その19 深読み
僕はモニカさんの話を聞いている間に、次第に不安な気持ちになっていた。
これって資本をバックにした植民地統治、そのきっかけを作ってしまったんじゃないだろうか?
トレモ船長は不思議そうな顔になった。
『しょくみんち? ですか?』
ああ、こっちの世界には植民地という言葉は無いのか。いやまあ、まだ言葉が無いだけで似たような国や地域はあるんじゃないかと思うけど。
地球で有名な植民地と言えば、やはりキューバ共和国だろうか。
南アメリカ、カリブ海に浮かぶ小島キューバでは、アメリカから砂糖産業に大量の投資が投入されたため、極端な砂糖単一栽培経済となった。
島の平地は、ほぼ全てがサトウキビ畑になっていたと言われている。
当然、食料は輸入に依存せざるを得ず、また、製造業も、アメリカから安い工業製品が流入した事でほぼ壊滅していた。
そのため当時のキューバでは、サトウキビの収穫期以外の時期は「死の季節」と呼ばれ、多くの国民が職を失い、飢餓で苦しんだという。
後に革命が起こり、アメリカとの国交断絶を経て、ラテンアメリカ初の社会主義国家が樹立したのであった。
勿論、モニカさんには、この島を聖国の植民地にするつもりはないと思う。
しかし、この島でしか作れない高価な資源があって、それを聖国が独占的に買い上げる以上、結果としてキューバと同じ事になる危険性は高いんじゃないだろうか?
聖国で天蚕糸の需要が高まるにつれ、バーバラ島には大量の資本金が投入され、養蚕モノカルチャー経済になっていく。
やがて聖国から船で安く大量に輸入される食料や日用品によって島の産業は潰され、島の人達は生活のためにお金を稼ぐ必要に迫られるようになるだろう。
こうして養蚕産業の拡大と引き換えに島の畑は潰され、それによって食糧の自給率は更に下がってしまう。
たどり着く先は聖国に依存しなければ生活も出来ない、貧富の差の激しい格差社会である。
トレモ船長は驚きの表情を浮かべながら僕の話を聞き終えた。
『そんな・・・そんな事が本当に起きるんでしょうか? 俺には想像出来ないんですが』
まあ、あくまでもこれは僕の考える未来予想であって、実際は島の人達は養蚕で手に入ったお金で豊かな生活を送れるようになるかもしれない。
そして聖国は絹で作ったドレスを売って大儲け。買った人も着心地が良いキレイなドレスが手に入って大満足。
そんな全員にとって幸せな未来が訪れるかもしれない。
『・・・しかし、ハヤテ様はそうならないと思っていらっしゃるのですね?』
いや、そうなればいいな、とは思っているよ。けど、モニカさんの様子を見ているとね・・・
彼女の読み違いによる暴走ならいいんだけど。
けど、どうやら絹は僕が考えていたよりも、この世界では大きな価値があったみたいだから。
トレモ船長は目を伏せて考え込んだ。
正直言って僕にも自分の言葉に自信はない。けど、せっかく知り合えた島の人達が不幸になるかもしれないと考えると、黙っている訳にはいかなかったのだ。
お前が今の事態を招いておいて何を言ってるんだって?
いやまあ、確かにそうなんだけど、まさかこんな事になるなんて、想像出来ないだろ?
珍しい生地が見つかった。ラッキー。ティトゥも喜んでくれるかな? それくらいの感覚だったんだけどなあ。
ふと気が付くと、いつの間にかトレモ船長が僕を見上げていた。
さっきまでの怪訝な表情は消え、真剣な目をしている。どうやら僕の話を分かって貰えたようだ。
『いえ、やはり俺ではハヤテ様の話を理解するのは難しいようです。所詮、俺はただの人間なので。しかし、俺達には計り知れない叡智を持つハヤテ様が、そこまで心配しているんだ。だったら、きっとそんな未来が訪れる。それだけは分かっています。ハヤテ様。どうか俺に知恵を授けて下さい。どうすれば島の者達を――俺の家族が不幸にならずに済むんでしょうか?』
いやいや、僕は本当に大したヤツじゃないから。ティトゥがやたらとふかすものだから、みんな僕の事を買い被っているみたいで、ホント困っているんだけど。
・・・と、この場にいないティトゥの愚痴をこぼしていても仕方がないか。今は自分に出来る事をしないと。
『ダイリテン。ツクル』
『だいりてん? ですか?』
◇◇◇◇◇◇◇◇
「だいりてん? ですの?」
「はい。ハヤテ様に言われて決意しました」
島長の家にやって来たトレモ船長は開口一番、ティトゥ達に「自分がこの島で代理店を立ち上げる」と宣言した。
聖国メイドのモニカが、ハヤテという単語にピクリと反応した。
「代理店ですか? 聞きなれない言葉ですが、つまりはあなたがこの島の商売の代表となる。そう考えていいのですね?」
「・・・はい」
トレモ船長は今後、この島における、聖国とナカジマ家の仲介人になるという。
「ああ。つまりは、御用商人ですわね」
「はい。そう思って頂ければ結構です」
ティトゥは納得顔で頷いた。
納得していないのはモニカだった。
「回りくどいですね。我々が代理店の必要を認めず、直接取引をすると言えば?」
「――俺は島長の息子です。それに俺は港町アンブラでも店を二軒任されています。一つは俺が立ち上げました」
「島での立場も十分だし、商人としての実績もある、と。そう言いたいのですか?」
「・・・聖国王家とナカジマ様にとっても、決して悪い話ではないと思っています」
モニカは商人ではない。勿論、御用商人との付き合いはあるが、自分が商売の世界では門外漢である事は分かっている。
そのため彼女は、聖国から誰か使える商人を――つまりは専門家を――連れて来て、この島での養蚕ビジネスを主導させようと考えていた。
(ハヤテ様に先手を打たれた? いや、今の時点であの方が我々と事を構える理由がない。絹の商売を軌道に乗せるには聖国の資本と販路を利用するのが一番。ハヤテ様がその程度の事を分からないはずはありません。
そもそも、トレモはナカジマ家の人間ではない。つまり、この男を使うメリットがない。だったらどこに彼を使う意味があるのでしょうか?
