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その21 いつもの朝

 テントの中が薄っすらと明るくなって来ると共に、村のあちこちでバタンバタンと窓を開く音が響き渡った。

 じきに井戸で朝の水くみをする女性達の声が聞こえて来るだろう。

 コノ村のいつもの一日の始まりである。


 いやあ、しかし昨日は大変だったよ。

 本当だったら聖国王城までモニカさんを迎えに行くだけだった所を、急遽バーバラ島まで飛ぶ事になり、更にもう一度聖国まで行く事になったんだからね。

 燃料はギリギリだったし、帰りは日が暮れかけていたし、村に戻っても一日中放置していたファル子達が寂しがって、いつまでも僕の側から離れなくなったりと、本当に大変な一日だった。


 なぜ、もう一度聖国まで飛ぶ事になったのか。

 それはモニカさんがバーバラ島の養蚕事業にガッツリ乗り出して来たからだ。

 彼女は聖国王家を巻き込んで(シルク)の量産化に取り組むつもりらしい。

 ぶっちゃけ不安はあるけど、トレモ船長の船代を立て替えてもいいと言われては、僕達に断る事は出来ない。

 結局、僕達は彼女の要請を受け入れ、聖国王城まで飛ぶ事になったのだった。


 王城では宰相夫人カサンドラさん――マリエッタ王女の一番上のお姉さん――が僕達を出迎えてくれた。


『モニカ。なんであなたは、いつもいつもハヤテが王城の庭に降りるのを止めようとしないわけ? それで? あなたは今朝、ハヤテに乗ってミロスラフ王国に向かったって聞いたけど、一体どうしたっていうのかしら』


 カサンドラさんは僕には一瞥もくれずに、モニカさんをジロリと睨み付けた。

 ティトゥがビクリと身をすくめる中、モニカさんはいつもの笑みを浮かべたまま、カサンドラさんに報告した。


『ナカジマ様が新しい事業を始めました。聖国王家の融資と全面協力をお願いします』


 カサンドラさんはモニカさんに近付くと無言で彼女の胸倉を掴んだ。

 こ、怖っ。

 そしてモニカさんは、カサンドラさんの殺意溢れる視線を間近に受けても、一向に涼しい顔を崩さない。

 一体なんなのこの人達。こんな光景、学生時代の不良のケンカ以来、見た事がないんだけど。

 ていうか、あの時の不良達よりもよっぽど怖いんだけど。

 城の衛兵達は、宰相夫人の突然の乱行にどうすれば良いか分からずにあたふたしている。

 そしてティトゥは、目の前で繰り広げられる一触即発の光景に、完全にビビってしまっていた。


『ナカジマ様。(シルク)をお貸し頂けますか』

『こ、ここにありますわ』


 ティトゥはビクビクしながら天蚕糸(てんさんし)で織られた(シルク)のハンカチを差し出した。


『ど、どうぞ』

『・・・・・・』


 カサンドラさんはモニカさんにメンチを切りながら、空いた手でハンカチを受け取った。


『この粗末な布切れが何――待って。何コレ』


 彼女はハッとハンカチを見下ろすと、手触りを確認した。


『・・・綿(コットン)じゃない。編み目の荒い粗末な布かと思ったら、何なのこの肌触り。しなやかでいて柔らか。滑るようでしっとりと肌に吸い付いて来る。良く見れば色合いも上品で艶やかな光沢を放っているわ』

『目が荒いのは試作品なので仕方がありません。職人の手によるものではなく、あくまでも素人が織った布ですので』

『素人が? これを? けど、確かに出来栄えはそうね。だとすれば、秘密は布そのものではなく糸。糸の原料にあるのね。――いいわ。もったいぶらずに、さっさと教えなさい』


 カサンドラさんはモニカさんの胸倉を解放すると、(シルク)のハンカチをためつすがめつ眺めた。


『その布は(シルク)と言います。糸の材料は天蚕(てんさん)という虫の繭です』

『虫?! はあっ?! ちょ、アンタ何を言ってるわけ?!』


 カサンドラさんはギョッと目を剥くと、慌ててハンカチとモニカさんの顔を見比べた。

 そして自分がからかわれている訳ではないと気付くと、今度は僕を見上げた。


『――そうか、ハヤテね』

『そうです。ハヤテ様です』


 え? 僕?

