閑話15-1 戦果報告
ミロスラフ王城。その一室で新国王カミルバルトは戦果の報告を受けていた。
「そうか。ブローリーを討ち取ったか」
この国の東の大貴族、メルトルナ家の当主、ブローリーは、カミルバルトの王位就任を”簒奪”と断じて挙兵した。
本人は十分に勝算があると考えての挙兵だったのかもしれないが、結果として彼に続く者は誰も現れなかった。
メルトルナ軍は王家軍を中心とした貴族家連合軍によって、あっさりと敗北。当主であるブローリーは、戦いの中で討ち死にしたのであった。
彼の首は主だった配下の武将の首と一緒に清められ、王都まで運ばれる予定との事だ。
「分かった。下がってよい」
「はっ!」
連絡の騎士はキビキビとした動きで部屋を退出した。
彼の姿がドアの外に消えると、カミルバルトは大きく息を吐いた。
「こうして王城で報告を待つだけというのは、前線に出るのとは別種の疲れがあるものだな。何と言うか俺には合わん」
今までずっと前線で指揮を執り続けて来たカミルバルトにとって、後方で戦いの結果を待つというのは初めての経験だった。
十分に勝算の高い戦いとはいえ、勝負というのは水物だ。
実際、カミルバルトも半年ほど前に圧倒的に不利な戦局を――帝国遠征軍五万との戦いを――ひっくり返した事もある。
戦場では何が起きるか分からないのだ。
カミルバルトは不安ともどかしさに、想像以上のストレスを抱えていた。
ちなみに元々、カミルバルトは自分で兵を率いてメルトルナ軍と戦うつもりでいた。
しかし、彼が戦いの仕度を命じた途端、宰相の強固な反対に会ってしまったのである。
「国王自らが反乱鎮圧に出るなどとんでもない! もし御身に何かあったらどうされるおつもりですか!」
宰相の言葉も最もだが、カミルバルトもつい先日国王になったとはいえ、まだまだ血気盛んな二十代の青年だ。
自ら戦場に立って兵を率いたいという気持ちも強かった。
「しかし、俺はいつだって自ら兵を率いて来たんだぞ」
「それは陛下が将軍だったからです。今のあなたは国王なのですぞ。即位早々に国王自らが出陣するとなれば、王都の民も不安に感じましょう。国王は国の要であらねばならないのです。ここはどっしりと王城に構えて民の心を鎮め、部下から勝利の報告がもたらされるのをお待ち下さい」
宰相のド正論に、カミルバルトはぐうの音も出なかった。
国の存亡のかかった大一番というならともかく、今回は圧倒的にこちらが有利な戦いである。
そんな戦いに、わざわざ国王自らが出陣する意味など無い。
リスクにリターンが釣り合わないのだ。
カミルバルトにも宰相の言葉の方が正しいと分かっていた。
だから彼は引き下がらざるを得なかった。
しかし、理性と感情とは別である。
「・・・こんな思いをするなら、強引にでも俺も戦場に出ればよかった。前線が無理なら後方の本陣でもいい。次の戦の時には絶対にそうしよう」
カミルバルトは、もしも宰相が聞いたら愕然とするような決意を抱いた。
どうやらカミルバルトという人間は、後方で戦果の報告を待つという受動的な立場は、どうあっても受け入れられないらしい。
初戦でメルトルナ軍を打ち破った後は、実に呆気ないものだった。
メルトルナ領の貴族達は次々と王家軍に下った。
元々、彼らは寄り親のメルトルナ家に従っていただけで、積極的に王家打倒を考えていた訳ではなかったのだ。
当主を失ったメルトルナ家は、慌てて僻地に流されていたブローリーの父親を――先代当主ハルク・メルトルナを呼び戻した。
ハルクは彼と一緒に流されていた腹心の部下達を引き連れて屋敷に入ると、即座に一族を掌握。
王家軍に対して降伏の使者を送ったのだった。
メルトルナ軍の敗北からここまでで約半月。
この国の近年最大の内乱は、その規模に反して、大きな被害も出さずにあっさりとスピード解決したのだった。
カミルバルトは冬の帝国南征軍との戦いに次いで、国内の反乱軍との戦いにおいても見事な勝利を収めた事になる。
