その14 オタクの青年
バーバラ島の倉庫に眠っていた蚕の繭から糸を取る道具。
壊れたそれを修理するため、僕とティトゥは、家具職人のオレクを呼びにコノ村へと向かったのだった。
てなわけでコノ村に到着。
ナカジマ騎士団と使用人達は、まだお昼なのに僕達が戻って来た事に驚いている。
ティトゥは開口一番、彼らに尋ねた。
『オレクは村にいますの? 誰か彼を呼びに行って頂戴』
『オレクですか? オレクなら開拓地の団地の作業所にいますが』
ティトゥの声に答えたのは、ニ十歳くらいの痩せた青年だった。
伸び放題のボサボサ頭に、あちこちほつれた粗末な服装。どう見てもナカジマ家の使用人ではないだろう。
何と言うか、オタクっぽい青年、という表現で通じるだろうか?
『あなたは?』
『あ、お、俺はオレクの下で働いているオバロといいます』
オタク青年――オバロは、ティトゥに見詰められて若干キョドリながら自己紹介をした。
開発の進む元・焼け跡こと第一次開拓地。
現在、開発に従事している作業員はかなりの数となっている。
開拓地には作業員達が寝泊まりするための宿舎が大量に作られ、ちょっとした団地のようになっていた。
ちなみにこの世界には団地という言葉は無かったらしい。
最初、空からズラリと並んだ宿舎を見た時、僕は思わず「まるで団地だな」と感想を漏らしてしまった。
ティトゥは僕の言葉を聞き逃さなかった。彼女はその場で、『ならば、あれは”ドラゴン宿舎団地”と名付けましょう』と宣言したのである。
僕は「ええ~っ。そんな名前は長いしカッコ悪いから止めようよ」と反対したのだが、ティトゥは聞き入れてくれなかった。
こうしてティトゥが命名した「ドラゴン宿舎団地」だったが、やはり口に出すには長すぎたらしく、みんなすぐに「宿舎団地」、あるいは単に「団地」としか呼ばなくなってしまった。
最近ではティトゥも団地と呼ぶようになっているのだった。
といった訳で、現在も絶賛拡大中の宿舎団地。なにせ作業員の数が多いので、彼らの使う寝具なりタンスなりと、常時、大量の家財道具が必要とされている。
それら全てを外から運び込んでいては、いくら荷馬車を走らせても数が足りない。
作れる物は現地で作る。
テーブルやイスなんかのちょっとした家具は、現地でオレク達、家具職人が総出で作っているのであった。
どうやらこのオタク青年オバロは、オレクの下で働いているようだ。
まだ若いし、アシスタントか弟子って所かな?
ティトゥはしげしげとオバロを眺めた。
『あなた、家具職人としての腕前は?』
『ええと、団地で使うイスや机くらいなら。俺、十五の時から王都の職人の所で働いていたので。こっちに戻ったのは半年前ですが。あ、元々出身がポルペツカの町で、親は今もそこで暮らしているんです。こっちに戻ってからはずっとオレクの下で働いています』
このペツカ地方がネライ家の預かりだった頃は、ここは広大な湿地帯しかない僻地だった。
ここの住人は、食べて行くためには、お隣のネライ領や、遠い王都まで働き口を求めて行くしかなかったのである。
とはいえ、大した伝手も無く、教育も受けていない彼らが就ける仕事など、ロクな物がなかったのではないだろうか?
多くの者が仕事どころか、その日食べる物にも事欠く中、オバロは手先の器用さを生かし、家具職人の所に住み込みで働いていたんだそうだ。
ティトゥはオバロの話を聞き終えると、少しだけ考えた。
『・・・オバロ。あなた、今から時間はありますの?』
『えっ? あ、はい。ここにはオレクから頼まれた注文書を持って来ただけなので。それも終わったので、後は団地に戻って報告――』
『だったら丁度いいですわ。今から私達に付いて来て頂戴』
『は?』
どうやらティトゥはオバロをバーバラ島に連れて行く事に決めたらしい。
オバロは突然の命令にあたふたと慌てた。
『ええと、あの、用事は終わったとは言っても、オレクに報告をしないといけないので。そ、それに俺なんかがご領主様のお役に立てるとはとても思えませんよ。それって誰か他の者では――』
『いいからハヤテに乗って頂戴。時間がもったいないですわ』
『ええっ?! は、ハヤテ様に?! お、俺がハヤテ様に乗ってもいいんですか?!』
オバロは先程までのおどおどとした態度から一転。興奮に頬を染めてサッと僕を見上げた。
『こ、このドラゴンに俺が・・・乗ります! じゃなかった、行きます! 是非! 是非ご一緒させて下さい!』
『そ、そう。なら乗って頂戴』
突然、鼻息も荒く前のめりになるオバロに、ティトゥはドン引きしている。
オバロは『うわー。うわー』と、田舎からコミケに初参加したオタク青年のようになりながら、僕の翼の上によじ登った。
『こ、これがドラゴンの皮膚。すべすべしてまるで金属のようだ』
ちょ、ハアハア荒い息を吐きながら、僕の機体を撫で回すの止めてくんない?! や、止めろ! 何をする! 僕にそんな趣味はないから! 普通に気持ち悪いから!
