その27 迷惑行為
明けて翌朝。今日もいい天気になりそうだ。
いやあ、昨日は大変だったよ。
巡航速度を超えて飛ばしたもんだから、よもやの燃料切れを起こしそうになるとはね。
コノ村に到着した時点で気が付いて、増槽を装備したから良かったものの、あのままだと燃料切れで墜落していた可能性もあった。
いやはや、久しぶりにヒヤリとしたよ。
そんなこんなで頑張って王都に戻って来た僕を出迎えてくれたのは、アダム特務官の恨めしそうな顔だった。
コノ村に到着した時点で、約束の時間はとっくに過ぎていたからね。
『ナカジマ様――』
『丁度良かったですわ! トマスの話を聞いて頂けませんこと?!』
『――と、トマス様ですか?』
ティトゥは機先を制する形でアダム特務官の言葉を遮った。
この辺の絶妙なタイミングは、日頃から散々カーチャやユリウスさんにお小言を言われ慣れたティトゥならではのものだ。
匠の技というか、達人の域というか、とにかくティトゥは、有無を言わせない先制口撃でアダム特務官の恨み言を封じる事に成功した。
続けてティトゥはトマスの背中を押した。
『ほら、トマス』
『あっハイ。イタガキ殿(※アダム特務官の家名ね)。私はピスカロヴァー様から、貴国に宛てた書状を預かっています。お手数をかけるが、至急、国王陛下か宰相閣下に連絡を取って頂けないだろうか?』
僕達は帰りの空の上で、トマスの計画――ピスカロヴァー伯爵を動かして、ヘルザーム伯爵軍の背後を突く――が、成功した事を知らされていた。
ピスカロヴァー伯爵は、「ミロスラフ王国が同盟国になってくれるなら軍を動かしてもいい」と、約束してくれたらしい。
北の砦は現在もヘルザーム伯爵軍三千に攻め込まれている最中だ。国境の防衛はミロスラフ王国にとっても急務である。
問題は、トマスの話の中では、なぜかピスカロヴァー伯爵がピスカロヴァー国王になっていた点なんだけど。これって一体どういう事?
トマスが言うには「ゾルタの伯爵家は、どこも何代か遡ればみんな王家の血が入っているから、国王を名乗っても問題は無い」のだそうだ。
いやいや、そんな訳にはいかないでしょ。
――えっ? いくの?
そういやゾルタ王家は、今年の冬、帝国の南征軍によって滅ぼされてしまったんだっけ。
だったらいいのか? う~ん、分からん。
『あの、ナカジマ様。それで南の軍勢は』
『ハヤテが足止めをしているので、大丈夫ですわ』
アダム特務官は、ここに来た目的――南の謎の軍勢(※おそらく都市国家連合の軍勢)――について尋ねたが、ティトゥが言うように、あっちは僕の起こした土砂崩れに阻まれて動いていない。
しばらくは大丈夫なんじゃないかな?
『・・・分かりました。トマス様、宰相閣下に話を通しますので、今から私と一緒に王城までお越しください』
『感謝します』
アダム特務官は、トマスの話の方こそ急いで処理すべき案件と判断したようだ。
彼はトマスを連れて馬車に乗り込んだ。
ティトゥはアダム特務官との約束を忘れていた事を誤魔化せて、ホッとしているようだった。
『いや、なんでナカジマ様は他人事のような顔をして、そっちにいるんですか。あなたも馬車に乗って王城まで来てくださいよ』
『えっ?』
『えっ? じゃありません。今日は詳しい話を聞かせて貰うと言いましたよね。それにトマス様の話も、この様子だと絶対にあなたとハヤテ殿が絡んでいますよね? どうせ、他にも何かやっているんじゃないですか? 今日という今日こそは、向こうでじっくりと聞かせて貰いますよ』
『他にも何かって。そんなに色々やっている訳が――あっ』
あっ・・・。 そういえばやってたね。
みんなに黙って、ネライ家の当主のロマオさんを、こっそりネライ領に運んでたっけ。
アダム特務官は、ティトゥの『あっ』を聞き逃さなかった。
『――やったんですね?』
『・・・そ、そちらに迷惑をかけるような事はしていませんわよ? ハヤテが王太后陛下に頼まれて、少しお手伝いしただけですわ』
『はあっ?! 王太后陛下?! ちょ、あなた達何をやったんですか!』
ティトゥの口から思わぬ大物――ペラゲーヤ王太后の名前が出た事で慌てるアダム特務官。
トマスの妹アネタの「何かやったの?」という視線が痛い。幼女のピュアな視線だけに痛い。
『・・・ナカジマ様、乗って下さい』
『あの、ナカジマ様。あなたに乗って頂かないと、私も王城に行けないんですが』
『ああもう! 分かりましたわ! 乗ればいいんでしょ、乗れば!』
ティトゥはせめてもの抵抗のつもりなのか、飛行服のまま馬車に乗り込んだ。
御者が「いいのかなあ」といった表情で馬の手綱を振った。
「「キュー! キュー!(ママ! しっかり!)」」
『夕食までには帰りますわ!』
『いや、何勝手に決めているんですか。全部話してくれるまで帰って貰っては困りますからね』
こうしてティトゥとトマスは、アダム特務官の馬車で王城へと連れられて行ったのだった。
ティトゥは「夕食までには帰る」と言ったが、二人が戻って来たのは、そろそろ日付も変わろうかという深夜になってからであった。
そんなわけで流石に今朝は寝坊したのだろう。ティトゥはいつもより遅い時間に中庭にやって来た。
『昨日は酷い目に会いましたわ・・・』
王城でよほどコッテリ絞られたのだろうか。一晩寝てもまだゲンナリしている様子だ。
聖国メイドのモニカさんの、何やらツヤツヤした顔とはまるで正反対である。
後で聞いた話だけど、モニカさんはティトゥの朝食の間中、話というか、愚痴を聞かされていたらしい。
彼女的には随分と好奇心を満たされる内容だったようで、非常に満足していたんだそうだ。
『それではナカジマ様、ハヤテ様。今日もよろしくお願い致します』
『お願い致します』
先に庭に出て待っていた、トマスとアネタのオルサークの兄妹が、ペコリと頭を下げた。
今日はアネタは彼女の実家の屋敷に。トマスは昨日の何とか伯爵の屋敷に。それぞれ送り届ける予定になっている。
『ええ。そのまえにヨナターンに寄って行きますけど。よろしいんですわよね?』
『はい。ハヤテ様で送って頂けるのであれば、全く問題はありません』
さて。今日の飛行予定だが・・・
まずはヨナターンの南に飛んで謎の軍勢――いい加減もういいか、都市国家連合軍で。都市国家連合軍に対して阻止攻撃を仕掛ける。これはこの数日の通りだね。
その後はその足でコノ村に飛んで、ティトゥ達のお昼ご飯にする。
昼食を終えた後は、ゾルタのオルサーク家の屋敷に飛んで、ここでアネタを降ろすと共に、二人のお母さんズにお土産を渡す。
次に何とか伯爵の屋敷までトマスを送り届けて、王都に戻って来ればミッションコンプリート。
これでいいのかな? OK?
