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中間話6 王都のドラゴン

『少し王都の町まで戻ってきますわ』


 ティトゥがそう言って、王都騎士団の壁外演習場から出かけてからしばらくたつ。

 ちなみに今日のティトゥはいつものメイドの少女カーチャではなく、ルジェックという大男を従えていた。

 ルジェックは見た目に反して気の小さい大人しい男で、屋敷では家令のオットーのパシリといった役どころだ。

 ティトゥの護衛と考えると若干不安な人選だが


『騎士団の者が離れた場所から見ておりますので』


 と、ティトゥがいなくなった後、騎士団の人がこっそり教えてくれた。

 ちなみにこの人は騎士団の中では珍しい女性の騎士団員だ。名前はカトカさんという。

 元々は将ちゃんことカミル将軍の秘書的な役割だったようだが


『お前は俺のところにいても役に立たん。マチェイ嬢に使ってもらえ』


 そう将軍本人から戦力外通告をされて壁外演習場(ココ)に置いて行かれたのだ。


 なんと言い辛い事をズバッと言う人だ。


 と、僕は将ちゃんのえげつなさに戦慄したものだが、言われた本人は全く堪えてない様子で至って普通に命令を受け止めていた。

 一見「出来る女」に見える人だが、実は結構残念な人なのかもしれない。


 ちなみに王都までマチェイ家の面々を送ってくれた騎士団員達はここにはいない。

 彼らは引継ぎを済ませると週明けまで休暇に入っているそうだ。

 日本海軍でいうところの「上陸」というやつだ。


 「半舷上陸」という言葉を聞いたことはないだろうか?

 軍艦が港に停泊した時、乗組員の半数を当直として船に残し、半数ずつ交代で上陸させることをいう。

 もちろん「上陸」した乗組員はお休みである。みんな町に遊びに行って英気を養った。

 そうして、「上陸」というのはお休みの日に町に出る、という意味でも使われるようになったのだ。

 本来の意味だと「上陸」は船で使うべき言葉だが、日本海軍では陸の基地のことも船に見立てて使われていたのだ。


 ちなみに髭モジャ班長アダムは、今回の任務の手当てを全て握って高級娼館に突撃する、と宣言していた。


 漢だ!


 と僕は思ったが、そのことを僕に誇らしげに語るアダム班長は、ティトゥとカーチャからめちゃくちゃ白い目で見られていた。

 僕の戦闘機ハートではとてもあの視線は耐えられない。

 よってここは沈黙を守らせていただいた。

 君はいい友人であったが、君の発言がいけないのだよ。

 部下の騎士団員達も苦笑いだった。



『マチェイ嬢が戻られたようですね』


 見た目出来る女のカトカ女史に言われ、僕はそちらに目を向けた。

 ティトゥが二人の少女メイドと話しながら歩いてくるところだった。

 二人? 一人はカーチャみたいだけど、もう一人は誰?

 あ、ティトゥの護衛のルジェックが僕を見て、大きな体を小さくして申し訳なさそうな顔をしている。

 ・・・これって面倒な事にならなければいいけど。




『あなたがハヤテ様ですか?!』


 謎の少女が僕を見上げて言った。キレイな銀色の髪のお人形みたいな女の子だ。

 カーチャより歳は下のようだが、背格好は似ている。

 メイド服のサイズが微妙に合っていない感じから、カーチャのメイド服を借りているのかもしれない。


「そうだけど、君は誰?」


 僕の声に驚く女の子。

 いくら僕でも、初対面の人間に話しかけられた時くらい返事をしますよ?


