その25 このたらい回し感
今回は少し長くなってしまいました。
王都中が湧きに湧いた新国王カミルバルトの戴冠式の翌日。
みんなの話題は、新国王と聖国のパロマ王女との婚約発表一色になっていた。
『・・・昨日から本当に、ええ、本当に大変でした』
「「キュー! キュー!(カーチャ姉! しっかり!)」」
ティトゥのメイド少女カーチャは、僕の前でゲンナリとしおれている。
そんなカーチャをファル子達、リトルドラゴンズが励ましていた。
屋敷の使用人達は新国王の――というか、自分達の国の王妃になるパロマ王女が、どんな人物なのか興味津々だったようだ。
そして彼らにとって幸いな事(?)に、この屋敷には、パロマ王女を良く知っている者達がいる。
それが僕達、ナカジマ家の関係者一同である。
中でも聖国王城に勤めていたモニカさん。
そして去年の夏、聖国のエニシダ荘で、王女自らお世話を受けた、僕とティトゥとカーチャ。
この四人は、王女の事を特に良く知る者達の筆頭と言ってもいいだろう。
使用人達は僕達から王女の話を聞き出したい。でも、貴族家当主のティトゥや、ドラゴンの僕に尋ねるのはハードルが高すぎる。
だったら聖国メイドのモニカさん。――と行きたい所だが、彼女に突撃するような剛の者はこの屋敷にはいなかったようだ。
といったわけで結局、カーチャ一人がみんなの好奇心を一身に集める事になったのだった。
『みなさん仕事の合間を見付けては、まあ根掘り葉掘り聞いて来るんですよ。私は王女殿下の事なんて何も知らないって言っているんですけどね。それなのに全然お構いなしなんですよ。みなさん私に一体何を話せって言うんでしょうね』
「「キュー! キュー!(カーチャ姉! 負けないで!)」」
昨日からずっとこんな感じで愚痴と応援のやり取りを繰り返していたのだろう。ファル子達の励まし方が妙に手慣れたものになっている。
カラオケの合いの手か。
『カーチャ。ここにいたんですのね』
「「キュー! キュー!(ママ! ママ!)」」
いつもの飛行服を着たティトゥが現れると、ファル子達が殺到した。
「ハヤテ。ヨナターンの軍勢の足止めに行きますわよ。カーチャ、あなたはどう「行きます! 私も行きます!」――そ、そうですの』
必死に詰め寄るカーチャに、ティトゥは思わず鼻白んだ。
『だったらハヤテに乗って頂戴。すぐに出発しますわ。午後からアダム特務官が話を聞きに来るそうですから』
アダム特務官が?
どうやら、南の軍勢に関して詳しい話を聞かせて欲しいそうだ。
「ふうん。なら、ヨナターンまで彼を乗せて行こうか? どうせなら自分で直接見た方が早いだろうし」
『――確かにそうですわね。あちらの都合次第ではそうした方が良いかもしれませんわね』
こうして僕はティトゥとカーチャ、それにファル子達を乗せて離陸。
今日で四日目となる、阻止攻撃へと向かったのだった。
というわけで、僕達はコノ村に到着した。
何が「というわけ」なんだって? いやまあ、爆撃に関しては特に言う事もなかったし。
連日の爆撃に敵軍はすっかりまいってしまったのか、峠道の開通作業はろくに進んでいなかったのだ。
とはいえ、「だったらいいか」と放置しておく訳にもいかない。
僕はとりあえず手近な別の崖を爆撃。土砂崩れの被害範囲を広げておいたのだった。
でもって王都への帰り道。カーチャが『そういえば水あめのストックが少なくなっていました』と言いだしたので、僕達はコノ村に寄って行く事にした。
カーチャは料理人のベアータに水あめを貰いに。僕とティトゥは代官のオットーから、留守中に何か困った事がなかったか、話を聞く事にした。
『困った事、ですか? ユリウス様が「ご当主様が帰って来たら、詳しい話を聞かせて欲しい」とおっしゃっていました』
『その話はパスでいいですわ』
『パスでいいって・・・。ああ、そういえば、オルサーク騎士団の者達が困っていました』
『オルサーク騎士団の人達が?』
オルサーク騎士団はオルサーク男爵家の幼い兄妹――トマスとアネタの護衛として、コノ村に滞在していた。
『トマス様とアネタ様のお二人がハヤテ様に乗ってオルサークに戻られましたので、自分達はどうすればいいのかと』
『そう言えばそうですわね』
つい先日、僕はトマスに頼まれて、二人を隣国にある実家の屋敷まで送り届けた。
オルサーク騎士団はいわば置いてきぼりを食ってしまった訳だ。
普通に考えれば、二人を追って領地まで戻るべきなんだろうけど――
『ハヤテ様がお二人をコノ村まで送って来るのなら、領地に戻れば行き違いになってしまいます。今後どうする予定なのか、ハヤテ様に聞いておいて欲しいと頼まれたんですが』
『それでハヤテはどうするつもりなんですの?』
どうするつもりって。別に予定なんて無いけど?
