その22 婚約発表
王都を震わせる大歓声。
将ちゃん――じゃなかった。カミルバルト新国王の就任パレードが始まったようだ。
ていうか、貴族街のティトゥの屋敷にまで聞こえて来る歓声って、どんだけだよ。
新国王の人気は凄いものがあるな。
この騒ぎで目を覚ましてしまったのだろう。僕の操縦席でお昼寝をしていたリトルドラゴン・ハヤブサが首をかしげた。
「ギュウ?(凄いってどのくらい凄いの?)」
ええっ? そっち? まさかそんな質問が来るとは思わなかった。全く、子供の発想力には驚かされるなあ。
どれくらい凄いか、ねえ?
「ええと、そうだなあ・・・」
「キュウ(うん)」
「――PSPの頃のモ〇ハンくらい? かなあ」
あるいは、アニメ無印の頃のピ〇チュウとか?
あの頃のピ〇チュウ並みとか、カミルバルト国王、国民的なアイドルだな。
「キュウ?(モ〇ハン?)」
「そ、それはあくまでも僕がそう思うってだけだから。ママが帰って来たら、こっちの世界ではどのくらいか聞いてみると良いよ」
僕は今頃パレードで笑顔を引きつらせているであろうティトゥに、コッソリ面倒事を丸投げするのであった。
ちなみに僕は、午前中にヨナターン領に飛んで、謎の軍勢の足止めのお仕事を終えている。
二日連続の崖崩れに、敵の兵士達もいい加減に嫌気が差していたのか、一晩明けた今朝になっても、峠道の開通作業はまだ終わっていなかった。
あるいは昨日、敵後方の補給基地を攻撃、物資を焼き払ったのが効いたのかもしれない。だったらいいな。
とはいえ、折角、朝から遠路はるばる飛んで来たのだ。
僕はもう一度同じ崖を攻撃して土砂崩れの追加をしておいた。
崖下の光景を見たメイド少女カーチャが、『何だか相手の人達が気の毒になって来ました』と呟いた。
いやまあ、確かに僕もそう思わないでもないけどさ。
「ギャウギャウー! ギャウギャウー!(※興奮して騒いでいる)」
ファル子は250kg爆弾の爆発が余程気に入ったようだ。
さっきから操縦席の中でジタバタと暴れまわっている。
「キューッ! キュキューッ!(痛い! ファル子、痛い!)」
「フウーッ! フウーッ!」
『ファルコ様、落ち着いて下さい! ハヤブサ様の尻尾を噛んじゃいけません!』
興奮し過ぎたファル子が、ハヤブサの尻尾に噛みついたようだ。
全く、このお転婆ドラゴンめ。
「コラ! ファル子! そんなに暴れるなら、もう二度と乗せないよ?!」
「キュウ・・・(ゴメン、パパ)」
「うっ。・・・僕だけじゃなくて、ハヤブサにも謝ろうな」
可愛く反省するファル子に、あっさりと許してしまいそうになったが、それは彼女のためにならない。
僕は心を鬼にしてハヤブサにも謝るように言った。
「キュー(ゴメンね、ハヤブサ)」
「キュウ(ふん)」
ハヤブサは少し拗ねてしまったようだ。プイッと顔を反らした。
カーチャは苦笑しながらハヤブサの背中を撫でている。
さて、用事は済んだし、王都に戻ろうか。
本当は砦に寄って話を聞いておきたい所だけど・・・昨日からみんなに怯えられているんだよね。
『ハヤテ様?』
『ナンデモナイ カエル』
こうして僕はヨナターンを後にして、王都のティトゥの屋敷に戻ったのである。
――などと回想をしている間に、いつの間にかファル子も目を覚ましていた。
僕は屋敷のメイドさんを呼んで、二人を操縦席から降ろしてもらう。
『キュキュー(カーチャ姉! お水!)』
『はいはい。今用意しますからね』
二人はカーチャに突撃すると、足元にまとわりついて飲み物をねだり始めた。
僕はそんな二人を見ながらホッコリするのだった。
ティトゥが屋敷に戻って来たのは、そろそろ辺りが薄暗くなり始める時刻だった。
結構長くかかったね。
『大変な騒ぎでしたわ』
「「キュー! キュー!(ママ! ママ!)」」
ティトゥは中庭にやって来ると、出迎えたファル子達を撫で回した。
彼女の真新しいドレスが二人の手足の土で汚れるのを見て、メイドのモニカさんが非難の目を僕に向ける。
あれは『あなたの子供でしょう。何とかしなさい』という視線ですね。分かります。
「そ、そうなんだ。じゃあ着替えてから後で話を聞かせて欲しいな(ていうか、着替えて来て。お願い)」
『本当に大変でしたわ。式典は滞りなく終わったんですが――』
