その7 南の島、バーバラ島
「ギャウー! ギャウー!(ママ、ママ! 遊んで、遊んで!)」
メモをとるティトゥに、ファル子がじゃれついた。
ファル子は先日脱皮をした事で、以前よりも体が大きくなっている。彼女の長く伸びた尻尾が僕の計器盤をペシペシと叩いた。
「コラ、ファル子! 危ないから飛行中は計器盤に触っちゃダメだって言っただろ!」
『ちょっとファルコ! 邪魔をしたら字が書けませんわ! カーチャ、この子をお願い!』
『ファルコ様、こちらにいらして下さい。本を読んで差し上げますね』
「ギャウギャウ!(カーチャ姉! 棒で遊びたい!)」
体が大きくなったリトルドラゴンにとっては、僕の操縦席は狭すぎるのかもしれない。
あっちに行ったりこっちに行ったりと大騒ぎだ。
僕達は現在、都市国家連合の上空を飛行している。
トレモ船長が海図を取って戻って来るまでの時間を利用して、この辺りの地形を把握しておくことにしたのだ。
上空から見下ろす事で、都市国家連合の特殊な成り立ちが、少しは理解出来た気がする。
半島の南端。ミロスラフ王国よりも南は険しい山が続いている。というか、南端はほとんどが山で平地は海岸沿いのほんの一部にしか存在しない。
そんな僅かな土地に人が集まり、港町が作られていた。
最初に僕らが見つけた港町が最大のものとなるが、それでもミロスラフ王国のボハーチェクの港町よりも二回りは小さい。
この地にはそれよりも小さな港町がその他四つの合計五つ。
ミロスラフ王家が、この土地まで支配の手を伸ばさなかったのも納得のショボさである。
わざわざ山脈を越える労力を考えれば、全然割に合わないのだろう。
こうして彼らは国による支配を免れ、各港町単位で独自に発展。今のような連合体制を作るに至ったのだと思われる。
町は西から順に、大きな港町、小さな港町、大きな港町、小さな港町、小さな港町。
真ん中の大きな港町が最大の物で、僕らが最初に見つけた港町である。
そのすぐ西にある、二つの大きな港町に挟まれている小さな港町は、トレモ船長の商会がある港町アンブラ。
一番東の小さな港町はすぐ隣の小さな港町と、ほとんどくっつくようにして二つ並んでいる。
規模も大体同じだし、双子の港町、といった感じだ。
双子の港町を除く各港町は、互いに山で隔てられている。
山には街道も通っているそうだが、交通機関のメインは船便のようだ。
今も海上には大小無数の船が浮かんでいるのが見える。
――といった地形をティトゥが大雑把に書き記した。
勿論、測定機器なんてないので、極大雑把な距離を書き記し、山や海岸線の中で目に付くものをチェックしているだけに過ぎない。
ぶっちゃけメモ書きに毛が生えたようなものだが、こういった作業は他の国で何度も繰り返して来た事なので、ティトゥにとってはお手の物である。
中々のクオリティーに仕上がっているんじゃないだろうか?
『こんな感じでどうかしら?』
「うん。良く出来ていると思うよ。後はトレモ船長に案内してもらってバーバラ島の位置を書き込めば完璧だね」
『そうですわね!』
地図の出来栄えを褒められて、ティトゥは鼻高々だ。
満足そうに自分の作品をためつすがめつ眺めている。
「ギャウー! ギャウー!(私も見る! 見せて、見せて!)」
『コラ、ファルコ! 飛びつかないで頂戴! あなたが見てもどうせ分かりませんわよ!』
『あ。地図が出来たんですね。だったら港町アンブラに戻りますか?』
「フウウウッ・・・(※さっきから一心不乱に木の棒を齧っている)」
そうだね。そろそろトレモ船長が戻っているかもしれない。
勝手に飛び出して来ちゃったし、あまり待たせるのも悪いかな。
『アンブラ。モドル』
『そうですわね。戻って地図を完成させましょう』
僕は翼を翻すと、一路港町アンブラへと引き返したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ハヤテの去った街道には、大きな馬車が一台停まっていた。
港町アンブラの大手商会、バニャイア商会の馬車である。
一人の男が馬車の外で空を見上げている。そして彼の横には粗末な看板。
たまたま街道を通りかかった村人に、ティトゥが頼んで立ててもらった立て看板である。
看板にはティトゥの書いた文字で、『ハヤテとこの辺を見て回っています』と書かれてあった。
空を見上げていた男――トレモ船長が、ハッと目を凝らした。
青い夏の大空に黒い点が現れると、それはみるみるうちに大きくなっていった。
トレモ船長は慌てて馬車の中に声をかけた。
「フランコさん! 来ました! ドラゴンです!」
馬車のドアが開くと初老の夫婦が降りて来た。バニャイア商会の商会主、フランコ・バニャイアと彼の妻である。
その時、空からヴーンという羽音――エンジン音が響くと、大きく翼を広げた猛禽類のような姿が上空を通過した。
「あ、あれがドラゴンなのね・・・」
「ああ。まさかドラゴンが飛んでいる姿を、実際に見る事になるとは」