ていうか、トマスの事情もあるし、こっちで勝手に決めちゃう訳にはいかないよね。
『――そうですわね。だったらトマスに聞きましょうか』
『お願い出来ますか?』
という訳で、僕達は急遽、隣国のお隣さん、オルサーク男爵家の屋敷まで飛ぶ事になったのだった。
勝手知ったる他人の屋敷。
僕はいつものように屋敷の庭に海軍式三点着地。
今日はトマスとアネタのお父さん、先代当主のオスベルトさんが出迎えてくれた。
『――といった訳ですの』
『それはそれは、わざわざ遠い所をすみませんでした。しかし困りましたな。トマスを含め、息子達は今、全員ピスカロヴァー伯爵様のお屋敷に出かけているのですよ』
オスベルトさんは困り果てた顔でティトゥに頭を下げた。
何だろう。家に遊びに来た子供の友達に、「今、息子は留守にしていているんだよ。ゴメンね」と謝っているようなこの感じ。
この人って最初に出会った頃は、いかにも”ザ・貴族家当主”、といった感じの威厳のある人だったよね? いつからこんな休日のお父さんみたいになっちゃったんだろうか。
『トマスが戻って来るまで、我が家に泊ってお待ちになりますか? 二~三日もあれば戻って来ると思いますが』
『いえ、結構ですわ』
ティトゥじゃないけど、流石に二~三日は長すぎる。だったら三日後にもう一度出直して来るから。
「「キュー! キュー!(アネタ! しっかり!)」」
『ファルコ様、ハヤブサ様、ありがとうございます』
アネタは兄がいなくて寂しいのだろう。元気をなくしていたところをファル子達に慰められている。
今日はベアータにナカジマ銘菓をお土産に一杯貰っているからね。それでも食べて元気を出して。
それはさておき。トマスは留守なのか。う~ん、困ったなあ。
『どうしますのハヤテ。いっその事、伯爵様のお屋敷まで行きます?』
そうだね。ここで諦めるのも中途半端だ。毒を食らわば皿までって言うし。
トマスを追って、その何とか伯爵の屋敷まで行ってみるかな。
それにしても何だろう、このたらい回し感は。昔遊んでたRPGを思い出すな。
『そうと決まれば出発ですわ!』
こうして僕達は、次はピスカロヴァー伯爵の屋敷へと出発したのだった。
といった訳でピスカロヴァー伯爵の屋敷に到着。
街道が繋がってたので、全然迷わずにたどり着く事が出来たよ。
僕はいつものように庭木を薙ぎ倒しながらダイナミック着地。庭師のみなさんゴメンなさい。
屋敷の人達はおっかなびっくり、僕を取り囲んでいる。その中で、高価な服を着た、見るからに貴族っぽい人達が、僕を見上げて目を丸くした。
『こ、これがミロスラフ王国のドラゴン?!』
「ドラゴンです。よろしく」
『『『『『しゃ、喋った!!』』』』』
ええ。みなさん、そうおっしゃいます。
『トマス兄様!』
『アネタ?! どうしてここに?!』
屋敷の人達の中にトマスを見付けたアネタが、嬉しそうに声を上げた。
そうそう。アネタがトマスに会いたそうにしていたので、ついでに連れて来てあげたんだった。
代わりにカーチャとファル子達は、オルサーク家の屋敷でお留守番である。
僕は少し、しんみりとした。
「ねえティトゥ。少し前までは、僕と一緒に行きたいってわがままを言って困らせていたファル子達が、いつの間にかアネタに譲ってあげられるようになったんだよ。子供の成長って早いもんだねえ」
『いつの間にか、って、二人は今でも十分わがままですわよ』
ティトゥは親バカを見るような目で僕を見た。
いや、自分で言っといてなんだけど、親バカを見るような目ってどんな目だよ。
『ナカジマ様、どうしてアネタを?』
『ここに来るついでに乗せて来てあげただけですわ。すぐに連れて戻ります。それよりもあなたに聞きたいんですけど――』
ティトゥはトマスに、僕達がここに来た理由を説明した。
それはそうと、ここって何とか伯爵の屋敷なんだよね? 二人共、屋敷の主人を放っておいてもいいわけ?
