしまう。
『船を沈没させないように、手加減して攻撃する事は出来ませんの?』
「う~ん。出来ない事もないだろうけど、その場合、何度も攻撃する事になるよね。お嬢様に流れ弾が当たらないとも限らないんじゃないかな」
帆や舵を壊せば、船は洋上で立ち往生するだろう。
しかし、お嬢様が船のどこに囚われているか分からない。
最悪、爆弾で船尾の舵を壊したら、実は舵の真上の部屋に閉じ込められていました。なんて事にすら成り得るのだ。
『それは・・・確かに良くないですわね』
今年の春、僕達は攫われたトマス兄妹を助けるため、帝国の非合法部隊の船に爆撃を仕掛けた。
しかし、あの時は、事前に潜入していたチェルヌィフ商人のシーロが、二人と船員達を逃がしてくれていた。
だから僕も迷いなく船に攻撃する事が出来たのだ。
今回は協力者が誰もいない状況の、完全に手探りの攻撃になる。
助けに行ったつもりが、僕の攻撃で殺してしまった、なんて事にでもなったら最悪だ。
その時、僕はトレモ船長がさっきからジッと僕達を見ている事に気が付いた。
彼は僕の日本語が分からない。
しかし、ティトゥ言葉から、僕達がお嬢様を助けようとしている事、そしてティトゥが難しい顔をして黙り込んだ事から、何かしらの障害がある事を察したようだ。
『ナカジマ様。ハヤテ様は何とおっしゃっているのでしょうか?』
『ハヤテは――』
ティトゥは先程の会話の内容をかいつまんで説明した。
トレモ船長は黙って彼女の話を聞いていたが、その後いくつか質問を返した。その上で、『それでしたら』と提案をして来た。
『本当にいいんですの? ハヤテの攻撃は大きな船も沈めてしまう程強力なんですのよ』
不安そうなティトゥに、トレモ船長は自信満々に言い切った。
『大丈夫です。俺は今でこそ店を任される身ですが、少し前まではフランコさんの船の船長をやってましたから。船の事でしたら間違いありません。俺を信じて下さい』
ティトゥは困った顔で僕を見上げた。
う~ん。ティトゥの心配も分かるけど、僕達は船に関してはド素人だからね。ここは専門家の意見を尊重しようよ。
『――分かりましたわ。相手の船の足止めの役目、私とハヤテが引き受けました』
『よろしくお願いします』
こうして僕達はトレモ船長を残して飛び立った。目指すはお嬢様を攫ったハヴリーン商会の船。
次回「追跡行」