中間話3 王都の第八王女
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「本日はわざわざ当教会まで足をお運び頂き、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、大変勉強になりました」
ここはミロスラフ王国王都ミロスラフ。その王都にある大教会。
初老の大司教様が私に深々と頭を下げました。
私はつい下げ返そうとする頭を懸命にこらえます。
私はランピーニ聖国・第八王女マリエッタ・ランピーニ。
ランピーニ聖国では第八王女にすぎない私は、日頃は割と頭を下げることも多いのです。
しかし、今の私はミロスラフ王国にやってきた友好使節団の代表。つまりランピーニ聖国を代表する立場なのです。
私が頭を下げるということは、ミロスラフ王国の教会にランピーニ聖国が頭を下げたと受け取られる恐れがあります。
代表を任された身としては、そんな失態はおかせません。
とは言うものの、10歳の小娘が立派なおじいさんに頭を下げさせているのは居心地が良くないです。
早く頭を上げていただけないでしょうか。
つい、助けを求めて周囲に目をやった私は、あることに気が付きました。
「あの、私の供の者達はどこにいるのでしょうか?」
そう、この大教会に私と共に来た護衛の者達の姿が見あたりません。
「どういうことでしょうか?」
大司教様もご存じない様子です。すぐに周りの者に尋ねています。
「帰ってしまった?!」
「はい。ランピーニ様が聖堂の奥に入られるとすぐに」
帰りは別の者達が来るのでは? と、その司教様はおっしゃいました。
私はそんな話は聞いていません。
「困りました・・・どうしましょう」
大司教様がおっしゃって下さいます。本当なら誰かを王城に使いに出してもらって、聖国の者に来てもらうのが良いのでしょう。
問題は、それだとどれだけ時間がかかるか分からないということです。
・・・でも、そっちの方が間違いの無い方法だわ。
その時ふいに私の脳裏に私の侍女ビビアナの心配そうな顔が浮かびました。
彼女は出発前にも随分と今回の視察のことを心配していました。
私は大司教様の申し出を受けることにしました。
教会の方なら信頼できますし、早く帰った方が、ビビアナに余計な心配をかけずに済むでしょう。
大司教様は二人の神父様を私に付けて下さいました。
私はお二人について王都の町を歩きます。
王都は正直に言ってランピーニ聖国の聖都より、汚くゴミゴミとしていますが、庶民達の活気を強く感じます。
町のあちこちでドラゴンと女性の意匠を施した絵画やら土産物やらを見かけました。
どうやらミロスラフでは竜 騎 士はかなり民衆の支持を得ている様子です。
ふと気が付くと、そんな風に興味深く辺りを見渡していた私を、神父様の一人が気にしている様子です。
ちょうどいいので彼に聞いてみることにしました。
「ミロスラフでは庶民の間で随分と竜 騎 士の人気があるようですね」
「ええ。最近では礼拝に訪れる方達もその話題で持ち切りですよ」
彼の反応からも、暗い影のようなものは感じません。本当に受け入れられているようです。
でも信じられないんですよね。
竜 騎 士に関してはランピーニ聖国でも多くの情報を集めています。
しかし、実際に見た現場の兵士の証言以外には、何一つ確実な情報は手に入りませんでした。
これは普通ならありえないことです。
そもそも、そのような強力な部隊を持つ国は、その存在を国の内外に積極的にアピールするものです。
極例外的に極秘にしたままで他国に攻め入った例もありますが、普通、部隊規模の戦力を隠し通せることはありません。
多くの人間がそこに関わる限り、どう規制しても情報を漏らす者は必ず出るのです。
ミロスラフ王国の竜 騎 士に関しては
所属は謎、規模は謎、戦力は謎。
分かっているのは、ドラゴンは最低一体は存在する。ドラゴンは空を飛ぶ。ドラゴンは単騎で大型船を破壊出来る攻撃力がある。そのドラゴンには女性の騎士が乗っている。
たったこれだけのことです。
そしてミロスラフ王国に来て分かりましたが、王都民の全てが同じことを知っていました。
そこには情報を統制した気配すら感じられません。
これほどまでに見事に竜 騎 士の存在を隠し通していた王国が、です。
メザメ伯爵はあまり竜 騎 士に注意を払っていない様子ですが、私はこちらにこそ聖国は注意を払うべきではないかと考えていました。
「ランピーニ様は姫 竜 騎 士に興味がお有りですか? 信徒の話では昨日そのドラゴンが城壁の外の騎士団訓練所に運ばれたそうですよ。」
「! 本当ですか?!」
「ええ。女性が乗っていたのを見た者もいるそうです。今回の隣国ゾルタとの戦争で戦ったドラゴンじゃないかと噂になっていますよ。」
これはとんでもない情報が聞けました。
私はこの神父様に深く感謝します。
なぜここにきてミロスラフ王国の竜 騎 士に関する情報規制が緩んだのか、今は分かりません。
ですが今のが本当の話だとすれば、ドラゴンをこの目で見ることが出来るまたとないチャンスです。
上手く話を持っていくことで、 竜 騎 士の女性に会って話を聞くこともできるかもしれません。
・・・そちらの方は正直に言うと気が重いですが。
ランピーニ聖国にも女性の騎士団員はいますが、彼女達を私は少し苦手にしています。
彼女達は男勝りだったり、男顔負けの乱暴者であったりと、見た目からすでに男性のような人が多いのです。
基本的に騎士団は男社会です。
彼女達は騎士団の中に自身の居場所を築くために、常に男性に負けていないことを証明することを強いられているのでしょう。
むしろ男性の騎士団員より男性的で粗暴な人が多いのです。
「おい! 危ない!」
歩きながら考え込んでしまっていたようです。
そう叫んだ声が聞こえたと思ったと同時に、私は誰かに突き飛ばされていたのです。
「痛・・・」
身体を起こすと辺りを見回しました。手をついた地面はじくじくと湿ってイヤな匂いがします。
ここは路地裏のようです。
視線の先、大通りでは暴れる馬をなだめる人と慌てて逃げ回る人々の姿が見えます。
どうやら馬が暴れて私達の方に突っ込んできたようです。私はその場にいた大人に突き飛ばされてここに転がり込んだのでしょう。
幸いどこもケガはないようです。
私の名前を呼ぶ神父様の声が聞こえました。
私は大通りの方に向かおうとして・・・
不意に数名の男達に行く手を塞がれました。
彼らは町の浮浪者でしょう。身なりも薄汚くみすぼらしく、吐き気をもよおすすえた匂いが私の鼻を突きました。
それぞれが木の棒や剣の先か何かに布を巻きつけた物を手にしています。
私は恐怖心に頭の芯が痺れたようになりました。
「お前・・・」
私はとっさに踵を返すと、路地裏の奥へと走りだしました。
何か言いかけた男達は私の行動に反応できずポカンとしているようです。
すぐに追いかけてくる気配はありません。
後で考えると、大きな声で助けを呼べば良かったのかもしれません。
大通りはすぐ目の前だったのですから。
でもその時の私は怖くて怖くて、この場から逃げ出すことしか頭にありませんでした。
男達が私を追って走り出す音がします。
私が急に走り出したことで、男達の不意を突け、貴重な距離を稼げたのは良いことでした。
しかし、子供の足ではすぐに追いつかれてしまうでしょう。
私は息を切らせながら必死になって路地裏を走りました。
次回「中間話4 王都の路地裏の出会い」