その2 都市国家の商人
僕達の前には、縛られたまま地面に正座する男。
日に焼けた顔はドワーフ親方達にボコボコに殴られ、痛々しく腫れ上がっている。
ティトゥは事情を聴き終えると、フウと大きく息を吐いた。
『そんな事があったんですのね』
ええと、今聞いた話を整理しようか。
彼の名前はトレモ。商船の船長をしているそうだ。
彼の船は半島の南端、都市国家連合の港町を出発して、ランピーニ聖国に向かう途中だったという。
なんでそんな船がこの国の沿岸を航行していたのか?
それはこの世界の航海技術がまだ未発達なせいである。
目印も何も無い開けた外洋だと、風や海流に流された挙句、現在地を見失って漂流してしまうのだ。
そのため、この世界では、基本的に船は陸地が見える範囲を離れない。
いわゆる沿岸航法や交差方位法と呼ばれる方法で、目印となる陸岸から現在の位置を割り出しながら進むのである。
おっと、話が逸れてしまった。
そんな訳でトレモ船長の船がナカジマ領の沖を進んでいると、たまたま聖国から来た外洋船を発見したんだそうだ。
「はて? なぜこんな所に大型船が?」
疑問に思った彼らは、好奇心で外洋船の行き先を確認した。
こうして彼らはこの港に『ドラゴン港ですわ』そうそう、それね。そのドラゴン港にたどり着いた、という訳だ。
『それで、なんでドラゴン港に立ち寄る事にしたんですの?』
『ああ、それでしたら、俺の方から説明しますぜ。コイツらの船を差し押さえた時に船員達から聞いたんですがね――』
ティトゥの疑問にドワーフ親方が答えてくれた。
どうやらトレモ船長の船は水漏れが発生していて、このままだと聖国にたどり着く前に沈んでしまいかねなかったらしい。
どこかで直さないと、と考えていた矢先にたまたま港を発見したので、これ幸いと修理を頼みに来たんだそうだ。
『それがなぜ、ファルコを捕まえようとしたんですの?』
『そ、それは・・・申し訳ございません。珍しい生き物を見つけた事で、船員達が舞い上がってしまいまして』
髭の男――トレモ船長はティトゥに深々と頭を下げた。
『こちらのドラゴン様のお子様だとは知らなかったのです。誰も見た事も無い生き物なので、その・・・聖国の貴族に売れるんじゃないかと思い・・・』
『ファルコを聖国に売るつもりだったんですの?!』
ティトゥが声を荒げると、トレモ船長は慌てて謝罪した。
『ほ、本当に知らなかったんです! ご当主様のドラゴンだと知っていれば、絶対にこんなことはいたしませんでした! 誠に申し訳ありませんでした!』
僕は操縦席で他人事のように欠伸をしているわんぱく娘に注意した。
「ファル子。危うくお前はさらわれて、外国に売り飛ばされるところだったんだぞ。これに懲りたら、これからは人目の届かない所で遊ばない事。分かったね」
「ギャーウ(はーい)」
ファル子は素直に頷いたが、一晩寝たら忘れる鳥頭だからなあ。結構心配だ。
みんなにも気に付けて貰うようにお願いしておかないと。
さて。ファル子の方はそれでいいとして、トレモ船長の方はどうするか。
未遂だったからといって無罪放免、即解放という訳にはいかない。なにせティトゥはファル子とハヤブサのお母さん――二人はナカジマ家当主の子供なのだ。
知らなかったとはいえ、それを攫おうとしたんだから、罪に問われてしかるべきだろう。
しかし、ここで問題になるのはトレモ船長がこの国の人間ではない――都市国家連合の人間である点だ。
騒ぎを聞きつけてやって来た、ナカジマ家のご意見番ユリウスさんが、代官のオットーとこの一件をどう裁くか相談している。
『財産の没収とナカジマ領からの追放。今後一切の立ち入りの禁止。といった所でしょうか?』
『そうじゃな。本来ならそれに加えて実行者達の斬首が妥当だが、相手は都市国家連合――この国の者ではないからの』
斬首って、死刑って事だよね? ボートにいた全員を? さすが封建社会。刑罰が厳しいな。
そしてユリウスさんが言葉を濁したのも分かる。
先日、この国の南に謎の軍勢が現れた。
この国の南には港町だけしか――都市国家連合だけしか――ない以上、あれは都市国家連合が送り込んだ軍勢だと考えられる。
とはいえ、今の所明確な証拠も無いし、この件について、新国王カミルバルトが今後どういった方針で動くのかは分からない。
そんな状況で、都市国家連合の商人の命を奪ってしまえばどうなるだろうか?