ミロスラフ王国の国民は、自分達の英雄の勝利に沸き返った。
「英雄王万歳! カミルバルト陛下万歳!」
カミルバルトを称える声は国中を埋め尽くした。
勿論、彼らが熱狂したのは、単純に国王軍が勝ったからというだけではない。
カミルバルトは自らの国王就任に際して、一年間の減税を国内に発表していた。
いわゆる”徳政”である。
この徳政の一環として、罪人の恩赦も行われた。
特に大きな話題となったのは、昨年、ランピーニ聖国のマリエッタ王女の誘拐未遂で謹慎処分となっていた、マコフスキー家に対する減刑である。
これにより、マコフスキー家は一年ぶりに王都の社交界に復帰する事が決まった。
これは主犯とみなされる長男ヤロミールが、逃亡先で死体となって見付かった事。また、今回の反乱で当主自らが兵を率いて国王軍に加わった事、などが考慮された上での決定となる。
マリエッタ王女を溺愛する聖国の宰相夫人の機嫌を損ねかねないかだけが心配されたが、そこは王妃となる事が発表された聖国の第六王女、パロマ王女が姉の説得を快く引き受けてくれた。
「カサンドラ姉――アレリャーノ夫人は、マリエッタが絡むとちょっとアレだけど、それでも損得にはシビアな人だから。自分の感情を優先させて国の利益を損なう、なんて事は絶対にないから大丈夫」
果たして宰相夫人は、ミロスラフ王国の決定に異議を挟まなかった。
ただし、完全に元通りとはいかない。聖国は既にミロスラフ王国での窓口をマコフスキー家からティトゥのナカジマ家へと移していた。
マコフスキー家は社交界に復帰こそしたものの、その影響力は大きく削がれる事となったのであった。
影響力が削がれたと言えば、反乱を鎮圧されたメルトルナ家の方が被害が大きいだろう。
当主ブローリーは戦死。その首は主な幹部の首と並んで、王城の門の前に晒された。
再びメルトルナ家当主の座に返り咲いた前当主――ブローリーの父ハルクは、やって来た王家軍に後を任せると、単身王城に赴き、メルトルナ領を王家に差し出す旨を告げた。
「今回の一件の責任は我が息子にあれど、あれを当主としたのは私です。その責任を取って私は引退し、領地は全て王家にお渡し致したく存じます」
堂々としたハルクの姿に、カミルバルト王は苦笑するしかなかった。
当時、ブローリーを次期当主にするように働きかけたのは、前宰相のユリウスであった。
つまり、その事でハルクが責任を取るのなら、ミロスラフ王家もその責任を逃れられないのである。
「分かった。メルトルナ領はこちらで預かろう。すぐに次の当主を決めるがいい。当然、全てとはいかんが、可能な限りそちらに返そうじゃないか」
「ご温情、感謝致します」
元々、ハルクは彼の三男、ハーベルに跡を継がせたいと考えていた。
長男のブローリーが当主になった後は、ハーベルは領地を追放され、母方の実家であるモノグル家に身を寄せていた。
ハルクはハーベルを呼び戻すと、彼をメルトルナ家の次の当主の座に据えた。
カミルバルトはメルトルナ家の領地で、北の砦に繋がる街道より東の土地を返還した。
これによりメルトルナ家はその領地の約二割と、街道の通行税および、宿場町から入る貴重な現金収入を失った事になる。
そしてミロスラフ王家は、隣国ゾルタにつながる街道をその手にする事になったのである。
この内乱で不穏な動きを見せた西の大貴族ネライ家。
メルトルナ家と異なり、兵を集めただけで何の声明も出さず、軍もすぐに解散したため、ひとまずはグレーゾーン。表立ってのお咎めは何もなかった。
ただし、王家の求めに応じて兵を出さなかった(当然、あんな状態で出せるはずはなかったのだが)ため、その罰として減税の徳政はネライ領には適用されない事となった。
ネライ家当主ロマオは、一先ず安堵した。
「これぐらいで済んで良かった。後一歩遅れていれば、我々もメルトルナと同じ道を辿っていただろう」
しかし、安心するロマオとは異なり、詳しい事情を何も知らされていない領民達の不満は大きかった。
