中間話5 王都の大通りの出会い
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絶体絶命のピンチでした。
運良く出会えたメイドの少女に助けられて、私は少女と共に大通りまで戻りました。
そういえば彼女の名前を聞いていませんでした。
命の危険に気が動転していたのでしょう。
確か・・・ 先程「マチェイ家のメイド」と名乗っていたと思います。
マチェイ家ですか――私の記憶には無い家名です。
ミロスラフ王国の貴族は、ランピーニ聖国の伯爵位・男爵位に対応する、上士位・下士位で分けられています。
主だった上士位の家名は覚えていますが、下士位の家名までは流石に覚えていません。
せめてマチェイ家の寄り親の家名が分かれば良いのですが・・・
町行く人が私達を微妙に避けていきます。
中には明らかに悪態をつく人もいます。
私、そんなに酷い匂いでしょうか。
匂うのは自分にも分かっているのですが、鼻が匂いに慣れてしまったのか、それほどとは思っていませんでした。
年頃の女の子としては傷つきますね。
そばを歩いているメイドの少女もそう思っているのでしょうか?
私は彼女から少し距離を取りました。
「離れては危ないですよ」
少女は振り返ると私の手を取りました。
私はびっくりして思わず立ち止まってしまいました。
そして彼女も私を見て、自分が何をしたのか気付いたのでしょう。
慌てて手を放すと深々と頭を下げました。
「も・・・申し訳ございません! とんだご無礼を!」
「いえ、結構です、それより頭を上げて下さい、周りに見られてますよ」
小さな声で指摘しましたが、すっかり気が動転している彼女の耳には私の声が届かないようです。
大きな声で何度も私に謝り続けています。
弱りました。どうしましょう。
そんな困り果てた私に声がかけられました。
「どうしましたの? カーチャ」
振り返った私の目に入ったのは、レッド・ピンクのふわりとした髪。
聖国にいる7人の姉上の誰よりも美しいその姿。
・・・四女の姉上より美しい女性を私は初めて見ました。
「お嬢・・・ティトゥ様!」
それが私とティトゥ・マチェイ嬢との初めての出会いでした。
「カーチャそちら・・・」
そこでマチェイ嬢は私の姿に気が付きました。と言うよりは私の服装ですね。
すっと背筋を伸ばすと綺麗なお辞儀を見せました。
「私はマチェイ家のティトゥと申します。よろしければお名前を頂いてもよろしいでしょうか?」
私も聖国式のお辞儀を返します。
「私はマリエッタ。往来のことゆえ、家名は秘させて頂きます」
私の言葉でマチェイ嬢はこちらの事情を察したようです。背後にいる大柄な使用人に頷きかけました。
「ルジェック。先に戻ってこちらの方をお迎えする準備をして頂戴」
「しかし、ティトゥ様」
マチェイ嬢は小さく片手を上げるとその先を言わせません。
「もう宿のすぐ近くだから大丈夫よ。それよりもこのことはお父様にも知らせるように」
ルジェックと呼ばれた使用人は、この時初めて私を軽々に扱えない存在だと気が付いたようです。
主人の態度からすぐに察してくれても良さそうなものですが・・・
少しニブい人なのかもしれません。
彼は私達に頭を下げると、慌てて通りを走って行きました。
「ここからは私が案内させて頂きますわ」
「よろしくお願いします」
メイドの少女が明らかにホッとした表情を浮かべました。
・・・そうまであからさまな態度は流石に少し傷つきますね。
マチェイ嬢は私から匂いなど何もしないような自然な態度でそばまで来ると、私の一歩前を歩き始めました。
彼女に付いて行くことしばらく、すぐに彼女達の宿泊している宿が見えてきました。
こうして私は突然訪れた危機を辛くも乗り越え、安全な場所で清潔な着替えと温かいお茶でもてなされたのでした。
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「ティトゥ、どういうことだね?」
お父様がルジェックに連れられて宿屋に戻ってきました。
息をきらせています。馬車から降りた後走ってきたようです。
このくらいの距離で息をきらすなんて、少し運動不足なのではないかしら。
マリエッタ王女殿下には宿に用意させた湯で身体を清められた後、私の一番良い着替えを着て頂きました。
あの服は随分と酷い匂いがしていましたからね。
マリエッタ王女殿下の着ていた服は、メイドに命じて服屋に持って行かせています。
流石にあれほどの服をメイドや宿屋に洗わせるわけにはいけませんから。
服屋にはついでに着替えの手配も頼んでいます。
まだ幼いマリエッタ様には私の服は大きすぎますし、いくら身長が似ているといっても、いつまでもカーチャのメイド服を着てもらっているわけにはいかないでしょう。
マリエッタ王女殿下には、今は私の部屋でお茶を召し上がって頂いています。
「カーチャがランピーニ聖国の王女殿下を連れてきたのですわ」
カーチャから聞いた話をお父様に伝えました。
「なんてことだ。危うく戦争になるところだったぞ」
私から事情を聞いたお父様は、額に手を当ててイスの背もたれに身を預けました。
私もカーチャから話を聞いた時には全く同じことをしました。
こういうところが親子は似るのでしょうか? 何だか複雑だわ。
お父様は自分付きのメイドにマリエッタ王女に会うための服を用意させました。
服の準備を待ちながらお父様は私に問いかけました。
「マリエッタ王女に会う前に他に聞いておくことはないかね?」
「王女様の替えの服の手配はしておいたわ。後は・・・カーチャのことを気にしていたわ。お礼をしたいと思われているのでしょう」
「分かった、服の件は私から伝えておこう。カーチャは今はどうしているのかね?」
「部屋でカテジナに薬を塗ってもらっているわ。走ったら少しケガを悪くしてしまったようなの」
お父様はそこで言葉を切ると、私をじっと見つめました。
「・・・それはそうと、ティトゥ。今からどこかに行くのかね?」
今回の王都行きではずっとかぶっていた外出用の帽子を手にした私に、お父様が問いかけました。
「ルジェックも帰ってきたことだし、ハヤテのところに行ってきますわ。」
元々町には少し用事があって戻って来ただけで、すぐにハヤテのところに戻るつもりでした。
たまたまカーチャを見かけたことで余計な時間を食ってしまいましたが、ハヤテは私の事を心配していないでしょうか?
「いやいや、ちょっと待とう。今ここでは大変なコトが起こっているんだよ」
お父様が慌てて私を止めました。
それはそうと、ハヤテにはさっき町で見つけた美味しそうな外国のフルーツを買って行きましょう。
マチェイで採れるフルーツは食べなかったけど、あれなら食べるかもしれません。
もし食べなくても後で私とカーチャで頂けば良いのですから。
「大変なコトならもう終わりましたわ。後は全部お父様にお任せします」
私がそう言うと、お父様は私とドアの間に体を入れました。
・・・邪魔ですね、通れませんわ。
「お・・・お前! 聖国の王女殿下とドラゴンとどっちが大切なんだ!?」
「ドラゴンに決まってますわ」
「ドラゴンですって?!」
三人目の声に私達親子は部屋のドアの向こうを見ました。
ドアの隙間から覗いているのは綺麗な銀色の髪。
ランピーニ聖国・第八王女マリエッタ・ランピーニ様の姿がそこにはありました。
次回「中間話6 王都のドラゴン」