トマスはティトゥの話を聞くと困った顔になった。
『すみません、ナカジマ様。いつまでこの屋敷に滞在するかは、まだ――』
『いいじゃないか。送ってもらえば』
パッと見、三十歳前後の、夜の町で遊んでいそうな軽い見た目の男が、トマスの肩に手を乗せた。
『後の話は俺達で詰めればいい。それよりもお前はミロスラフ王国に行って、あちらの王家と話を通してくれ。こうして折角、ドラゴンが送ってくれるって言ってるんだからな。――父上!』
『分かった。少し待って頂こう』
父上と呼ばれた人物は、執事っぽい人を引き連れて屋敷に入っていった。
ていうか、誰が誰だか分からないんだけど。いい加減、自己紹介とかしてくれないかなあ。
こうして待たされる事少々。
父上は蜜蝋で封をされた書状を持って屋敷から出て来た。
『言われた通りに書いてある。よろしく頼むぞ』
『――かしこまりました』
トマスは父上から恭しく書状を受け取ると、僕達に振り返った。
『すみません、ナカジマ様、ハヤテ様。これから王都まで戻るのでしたら、私を一緒に連れて行ってもらえないでしょうか?』
何だか知らないけど、トマスはミロスラフ王国の王都に用事があるようだ。
察するに、あの父上がここの主人の何とか伯爵で、トマスは伯爵がミロスラフ王家に宛てた書状を預かったのだろう。多分。
『それは構いませんが、一度コノ村に寄って、そちらの騎士団の方々と話をして貰えません?』
『? ええ、分かりました』
ええと、ちょっと待ってね。先ずはオルサークの屋敷に寄ってカーチャとファル子達を回収。そこでアネタを――あれ? アネタはどうするのかな?
『私はトマス兄様と一緒に行きます!』
だそうだ。
じゃあオルサークの屋敷でカーチャ達を拾った後は、トマス達にはコノ村で護衛のオルサーク騎士団と今後の予定を話し合ってもらうと。
それから王都まで全員を運んで――って、あっ!
『・・・アダム トクムカン』
『あっ! わ、忘れていましたわ・・・』
ティトゥはギョッと目を見開いた。どうやら彼女も忘れていたようだ。
あちゃあ。やっちゃったか。ティトゥは午後からアダム特務官と会う予定があったんだった。あちこち飛んでるうちにすっかり忘れてたよ。
そろそろ屋敷に着いてる頃かも。これはしまったな。
『イソグ』
『そ、そうですわね。トマス、急いで頂戴!』
『は、はい。それではご当主様。失礼いたします』
トマスの言葉にさっきの父上が頷いているから、やはり彼が何とか伯爵で合っていたらしい。
さっきの遊び人っぽい兄ちゃんが、トマスに声をかけた。
『今度、うちの家族を紹介させてくれ。長女は今年で十歳になる。お前と年も近いし、話も合うんじゃないかな』
ちょっと。名残惜しんでいる所を悪いけど、今は急いでいるんだけど。
『ハヤテ! ちょっぱやで行きますわよ!』
「了解! 前離れー!」
僕はエンジンをブースト。屋敷のみなさんのどよめきを背に受けながら、大空へと舞い上がったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ピスカロヴァー伯爵家の面々は、呆気にとられた表情で、小さくなっていくハヤテの姿を見上げていた。
嫡男のダンナが全員の感想を代表してポツリと呟いた。
「何と言うか、嵐のような女だったな」
「そんな事は――いえ、何でもありません」
「?」
ティトゥはオルサーク男爵家にとっては大の恩人である。
マクミランは咄嗟に彼女を擁護しようとしたが、どう考えても庇えそうな気がしないために諦めたのだった。
次回「傭兵団」