その3 南の島へ
ティトゥの指示で、ナカジマ家の使用人達が僕を自宅から引っ張り出した。
テントの中には仏頂面の代官のオットーが残っている。
なんかゴメン。
操縦席の中、ティトゥはいつもの飛行服に着替えてご機嫌だ。
王都から戻ってからこっち、毎日書類仕事が続いていたからね。そろそろ我慢の限界だったんだろう。
ちなみに、さっき僕は飛行服と言ったが、旧日本軍での正式な名称は、陸軍では「航空服」、海軍では「航空衣袴」だったそうだ。
そういった意味では、ティトゥの服は「飛行服」ではなく、「航空服」と呼ぶべきなのかもしれない。
とはいえ、これはあくまでもティトゥが作らせたなんちゃって航空服だし、当時も通称として飛行服と呼ばれていたみたいだから、あながち間違ってはいないと思う。
ついでに言うと、現在の日本の自衛隊での名称は「航空服装」だったはずだ。
『ハヤブサ様、ここは狭いので奥に行って下さい』
ティトゥの膝の上に乗ったメイド少女カーチャが、緑色の子ドラゴン――ハヤブサを押しのけた。
ファル子とハヤブサは脱皮をしてから一回り体が大きくなっている。
大きくなった分、操縦席の中は今までよりも窮屈になっているのだ。
ティトゥは背後に――胴体内補助席に――振り返った。
『ファル子。トレモ船長を齧ってはダメですわよ』
「ギュウ(はーい)」
胴体内補助席に座って、ガチガチに体をこわばらせているのは、二十代の日に焼けた男。
髭を剃られて髪を短く切られたトレモ船長である。
トレモ船長の顔からは血の気が引き、今にも死にそうな顔をしている。
『ほほ本当に空を飛ぶんですか? おお落ちたら、どどどどうするんですか?』
『あなた船長なんでしょう? 船だって沈んだら死ぬんだから、同じようなものですわ』
『海なら泳げます! けど、人間は空を飛べないんですよ!』
うん、まあ、トレモ船長の不安も分かるよ。ティトゥがあまりに平気だから忘れてたけど、謎生物に乗って空を飛ぶのって普通に怖いよね。
代官のオットーなんて、未だに頑なに僕に乗ろうとしないし。
そんな話をしているうちに、僕の機体はコノ村の外に運ばれていた。
『さあ、南の島、バーバラ島に目指して出発ですわ! 前離れーっ! ですわ!』
「「キュキュー(離れー)」」
元気よく叫ぶティトゥと子ドラゴン達。
何でこんな事になったんだか。
僕は今朝のやり取りを思い出していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
僕のテントの中にいるのはティトゥとドワーフ親方、代官のオットーの三人。それと僕。
オットーはさっきからずっと眉間にしわを寄せている。
『南の島――ですか?』
そう。ティトゥが今朝、なぜか突然、南の島まで行くと言い出したのだ。
『理由は説明して貰えるんでしょうね』
『勿論ですわ』
うんうん。僕も聞きたいところだ。
ティトゥは大きな胸を反らしながら堂々と答えた。
『では、親方さん。説明して頂戴』
他人に丸投げかい!
まあ、ティトゥらしいと言えばらしいんだけど。親方は僕達の前に出ると説明を始めた。
『ええと、コイツは俺達の船の船乗りの見立てなんですがね――』
チェルヌィフの船乗り達の見立てによると、トレモ船長の船はかなり旧式の船――厳しく言えばボロ船らしい。
『どうやら聖国製みたいで、船体の作り自体はしっかりしているそうです。とは言っても流石に古い船なんで、あちこちガタが来ているらしいんですわ。ちゃんと使おうと思えば、一度アラーニャかレンドン辺りの船渠に持ち込んで、職人に手を入れてもらった方がいいそうです』
アラーニャとレンドンは造船で有名な聖国の港町だ。トレモ船長の船は古い船で、使おうと思うなら、事前のオーバーホールが必須らしい。
オットーは怪訝な表情を浮かべた。
『トレモ船長は、なんでそんな船を使っていたんだ?』
『その辺の事情はあちらの船員達から聞きました。何でも、今まで使っていた船は、海賊に沈められてしまったそうで・・・』
昨日から僕達は”トレモ船長の船”と言っていたが、どうやらあの船は――船員達も――トレモ船長の持ち物ではないそうだ。
オーナーは別にいて、トレモ船長はそのオーナーに雇われた、雇われ船長だったのだ。
船の所有者はバニャイア商会。
今まで商会がメインに使っていた船は、昨年の夏、ランピーニ聖国の沖で海賊達に襲われて沈められてしまったんだそうだ。
昨年の夏といえば、丁度、僕達が聖国王家から頼まれて海賊退治に協力した頃である。こんな所にもあの時の海賊騒ぎの被害者がいたなんてね。
そんな訳で今、商会の手元に残っているのは、とっくの昔に一線を退いて、近場の輸送に使われていたこのボロ船だけ。
しかし、この船まで失ってしまったら、バニャイア商会には聖国まで往復出来る船がなくなってしまう。
どうりで船が取り上げられそうになった時、トレモ船長が必死になっていた訳だよ。
『それで積み荷は?』
『そいつも確認しました。ほとんどがピッチ――船に使う素材でしたな。俺達の国からの輸入品でしょう』
ピッチとは歴青――天然アスファルト、ないしはそれを加工した樹脂――である。主に防水用として船底に塗られるらしい。
確か地球でも昔から船の防水用に使われていたんじゃなかったっけ? そうそう。確か江戸時代にやって来た”黒船”の船体も、歴青が塗られていたために黒色だったはずだ。
『むっ・・・造船用の資材か。金に変えるには手間がかかるな』
