その26 傭兵団
途中で登場人物が、以前に何かあったようなセリフを言っていると思いますが、彼らは今回が初登場のキャラクターになります。
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男はスープを一口すすった途端、目を怒らせた。
「何だこの薄いスープは! 塩味もロクについてないじゃねえか!」
粗野な男だ。使い込んだ皮鎧に、頬に走った大きな傷。凄みのある顔に伸び放題の髭。
まるでどこかの山賊の親分ような風体である。
いや、ある意味では似たようなものかもしれない。
彼は都市国家連合に雇われた傭兵。その中でも三百人を超える大規模傭兵団、”戦斧団”を束ねる団長であった。
団長は具の少ない薄味スープを一気に飲み干すと、テーブル代わりにしていた倒木の上に叩き付けた。
行軍中の兵士というのは大量にカロリーを消費する。そうでなくとも重い荷物を背負い、夜は吹きさらしのテントで野営を行うのだ。
それに加え、夏場は発汗によって失われる塩分も相当な量となる。
こんな具のほとんど入っていない薄いスープと、ひとかけらの黒パンでは、失ったカロリーとミネラルを補えるものではなかった。
「ちっ。本当なら、今頃砦を落として、麓の村でひと稼ぎしていたはずだったのによ」
団長は腹立たしげに倒木を蹴りつけた。
大きな音に周囲の団員達がビクリと身をすくめる。
そんな仲間の、腫れ物に触るような扱いが、益々団長を苛立たせた。
ここ数日、都市国家連合の率いる傭兵団の行軍は、遅れに遅れていた。
というよりも、この四日間、今の場所から全く前進出来ずにいた。
理由は言うまでも無い。ハヤテによる爆撃のせいである。
ハヤテは一日一回。この場所を訪れて崖を爆破。狭い峠道を大量の土砂で埋め尽くしていた。
都市国家連合軍も初日こそ頑張って道を通れるように復旧工事を行ったが、翌朝にはハヤテがあっさりと前日以上の土砂を落としてしまった。
ここで都市国家連合軍の特殊な編成が足を引っ張る事になった。
この世界での平均的な軍隊は、兵士の数の半分以上は、村から徴兵された一般の若者によって占められている。
彼らは戦いにおいては素人だが、その分、騎士団員の命令には従うし、工兵として陣地の構築や、橋を掛ける等の戦闘以外の作業を大人しくこなす。
というよりも、農村の出身の彼らにとって、命がけで敵軍と戦うよりも、それらの作業をしている方が性に合っているのだ。
ところが、都市国家連合軍の主力はほぼ傭兵達である。
そして荒くれ者の傭兵達は、地道な土木作業を嫌う。
彼らは連日の土木作業に、とっくに嫌気がさしていた。
そして、ハヤテの物資集積場への攻撃による影響が出始めていた。
あの攻撃だけで全ての物資が失われた訳ではないが、補給が滞るようになってしまったのだ。
不本意な土木作業。しかも片付けたと思ったら、翌日にはまた埋められてしまう。食事の量も質も日に日に悪くなっていく。
これで士気を維持しろという方が無理があるというものである。
「荒れているなディエゴ」
「ああん?! ――ザイラーグか。何の用だ。俺にぶっ殺されに来たのか?」
長い髪をポニーテールにした背の高い陰気な男が、団長に――ディエゴに話しかけた。
四十絡みの男だ。名前はザイラーグ。
小規模の傭兵団を率いる団長である。
ちなみに彼が率いる傭兵団は、ザイラーグ傭兵団。そのままの名前である。
ザイラーグは小さくかぶりを振った。
「それは前回の戦場だ。今回は最初から味方同士だろうが」
「ああ。あん時は面白かったな。お前の誘いでトル・トランを裏切ってトル・テサジークについたんだったか。おかげで勝馬に乗れた訳だが――そうだ、思い出した! テメエあの時、勝手に俺の手下を殺しやがったな!」
機嫌よく笑っていたディエゴだったが、何か気に入らない事でも思い出したのか、突然怒り始めた。
ザイラーグは、「バカのくせに、恨み事だけは覚えているのか」と、小さく呟いた。
「ああん?! テメエ何ブツブツ言ってやがる!」
「・・・あれは必要な事だったと説明したはずだ。あの時落とし前も付けただろう。今更忘れたとは言わさんぞ」
ザイラーグは静かにディエゴを威嚇した。
噂では、ザイラーグは昔はどこかの貴族家の騎士団に所属していたという話だ。
荒くれ者揃いの傭兵の中にあっても、彼の剣技と統率力は頭一つ抜けていた。
彼の傭兵団が小規模とはいえ、無視出来ない影響力を持っている所以である。
ザイラーグの殺気にディエゴは鼻白んだ。
「お、おう。勿論覚えているぜ」
「――そうか。だったらいい。それよりも話がある。顔を貸してくれ」
ザイラーグはディエゴと連れ立って、ひと気のない方向へと歩き始めるのだった。
