閑話15-3 ファル子の反抗期・後編
前・後編をまとめて更新しています。
前編の読み飛ばしにご注意下さい。
突然始まったファル子の反抗期。
ファル子は癇癪を起して手に負えなくなるし、ハヤブサは元気をなくしてしまうしで、僕達はすっかり参ってしまった。
僕はファル子と向き合う決意をしたものの、子育ての経験も知識もない僕にとって、それはどこから手を付ければ良いかも分からない難題であった。
日が暮れて夜になっても、ファル子はずっとテントの隅でうずくまったままだった。
僕が話しかけても返事どころか何のリアクションもない。
途中でティトゥが様子を見に来たが、その時に彼女からハヤブサの話も聞かされた。
寝床の中でグッタリして水も飲まないという。
心配したカーチャが、今も様子を見ているそうだ。
『ひょっとして病気か何かなのかしら?』
ファル子の癇癪にストレスを抱え込んでいただけかと思っていたが、それにしては元気が無さすぎるようだ。
もしも病気なら困った事になる。
ファル子とハヤブサは、僕の四式戦ボディーを生み出した”魔法生物の種”の欠片から生み出された魔法生物だ。――とはいえ、完全な魔法生物である僕とは異なり、半魔法生物とでも言うべきハイブリッド種なのだが。
そんな彼らがかかる病気となれば、見当もつかない。
そもそも僕はこの世界の病気についての知識はまるでない。
地球と同じように考えてもいいのだろうか?
「・・・しばらく様子を見よう。ハヤブサは言葉を喋れるんだし、病気で苦しかったら、母親であるティトゥに言うと思う。そうしていないって事は、単に疲れているだけなんじゃないかな?」
『そう・・・だといいんですけど』
ティトゥはひとまず納得してくれたようだ。
楽観的が過ぎるだろうか? しかし、誰もドラゴンの病気に関する知識を持っていない以上、今はどうする事も出来ない。
僕は今日ほど、自由の利かない四式戦闘機の体がもどかしいと感じた事はなかった。
ティトゥが去ると、暗いテントの中は再び僕とファル子の二人だけとなった。
僕は辛抱強く彼女に声をかけ続けた。
ファル子は全くの無反応で、時折、腹立たしげなうなり声をあげなければ、死んでいるのではないかと心配するくらいだった。
僕の機械の体は、睡眠も疲労もないとはいえ、当然、精神的な疲れまでないわけではない。
いつしか僕は精神的疲労から無口になっていた。
そうしてどれくらいの時間が過ぎただろうか?
すっかり村は寝静まり、日付が変わってからしばらく経った頃。
不意にファル子がもぞもぞと動き始めた。
暗闇の中、彼女の押し殺したうめき声が聞こえる。
「ググッ・・・ググググッ」
「ファル子?! どうしたんだ?! 大丈夫か?! ファル子?!」
苦しんでいる? まさかハヤブサではなく、ファル子の方が病気だったのか?
最悪の想像に僕の頭からサッと血の気が引いた。
「ファル子! 苦しいのか?! 具合が悪いならお願いだから言ってくれ! どうした?! どこが痛い?!」
そんな。今朝までは全然病気の様子も無かったのに。
僕は激しく焦りながら、彼女の名前を呼び続けた。
こうして永劫にも感じる長い時間の後――
「ファル子・・・お前、その姿」
「キュウ・・・(ふう)」
ファル子はさっぱりとした様子で僕を見上げた。
そこには脱ぎ捨てた殻? 皮? を蹴散らし、すっかり白色になった子ドラゴンの姿があった。
テントの中の気温も下がり、そろそろ、空も白みかける早朝。
僕は腕白な子ドラゴンを必死になだめていた。
「キュウキュウ! キュウキュウ!(パパ! 喉が渇いた! お水! お水欲しい!)」
「もう少し待ってな。そろそろみんなが起きる時間だから、誰かが来たら頼もうな」
バサッ! 大きな音を立ててテントの入り口の布が勢いよく跳ね上げられた。
『ハヤテ! ハヤブサが・・・って、ファルコ! あなたも脱皮したんですのね?!』
「キュー! キュー!(ママ! ママ!)」
血相を変えてテントに飛び込んで来たティトゥは、ファル子の元気な姿に驚きに目を丸くした。
そう。昨夜のうちにファル子は脱皮を終え、今では一回り大きく成長していた。
ちなみに脱皮直後は白かった皮膚も、すっかり元の桜色に戻っている。
ファル子はティトゥに駆け寄ると、バサバサと大きく翼をはためかせた。
「ギャウギャウ! ギャウ!(見て見て! この翼!)」
『ええ、ええ。立派になっていますわ。パパにそっくりな翼ですわね』
そう? 僕と比べるとまだまだ小さな翼だと思うけど。
しかしファル子はティトゥに褒められてご満悦だ。
「ギャウー!(パパー!)」
『ハヤブサ様、待ってください! 急に走ると危ないですよ!』
ティトゥが開けたテントの入り口から、緑色の子ドラゴンと、メイド少女カーチャが駆け込んで来た。