それはそうだろう。彼らにしてみれば、減税という王家からのご祝儀が、自分達とは全く関係のない所で取り上げられたのだ。素直に納得できるはずはなかった。
ネライ領傘下の貴族家は、領民をなだめ、自領につなぎ止めるために奔走させられる事となる。
今回の一件の原因を作った三都市――ルーベント・ベチェルカ・オシドルのネライ分家は、周囲からの突き上げに、随分と肩身の狭い思いをさせられる事になるのだった。
今回の一件の解決にあたって、誰よりも活躍をしたのはハヤテとティトゥの二人の竜 騎 士だった。
二人の活躍がなければ、この国は都市国家連合のハヴリーン老の計略通り、回復困難な被害を負っていたのは間違いない。
そういう意味でも、二人は最大の功労者であり殊勲者でもあった。
しかし、彼らの活躍はどちらかと言えば裏方寄りで、しかも公然と発表するにはいかない行為もいくつかあった。
そこで表立っての二人の功績は、南から進軍してくる謎の軍勢(※都市国家連合軍)を足止めした事と、メルトルナ軍との開戦時に味方の士気を高め、敵軍を威圧した事の二点とされた。
さて。功績が決まった所で、王家は彼らにどう報いるか。
ここで宰相は頭を抱える事となった。
まず、謎の軍勢の足止めは、あまりに戦場が――そしてハヤテの戦い方が――特殊過ぎて、どれだけの戦果を挙げたのか判断が難しかった。
そしてメルトルナ軍との戦いの時には、戦場の上空を飛んでいただけで敵兵一人討ち取った訳ではなかった。
アダム特務官は、困り果てた顔でカミルバルト王に報告した。
「宰相閣下がおっしゃるには、前例に照らし合わせると、ナカジマ家は今回の件でロクに報奨が出せない事になってしまうそうです」
「・・・そんな訳にはいかんだろう」
どう考えても最大の功労者が、一番報奨が少ないなど、あってはならない事だ。
というよりも――
「というよりも、お前、今の言葉を自分でハヤテに言えるか? 俺は絶対にイヤだぞ」
「ど、どうしましょう?」
ドラゴン・ハヤテのデタラメさは、昨年の帝国軍との新年戦争、そして今回の内乱で、骨身に染みて思い知らされたばかりだ。
そんな相手の機嫌を損ねるなど、どう考えてもあり得ない話である。
「しかし、ハヤテ殿とナカジマ様の働きに本当に相応しい報奨となると、他の貴族家を大きく上回る事になってしまいますが」
「――そうなんだよなあ」
貴族諸家は王家の招集に応じて、兵を率いて集まり、戦場で血を流した。
そんな彼らの頭を飛び越えて、ナカジマ家に大きな報奨を与えれば、当然、彼らは王家に不満を抱えるだろう。
せっかく反乱が収まったというのに、ここで第二第三のメルトルナ家を作る訳にはいかなかった。
「全てが丸く収まる良いアイデアはないのか?」
「そう言われましても・・・」
二人は頭を悩ませ、「ナカジマ家は王家から特別要請を受けて動いていた」という事にした。
ティトゥは王家からナカジマ領を拝領する際、領地運営が軌道に乗るまで五年間の免税と各種義務の免除を約束されている。
免除される義務の中には、当然、参戦の義務――王家からの要請があれば、兵を率いて戦争に参加しなければならない――というものも入っている。
今回、王家はナカジマ家当主に無理を言って、特例として参戦の免除を一時的に凍結、戦いに参加してもらった。という形にしたのである。
勿論、事実は違う。知っての通り、敵軍の足止めはティトゥとハヤテが勝手にやった事である。
正式に王家が関わったのは、ハヤテにメルトルナ軍との戦いに参加するように要請しただけ。それすらも、ハヤテが人を殺めるのを渋ったため、味方の兵士の士気を上げるために戦場の上を飛ぶだけで良い事にしたのである。
ナカジマ家はこの特別協力の報奨として、更に五年間の免税期間を認められた。
貴族達はこの決定に少し不満を覚えたが、実際に王家からお金が支払われた訳ではないし、ナカジマ領地の開発が進めば、それはそれで自分達にもビジネスチャンスが生まれるとの思いもあり、大きな反発は出なかったようだ。