その15 理不尽すぎるんじゃないでしょうか?
今年もよろしくお願いします。
今朝も晴れ渡った絶好のフライト日和。
朝食を終えたティトゥが僕のテントにやって来て、さあ、今からバーバラ島に出発だ。
――と、いった所で、メイド少女カーチャから、待ったがかかった。
『あの、ハヤテ様。今日はモニカさんを聖国王城まで迎えに行く日なんですが』
ん? ・・・ああ。そういえばそうだったね。
『そういえばそうでしたわね』
どうやらティトゥも忘れていたようだ。
まあ、色々とあったからね。
聖国メイドのモニカさんは、現在、聖国王城に里帰りしている。
なんでも、あちらでドラゴン港開発のための人員を手配するためだそうだ。
まあ、ティトゥの手助けになってくれるのなら別にいいんだけど。けど、なんでまたそんな話になったのやら。
僕はモニカさんと、二週間後に迎えに行くと約束していた。
どうやら今日が丁度、その二週間後だったようだ。
『なら、バーバラ島には、モニカさんを迎えに行った後で向かう事になるかしら』
「う~ん。それだと午後から出発する事になるのか。それって時間的にちょっと厳しくない?」
バーバラ島には片道二時間かかる。午後から出発していたら、向こうに着いたと思ったらすぐに戻らなければならなくなるだろう。
ティトゥはちょっと困った顔になった。
『だったらどうするんですの?』
「どうするって、どっちかを諦めるしかないんじゃない? ちなみに僕には、モニカさんとの約束を破るような度胸は無いよ」
『・・・仕方がないですわね』
トレモ船長と島民のみんなには悪いけど、今日はこちらの都合でお休みという事にしてもらおう。
事前に「急な用事で行けない日もあるかもしれない」とは言ってあるので、特に問題はないと思う。
電話もネットもない生活は、こういう時に不便なんだよなあ。
『ではちゃっちゃと済ませてしまいましょう。ファルコ達はどうしますの?』
「ギャウギャーウー(島に行かないの? なら、私はいいや)」
「キュウ(僕も)」
流石にランピーニ聖国の王城でファル子達を自由に遊ばせる訳にはいかない。
ファル子達にもそれが分かっているらしく、あまり気乗りしないようだ。
この間は、僕らに置いて行かれたんじゃないかと、二人して半べそをかいていたのに現金なもんだ。
まあ、カーチャが一緒にいたとはいえ、良く知らない島と、みんながいる実家のコノ村とでは比較にならないからね。
『そう。ではカーチャ。二人の世話は任せましたわ』
『分かりました。お気を付けて』
「ギャウギャウ!(カーチャ姉! 海に行こう!)」
『あっ! ファルコ様! 一人で行かないで下さい!』
いきなり走り出すファル子。カーチャとハヤブサは慌てて彼女を追いかけて行った。
落ち着きのない子でゴメン。
それはそうとティトゥ。モニカさんを迎えに行くくらい僕一人で十分なんだけど。
ほら、代官のオットーがこっちを見ているよ? テントに残って彼と一緒に書類仕事をする気にならない?
『前離れー! ですわ』
ティトゥはオットーの視線をバッサリと無視。
まあいいけど。後で大変な思いをするのは君だしさ。
といった訳で、僕達はランピーニ聖国の王城に到着。
そういえば、いつものように城の中庭に降りちゃったけど、これってマズかったりしない? マリエッタ王女のお姉さんに怒られないかな。
『ティトゥお姉様。ハヤテさんは今、何て言ったんですか?』
『ハヤテはアレリャーノ宰相閣下のご夫人に怒られないか、気にしているんですわ』
ティトゥを出迎えに出ていたマリエッタ王女が、僕の言葉に反応した。
「あっ! ちょっとティトゥ! そんなのわざわざ通訳しなくていいのに」
『フフフッ。ご心配なくハヤテさん。カサンドラ姉上なら視察に出ているので、今は城にはいませんよ』
マリエッタ王女は小さく笑った。
大きな体をしている僕が、自分のお姉さんにビクビクしているのが面白かったようだ。
いやいや。僕は小心者なんで。
お城の衛兵の人達が、明らかに迷惑そうな顔をしているのも、さっきから凄く気になってるし。
マリエッタ王女的には久しぶりにティトゥと再会出来て嬉しいと思うけど、個人的には急いでモニカさんを回収して撤退したい所だ。
『お待たせして申し訳ございませんでした』
柔らかな笑みを浮かべたメイドさんがやって来た。
聖国メイドのモニカさんだ。
・・・ええと、モニカさん?