『おーけーですわ。けど、なんで予定の中に、トマスの母親にお土産を渡すという話が入っているんですの?』
「いやまあ、何でというか、忘れないようにかな。主に僕の身の安全のためにだよ」
『・・・私はせっかくハヤテの言葉が分かるようになったのに、実は通じていないんじゃないかと疑問に思う時がありますわ』
いやいや、大丈夫。間違いなくちゃんと通じているから。
ただお母さんズに関しては、僕だけが感じているプレッシャーと言うか何と言うか。ともかく、君は気にしなくても大丈夫だから。
僕達がそんな話をしている間に、トマスとアネタの兄妹は胴体内補助席についていた。
ティトゥはファル子を、メイド少女カーチャがハヤブサを抱えて、操縦席に乗り込んだ。
『それでは前離れー! ですわ』
ババババババ・・・
僕はエンジンを吹かすとブースト。屋敷の使用人達に見送られながら、一路ヨナターン領を目指すのだった。
という訳でヨナターン領に到着。
都市国家連合軍を見下ろすと・・・あれあれ? 広範囲の土砂崩れにお手上げなのか、昨日から全然作業が進んでいない様子だ。
これは予定外――いや、遅滞戦闘を狙っているコチラとしては、むしろありがたい状況なのか。
『これを全部ハヤテ様がやったんですか?』
『・・・道が埋まっちゃってる』
何だろう。トマスとアネタの「何やってんの?」感溢れる視線が痛い。
僕は別に間違った事をしている訳じゃないのに、何だか悪い事をしている気になってしまうのは何故だろう?
『あ、いえ。これは戦争なのですから、橋を落としたり道を遮断するのは正しい戦術だと思います。というよりも、あまりの光景に、こうして見ていても現実感が湧かないのですが・・・』
そして小学生くらいの男児に気を使われる僕って一体。
『ハヤテ。それで今日はどうしますの?』
はたで聞いていていたたまれなくなったのか、ティトゥが話題を変えてくれた。
ありがとうティトゥ。流石は僕のパートナーだよ。
「そうだね。油断は出来ないけど、この様子だとしばらくは開通しなさそうかな。戦後にヨナターンの人達が復旧工事をしなきゃいけない訳だし、今日はこれ以上道を塞ぐのは止めて、少し様子を見ようか」
ティトゥから僕の言葉を聞かされて、メイド少女カーチャが不思議そうな顔になった。
『ヨナターンの人達が復旧工事って。ハヤテ様がどうにか出来ないんですか?』
僕が? 土木工事を? いやいや、何言ってんのカーチャ。僕がそんな事出来る訳ないだろ?
確かに四式戦闘機は陸軍の兵器だけど、陸上用の兵器って訳ではないんだからさ。
僕のこの返事にアネタが驚きの表情を浮かべた。
『ハヤテ様。自分が片付けられないのに散らかしたの?』
うぐっ! いや、まあ。あれ? 僕が悪いの?
カーチャは自分の質問で僕が追い込まれてしまった事に気が付いたのだろう。あたふたしながら慌てて僕のフォローに回った。
『アネタ様、それは、その、ええと、そう! ハヤテ様は敵に迷惑をかけるために散らかしたんです!』
『でも、この領地の人達にも迷惑なんでしょう?』
うぐぐっ! いちいちごもっとも。
「「キュー! キュー!(パパ! しっかり!)」」
ありがとうファル子とハヤブサ。子供達の応援が身に染みるよ。
というか、ちょっとティトゥ。笑ってないで助けてくれない?
『ハイハイ。アネタ。ハヤテはハヤテの出来る事をやっているし、私達は私達の出来る事をやっているんですの。だからこれはこれでいいんですわ』
ティトゥの説明にアネタは分かったような分かっていないような顔になった。
それでも一先ずは納得する事にしたようだ。彼女は大人しく頷いた。
僕は「今のうちだ!」と翼を翻すと、急いで犯行現場――じゃなかった、崩落現場を離れるのだった。
次回「モニカ・レポート」