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閑話15-2 ファル子の反抗期・前編

 カミルバルト新国王の即位式も無事に終わった。

 これでティトゥが王都にいる意味は、なくなった事になる。

 実際は東のメルトルナ家の反乱に対して、王家から各貴族家に参戦の要請があったみたいだけど、ティトゥのナカジマ家はそれには参加しなくてもいいらしい。

 なんでも領地を貰ったばかりなので、今年も含めて五年間は参戦の義務が無いとの事だ。

 去年の冬に帝国軍との戦いに参加した気もするけど・・・って、あれは僕達が勝手に戦ったんだっけ。

 といった訳で、ティトゥは王都を離れてナカジマ領に戻る事になったのであった。


 コノ村を離れてもう一月か。

 いやまあ、ティトゥ主催のパーティーが決まってからこっち、何だかんだでしょっちゅうコノ村に立ち寄っていたので、全然久しぶりという気はしないけど。

 ティトゥの帰宅に合わせて、当然、王都の屋敷も引き払う事になる。

 その話を聞かされた屋敷の料理人達が、ドラゴン・メニューの修行のためにナカジマ領地に付いて行きたいと、ティトゥのところに直談判したりと、色々あったけどそれはそれ。

 モニカさん達、ナカジマ家の使用人は馬車でコノ村へ。

 ティトゥとメイド少女カーチャ。そして二人のリトルドラゴンは、僕に乗って一足お先にコノ村に戻ったのであった。




 コノ村に戻ってきてからこっち、リトルドラゴン・ファル子のむずがりが酷い。


『コラ! ファルコ! あなたまた自分の寝床をボロボロにして! 何でこんな悪い事をするんですの?!』

「ウウウウッ」


 ティトゥがクッションを手にファル子を叱りつけた。

 クッションは見るも無残にボロボロになり、中身がこぼれ落ちている。

 どうやらファル子が自分の寝床に敷かれたクッションを噛みちぎってしまったようだ。

 ファル子はティトゥに叱られて反省するどころか、不満そうに低いうなり声をあげている。


『ファルコ!』

「ギャン!(イヤ!)」


 ファル子は一声吠えると、僕の主脚の陰に逃げ込んだ。


『ファルコ、あなたって子は――』

『ティトゥ様、少し強くクッションにじゃれついただけですよ。ファルコ様には私からも言い聞かせておきますから』


 ティトゥが怒りのあまり手を上げるのを見て、メイド少女カーチャが慌てて止めに入った。


『王都から急にコノ村に戻って、落ち着かないんですよ、きっと』

『・・・そうなのかしら?』


 ティトゥはカーチャに抱きかかえられたハヤブサに尋ねた。


『ハヤブサは何でファルコの機嫌が悪いのか知りませんの?』

「・・・グウウ(・・・知らない)」


 ハヤブサは返事をするのも面倒臭そうだ。

 ここ最近のファル子のヒステリーに、精神的にまいっているのかもしれない。

 ファル子は苛立ちを堪えきれないのか、地面にゴシゴシと頭をすり付けている。

 全く。この子はどうしちゃったんだろうね。


「反抗期・・・なのかな?」

『ドラゴンにも反抗期なんてあるんですの?』


 さあ? けど、ファル子達は知能も高いし、人間と同じように反抗期があってもおかしくない――んじゃないかな?


『じゃないかなって、そんな曖昧な』


 そうは言っても、僕はなんちゃってドラゴンであって、本当のドラゴンじゃないし。

 ファル子達の事は、正直、良く分からないんだよなあ。


「ファル子の事は、僕とカーチャで見ておくよ。空に連れて行けば少しは気分も晴れるんじゃないかな」

『お願いするわね。はあ。仕事が溜まってなければ私も一緒に行くのに』


 ティトゥは大きなため息をついた。

 ヨナターン領方面の都市国家連合軍に対する遅滞戦闘は今も続けられている。とはいえ、敵はすっかりやる気を失っているようで、ここのところ、開通工事をしている姿はロクに見ていない。

 つい先日、国境のトルスター砦の兵員も補強された所だし、差し迫った危機は一先ず去ったと見てもいいんじゃないだろうか?