ミロスラフ王国には大型船用の船渠は無い。そもそも外洋船が作れるほどの技術は無いし、メンテナンスも聖国に持って行った方が安く付くからだ。
漁船やボートくらいは作っているみたいだが、大型船いっぱいに積まれた歴青を使い切れるほどの需要はない。つまり持っていても売れないのだ。
ならばどうするか? 国内で売れないのなら、国外に持って行くしかない。
多くの船渠があって、ピッチの需要を満たしている国――聖国に持って行って売るのである。
オットーが「手間がかかる」と言ったのはそういう意味だろう。
今までの説明から分かるのは、船はメンテナンス必須のボロ船だった。そして積み荷は換金に手間のかかる品だった。という事だ
オットーに白けた空気が漂った。
罰として差し押さえたのはいいが、手間ばかりがかかってあまり利益が上がらない物ばかりだった。という事が判明したためである。
彼は気持ちを切り替えるために、小さくかぶりを振った。
『とはいえ、港につないでおいても、場所だけ取って仕方がない。ブロックバスター(※ドワーフ親方の名前)。お前の所で引き取れないか?』
『そこで私とハヤテの出番ですわ! 船と積み荷の代金を取り立てるために南の島に行くんですわ!』
今まで親方の横で黙って話を聞いていたティトゥが、ここで勢い良く声を上げた。
ていうか、その説明をしていたんだっけ。すっかり忘れてたよ。
メイド少女カーチャが、若い男を案内して来た。
最初は誰だか分からなかったが、この話の流れから察するに、彼はトレモ船長なんだろう。
トレモ船長はトレードマークのボサボサ髭をバッサリ切られ、髪もうるさくない程度に短く刈り揃えられ、まるで別人のようになっていた。
ティトゥは彼の顔を見て驚いた。
『それだと、誰だか分かりませんわ!』
いや、君が驚くのかよ。
君が彼に髭を剃るように言ったんじゃないの?
カーチャはキッパリと答えた。
『いいえ、私がやりました。あんな見苦しい姿でハヤテ様に乗るのを許す訳にはいきませんから』
なる程。一応、僕はティトゥのドラゴンという事になってるからね。カーチャとしては主人のドラゴンに小汚い人間が乗るのが許せなかったんだろう。
まあ、キレイか汚いかで言えば、かつて何人もの男達が僕との戦いで撃墜されて操縦席を汚しているんだけどね。
せっかくカーチャが気を使ってくれたので、わざわざ言ったりはしないけど。
すっかりさっぱりしたトレモ船長は、神妙な面持ちでティトゥに頭を下げた。
『私の願いをお聞き入れ下さり、ありがとうございます。誠心誠意、全力でご当主様の要望に応えてみせます』
『期待してますわ』
オットーは仏頂面を隠そうともせずに、二人の会話に割り込んだ。
『お二人で話を進めているようですが、当然、私達にも分かるように説明して頂けますよね?』
『も、勿論ですわ』
オットーの圧力に、ティトゥは少し腰が引けながら頷いたのだった。
なんでもトレモ船長の出身地は、この半島からずっと南に下った海上に浮かぶ小島なんだそうだ。
名前はバーバラ島。トレモ船長は島長の息子で、父親の後を継ぐ所を、それが嫌で島から逃げ出したのだという。
『その時密航した船がバニャイア商会の船だったんです。商会主のフランコさんは行くあての無かった俺を雇ってくれました。俺の失敗であの人に迷惑をかける訳にはいかないんです』
なる程。トレモ船長の様子から、多分、彼はフランコさんに恩を感じているだけじゃなく、深く尊敬もしているんだろう。
そんな人の商会を、自分のミスで潰す訳にはいかない。
彼の表情からは、そんな覚悟のような物が感じられた。
『例え一生、両親、親族に恨まれる事になっても、必ず船と積み荷と同じ価値の品を用意してみせます! 俺に一度だけチャンスを下さい!』
オットーは難しい顔をしている。
『船と積み荷と言うが、その島には何か価値のあるものがあるのか?』
『そ、それは・・・分かりません。島を飛び出したのはまだ幼い頃だったので』
トレモ船長は言い辛そうにした。
確かに、ただの島にそれほど金目の物があるとは思えない。
島のどこかに海賊の、そう、例えば、この世のすべてを手に入れた海賊王のお宝が眠っている。とかそういう伝説でもあるなら別だけど。探せ! この世のすべてをそこに置いてきた!
トレモ船長も自分が無理を言っている自覚があるようだ。
しかし、ティトゥはそんな空気を真っ向からぶち破った。
『大丈夫! 何も心配する事はありませんわ!』
彼女は自信満々に僕の方へと振り返った。
あっ。イヤな予感。
『私達にはハヤテが付いていますもの! きっと何かいい感じの品を見つけてくれますわ!』
やっぱり来たよ、ティトゥのムチャ振り!
いつも思うけど、君の僕に対しての信頼感は、一体どこから来てる訳?!
僕には君の信頼が重いよ! 滅茶苦茶プレッシャーだよ!
メイド少女カーチャが疑わしそうな目で僕を見上げた。
そうそう。早く君の口から主人に言ってくれたまえ。『自信なさそうに見えますよ』って。ホラホラ。
・・・・・・。
言わないんかーい!
いつもの君なら『本当でしょうか?』とか言う場面じゃん。なんで今日に限って何も言わない訳?
ちなみに後でコッソリ彼女を問い詰めたら、彼女もトレモ船長の境遇に同情していたんだとか。
気持ちは分かるけど、そこは僕の境遇にも同情しようよ。
その後も色々と揉めたものの、結局ティトゥのゴリ押しが通ってしまい、僕達はトレモ船長の故郷、南の海に浮かぶバーバラ島に向かう事になるのだった。
次回「バニャイア商会」