二人が固唾をのんで見守る中、ドラゴンは街道の上空を大きく旋回すると、左に九十度旋回。
高度を下げると最終進入に入るのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
てなわけで、僕は港町アンブラ近くの街道に着陸した。
見慣れない馬車のそばには、トレモ船長と知らない老夫婦。
自己紹介によると、彼らはトレモ船長の船のオーナー、バニャイア商会の商会主フランコさんとその奥さんだそうだ。
フランコさん夫婦は僕達に向かって深々と頭を下げた。
『ナカジマ家のご当主様自ら、遠路ご足労頂き、誠にありがとうございます。この度はうちの船員がそちらにいらっしゃるドラゴン様の子供に大変ご無礼を致したとの事、謹んでお詫び申し上げます』
ティトゥは自分の両親よりも一回り年上の夫婦に深々と頭を下げられて、居心地が悪そうにした。
とはいえ、彼らは商人――平民で、ティトゥは貴族の当主で領主様だ。「別にいいから頭を上げてくれ」とは言えないのだろう。
『別にいいから頭を上げて頂戴』
いや、言うのかい。
『謝罪ならトレモ船長から頂きますわ』
『話はトレモから聞いております。――ですが』
フランコさんは何とも言い辛そうにしながら、トレモ船長の方をチラリと見た。
『あの。トレモの生家、バーバラ島についてはどれ程ご存じでしょうか?』
『ここから少し南に行った所にある、小さな島と聞いていますわ』
フランコさんは言葉を選びながら説明してくれた。
『そうですか。バーバラ島は・・・』
バーバラ島はここから南南西に船で約一日の距離にある、小さな島だそうだ。
定期航路からも外れた僻地で、船も滅多に立ち寄らないらしい。
住人の数は大体五百人――とはいっても、戸籍も何も無いので、多分それくらいなんじゃないかな? といったアバウトな感じらしい。
産業は特になし。というか、船が滅多に立ち寄らない時点でお察しである。要はそれだけの価値が無い島なのだ。
トレモ船長はこんな島の生活に嫌気が差し、二十年程前、たまたま海が時化てこの島に退避していた船に忍び込み、島から脱出したんだそうだ。
ちなみにその時、トレモ船長は七歳の子供だったそうだ。日本で言えばワ〇ピースのル〇ィーがシャ〇クスの船に乗ろうとしていた歳・・・じゃなくて小学一年生か。随分と思い切った事をしたもんだな。
『そんな島なので、ナカジマ様に満足頂ける物が見つかるかどうか・・・。もしよろしければ、私の方で何か別の物をお探し致しますが』
フランコさんの商会はランピーニ聖国と取引があるそうだ。ティトゥに要望があれば聖国の品なら揃えられるという。
また、チェルヌィフ王朝と取引をしている商会にも顔が利くそうだ。
う~ん。フランコさんは良かれと思って言ってくれているんだろうけど、あまり魅力的ではないかな。
聖国の品が欲しいなら、聖国メイドのモニカさんに頼めば済みそうだし、チェルヌィフだったらドワーフ親方に頼めば手に入りそうだ。
なにせ親方はチェルヌィフの最大手ギルド、水運商ギルドに所属しているし。モニカさんに至っては聖国王家に直接顔が利くからね。
聖国とチェルヌィフは足りているかな。
まあ、それでもバーバラ島で何も見付けられなかったら、フランコさんに頼むしかないんだけど。
『バーバラ島で何も見付からなかったら、その時にはお願いすることにしますわ』
『そ、そうですか。分かりました』
ティトゥはフランコさんの言葉を社交辞令でやんわりと断った。すっかり僕が何かを発見するものだと信じ込んでいるようだ。
なんというプレッシャー。僕は君が思っているような大したヤツじゃないんだよ。
トレモ船長はティトゥ達の会話が終わったと察して、一歩前に出た。
『それではフランコさん。奥様。行ってまいります』
『ナカジマ様に失礼のないようにな。それとこれを。お前のご両親に渡しなさい』
フランコさんはトレモ船長に小さな箱を渡した。
トレモ船長はハッと目を見開いた。小さな箱に不釣り合いな重さ――つまりはお金が入っているのだろう。
『フランコさん。これは――』
『いいから持って行きなさい。お前のためではない。ナカジマ様が不自由なく過ごせるように、だ。ご両親に宛てた手紙も入っている』
『・・・ありがとうございます』
トレモ船長は深々と頭を下げると、僕達の方へ振り返った。
その目には強い覚悟が秘められていた。
いよいよ半島の南の島、バーバラ島に向けて出発だ。
そしてトレモ船長は、おもむろに折りたたんでいた紙を地面に広げ始めた。
急にどうしたのかな?
『これはバーバラ島までの海図です。・・・あの、恥ずかしながら、俺はまた空の上で、恐怖で動けなくなるかもしれません。そうなる前にこの場で航路の説明をしておきたいんですが』
『・・・確かにそうですわね』
そんな訳で、最後は冴えない感じになったけど、こうして僕達は今度こそ、バーバラ島に向けて出発したのだった。
次回「トレモ船長の里帰り」