 二人は同時に僕を見上げて、そして互いに見つめ合った。


『詳しい話を聞こうじゃないの』

『そう言って貰えると思っていました』


 そう言うと、二人は僕達を置いてサッサと城の中に入って行った。

 何あれ。実はもの凄く仲がいいんじゃない?

 二人の姿が消えると、お城の使用人がおずおずとティトゥに声をかけた。


『お、お部屋までご案内いたします』

『いえ・・・結構。ハヤテの背中で待たせて貰いますわ』


 すっかりおびえてしまったティトゥは、いそいそと操縦席に乗り込むと、モニカさん達が出て来るのを僕と一緒に待つ事にしたのだった。


 その後、モニカさんは三十分ほどで戻って来た。

 カサンドラさんは一緒ではなかった。急に発生した仕事でそれどころではなかったそうだ。

 ティトゥは『そんなに忙しい中、さっきはわざわざ出迎えに来てくれてたんですのね』と、申し訳なさそうにしてモニカさんの失笑を買っていた。

 こうして僕達は聖国王城でのピンチを乗り越え、ようやくコノ村に帰り着いたのだった。

 最初はお昼には戻れる予定が、結局、帰り着いた時には日没ギリギリ、燃料ギリギリの際どいタイミングだった。

 全く、最後まで大変だったよ。




『おはようございますハヤテ様!』


 朝から元気よく僕のテントを訪ねて来たのは、ドワーフ親方こと鍛冶屋のブロックバスターだ。

 昨日も夜遅くまで彼らの宴会の声がテントの中にまで届いていた。

 そう。彼らは、家が建った、納期までに仕事が終わった、一つの工事が終わったと、何かと理由を付けては毎日のように宴会を開いているのだ。


『いやいや、アレは宴会ではなくて厄払いですよ。仕事が完了したら酒で体を清めておかないと。次の仕事で事故でも起きたら大変ですからな』


 どうだか。僕には吞兵衛共が、お酒を飲む口実を見つけては宴会を開いているようにしか見えないんだけど。


 それはさておき。実は昨夜の宴会は僕達にもあながち無関係な物では無かったのだ。

 トレモ船長の乗って来た外洋船。ナカジマ家が差し押さえているあの船の応急修理が昨日ようやく終わった。その修理の完了を祝う宴会だったのである。

 

