その2 異世界の空を希望
よし、落ち着こう。
僕は冷静だ。深呼吸をしよう。
ヒッヒッフー、ヒッヒッフー。
僕はどうやら四式戦・疾風になって、あてどなく大空を飛んでいる最中らしい。
ここは大空、僕は四式戦。OK?
よし、把握した。
よし、把握した、じゃねーよ!
全然訳分かんないよ!
死んだのか? 僕は死んだのか?
あの時の地震で頭を強く打って意識を無くしたところまでは覚えている。
ひょっとしてあの時に死んだ僕の身体から誰かが脳を取り出して四式戦の機体に移植したのか?
え~と、誰が何のために?
っていうかそんなコト出来るの?
あるいは、これは僕の脳が見せている幻覚とか。
僕は頭を強く打ったことで植物人間になってしまい、この光景は僕が病院のベッドの中で見ている妄想の世界とか。
あの時あまりに強く四式戦のことを念じていたがため、妄想の中で僕は自分と四式戦を混同してしまったのだ、みたいな。
・・・何それ怖い。
非常事態、というか非常識事態に絶賛見舞われ中の僕だが、しばらくすると自分でも不思議なほど動揺が収まってきた。
一度我を忘れるほどテンパってしまったせいで、逆に冷静になったようだ。
驚きが限界を突き抜けてしまったのかもしれない。
不幸のどん底もさらにその底をぶち抜けば必殺技に昇華する。そんなことを言ったロボットアニメもあったっけ。
この四式戦の身体がすこぶる好調なのも、深刻になれない原因なのかもしれない。
ちなみに日本陸軍の戦闘機を呼ぶ際に、キ番号(「キ27」・「キ84」等)で呼ぶ人もいれば愛称(「隼」・「疾風」等)で呼ぶ人もいるが、僕は採用名(「一式」・「四式」等)で呼ぶことにしている。
たまたま見た当時のパイロットのインタビューではキ番号で呼んでいたので、現場ではキ番号呼びが主流だったのかもしれない。
そんなわけで、特に理由があって採用名呼びをしているわけでもないので、どうしても気になるという人がいたら改めますので、僕にご一報下さい。
さて、新たな姿となった僕の身体だが、大空を飛んでいるために比較対象物が無いこともありハッキリとは分かり辛いが、どうやらほぼ実際の四式戦のサイズのようだ。
流石に正確な全長までは覚えていないが、大体全長10m程。結構大きい。
少なくとも僕が作ったプラモデルの身体(1/32)になった訳ではない様子だ。
もしプラモデルサイズだったら、それはそれでジョ〇ョのエア〇スミスごっこができたかと思うと少し残念な気もする。
とは言っても、この身体が四式戦の実物かと言われれば、それはそれでどことなく違うように感じるのだ。
この辺は感覚的な話なので説明し辛いが、何となくだが”自分の作ったプラモデルが実機っぽくなった身体”、という言葉が一番しっくりくる気がするのだ。
あくまでも、”本物”じゃなくて”ぽい何か”ね。
う~ん。この辺のニュアンスは一度飛行機になってみてもらわないと伝わらないと思う。
無茶言うなって? 僕にだって出来たんだ、キミにだって出来るさ。
ついさっき「目も無い」、と言ったと思うが、「あれ? 青空とも言ってるよね? ちゃんと見えているんじゃん。」と思った方もいるかもしれない。
見えてはいます。でも目はありません、戦闘機ボディーですから。
人間だったころの(今でも気持ちは人間だが)身体と違い、目で見るんじゃなく、感覚で見ているという感じ。
捉えていると言い換えてもいいかもしれない。
訳が分からないよ、と言われそうだけど、要は「ちゃんと目で見るように見えているんだな」と理解して頂けていればOKかと。
何となく誰かに説明しているていを装って、できるだけ客観的に今まで判明した事柄を纏めてみたけど、これってきっとアレだよね。
Web小説でよく見る「異世界転生」モノ。
実際さっきから見下ろす景色というか建物は、どことなく中世ヨーロッパ風だし。
ヤバいわコレ。絶対異世界転生したわ。
さっきから一度も自動車とか電信柱とか見てないし、異世界率爆上げだわ。
よし。空にドラゴンが飛んでいるのを発見できたらここは異世界だと決める。
異論は認めない。
というか異世界でなきゃガチで困る。問題しか残らない。
気が付いたら身体が昔のレシプロ戦闘機になってしまいました?
親や知り合いにどう説明するんだコレ?
そもそもあまり考えないようにしているが、現在進行形で謎の国の領空侵犯中なのもまたヤバい。
どんな聞いたことのない小国の軍隊でも、まさかこの21世紀にもなってジェット戦闘機もミサイルも持っていないとかいうことはないだろう?
レーダーに捉えられる から エマージェンシー と来て 警告を受けるも現在地すら分からないからどうしようもない と続き そもそも無線が通じない可能性も? そして 圧倒的性能差に戦いにもならず一方的に撃墜される (完)
ざんねん!わたしのぼうけんは これで おわってしまった!
うわっ。ありえすぎて怖い。エンジンがドキドキしてきた。・・・それはそれでエンストしそうで怖いな。
うん・・・僕、ここが異世界の空であることに全財産賭けるわ。
その時僕は、丁度この辺りで一番大きい屋敷の上空を飛び去ったところだった。
その屋敷のバルコニーから僕を見上げる一人の少女の姿に気付かないままに。
次回「エアクラフト ミーツ ガール」