その22 港町ヒーグルーン
「ギャーウー。ギャーウー(※意味のない鳴き声)」
ファル子が機嫌良さそうに自作の歌? を歌っている。
現在、僕は半島の空を南に向かって飛行中。
目的地はすっかりお馴染みとなった南の島バーバラ島――の前に、聖国メイドのモニカさんに頼まれて、都市国家連合の港町のひとつ、港町ヒーグルーンを目指していた。
コノ村を出発する直前、急にモニカさんが『港町ヒーグルーンまで送って欲しい』と言って来たのだ。
『ヒーグルーンですの?』
『商人のセイコラが言うには、港町ヒーグルーンは聖国と取引きをしているとか。今後を考えると、一度、直接彼らと話をしておこうと思いまして』
港町ヒーグルーンは都市国家連合では二番目に大きな港町で、主に聖国との貿易で収益を上げているそうだ。
後で知った話だけど、トレモ船長の所属するバニャイア商会も、ヒーグルーンの商工会から仕事を回して貰っているとの事だ。
まあどうせバーバラ島に向かう途中にある町だし、大した寄り道にもならないだろう。という事で、急遽モニカさんの相乗りが決まったのだった。
『ハヤブサ。人の荷物にイタズラしてはダメですわよ』
ハヤブサは機体の奥に入り込んでいる。丁度、モニカさんの荷物を積み込んだ辺りだ。
何か気になる物でもあるらしく、さっきからこうして匂いを嗅いでは頭や体をこすり付けていた。
「ギュウ(分かった)」
ハヤブサはそれでも気になるのか、チラチラと荷物を振り返りながらティトゥの足元にやって来た。
そんなハヤブサの背中を、メイド少女カーチャが手を伸ばして撫でた。
「ギャウギャウ! ギャウギャウ!(カーチャ姉! 私も! 私も!)」
『ファルコ様! 暴れないで下さい!』
『こら! ファルコ!』
ファル子は自分も撫でて欲しいのか、バサバサと翼を振ってアピールした。
リトルドラゴン達は脱皮してから、背中の翼も以前より大きく逞しくなっている。
そんな翼を狭い操縦席の中ではためかせたものだから、邪魔になるなんてもんじゃない。
「ファル子、落ち着いて。ティトゥ、港町が見えて来たよ。多分、あれがヒーグルーンじゃないかな?」
『分かりましたわ。こら、ファルコ! 大人しくなさい!』
それから数分後。僕達は港町ヒーグルーンに到着したのだった。
ここはヒーグルーンの港。
辺り一面、壊れた木箱やら網やら良く分からない残骸やらがぶちまけられ、惨憺たる有様だ。
野次馬達が続々と集まって来て、僕の事を怯えた目で遠巻きに見つめている。
どうしてこうなったし。
いや、僕のせいだって事くらいは分かっているんだよ。
でもね。一言言い訳させて貰いたい。原因は僕じゃないから。ここに降りるように指示したのはモニカさんだから。
それと、いつまでも降りる場所が決められない僕に焦れたティトゥが、僕をせっついたのも悪いから。
なんだか、いつもこうやって僕ばかりが悪者みたいに見られるのは、非常に釈然としないんだけど。
僕がそんな風に世の中の理不尽に不満を感じていると、野次馬達を押しのけるようにして立派な馬車がやって来た。
馬車が停まると、身なりの良い三人の初老の男性が降り立った。
それぞれ、痩せたのっぽに、太ったオジサンに、ちょび髭の小男だ。
なんだかアニメにでも出て来そうなキャラのある三人組である。
周囲の野次馬達から、『おい、あれって商工会の三会頭じゃないか』という声が聞こえた。
どうやら彼らは、ここでは相当に偉い立場の人達のようだ。
『ひ、ひいっ! なんだこのデカブツは?! こんなのが本当に空を飛んでいたのか?!』
『おい、マズイんじゃないか? もうこの町に北方傭兵団はいないんだぞ。だからまだ手切れをするには早いと、ワシがあれほど言ったのに・・・』