あるいは、代理店というのは御用商人とは違うとか? 代理店とは何かもっと斬新な新しい概念で、私はそれを見落としている?
・・・ふむ。こちらの方が可能性としては高そうですね)
モニカはハヤテの思惑を勝手に深読みしていった。
ハヤテの四式戦闘機・疾風としての機体性能はともかく、その精神と言うか中身はごく平凡な日本の青年に過ぎない。
地頭の良し悪しで言えば、モニカ程の天才の足元にも及ばないのだ。
しかし、このところ竜 騎 士のしでかしが連続して続いた事で、彼女はすっかりハヤテの叡智を買い被っていた。
ハヤテがトレモ船長に代理店を立ち上げるようにアドバイスしたのは、ハッキリ言ってただの思い付きである。
島に直接聖国の資本が入って来ないようにするために、島長の息子のトレモ船長に間に入って貰いたい。彼なら故郷に悪いようにはしないだろう。
言ってみればその程度の発想だった。
だが、モニカはハヤテの思惑を深読みしてしまった。
ハヤテは自分を、いや、人類を上回る知恵と知識を併せ持つドラゴン。その前提でハヤテの思考を推し量ってしまったのだ。
つまり、彼女は頭がキレ過ぎるが故に、逆に自ら進んで思考の迷路に入り込んでしまったのである。
(現時点でハヤテ様は聖国に対して、好意的である事は間違いありません。ならばこれも聖国にとって悪い話になる可能性は低いでしょう。
むしろ下手に逆らって、ハヤテ様に悪感情を持たれる方が致命的でしょうね。
ならばここは、ハヤテ様の考えを受け入れて、こちらはサポートに回る。そう。以前、ハヤテ様がおっしゃっていたWin―Winの関係を目指すべきですね)
結局、モニカはハヤテのアイデアを無条件で受け入れる事を決めた。
あるいは彼女は、ここ最近の激務で疲れが溜まっていたのかもしれない。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ティトゥ達が島長の家から出て来た。
どうやら話し合いは終わったようだ。
『トレモ船長がだいりてんの代表になって、私達とこの島との間の仲介人を務める事が決まりましたわ』
意外――と言っては失礼かもしれないけど、トレモ船長の提案はすんなり受け入れられたらしい。
実はモニカさん辺りがもっと揉めるかと思ってたんだよね。絹のハンカチを触っている時の彼女って、かなり危ない感じだったから。
そのモニカさんは意味ありげな表情を浮かべている。
『ハヤテ様の百術千慮のお考えは分かりませんが、聖国の事もお考え頂けていると信じておりますから』
ん? この人は何を言っているんだろう。
いやまあ、トレモ船長が代理店の店長になる事は、聖国にとっても別に悪い話じゃないとは思うけど。
ティトゥが僕を見上げて尋ねた。
『それでハヤテ。これからどうするんですの?』
どうするとは?
『私は聖国王城に絹のサンプルを届けたいです。トレモ船長の船の代金を準備させないといけませんし』
『俺はバニャイア商会のフランコさんに報告をしないと。ナカジマ領に残した船と船員達も気になりますし』
『あの、座繰機は直りましたが、俺はいつまでこの島にいればいいんでしょうか?』
モニカさん、トレモ船長、家具職人のオバロが、それぞれ自分の立場を訴えた。
ええと、確かにこれは問題だ。
どうしよう。いやまあ、順番に片付けるしかないか。
「増槽の燃料があるから、もう一度ランピーニ聖国に行けると思う。先ずはモニカさんの件を片付けよう。トレモ船長とオバロには悪いけど明日で。明日は真っ先にトレモ船長を港町アンブラまで送り届けてから、一度島に戻ってオバロを拾ってコノ村に飛ぶ。その後でもう一度港町アンブラに戻って、今度はトレモ船長をコノ村に送り届ける。――これでどうかな?」
『ええと、ちょっと待って頂戴。最初にモニカさんを聖国王城に連れて行ってから・・・』
ティトゥはブツブツと呟きながら段取りを確認している。
やがて彼女の口からみんなに説明されると、各々納得した様子で頷いた。
『俺達はそれで構いません』
『ではモニカさん、ハヤテに乗って頂戴。オバロは悪いですけど今日もこの島に残って頂戴』
『分かりました。追加で採られた天蚕の繭もありますからね。村の人達に座繰機の使い方を教えがてら、絹を作っていますよ』
あ、そうだ。島の人達にはこれ以上天蚕の繭を採らないように言っとかないと。
絶滅しちゃったら養蚕どころじゃないからね。
『確かにそうですね。村人には俺から伝えておきます』
これはトレモ船長が引き受けてくれた。
ふむ。言っておくべきことはこれで全部かな? どう思う? ティトゥ。
『大丈夫でしょう、きっと。――では、前離れー! ですわ』
こうして僕はティトゥとモニカさんを乗せてテイクオフ。
島民達に見送られながら、本日二度目のランピーニ聖国を目指すのだった。
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