『今の言葉は何と言ったのですか?!』


 ああ、そっちの驚きね。


『今のが”聖龍真言語”ですわ!』

『これが”聖龍真言語”・・・』


 いいえ、ただの日本語です。ティトゥは幼気な少女を洗脳しないで欲しい。


 カトカ女史がこの場を離れて我々だけになると、ティトゥは銀髪少女の素性を教えてくれた。


「ランピーニ聖国の王女・・・」

『ええ。第八王女マリエッタ・ランピーニです』


 スゲー、モノホンの王女様だ。元王子様には何かと縁があるけど、王女様に出会ったのはこれが初めてだ。

 こんなに幼くても、気品というか支配者のオーラを感じさせるね。

 同じメイドの服を着ていても、隣に立っているただの村娘とは大違いだ。


『ハヤテ様?』


 おっと、カーチャに睨まれた。

 カーチャも最近、僕に対する勘が鋭くなってきたな。


 しかし、なるほど。他国の人間を騎士団の練習所に入れるのは問題があるので、王女をメイドに変装させたんだな。

 どうしてこんなことをしたのかは分からないけど、ティトゥがここまでして連れてきたんだ。

 どうしても僕をマリエッタ王女に会わせたかった理由があるんだろう。


 確かランピーニ聖国はこのミロスラフ王国のある半島の西、クリオーネ島を治めている国の名前だ。

 聖国とついてはいるものの、別に宗教国家ではないらしい。

 クリオーネ島を聖なる島とみなして、そこにある国ということで聖国を名乗っているのだそうだ。

 ――と、マチェイ家の長男ミロシュ君(7歳)の授業で教わった。


 ティトゥは僕の身体をあちこち指し示しながら、マリエッタ王女にノリノリで僕のことを説明している。

 マリエッタ王女がまた素直に感心するもんだから、どうにも歯止めが効かなくなっているようだ。

 時々平気で脳内設定を混ぜるものだから、はたで聞いててハラハラする。

 カーチャは達観している顔付きだ。表情が抜け落ちている。

 ここに来るまでも散々聞かされ続けたのだろう。気の毒に。


『背中の透明な部分に鞍があるのですね』

『ええ。ハヤテは契約を交わした者しか乗せませんが――』


 勢いでそう語ったティトゥが、あっ、という顔をした。

 うん・・・つい先日、パンチラ元第四王子を乗せちゃったね。ゴメン。


『契約ですか・・・ では残念ながら私は乗せては頂けませんね』


 急に黙り込んでしまったティトゥに、聞いてはいけないことを聞いてしまったと分かったのか、マリエッタ王女がすかさずフォローを入れた。

 出来る少女だ。見た目出来る女のカトカ女史もこの子を見習って欲しい。


『でも、聖国の人間である私にこんなにハヤテ様のことを話してしまっても大丈夫なんですか?』

『ええ。かまいませんわ』


 そう言うとティトゥはマリエッタ王女の方を振り返った。

 そして言葉を選んでいたのだろうか、少し間をおいてから王女に告げた。


『王女様。あなたもハヤテと契約をして頂けませんか?』


『えっ?』

「ティトゥ!!」

『ティトゥ様?!』


 ティトゥからの予想外の申し出に言葉を失う王女。

 ティトゥの僕に対するこだわりを、誰よりも良く知っているカーチャは驚きで顎が外れそうになっている。

 彼女はずっとティトゥのそばで、僕に心を砕く主を見続けていたからね。

 そして少し離れた場所にいたルジェックも、こちらを見たまま愕然として立ち尽くしている。

 そういえば君いたね。話に加わらないのですっかり忘れていたよ。

 まあ、同じ男として少女三人の会話に入り込めない気持ちは分かる。


『・・・マチェイ嬢、それは一体どういうことですか?』


 衝撃から立ち直ったマリエッタ王女がティトゥに尋ねた。

 その表情は硬く、疑わし気だ。

 それはそうだろう、僕に対する普段のティトゥのことは知らなくても、今日会ったばかりの外国の要人にドラゴンの秘密を色々喋ったばかりか、その所有権を共有しようと持ちかけたのだ。

 何か裏を疑うのも当然だ。

 そしてカーチャはすっかりおろおろしていて役に立たない。


『――私はハヤテに選ばれて契約を交わしました』


 ティトゥは王女の前から離れ、僕に歩み寄った。


『でも今回の旅の私は、ハヤテの契約者として相応しいとはとても言えませんでした。こんな私が契約者ではハヤテはやがて人間に幻滅して去って行ってしまうかもしれません・・・』


 そう言うとティトゥは僕の身体を優しく撫でた。

 僕がティトゥに幻滅する? ちょっと考えられないんだけど。

 まあ、そもそも僕には去って行く先のあてすら無いんだけどね。


『その時、王女様がハヤテと契約していれば、ハヤテは仲間の下に帰らずに王女様の下へと参るでしょう』

『・・・マチェイ嬢はそれで良いのですか?』


 ティトゥは僕をじっと見つめた。

 ティトゥの緊張が僕に伝わってくる。


『かまいませんわ』

『『『!』』』


 この場にいる全員がハッと息をのむ中、ティトゥが振り返った。


『そうなったら私はハヤテに相応しくなるよう努力します。そうして自分に自信ができたらクリオーネ島へ行き、もう一度ハヤテと契約してもらいますわ!』




 ハヤテがどこに行ったのか分からなければ、世界中を捜し回らなければいけなくなりますから。

 ティトゥは最後にそう締め括った。

 ティトゥなら本当に僕を捜して旅立ちそうで怖いね。


 カーチャは安心したような不安なような複雑な表情をしている。

 ルジェックは最初に驚いた表情のままだ。君、立ったまま気絶してないよね?


 マリエッタ王女はティトゥの表情に彼女の決意を感じたのだろう。すでに先ほどまでのこちらを疑う眼差しでは無くなっていた。


『マチェイ嬢の考えは分かりました。でも、契約を交わした途端、私があなたからハヤテ様を取り上げるかもしれない、とは考えなかったのですか?』

『王女様はそのようなことはなさりませんわ』


 マリエッタ王女は訝し気な顔になった。


『なぜそう言い切れるのでしょうか?』

『直感ですわ』

『は?!』


 はい、王女の変顔頂きました。


『王女様はそんな人ではありませんわ。それに悪しき心を持つ者とハヤテは絶対に契約致しませんの』


 ティトゥの僕に対する信頼はどれだけ厚いんだ!! 僕には人の善悪を計る能力なんて無いよ?!


 マリエッタ王女は苦笑を浮かべた。

 呆れ返った、という苦笑ではなく、参った、といった感じの苦笑だ。

 これまでの会話でティトゥの裏表ない性格が理解できたのだろう。

 この人相手に腹芸は意味が無い、そういう諦めが苦笑という形で表に出てしまったんだと思う。


『分かりました、こちらからも是非お願いします。ランピーニ聖国・第八王女マリエッタ・ランピーニ、ハヤテ様との契約を望みます』

次回「中間話7 エピローグ 王女の契約」

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