『ば、馬鹿、押すな! 目を反らさずに堂々としていろ! 襲われるぞ!』
襲うって、僕は野生の熊か何かか。君ら僕を何だと思っているわけ? 風評被害も甚だしいんだけど。
モニカさんがティトゥに声をかけた。
『ナカジマ様』
『分かっていますわ』
ティトゥは風防を開けて立ち上がった。
港の潮風がティトゥの豊かな髪をサーッとなびかせる
野次馬達から『おおっ?!』というどよめきと、『女だ?!』『なんで女がここに?!』といった驚きの声が上がった。
『私はミロスラフ王国のナカジマ家当主ティトゥ・ナカジマですわ!』
『『『ナカジマ?! まさか姫 竜 騎 士?!』』』
あ、ティトゥの事を知っているんだ。
まあこの町のお偉いさんみたいだし、お隣の国の竜 騎 士の名前くらいは聞いた事があるのか。
三人は慌ててティトゥと僕を交互に見比べた。
『す、すると、これがミロスラフ王国のドラゴン?!』
『ええ。ドラゴンのハヤテですわ!』
「どうも、ハヤテです」
『『『『『しゃ、喋った!!』』』』』
港に大きなどよめきが上がった。
三人組のオジサンは、この港町ヒーグルーンの行政機関、ヒーグルーン商工会の会頭さんらしい。
組織のトップが三人もいて迷走しないのか疑問だけど、彼らは今までずっとこのやり方でやって来たそうだ。
ティトゥに続いてモニカさんが彼らに自己紹介をした。
『聖国のカシーヤス家(※モニカの家名)のお方ですか?』
どうやら誰もモニカさんの実家の事を知らないようだ。彼らは戸惑った様子で顔を見合わせた。
まあ、モニカさんはぱっと見、良く出来た普通のメイドさんだからね。
彼らとしてもどう対応するのが正しいか、咄嗟に判断が付かなかったのだろう。
ティトゥが不思議そうに尋ねた。
『あなた達は聖国王家と取引きをしているんじゃないんですの?』
『聖国王家?! と、とんでもない! 我々ではとても王家と取引などさせて頂けませんよ!』
『そうです。聖国王家どころか、聖王都の商会ですらとてもとても』
『我々では港町アラーニャやレンドンの商会との取引きが精一杯でして』
『はあ。そういうものなんですの』
三人組の説明にティトゥは微妙な顔になった。
まあ、君は日頃、聖王都どころか、直接王城の中庭に乗り込んで、王女様や国の宰相夫妻を相手にしているからね。
ピンと来ないのも仕方がないんじゃない?
モニカさんは、そんなティトゥの様子に苦笑しつつも、僕の胴体から荷物を取り出した。
『聖国の果樹酒をベースにして、ナカジマ領で調理されたカクテルです。痛みやすいので早目に召し上がって下さい』
『かくてる? 酒を調理したのですか? それはまたなんとも』
ああ。あれはハヤブサが気にしていた荷物だね。中身はナカジマ家の料理人ハンサム――じゃなかったハムサスが作ったカクテルだったのか。どうりで。ハヤブサは揮発したアルコールの匂いが気になっていたんだな。
三会頭のオジサン達は、聞きなれないカクテルという名に不思議そうにしながら、モニカさんのお土産を受け取った。
モニカさんは僕に振り返った。
『ハヤテ様、ここまでお送り頂きありがとうございました』
『あの、カシーヤス様。カシーヤス様はドラゴンとお話になられるのですか?』
『ええ。ハヤテ様は我々人間の言葉が分かりますので』
『ドラゴンは人間を遥かに上回る叡智を持っているんですわ!』
ティトゥ達の言葉に、三会頭達は驚いて僕を見上げた。
いや、僕にそんな叡智はないからね。あるのはせいぜい、聞きかじりの雑学の知識くらいだから。こんなので叡智扱いしてたら、叡智さんに鼻で笑われてしまうから。
『ティトゥ イイスギ』