 だからといって、ここで油断して不意を突かれてもイヤなので、監視の目を緩めるつもりはないんだけどね。


 そんな訳で、コノ村に戻ってからも、僕は毎日ヨナターン領へと飛んでいた。

 ティトゥも本当なら僕と同行したい所だろうが、しばらく領地を離れていた間に、彼女の仕事は山積みになっていた。

 なにせナカジマ領は、今も開発が急ピッチで進んでいるのだ。

 代官のオットーや、客分のユリウスさんが手伝ってくれているとはいえ、領主であるティトゥの承諾を必要とする案件も多いのである。

 ティトゥは、僕と都市国家連合軍の様子を見に行く時間すら惜しむ程、仕事に忙殺されていたのだった。


 う~ん。これって案外、仕事に追われた母親(ティトゥ)が作るギスギスした空気が、子供(ファル子)にとってストレスになっているとかじゃないかなあ。

 しばらくファル子と距離を取るように忠告した方がいいのかも。後で彼女に相談してみようか。


「ハヤブサはどうする? 一緒にヨナターンに行くかい?」

「キュウ(止めとく)」


 ハヤブサはカーチャに抱かれたまま丸くなった。

 狭い機内で今のファル子と一緒にいるのもストレスになるだろう。これはこれでいいのかもしれない。


「あ。そういえば、確か今日あたりメルトルナ軍との戦いが始まるんじゃないかな? アダム特務官にも協力を頼まれているし、そっちにも寄らないと。もし、戦闘が始まったら、帰りはいつもより遅くなるからね」

『ああ、そういえばそんな頃合いでしたわね。やっぱり私も一緒に――何でもありませんわ』


 ティトゥは代官のオットーの恨めし気な視線を察して、慌てて誤魔化した。


『じゃあ、カーチャ。ファルコの事をお願いしますわ』

『分かりました。ファルコ様、行きましょう』

「グウウウウ」


 カーチャはハヤブサをティトゥに預けると、ファル子を抱きあげようとして・・・


「ギャン!(イヤ!)」

『痛っ!』

『カーチャ! ファルコ! あなた何をやっているんですの!』


 ファル子は激しく暴れると、カーチャの手に噛みついた。

 噛まれた手から赤い血が数滴、滴り落ちる。

 ファル子が人を――ましてやカーチャを傷付けるなんて。

 僕は信じられない光景を目の当たりにして激しく動揺してしまった。


「ファル子! どうしちゃったんだ! なんでカーチャに噛みついたりしたんだ!」

「・・・グ、グウウウ」

『ファルコ! カーチャに謝りなさい!』

『ティトゥ様。大したケガじゃありませんから』

『いいえ! 人にケガをさせるような悪い子を許す訳にはいきませんわ! オットー、カーチャの手をみて上げて頂戴』

『分かりました。カーチャ、まずは傷口を洗おう。こちらに』

『・・・分かりました』


 周囲の説得でどうにかティトゥは収まったが、ファル子はうなり声をあげるばかりでろくに返事もしなかった。

 この騒ぎで僕の出発はいつもより遅れる事になってしまった。

 



 間の悪い事に、丁度この日は王家軍とメルトルナ軍との開戦日であった。

 僕は約束通りに王家軍の上空を旋回しながらも、コノ村の事が気になって仕方がなかった。


 戦闘は始まった途端に呆気なく王家軍の勝利で終わった。

 勝敗が決した以上、僕がこの場にいてもやれることは何も無い。もう帰ってもいいよね?

 僕は焦る気持ちを抑えながら、一目散にコノ村を目指したのだった。



 僕はみんなに運ばれてテントに入った。

 この時間にはいつも並んでいるはずの机や書類は見当たらない。

 いつもは僕のテントで仕事をしているティトゥ達も、今日は自室で仕事をしているようだ。

 そんな広々としたテントの端っこに、桜色の小さな塊がうずくまっていた。

 ファル子である。


『ずっとああやって、水も飲もうとしないんです』


 カーチャが心配そうに呟いた。

 手には真新しい白い布が巻いてある。今朝、ファルコがケガをさせた箇所だ。

 ティトゥが小さなため息をついた。


『ハヤブサもそうですわ。すっかり元気を失くしてしまって』


 出迎えのメンバーの中にハヤブサの姿がないと思ったら、そういう事か。

 今は寝床で丸くなっているそうだ。


『ハヤテ・・・。どうにかなりませんの?』


 僕に言われても・・・。子育ての知識なんてまるでないし、うちは母親が結構ガサツだったから、生き物すら飼った事が無かったし。――せいぜい、子供の頃にカブト虫や鈴虫を育てていたくらいだ。

 ましてやドラゴンなんてシロモノ、どう扱ったらいいのか・・・。


『分かった。どうにかしてみるよ』


 けど、ここで逃げ出す訳にはいかない。

 今の僕はファル子達の父親だ。

 この世界に彼女達が生まれたのは、おそらく僕が原因――ないしは僕が原因の一端を担っていたのは間違いない。

 決して望んでそうした訳ではないとはいえ、こうして生み出してしまった以上、僕には彼女達を育てる責任がある。

 それが命を作った存在――親の義務というものだろう。


『・・・任せましたわ』


 僕の決意が伝わったのだろう。ティトゥ達は僕を残してテントから出て行った。

 こうして、うずくまったままのファル子と僕の二人だけとなったのであった。

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