その29 援軍到着
おや? あれは・・・
今朝もティトゥ達と一緒に遅滞戦闘に向かう途中。僕は視界の隅に気になる物を見付けた。
「ギャウギャウ!(ママ! ご飯!)」
『どうしたんですの? ハヤテ』
ファル子におにぎりを与えていたティトゥが、僕の変化に気付いて手を止めた。
その隙にファル子は素早く、ティトゥの手から二つのおにぎりを奪い取った。
『あっ! こら、ファルコ! そっちはハヤブサの分ですわ! アナタはどうせ一つでお腹いっぱいになるのに、どうして二つも取るんですの?』
「ギャウー! ギャウー!(違うもん! 二つ食べるもん!)」
「いや、あそこの山なんだけどさ。薄っすらと煙って見えない? あれって大勢の人間が歩いているから、土煙が上がっているんじゃないかな?」
『! それはあり得ますわね!』
ここからだと木立に隠れて全容は見えないが、それでもあの辺に街道が通っているくらいは分かる。
土煙は街道を移動する大勢の人間――行軍中の軍隊ではないだろうか?
この世界の街道はアスファルトで舗装されていない。土の道路は乾燥した日が続くと土煙を巻き上げやすくなるのである。
この数日、都市国家連合軍は僕の起こした土砂崩れによって道を塞がれ、前進を阻まれている。
もしも、あの土煙が都市国家連合軍の行軍によるものだとすれば、敵はまんまとトルスター砦を抜いて、ヨナターン領の奥にまで侵入している事になる。
ひょっとして、僕達の知らない迂回路でもあったんだろうか?
『急いで確認しましょう。ハヤテ!』
「了解」
僕は翼を翻すと、一路、街道を目指した。
『・・・こちらに手を振っていますね』
『どうやら敵軍ではなかったようですわね』
「「ギャウギャウ(※前足を振り返している)」」
僕達の予想通り、土煙は街道を移動する軍隊のものだった。
予想と違っていたのは、敵軍ではなく、味方の軍隊という点だった。
メイド少女カーチャが、ファル子の食べ残したおにぎりをハヤブサに与えながらティトゥに尋ねた。
『あの人達は、ヨナターンの軍なんでしょうか?』
眼下の軍勢は僕を見上げて嬉しそうに手を振っている。
おそらくカーチャの指摘で合っているだろう。
彼らの叫ぶ姫 竜 騎 士の掛け声が、空の上まで聞こえて来そうだ。
『それで、これからどうしますの? ハヤテ』
「う~ん、そうだなあ。どこかに着陸して指揮官と話をしようか。彼らの今後の予定も聞いておきたいし」
作戦行動中の他領の軍隊に、話しかけるのもどうかと思うけど、この戦いにおいては、僕達は彼らの協力者だ。無下に扱われるような事はないだろう。
いざとなれば、ヨナターン領領主のヨゼフスさんの屋敷まで飛んで、彼から直接話を聞いたって良いんだし。
「なるべく傾斜の無い、開けた場所を探すけど、多分揺れると思うよ。振動で舌を噛まないようにね」
『分かりましたわ』
僕は周囲を旋回。街道の一部に丁度良さそうな場所を見付けて、着陸したのであった。
行軍中の部隊からは結構離れているはずなんだけど、この距離まで彼らの上げる『姫 竜 騎 士!』の掛け声が聞こえて来る。
このヨナターン領では、相変わらずティトゥの人気は凄いようだ。
このまま行軍中の軍隊が到着するようなら、混乱を避けるため、空に退避する必要があるかもしれない。
そんな心配をしていると、五~六騎程の騎馬隊が、早駆けでこちらに走って来た。
揃いの装備から見て、ヨナターンの騎士団だろうか?
