その28 モニカ・レポート
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ここはティトゥの屋敷の一室。
聖国メイドのモニカは、聖国の宰相夫婦に宛てた報告書を作成していた。
「報告はなるべく簡素に、事実のみを記す。とはいえ、それでも今回はかなりのボリュームになってしまうんですけどね」
彼女はいつになく上機嫌だった。
この数日、竜 騎 士の二人が、忙しく飛び回っていたのは知っていた。
彼女としては当然、付いて行きたい所だったが、ティトゥから王都の屋敷を任されてしまったために、自由に動く事が出来なくなっていたのである。
現在、ミロスラフ王国は大きな危機に瀕している。
北の国境に隣国ゾルタのヘルザーム伯爵軍が。南の都市国家連合軍の傭兵軍団が。東西にこの国最大の貴族家、メルトルナ家とネライ家の軍隊が。
東西南北の四方から、この王都を取り囲んでいるのである。
この国難に際し、あの竜 騎 士達が何もやらかさないはずはない。というか、既に色々とやっている様子だ。
しかし、モニカは立場のせいで屋敷から動く事が出来なかった。
彼女はこの数日、どうしようもないもどかしさと、苛立ちを感じながら過ごしていた。
そんな彼女をストレスから救ってくれたのは、これもまたティトゥだった。
今朝の朝食の席での事。ティトゥは、今、この国で何が起こっているのか、彼女の知る限りを語ってくれたのだ。
と言っても、ティトゥは別にモニカに同情したなどという訳ではない。
単に、誰かに愚痴を聞いて欲しかっただけだったのである。
昨日、ティトゥはアダム特務官に、王城まで任意同行(?)を求められ、王城に向かった。
そこで彼女は、この数日間、ハヤテと一緒に何をやっていたのか質問責めに遭ったのである。
ティトゥの話を聞いたアダム特務官は青ざめ、慌ててカミルバルト国王の下へと報告に走った。
それからは宰相の部下が、宰相バラート本人が、もう一度アダム特務官が、カミルバルト国王本人が、入れ替わり立ち代わりティトゥの下へと訪れ、彼女に説明を求めた。
ティトゥは同じ話を何度もさせられ、いい加減に嫌気が差していた所に、最後に「報告書として残すから」と言われて、書記に話をするように言われた。
ここでティトゥの我慢は振り切れた。
「全く酷い話ですわ! だってそうでしょう?! 最初から書記の方に話をして報告書の形にして貰っておけば、一度で済んだ話じゃありませんの! だったら何で私は、何度も何度も同じ話をさせられたんですの?!」
思い出しただけでも腹が立ったのだろう。ティトゥは食事のテーブルをドンと叩いた。
・・・ティトゥの言い分も最もだが、仮に最初に報告書を作っていたとしても、誰もまともに信じはしなかったに違いない。
あるいは本人の口から直接確認する事になり、結局、ティトゥは再び王城に呼び出されていたのではないだろうか?
「確かに、私は竜 騎 士のお二人なら何かやると睨んでいました。ええ、あの人達なら絶対にやると信じていましたとも。しかし、しかしですよ。まさか私の予想を軽々と超えてくるなんて。そんなの流石に考えもしないでしょう」
そもそも今回の包囲網の当事者は、ミロスラフ王家とこの国の二大貴族家、それとゾルタのヘルザーム伯爵と都市国家連合(のハヴリーン老)である。
ハヤテは勿論、ティトゥのナカジマ家すら直接には関りの無い事件だったのだ。
当然、二人は蚊帳の外。他の貴族家の当主同様、外野から事件の推移を見守る立場でしか無かった。そのはずである。
そんな竜 騎 士の二人が、本格的に動き始めてから今日で五日目。
この一週間にも満たないたった数日の間に、この国を取り巻く状況は大きく変化し、今では事件は急速に終息に向かい始めている。
あの完全な包囲網が。である。
何をどうすればそんな事が可能なのか?