「ギャアアアア! ほ、頬ずりすんじゃねえ! おまっ、いい加減にしろ! ぶっ飛ばすぞ!」
『いいから早く乗って頂戴』
オバロはティトゥにお尻を押されながら操縦席に乗り込んだ。
何なのコイツ。あまりのおぞましさに、危なくキャラ崩壊するところだったよ。
ねえティトゥ。ホントにコイツを連れて行かなきゃダメ? 放り出したくて仕方がないんだけど。
『ホラホラ、ハヤテも文句を言ってないで行きますわよ。前離れー! ですわ』
『ハヤテ様、よろしくお願いしますね』
『ブッコロス』
僕はエンジンをかけると動力移動。
いつもより乱暴にエンジンを吹かすと、嫌々大空に飛び立ったのだった。
てなわけでバーバラ島に到着。道中の話はしたくないです。いや、マジで。
ティトゥが恨めしそうな目で僕を睨んだ。
彼女は道中ずっとオバロの相手をさせられていたのだ。
いやいや。彼を選んだのは君だからね。僕のせいじゃないから。
どうやらオバロは前々から僕に憧れていたらしい。空を飛んでいる僕を見上げては、毎回、手を振っていたそうだ。子供か。
この約二時間。オバロのテンションは終始うざい程アゲアゲだった。
『今日は間近でハヤテ様を見られたばかりか、こうして背中にまで乗せて貰えるなんて! まるで夢のようですよ!』
『そうですの』
オバロはティトゥの塩対応にも気付かないようだ。
いかにドラゴンが素晴らしくて魅力的か、滔々と語っている。
ティトゥも最初のうちはまんざらでもなさそうな顔で相槌を打っていたが、いつまでも終わらないオバロの長話に、今ではうんざりしている様子だ。
オタクは自分の趣味の話をし出すと長いからなあ。
あ。道中の話はしたくないって言ってたのに、うっかりしちゃったよ。
あーもう止め止め。さっさと島に降りるよ。ティトゥ、オバロに安全バンドを締めるように言ってくれない?
『はあ・・・オバロ、島に到着しましたわ。降りるからイスの安全バンドを締めて頂戴』
『ハヤテ様の巨大な翼を再現するには、普通の作りでは強度が――あ、もう降りるんですか』
はいはい。降りますよ、と。
オバロは名残惜しそうに安全バンドを締め始めた。なにその、まだ喋り足りない、って顔。
ていうか君、ティトゥが君のトコのご領主様だって事を忘れていない?
バーバラ島に着陸すると、ファル子達が大興奮で駆け寄って来た。
ちょ、まだプロペラが回ってるから。危ないって。
メイド少女カーチャが懸命に二人を止めようとしている。
『ファルコ様! ハヤブサ様! 危ないですよ! 落ち着いて下さい!』
「「ギャウー! ギャウー!(パパ! ママ!)」」
『二人共、一体どうしたんですの?』
ティトゥが機体から降りると、二人は一目散に彼女の足元に駆け付けた。
「「ギャウー! ギャウー!(ママ! ママ!)」」
ファル子達は一生懸命、競い合うようにティトゥに頭や体を摺り寄せている。
二人のテンションの高さに、ティトゥは戸惑いながら二人を撫でた。
『はいはい。本当に何があったんですの? カーチャ』
『いえ、別に何も無かったんですが・・・』
カーチャの説明によると、僕達が去った後、しばらくの間二人はいつも通り遊んでいたらしい。
しかし、次第に元気が無くなり、空を見上げては僕の姿を捜すようになったんだそうだ。
『どうやら、ハヤテ様とティトゥ様に置いて行かれたんじゃないかと心配したみたいで』
『あなた達・・・そんな訳がないじゃありませんの』
「キュウ・・・(でも・・・)」
どうやらファル子達は、僕とティトゥに忘れ去られてしまったのではないかと、不安になったらしい。
カーチャも一緒に残っているし、そんなはずはない、と頭では分かっていても、寂しくてどうしようもなくなったようだ。
『体は大きくなっても、まだ甘えたさんですわね。カーチャ、ハヤブサの方をお願いしますわ。そんな寂しがり屋さん達はパパに甘えていらっしゃい』
『あ、はい。ハヤブサ様、こちらに』
二人はファル子達を抱きかかえると、僕の操縦席に上った。
ファル子達は大はしゃぎで操縦席に飛び込んだ。
「ギャウ! ギャウ!(パパ! パパ!)」
「・・・ギュウ?(・・・誰?)」
『あ、あの。俺はどうすればいいんでしょうか?』
あ、ゴメン、オバロ。君の事をすっかり忘れてたよ。
オバロは好奇心一杯のファル子達に見詰められ、ヒイッと小さく息を呑んだ。
章の途中ですが、今年の更新は今回で終わりにさせて頂きます。
来年に続きを更新しますので、その時は是非、よろしくお願いします。
それでは皆様。今年も一年間、この『戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ』を応援頂きありがとうございました。
評価がまだの方がいらっしゃいましたら、今年の締めとしてよろしくお願いします。