彼らは素早い動きで馬から降りると、一糸乱れぬ直立不動の姿勢を取った。
鍛え抜かれた職業軍人の醸し出す威圧感に、この場の空気がピシリと引き締まった。
『ナカジマ家のご当主様と、そのドラゴンとお見受けする! 我々はヨナターン騎士団!』
一人がそう宣言した途端、堰を切ったように騎士団員達が一斉に前に出た。
『謎の軍勢に対して、早くも大戦果を挙げられたと聞き及んでおります! その時のお話を是非お聞かせください!』
『あっ! コラ、抜け駆けするな! そちらのドラゴンが山を吹き飛ばしたとの事ですが、一体どのような攻撃だったのでしょうか?!』
『高名な姫 竜 騎 士と轡を並べて戦える誉! 武人としてこれ以上の喜びはございません!』
あ、うん。さっきの威圧感うんぬんは、全部僕の錯覚だったみたいだね。
彼らは鼻息も荒く僕達に詰め寄った。
メイド少女カーチャが怯えるファル子達を抱きあげた。
『ちょっと、いい加減にして頂戴! それで、ここの指揮官はどなたですの?!』
ティトゥの言葉に騎士団員達は戸惑った表情で顔を見合わせた。
まさか、いないとか言わないよね?
君らひょっとして、ティトゥを見付けた興奮のあまり、衝動的に駆け付けただけだった、とか?
『――あなた方、ひょっとして、ハヤテを見つけて衝動的に駆け付けただけだったんですの?』
ティトゥの指摘に、彼らは気まずそうに目を反らした。
ええ~っ。よもやの図星とか。
それってどうなんだろ。
『だ、大至急、団長殿を呼んでまいります!』
『わ、私も!』
『自分も行きます!』
彼らは慌てて馬にまたがると、先程やって来た道を一目散に引き返して行った。
『・・・ティトゥ様。あの人達に任せて大丈夫だったんでしょうか?』
『さあ。知りませんわ』
僕達は何とも言えない微妙な空気になりながら、遠くに消えて行く彼らの後ろ姿を見送るのだった。
幸いな事に、それ程待たされることも無く彼らは戻って来た。
今度はひと際立派な装備を着込んだ中年の騎士が同行している。おそらく彼がこの部隊の指揮官なのだろう。
『先程は私の部下がご迷惑をおかけしました』
『構いませんわ。それよりもそちらの部隊の様子を聞かせて頂戴』
おっとティトゥ。どストレートに行ったね。
しかし、指揮官は特に気を悪くする様子もなく、ティトゥの質問に答えてくれた。
『我々の部隊はトルスター砦から一日の距離に集合。同時にその地に物資を集め、後方の補給基地を築いていました。今朝からは我々先遣隊五百が。さらに五百が物資と共に今日中にトルスター砦に入る予定です』
ふむ。千人の部隊と補給物資か。ちょっと少ない気もするけど、急遽集めたのならそんなものかな?
ちなみに敵軍は、土砂崩れの際にいくらか巻き込んだとはいえ、どれほどの被害を与えられたかは不明だ。
仮に死亡した兵士と重症の兵士の合計を五百人と見積もったとしても、敵の現在の総数は約三千五百。
砦も小さくて古いものだし、こちらが千人ちょっとでは、かなり厳しいんじゃないだろうか?