竜 騎 士のデタラメぶりに、モニカはすっかり興奮していた。
「本当に、本当にあの人達は・・・もう・・・。 ふう。・・・少し落ち着いて、時系列順に並べ直してみましょうか」
頬を染め、天にも昇る表情になっていたモニカだったが、いつまでもこうしていては報告書の作成が進まない。彼女は深呼吸をして心を静めるとペンを握り直した。
「まず最初は、”隣国ゾルタが進軍して来た”と、北の国境の砦から王城に連絡が入ったんでしたか」
最初の動きは北の隣国、ゾルタだった。ヘルザーム伯爵軍三千がこの国の砦に攻め込んだのである。
カミルバルトは、即座に援軍を送ることを決定。アダム特務官に兵士を集めさせた。
「しかし、援軍が出発する前に、今度は東で動きが起きたんでしたね」
この国の東の大貴族メルトルナ家が、”二列侯への勅諚”を掲げ、カミルバルトの即位に異議を唱えたのである。
更にはメルトルナ家は領境まで軍を進めた。その数三千。
この動きに、西のネライ家も追随。ネライ領を代表する三大都市が、それぞれ千の兵士を集めた。
ネライ軍の合計はメルトルナ軍と同じく三千。ただし、こちらは依然として三か所に散ったままで、まだ戦力としては纏まってはいなかった。
更にこの時、ヨナターン領の南の砦の守備隊が、峠道を進軍してくる謎の軍勢四千を発見している。
時系列的には同日だが、この報せが王都に届くのはまだ先の話となる。
纏めるとこの時点で王都は、北にヘルザーム伯爵軍三千。東西に大貴族軍各三千。南に謎の軍四千の、合計一万三千の軍勢に取り囲まれていた事になる。
東西南北、完全な包囲網の完成である。
王家は完全に追い詰められていた。
ちなみにこの時。王都の民も含め、ティトゥもハヤテも北のヘルザーム伯爵軍の動きしか知らなかった。
まさか王都の四方が敵軍に取り囲まれているとは、予想すらしていなかったのである。
「そんな中、竜 騎 士のお二人が、とうとう動き始めました」
ティトゥは彼女の妹、クリミラに頼まれて、ヨナターン軍の当主ヨゼフスを彼の領地に送り届ける事になった。
ハヤテ達はヨゼフスの屋敷で、都市国家連合軍がこの土地に迫っているのを知らされる。
そこでハヤテはティトゥと相談の末、自分達で敵軍の足止めをする事を決めた。
この後も続く遅滞戦闘の開始である。
ハヤテは250kg爆弾で攻撃。峠道を土砂崩れで埋め尽くした。
これにより敵軍は、大量の土砂を片付けなければ、行軍を再開出来なくなってしまった。
こうして時間を稼いだハヤテ達は、次にコノ村に向かった。
ティトゥのお昼ご飯のため――ではなく、帝国軍との戦いでも活躍した秘密兵器、”火壺”を取りに向かったのである。
ここでハヤテ達は、代官のオットー達に状況を説明した。
この話を聞き、コノ村に戻って来ていた隣国ゾルタのオルサークの兄妹、トマスは、実家に戻って兄達を説得したいとハヤテに申し入れた。
「野心家のヘルザーム伯爵は、隣接する自分達ピスカロヴァー伯爵領にとっても危険な存在。ミロスラフ王国が彼と戦うなら協力したい――という話ですが・・・ しかし、それだけで隣接する土地の領主と敵対までしますかね? まあ、厳しい状況にあるこの国にとっては、ありがたい申し出ですし、怪しいからという理由だけでは断れないでしょうが」
ティトゥはトマスの申し入れを受け入れ、トマスとアネタを二人の実家、オルサークの屋敷まで送り届けた。
ここでトマスは二人の兄を説得。三人で寄り親となるピスカロヴァー伯爵の屋敷を訪ねる事になるのだが、それは後日の話。
その日の夜。王都の屋敷でティトゥは、チェルヌィフ商人シーロの使いから連絡を受けていた。
内容は、「大至急、ネライ家当主ロマオを、彼の領地まで送り届けて欲しい」というものだった。依頼主はなんと、この国の王太后ペラゲーヤだった。
「この時点で、私の口からお二人には、”メルトルナ家が王家に対して反旗を翻した”という情報はお伝えしていました。しかし、ネライ領でもメルトルナ家に追随する動きがあった事はまだ知らない状態でした」
ティトゥはシーロからの依頼を二つ返事で引き受けた。
ネライ領程度、ハヤテにとってはひとっ飛びだからである。
こうして二日目。ハヤテはロマオを乗せて飛び立った。
ヨナターンでの遅滞戦闘――足止めも終え、二人は無事にロマオを彼の屋敷に送り届けた。
なぜかその屋敷では、ナカジマ家の食客ユリウス元宰相が事態の鎮静化に動いていた。
ロマオはユリウスの方針を受け継ぎ、分家の引き締めにかかった。
ハヤテがユリウスに聞いた話によると――