『こ、これは! た、確かに・・・』
確かに何? 「確かに言葉が分かっている!」って意味だよね? 間違っても「確かに凄い叡智だ!」とか言い出さないよね? これ以上勘違いしている人が増えないで欲しいんだけど。
「もういいから、用事が済んだのなら早く行こう。今日はこれから何往復もしないといけないんだから」
「ギャウー(もう行くの?)」
「ギャウギャウ(パパ! ここで探検したい!)」
『なっ?! 何だ、あの生き物は?!』
野次馬達がファル子達の姿を見てどよめいた。
ファル子達は大きな声に驚いて、操縦席の中に頭を引っ込めた。
ティトゥはヒラリと操縦席に乗り込んだ。
『それではモニカさん。夕方になったら迎えに来ますわ』
『よろしくお願いします』
『前離れー! ハヤテが飛び立ちますわよ!』
ティトゥの掛け声で僕はエンジンを始動した。
野次馬達は、回り始めたプロペラとエンジン音に驚いて慌てて僕の前から離れた。
『に、逃げろ! 食われるぞ!』
『ひいいいいっ!』
・・・いや、だから何なのそのリアクション。
ここでは僕の噂はどういう形で伝わっているのか、非常に気になるんだけど。
モニョる僕にティトゥが声をかけた。
『ハヤテ。行って頂戴』
「――了解。離陸準備よーし。離陸」
僕はエンジンをブースト。町の人達のどよめきを背に大空へと舞い上がったのだった。
といったわけで僕達はバーバラ島に到着。当初の予定通りトレモ船長を乗せると、次は港町アンブラへと向かった。
相変わらずトレモ船長は高所恐怖症のようで、今も青い顔をしてブルブルと震えている。
『トレモ船長。港町アンブラが見えてきましたわよ。前回と同じように町の外に降りてよろしいのですわね?』
『ガチガチガチ・・・』
歯が鳴っている音しか聞こえなかったけど、これってOKって事でいいんだよね?
うん。まあいいや。反論も無いしOKって事で。
「了解。今から降りるから安全バンドを締めて」
『りょーかい、ですわ。トレモ船長、安全バンド・・・って大丈夫そうですわね』
トレモ船長は安全バンドを、まるで命綱か何かのように固く握りしめてた。
といった訳で、僕達はトレモ船長を乗せて港町アンブラに到着したのだった。
『――それで、これからどうするんですの?』
『も・・・もう少しだけ時間を下さい』
トレモ船長は膝を抱えて地面に座り込んでいる。
ここは港町アンブラの外れの街道。
特にこれといった良い場所が見当たらなかったので、僕は前回と同じ場所に着陸していた。
メイド少女カーチャがひと気のない寂れた街道を見回した。
『誰も通りかかりませんね。前回、すぐに荷馬車のオジサンが見つかったのは、余程運が良かったんでしょうか?』
『あるいは今回は特別運が悪いのかもしれませんわね。――トレモ船長。自分の足で町に向かうか、ハヤテに乗って町に向かうか、いい加減に決めて頂戴』
『す、済みません。もう少しだけ。もう少しだけ覚悟を決める時間を下さい』
トレモ船長は、一週間ぶりのフライトが余程堪えたようだ。
彼は僕がエンジンを止めると同時に転がり落ちるように地面に降り、こうして膝を抱えて座り込んでしまったのである。
ティトゥは呆れ顔になりながらも、これ以上トレモ船長を急かすつもりはないようだ。一応は彼の体調を気遣っているのだろう。
その時、カーチャが町の方向を指差した。
『あっ! 馬車が来ました!』
『随分と急いでいる様子ですわね』
『あれは・・・あれはフランコさんの馬車か』
僕達が見守る中、馬車は僕の目の前に急停車すると、中から初老の女性が血相を変えて飛び出した。
『トレモ! あの子が! アデラが! アデラが誘拐されてしまったの!』
次回「少女誘拐」