『俺達に出来る事はしておきましたが、船体にも大分ガタが来てますからな。船渠(ドック)に入れてちゃんとした船大工に見て貰った方がいいでしょう』

『サヨウデゴザイマスカ』


 船の修理代は船の代金込みで、既にモニカさんから貰っている。

 さすがは聖国王家。ポンと丸ごと現金一括払いだった。

 代官のオットーが嬉しそうにしていたよ。


『・・・誰も嬉しそうになんてしていません』


 むっつり顔のオットーがテントに入って来た。


『どうしてハヤテ様達はいつもいつも・・・トレモ船長の実家まで船の代金を取り立てに行っていたはずが、なんで聖国と新商売を立ち上げる話になっているんですか』


 トレモ船長の実家、バーバラ島で養蚕業を始める話はモニカさんからオットーに説明されている。

 ちなみにオットーは、モニカさんから聞かされるまで、僕達が島で何をしていたのかティトゥから全く知らされていなかったようだ。

 ティトゥ、君ねえ・・・。

 僕とメイド少女カーチャが呆れたのは言うまでもないだろう。


『それで今日はトレモ船長と、うちの家具職人を連れて戻って来るんですよね』

『ああ、それでですか。昨夜は船乗り達が「ここの料理も食い納めだ」って、腹がはち切れそうになる程食ってましたよ』


 トレモ船長の船の船員達は、この一週間、コノ村でみんなと一緒に食事をしているうちに、すっかりここの料理の虜になってしまったそうだ。

 何人かは真面目な顔で『このままここに残って働けないだろうか』と、ナカジマ家の使用人に相談していたという。

 ドワーフ親方はそんな彼らに『そんなに食い過ぎたら体に悪いから、もっと()を飲め』と勧めていたんだそうだ。

 どっちもどっちだなあ。


 その時、テントの入り口が開くとティトゥが顔を出した。

 いつもの飛行服の彼女は、キョロキョロとテントの中を見回した。


『ファルコ達は来ていないんですの?』

『ファルコ様達ですか? 先程カーチャが散歩に連れて行ってましたが』

『そう。――なら今のうちに出発しましょう』


 ティトゥは使用人達に命じて僕をテントの外に運び出させた。


「どうしたの? ファル子達には今日は連れて行けないって言ってくれたんだよね?」

『・・・言いましたわ。そしてファルコ達もちゃんと納得してくれましたわ』


 今日はトレモ船長と家具職人のオバロを運ぶために、バーバラ島とコノ村を何度も往復しなければならない。

 ファル子達が下りて遊ぶ時間は無いのだ。

 だからと言って、一日中狭い操縦席の中に二人を閉じ込めておくのも気の毒だ。

 僕はティトゥと相談して、「今日は一緒に連れて行けない」と、二人に説明してくれるように頼んでいたのである。

 なんでお前(パパ)から言わないんだって? いや、僕だと二人に駄々をこねられたらどうせ断れないだろう、ってティトゥが言うからさ。

 情けない父親だなって? 我ながらそう思うよ。


『でも、今朝になったらファルコが「やっぱり一緒に行きたい」と言い始めたんですわ』

「ファル子・・・。全く、あの鳥頭め」


 とかなんとか言っている間に、僕の機体はコノ村の外まで運び出された。

 ティトゥはヒラリと操縦席に乗り込むと安全バンドを締めた。


『前離れー! ですわ』

「「ギャウー! ギャウー!(パパ! パパ!)」」

『フ、ファルコ様! ハヤブサ様! 待ってください!』


 あちゃー。遅かったか。

 村の外から子ドラゴン達が、バサバサと翼をはためかせながらこちらに一直線に駆け寄って来た。


「「ギャウー! ギャウー!(パパ! ママ!)」」

『カーチャ、あなた・・・』

『し、仕方がなかったんです! お二人が突然走り始めたので!』


 カーチャはティトゥにジト目で見下ろされて、慌てて言い訳を始めた。

 ファル子達は興奮しながら僕の主脚にまとわりついている。こうなったら二人を振り切って飛び立つ事は不可能だ。


『――仕方がないですわね。カーチャ。あなたも一緒にいらっしゃい』

『・・・すみません』


 ティトゥは操縦席を降りるとファル子達を抱えて僕の操縦席に乗せた。


『あなた達はそこで待っていなさい。カーチャの準備が終わったら出発しますからね』

「「ギャーウー(りょーかーい)」」


 ヤレヤレ。こんな事になるんじゃないかと思ってはいたんだよね。

 そんなこんながありながら、僕達はトレモ船長達の待つバーバラ島へと出発したのだった。

次回「港町ヒーグルーン」

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― 新着の感想 ―
[一言] >>厄払い アルコール消毒かな? >>このままここに残って働けないだろうか 実際仕事は有るでしょうけど、相談すべき相手はむしろ船長なのではw
[良い点] とても面白いです、ここまで一気に読んでしまいました。完結作品も何作か読ませていただきどれも魅力的な物語でした。雌豚も並行して読ませていただいてます [気になる点] 他国の貴族が見つけたもの…
[一言] いい加減聖国の王城にはハヤテ専用の滑走路用意してもいいと思うw
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