「良くも悪くもネライで当主に――ロマオに面と向かって歯向かえる者などおりはせんよ。今回の武装蜂起がロマオの留守中に起ったのがその証拠。余程状況が王家の不利な形に動かない限り、ネライでの武装蜂起は落ち着いたと見て間違いはないだろうよ」
ユリウスは、ネライでの武装蜂起は特に勝算や理念があっての行動ではなく、近年の領地の景気の悪さに不満を溜め込んでいた分家の当主達の単なる暴発に過ぎない、と考えているようだ。
「それにしても、『兵を集めていただけで、軍事行動も起こしてなければ、声明も出していない以上、大人しく解散すれば不問に付されるだろう』ですか。随分と甘い話ですね。
まあ、王家としても東と西とで同時に軍を動かせない以上、それもやむを得ませんか。その分、今回の貧乏くじは、全て東のメルトルナ家に押し付けられる事になりそうですが」
兵を集めただけのネライ家とは違い、メルトルナ家はカミルバルト国王の正当性を否定した上に、領境に布陣までしてしまっている。
まだ戦端を開いていないとはいえ、こうまでハッキリと敵対してしまっては、最早言い逃れも出来ない。
カミルバルトとしても、ここで甘い顔を見せれば、いずれ第二第三のメルトルナ家が出て来る土壌を残してしまう。
悪しき前例は残してはならない。
国家にしろ、荒くれ者にしろ、部下に舐められたままでいては組織の統率が取れないのである。
「こうして考えると、この時点ではまだ包囲網は形を保っているんですね。
しかし、北のヘルザーム伯爵軍は、いずれピスカロヴァー伯爵軍――ピスカロヴァー王国軍ですか? に、背後を突かれる事が決まっている。
南の都市国家連合軍は、ハヤテ様の攻撃を受けて、これ以上の進軍の目途が立たない。
西のネライ軍は当主ロマオに睨みを利かされて、身動きが取れない。
現実的に戦力として数えられるのは東のメルトルナ軍三千だけ、ですか。
竜 騎 士のお二人が動いてたった二日で、包囲網を形ばかりのハリボテに変えてしまうとは。やはり竜 騎 士は普通じゃありませんね」
モニカは嬉しそうにウンウンと頷いた。
しかし、全ては各陣営の裏事情を知った上での話。
全く事情を知らない者達の目には、この時点では王家は四方を敵軍に囲まれ、絶体絶命にしか見えていなかった。
貴族諸家が王家を見限り、メルトルナ家に付けば、ここから逆転する目はまだ残されていたと言ってもいいだろう。
「その目も、翌日には潰されてしまったんですけどね」
竜 騎 士が動いてから三日目。この日、王城では延期されていたカミルバルトの戴冠式が行われた。
その席上で、カミルバルト国王はランピーニ聖国の第六王女パロマとの婚約を発表したのである。
この発表が決定的な決め手となった。
聖国がカミルバルトの外戚となった――後ろ盾となった事により、メルトルナ家の公表した”二列侯への勅諚”の力は大きく削がれてしまったのである。
「それはそうでしょう。このタイミングで婚約を発表したという事は、『聖国は二列侯への勅諚の存在を知った上で、カミルバルト国王との縁を結んだ』――即ち、『カミルバルト国王の正当性を認めた』という事になるんですから」
この発表によって、今更メルトルナ家に付く者はいなくなった。
いや。現在メルトルナ家に付いている者達の中からも離反者が出るだろう。
それほどこの国にとって聖国は――聖国王家の直系の血は、影響力を持つものなのである。
「・・・こうして見ると、最後はパロマ様に持って行かれた感じもしますね。けどそれも、そこに至るまで竜 騎 士のお二人がおぜん立てを整えた上での事。たった数日で、昨年の帝国軍の侵攻時に勝るとも劣らない危機的状況をひっくり返してしまうこのデタラメさ。無自覚な超越者というのは、本当に恐ろしいものですね」
モニカは口では「恐ろしい」と言いながら、先程からその表情は緩みっぱなしである。
竜 騎 士のファンになり、母国を飛び出して外国まで二人を追いかけて来た彼女にとって、今回、間近で二人の活躍を見聞きするチャンスを得た事は、たまらない喜びだったようだ。
「ああ、出来れば話だけではなく、実際に同行してこの目で直接見届けかった。ご当主様に認められ、責任のある役目を任されるのは嬉しいけど、今回は立場が足かせになってしまいました。次はこんな事がなければいいのだけれど」
こうしてモニカの報告書は、無事に完成した。
彼女の情熱を注いだ報告書はかなりの分量となり、宰相夫妻は執務室に届いた分厚い報告書に、思わず頭痛を覚えるのだった。
次回「援軍到着」