『モニカさん? 少しやつれ――ゴホン。少し痩せたんじゃありませんの?』
モニカさんは皺一つない完璧なメイド服に、いつもの笑みを浮かべていた。
しかしその顔には、付き合いの長い僕達には分かる、隠し切れない疲労が浮かんでいた。
『ご心配頂きありがとうございます。この二週間、準備に追われていましたので』
モニカさんは、ナカジマ領に連れて行く者達との面会、設計の打ち合わせ、作業員や資材の手配など、寝る間も惜しんで働いていたそうだ。
特に面会には力を入れていたらしい。
『ナカジマ領に妙な者を連れて行く訳にはいきませんので。思想の確認、背後の洗い出し、本人の能力の有無。私自らが査定し、これならばと思える者達だけをえりすぐっていました』
『そ、そうですの。大変でしたのね』
モニカさんの熱意にドン引きするティトゥ。
そこまで気合を入れなくても、とか思ったが、マリエッタ王女は納得顔で頷いている。
『そうですね。ミロスラフ王国というだけで侮る者も多いでしょうから』
『ええ。いずれそのような者が入り込むのは仕方がないとしても、組織の中心だけはしっかりとした者で固めておく必要がありますので』
ああ、なる程。ティトゥはまだピンと来ていないようだが、今の二人の会話でモニカさんの言いたい事も分かった気がする。
モニカさんが作ろうとしているのは、優秀な者達を集めた、いわばドリームチームだ。
しかし、チーム監督の方針に従わない者や、人間性に問題のある者――具体的に言えば、驕りの強い身勝手な人間は、能力は高くてもチームにとっては足を引っ張る存在になる。
ましてや、彼らが向かうのはミロスラフ王国。聖国の学者や技術者にとってみれば、取るに足らない半島の小国でしかない。
そんな場所で成果を上げても、自分のキャリアになるとも思えない――などと考える者に参加されてしまったら、本人の仕事だけではなく、周囲の者達のモチベーションにも悪影響を与えてしまうだろう。
いわゆる「箱の中の腐ったミカン」というヤツだ。
ティトゥも分からないなりに、モニカさんのこの二週間の苦労は察したようだ。
彼女を気遣う言葉をかけた。
『まだ大変なようでしたら、もう少しこちらに残ります? 私とハヤテなら、また後日迎えに来ますわよ』
『お気遣いありがとうございます。しかし、後はアレリャーノ宰相夫人に任せていますので、問題ありません』
モニカさんの仕事は、アレリャーノ宰相夫人――マリエッタ王女のお姉さんに、キッチリ引き継ぎが終わっているのだそうだ。
あれ? 今日、お城にマリエッタ王女のお姉さんがいないのってまさか・・・いや、それはないか。まさか一国の宰相夫人がモニカさんの代わりに打ち合わせに奔走しているなんて事がある訳ないよね。
『そうですの。なら帰りましょうか』
『はい。ハヤテ様、荷物をよろしいでしょうか?』
おっと、いけない。僕は胴体横の扉を開けた。
お城の使用人達が荷物を積み込んでいく。次々と・・・いや、多くない? いくつあるんだよ。
僕は慌てて追加で樽増槽を取り出した。
それを目ざとく見つけたモニカさんが部下に指示を出した。
『そちらは翼の下にある樽に入れなさい。ハヤテ様の胴体に入れるのはそう、その荷物までで』
『それではマリエッタ様、ごきげんよう』
『ごきげんよう、ティトゥお姉様。ミロスラフ王家に嫁いだパロマ姉さまが羨ましいです。いつでもお姉様に会えるんですもの』
マリエッタ王女は名残惜しそうにしている。彼女の姉のパロマ王女は、先日、ミロスラフ王国新国王、カミルバルトとの婚約を発表した。
とはいえ、いくらパロマ王女がミロスラフ王国に住む事になったといっても、いつでもティトゥに会えるって訳じゃないと思うんだけど。
立場上、王城から自由に出られるとは思えないし。
そんな感じで、僕達はモニカさんを乗せてランピーニ聖国を後にした。
後はコノ村に戻るだけ。今まで何度も飛んだルートだ。僕とティトゥの気が少しだけ緩んでしまったのも仕方がないだろう。
『思ったよりも早く終わりましたわね。これならバーバラ島にも行けたんじゃありませんの?』
「う~ん、どうだろう。結構、モニカさんの荷物が多かったからね。一度コノ村に戻る以上、やっぱり難しかったんじゃないかな?」
『バーバラ島? 何の話ですか?』
モニカさんが僕達の会話に反応した。そういや、モニカさんはずっと聖国に戻っていたんだっけ。
ティトゥはトレモ船長の船がやって来た所から、ザッと事情を説明した。
モニカさんは最初こそ興味深そうな様子で話を聞いていたが、その笑顔は次第に固まっていった。
そして、オタク青年オバロに蚕の繭から糸を取る道具の修理をさせた所で、彼女は遂に乾いた笑い声をあげ始めた。
『フ・・・フフフッ。私が少し目を離している間に、そんな事が起こっていたなんて。この人達はなぜいつもいつも・・・どうしてたったの二週間くらい、大人しくしていてくれないんでしょうか? いや、そこが魅力的なんですよ。それは分かっているんですが、それでもこれはあまりに理不尽すぎるんじゃないでしょうか? ええ、本当に』
『あ、あの、モニカさん? 一体どうしたんですの?』
モニカさんは何やらブツブツと呟きながら、小刻みに体を震わせた。
彼女の背後からは得体の知れない負のオーラ? らしきものまで漂い始めている。
ティトゥはモニカさんの変貌っぷりにすっかり怯えていた。
『ハ、ハヤテだって震えてますわ』
えっ? あ、ホントだ。計器の針が小刻みにガクガク震えてら。
いや、ティトゥ。そんな縋るような目で僕を見ても困るから。
ムリムリ。僕にはどうにも出来ないから。
「ここはティトゥに任せた。僕はパートナーの絆を信じているよ」
『ちょ、ハヤテ、あなた! ・・・あ、あの、モニカさん。そんなに気になるようでしたら、今からバーバラ島に行ってみます?』
『――ええ。是非、よろしくお願いします』
『ハヤテ!』
「アイアイ、マム!」
僕達は急遽、予定を変更。
翼を翻すと南の島、バーバラ島へと一直線に飛んだのだった。
次回「絹」