正直に言えばもう少し戦力が欲しい所だけど、ヨナターン領で急に集められる人数はこのくらいが限界なのかもしれない。
『千人・・・それで守り通せそうなんですの?』
『それは、まだ戦っていないので分かりません。しかし、王都から援軍が来るまで敵を足止めするのが、我々に与えられた命令ですので』
ティトゥの飾らない言葉に指揮官は苦笑した。
まあ確かに。彼としてはそう答えるしかないよね。
彼も厳しい戦いを覚悟しているのだろう。ティトゥとの出会いに浮かれている部下達と違って、その表情は固く、余裕が無かった。
『ハヤテ。あなたから何か聞きたい事はありますの?』
おっと、いつの間にかティトゥ達の話は終わっていたようだ。
とはいえ、そうだね。特にこれ以上はないかな。
それにそろそろ先頭の兵士達がここまでやって来そうだし、囲まれて動けなくなる前にこの場を離れた方がいいかもね。
『ヨロシクッテヨ』
『『『『『喋った?!』』』』』
ティトゥは僕の翼の上にヒラリと飛び乗ると、彼らを見下ろして言った。
『敵の足止めは今まで通り、私とハヤテが引き受けます! みなさんは砦に入って迎撃の準備を整えて頂戴!』
『『『『『! は、はい!』』』』』
カーチャはファル子達を抱えて奥に下がり、ティトゥに操縦席を譲った。
『前離れー! ですわ』
ババン! ババババババ・・・
『おお~っ』
エンジン音と共にプロペラが回転すると、騎士団員達の間からどよめきが上がった。
僕は彼らの馬を怯えさせないようにゆっくりと地上走行。
狭い街道を疾走すると、大空へと舞い上がった。
『わあああああ! 姫 竜 騎 士万歳!』
意外と味方の軍は近い所まで来ていたようだ。どうやら、ひと目ティトゥを見ようと、速足で行軍して来たらしい。
のんびり話し込んでいたら彼らが押しかけて来ていたかもね。危ない危ない。
僕は翼を振って彼らに応えながら、峠を目指した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「あれが姫 竜 騎 士。なんと凛々しい」
「ああ。正に戦乙女。噂にたがわぬ美貌だったな」
「バカ野郎。どう考えても噂以上だっただろう、あれは」
騎士団員達は興奮に頬を染めながら、感想を語り合っている。
団長は、部下達の異常な程の士気の高まりに驚いていた。
(敵はこちらを遥かに上回る四千の大軍だというのに、コイツらの戦意の高さはなんなんだ。今にも敵を求めて走り出して行きそうじゃないか)
団長はそう思いながらも、自分自身も体がうずいて仕方が無かった。
姫 竜 騎 士は、彼ら戦場に向かう戦士達にとって、憧れのスターであり、アイドルである。
あの姫 竜 騎 士と同じ戦場で戦う。
そう考えただけで、彼らはまるで自分達も英雄譚の一員になったような激しい高揚を覚えたのだ。
団長は湧き上がる衝動を堪えきれずに部下を怒鳴りつけた。
「いつまでこうしている! さっさとトルスター砦へ向かわんか! 姫 竜 騎 士の言葉を忘れたのか?!」
「! そうだった! 俺達はあの方から、砦で迎撃戦の準備を整えておくように命じられたんだった!」
「こうしちゃいられない! 俺は先に行くぞ!」
「待てよ! 俺だって、さっきから体がうずいて仕方がなかったんだ!」
「俺もだ!」
部下達は争うように砦に馬を走らせて行った。
団長は、年甲斐もなく自分も彼らに加わって走り出したい気持ちを堪えながら、行軍の列に戻ったのだった。
はちきれんばかりに士気の高まったヨナターン軍が、トルスター砦に到着したのは、午後も回り、日が傾き始めた頃だった。
彼らを出迎えたのは、最前線の砦を守っているとは思えない、どこか緊張感のかけた守備隊の兵士達だった。
困った顔をした彼らの案内を受け、騎士団員達は山の頂上の見張り所から、敵軍を見下ろした。
「・・・道が完全に埋まっているんだが?」
「ええ。そうなんです」
彼らが言うには、ハヤテの攻撃によって峠道は広範囲に渡って埋まり、復旧のめどは立っていないという。
「あの様子だと、敵はやって来れないんじゃないか?」
「その通りです」
道が埋まっている以上、敵もそうだが、こちらから攻めて行く事も出来ない。
彼らは高ぶった気持ちの持って行き場を失い、仕方なく砦の強化に取り掛かった。
「谷を一つ越えたすぐそこに、四千の敵軍がいるっていうのに、俺達は何をやっているんだろうな?」
「・・・それを言うな」
千人の男達のマンパワーは大したものだった。
トルスター砦は見事に拡張強化される事となり、ヨナターン領は将来に渡って南への備えを十分なものとする事が出来たのだった。
「いや、俺達は砦の工事をしに来たのではないのだが・・・」
次回「道化」