『そうでしたわ! ハヤテ! 夜のうちにハヤブサが脱皮して大きくなっていたんですわ!』
うん。今、見てるから分かってるよ。
ハヤブサもファル子同様、一回り程大きくなっている。今までは小型犬くらいだった大きさが中型犬くらいになり、丸っこかったフォルムも全体的にややシャープに――って、いやまあ、それでもまだ可愛いという印象は変わらないんだけど。
中でも目を引くのは肩甲骨の辺りから伸びた背中の翼で、今までは手羽先みたいな細い翼がチョコンと付いていたのが、随分と太く逞しくなっている。
それでもまだ空を飛べる程ではないのか、バサバサと勢いよくはためかせても、ピクリとも浮き上がらないみたいだが。
「ギャウ! ギャウ!(パパ! パパ!)」
「ギャウ! ギャウ!(ママ! ママ!)」
すっかり元気になったリトルドラゴンズは、大はしゃぎだ。
ティトゥと僕の足元を走り回っては、バサバサと翼をはためかせている。
一回り大きくなった事で、騒がしさと賑やかさも何割か増し、といった感じだ。
ティトゥとカーチャも困った顔をしながらも、駆け回る二人を微笑ましそうに見ている。
おっと、大事な事を忘れてた。
「ファル子! さっき僕と約束したよね。カーチャに言わなきゃいけない事があるんじゃなかったかな?」
「ギュウ・・・(分かった)」
ファル子は、はしゃぐのを止めると、神妙な面持ちでカーチャの所に行った。
カーチャは急にしおらしくなったファル子に不思議そうにしている。
「ギャウ。ギャウギャウ。(カーチャ姉。昨日は噛んだりしてゴメンなさい)」
ファル子はそう言うとペタンと頭を地面に付けた。
『ファルコ・・・。カーチャ。ファルコは昨日、あなたの手を噛んだ事を謝っているんですわ』
『そうですか。大丈夫ですよファルコ様。たいしたケガじゃなかったですから』
カーチャはそう言うとファル子を抱きあげた。
仲直りをした二人にハヤブサが突撃した。
「ギャウー! ギャウー!(カーチャ姉! 僕も! 僕も抱っこ!)」
『ちょ、ハヤブサ様! さすがにもうお二人を一緒に抱き上げるのは無理です! 一人で限界ですから!』
大きくなったリトルドラゴンズは、カーチャ一人の手には余るようだ。
ティトゥが苦笑しながらハヤブサを抱きあげた。
『た、確かに、二人一緒は厳しそうですわね。・・・それにしても、ファルコの機嫌が悪かったのは、脱皮のせいだったんですわね』
そう。ファル子が最近イライラしていたのは、脱皮の時期が近付いて来た事で、皮の下に新しい皮膚が出来たためだったようだ。
例えて言うなら、一回り小さなTシャツを着せられているような感じだろうか?
ファル子は強い違和感と不快感に、感情の抑えが利かなくなってしまったのだ。
ハヤブサの元気が無くなっていたのも、どうやら同じ理由らしい。
同じドラゴンで反応が正反対だったのは、二人の性格の違いによるものだろう。
『けど、なんでハヤテはファルコ達の変化が脱皮のせいだって気付けなかったんですの?』
いや、ムチャ言わないでくれないかな。
僕は脱皮なんてした事ないから。
海に行って日焼けした後で、皮がむけた事があるくらいだから。
『一体何の騒ぎですか? あっ! ファル子様とハヤブサ様、大きくなっていませんか?!』
料理人のベアータがテントに顔を出すと、ファル子達の姿を見て驚いた。
どうやら朝食の支度中に、騒ぎを聞いて駆け付けたようだ。
「ギャウー! ギャウー!(見て見て! 翼!)」
「ギャウギャウー!(翼が大きくなった!)」
リトルドラゴンズは、自分達の翼が大きくなったのが余程嬉しいのか、ベアータの前に駆け寄ると、バサバサと翼を振ってアピールを始めた。
『えっ? え~と、アタシは何で二人に威嚇されているんでしょうか?』
『ぷふっ。ふふふ・・・威嚇なんかじゃありませんわ。ファルコ達はベアータにも自慢しているんですわ』
『ええっ? 自慢? 何の?』
戸惑うベアータの様子が余程面白かったのか、ティトゥはクスクスと笑うばかりで答えない。
やがて騒ぎを聞きつけた使用人達が、テントの中を覗き込み始めた。
ティトゥはファル子達に声をかけた。
『ほら、他の人達が来ましたわ。みんなにもアピールしてらっしゃい』
「「ギャウー! ギャウー!」」
こうして、二人が脱皮した話は瞬く間にコノ村中に広まった。
この日は二人が少しだけ大きくなったお祝いに、ちょっとしたパーティーが開かれたのだった。
こうして突然始まったファル子の反抗期? は、脱皮の直前のイライラによるものだったという事が判明し、始まった時と同様に唐突に終わりを告げた。
僕達は何事も無く日常が戻った事に、ホッと胸をなでおろしたのだった。
二人のリトルドラゴンズが、後何回脱皮をすれば大人のドラゴンになるのかは分からないが、こんな騒ぎは今回限りにして貰いたいものである。