二人は作業場の片隅に移動した。
ハヤテの爆撃による土砂崩れは広範囲に及んでいる。人目のない場所を探すのに苦労はしなかった。
「それで? わざわざ俺に声をかけるって事は、儲け話を期待してもいいんだろうな?」
ディエゴとザイラーグには個人的な接点はほとんどない。
大規模傭兵団の戦斧団と、小規模傭兵団のザイラーグ団では釣り合うはずもない。
二人の接点と言えば仕事上の――戦場の敵味方として付き合いだけだ。
こうして人目まで避けている以上、ただの世間話とは思えなかった。
「まあな。ディエゴ。お前、俺と一緒にミロスラフ王国へ寝返らないか?」
「負け戦に加担しろって? テメエふざけてんのか?」
ザイラーグはチラリと土砂の山を見回した。
「これでもまだ勝つつもりなのか? お前がこんな何も無い山の中で、一生土木作業を続けたいなら止めはしないが」
「うっ・・・。いいだろう。話を聞いてやる」
連日の土木作業に、いい加減、仲間達の不満を押さえ込むのも限界が近かった――というのは建前で、実際はディエゴ本人が一番飽き飽きしていたのだ。
「そろそろ物資も底をつきかけているようだ。お前の戦斧団は三百人超えの大規模傭兵団だ。守備団のヤツらに物資の輸送を持ちかければ、向こうも喜んで依頼して来るだろう」
「俺達に後方で荷運び人をやれって言うのか?! 冗談じゃねえぞ!」
「・・・実際に荷物を運ぶ必要はない。というか、これはこの場を離れて下がるための口実だ。俺の傭兵団もお前達に同行する。適当なところで脱走してトル・テサジークを目指そう。俺はあそこの議長に顔が利くからな。船でミロスラフの港町、ボハーチェクまで運んでもらえるはずだ。――ここまでの話は分かったか?」
「お、おう」
ザイラーグは、どう見ても理解していないディエゴに、(なぜこんなバカが、三百人もの部下を従えられるんだ?)と、疑問を覚えた。
「そ、それで、ミロスラフに着いてからはどうするんだ?」
「――そこからは、悪いがまだ考えていない。出たとこ勝負になるな。だが、ミロスラフ王国は今、どこも戦力を欲しがっているはずだ。お前の傭兵団の規模ともなれば引く手あまたなのは間違いない」
「そうか! 出たとこ勝負なら任せておけ! 俺は実戦で強い男だからな!」
ディエゴはガハハと大笑いした。
「それで俺は何をすればいいんだ?!」
「お前、俺の話の何を聞いていたんだ? ・・・まあいい。まずは守備団の誰かを捕まえて、指揮官に話を通して貰え。物資を輸送する役目を引き受けてもいい、と持ち掛けるんだ。――いや、俺も一緒に行こう。どうせこの後は一緒に行動するんだ。その方が面倒が省ける」
「そ、そうだな。細かい段取りは任せたぜ」
ザイラーグはディエゴと肩を並べて歩きながら、(まさかこんな形でミロスラフ王国に戻る事になるとはな)と、皮肉な思いを抱いていた。
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都市国家連合の指揮官は、ザイラーグ達の話を受け入れた。
既に物資は不足していたし、輸送するための人手はいくらあっても困らない状態だったためである。
戦斧団とザイラーグ団は、麓の村で旅の準備を整えるとそのまま脱走。
都市国家連合の五つの港町の一つ、トル・テサジークへと逃げ込んだ。
この町で彼らは、今までの不足分を取り戻す勢いで食事と酒、そして女を貪った。
その間にザイラーグは知り合いの議長に接触。計画通り、全員を乗せる船を調達する事に成功する。
幸い航海中の天候にも恵まれ、船は順調にペニソラ半島を北上、ミロスラフ王国最大の港町ボハーチェクへとたどり着いたのだった。
ここで彼らは袂を分かち、別々に行動する事になった。
元々ザイラーグは、連合軍から離れるために戦斧団の兵数と発言力を利用しただけだし、ディエゴもザイラーグの話を儲け話として利用しただけだった。
彼らは互いを利用しただけ。ならば、利用価値が無くなれば離れるのも当然だ。
そもそも、ついた雇い主によってはいつ敵味方になるか分からない傭兵にとって、自分の傭兵団の仲間以外は等しく無価値なのである。
戦斧団とザイラーグ団はひっそりと連合軍を離れた。
しかし、目端の利く傭兵達の目には、ザイラーグ達が連合軍を見限って逃げ出した事は明らかだった。
この日以来、傭兵の脱走が頻発。連合軍の指揮官の頭を悩ませる事になる。
脱走した傭兵の一部はそのまま山中に潜伏し、山賊化して都市国家連合とヨナターン領の治安を悪化させる原因となった。
こうして都市国家連合軍は、戦う前から徐々に戦力を失い、骨抜きになっていったのだった。
次回「迷惑行為」