最悪、今回の一件が戦争開始の引き金を引きかねない。
オットーとユリウスさんはその可能性を考え、穏便に片を付ける事にしたのだ。
という訳で、トレモ船長達への罰は船と積み荷の没収。それとナカジマ領の今後一切の出禁。
個人的にはこれでも厳しい罰だと思うけど、あまり刑を軽くして、またファル子達が誘拐されそうになっても困る。
命が助かっただけ良かったと諦めてもらうしかないだろう。
しかし、トレモ船長にとってこの判決は受け入れないものだったようだ。
彼は血相を変えて立ち上がった。
『そ、それは困る――困ります! 俺の命はどうなっても構わない! だけど船と積み荷だけは勘弁して下さい! この通り! 後生だから!』
自分の命よりも船って。普通は逆じゃない?
トレモ船長はティトゥに縋り付こうとして、騎士団員に押さえつけられた。
それでもまだ諦め切れないのか、拘束を解こうともがいている。
『頼む! お願いだ! あの船を取り上げられちまったら、フランコさんに合わせる顔がねえ! 頼む! お願いだ!』
『連れて行け』
ユリウスさんは軽く手を振った。
トレモ船長は必死になって抵抗したが、屈強なドワーフ親方と騎士団員の二人がかりには敵わない。
『後生を! お願いだ!』などと叫び声を上げながらテントの外に引きずられていったのだった。
急に静かになったテントの中は、何とも言えない沈鬱な空気に包まれていた。
『・・・何だかイヤな気分ですわ』
『罪人とはああいう物です。彼らの言葉をいちいち気にしていては裁きが下せません』
『左様。ご当主様が気にする必要はありませんぞ』
オットーとユリウスさんの言葉に、ティトゥは釈然としない表情を浮かべながら僕に振り返った。
「・・・ゴメン、ティトゥ。僕も二人の言う通りだと思う」
『そうですの』
ティトゥはその日一日、二度とトレモ船長の話を口にする事は無かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
夜。
騎士団の詰め所の隣に作られた牢の中で、トレモ船長は膝を抱えて丸くなっていた。
頭の中は真っ白で、何も考えられなかった。
――俺はフランコさんに何て言えばいいんだ。
その言葉だけが、ただひたすらに頭の中で繰り返されていた。
その時、牢の外にいた見張りの騎士団員が、踵を打ち鳴らして直立した。
トレモ船長が顔を上げると、そこには見目麗しい女性の姿が――ナカジマ家当主、ティトゥ・ナカジマの姿があった。
ティトゥは自分の足元を見下ろした。そこには桜色のドラゴン――ファル子がいた。
「本人に謝ってもらおうと思って、ファルコを連れて来ましたわ」
「ギャーウ! ギャーウ!(ママ、おやつ頂戴。おやつ食べたい)」
ティトゥの思惑はともかく、ファル子は単におやつに釣られてここまで来たようだ。
ファル子はティトゥから手のひらサイズの堅パンを貰うと、一心不乱にかじりついた。
「フウーッ。フウウウ」
鼻息を荒くしながら、堅パンをかじる謎生物を、トレモ船長は感情のこもらない目で見つめていた。
やがて彼はノロノロと腰を上げると、昼間もしていたように膝をつき、頭を下げようとした。
しかし、ティトゥは手を上げて彼の動きを止めた。
「その前に――ファルコに謝罪をする前に、聞かせて頂戴。あなたはどうしてそこまで自分の船にこだわるんですの?」
「・・・それは」
トレモ船長はポツポツと自分の事情を語り始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝。
僕がテントの中で今日の予定を立てていると(※お前にそんなのは無いだろう、というツッコミは聞きたくない)、ティトゥがファル子達を連れてやって来た。
今朝は随分と早いね。何かあったの?
『ハヤテ! 南の島に出かけますわよ!』
「ギャウー! ギャウー!(お出かけ! お出かけ!)」
「ギュウギュウ?(ママ。南の島って何?)」
ちょ、どうしたんだよ急に。
出かけるって、どうして? 仕事はいいの?
『これも仕事ですわ! トレモ船長の船の代わりの何かを探しに行くんですわ!』
どういう事? 代わりの何かって何?
僕にも分かるように説明してくれないかな。
次回「南の島へ」