余程、誰かに聞いて欲しかったのだろう。ティトゥは僕の言葉をスルーして、今日、戴冠式で起った出来事を話し始めた。
残念ながら僕の遠回しのSOSは彼女の心には届かなかったようだ。
ハッキリと言葉にしなければ伝わらない思いがある。
僕はそんな摂理を学んだ。
いやいや、ティトゥさん。あなたの後ろの聖国メイドが気になって、さっきから話が頭に入って来ないんですが。
あの人、マジで視線だけで僕の胃に穴を空けようとしているみたいなんですけど。
僕の四式戦闘機ボディーに胃袋はないんだけどさ。
それはともかく。ティトゥから聞かされた話は確かに驚くべきものだった。
「あのパロマ王女が、カミルバルト国王と婚約ねえ・・・」
『ええ。みんな驚いていましたわ』
パロマ王女は、去年の夏、海賊に攫われた所を助けられたランピーニ聖国の王女様だ。
確かマリエッタ王女が第八王女だったはずだから、パロマ王女は第七王女か第六王女だったと思う。
あの時は金髪縦ロールのいかにもお嬢様然とした王女様だったけど、年末に再会した時には縦ロールも落として、喋り方もすっかり普通になっていた。
もっとも、小悪魔的というか、いたずら好きな性格は変わってなかったみたいだけど。
日本だと高校生くらいの年齢だったから、カミルバルト国王とは十歳くらい歳が開いているのかな。やや年の差婚な気もするけど、貴族とか王家とかの政略結婚だと、それほどおかしくはない年齢差なのかもしれない。
僕が「そうなんだ」と感心していると、モニカさんも諦めたのか、ため息をつきながら説明してくれた。
『カミルバルト国王陛下は上手くやったと思いますよ。この時期に聖国から王妃を迎えた事には大きな意味があります。しかも相手は王族。つまりはカミルバルト国王陛下は、完全に聖国の後ろ盾を得た事を内外に示した訳です』
ん? どういう事?
僕は国の王族同士が婚約したとしか思っていなかったが、モニカさんが言うには、何やら政治的な色合いが強いようだ。
『カミルバルト国王陛下が今まで王位に就かれなかったのは、おそらく、”二列侯への勅諚”の存在を知っていたからでしょう』
二列侯への勅諚とは――何度も説明したからもういいか。要は将ちゃんが国王になるために邪魔になっていた命令書である。
実際、東の大貴族メルトルナ家は、この勅諚を掲げて王家に反旗を翻した訳だし。コイツが将ちゃんのアキレス腱だったのは間違いないだろう。
『メルトルナ家の蜂起は、明らかな悪手でしたね』
モニカさんはバッサリ切り捨てた。
『二列侯への勅諚はその性質上、存在をほのめかすぐらいが一番効力を発揮するはずです。それを堂々と公表してしまえば、後はもう完全に対立するしかありません。カミルバルト国王陛下としては、他国の軍さえ来ていなければ、むしろありがたい状況だったかもしれません』
中世イタリアの思想家マキャヴェッリ。彼は『君主論』の中で、『悪行は、一気にやって、以後はキッパリ止めなければならない。そうする事で人々が味わう期間も短くなり、憎悪も少なく済むのである』と言っているそうだ。確か。
要は粛清は一度きり。しかも短期間で行うべし。という事だ。
カミルバルト新国王にとって、メルトルナ家の暴発は、厄介な勅諚問題を武力で一気に解決出来る理想的な形だったのかもしれない。
でも――
『はい。ここで予想外の動きがありました。北の小ゾルタのヘルザーム伯爵軍。そして南の都市国家連合軍です』
モニカさんの中では、南の所属不明の謎軍団は、都市国家連合の軍という事になっているらしい。
まあ、他に目ぼしい心当たりがない以上、多分、間違っていないと思うんだけど。
『これにより、本来であれば日和見すると思われる貴族達も、どう動くか分からなくなりました。情勢の読めない混沌の中、むしろメルトルナ家に同調して、内戦の早期解決を狙う者も出るやもしれません』
誰だって勝馬にのって利益を得たい。敗者になるのはゴメンだ。ましてや、先祖代々受け継いできた領地の存亡や、家族の命にかかわるならなおさらだ。
カミルバルト新国王は外に敵軍、内に不穏分子を抱えてしまった事になる。
正に絶体絶命の大ピンチだ。
『それを回避するための一手が、今回のパロマ王女殿下との婚約発表なのです』
ん? ああ、なる程。
つまり「俺の後ろには聖国が付いているぞ」と、周囲にアピールした訳か。
ついでに言うと、二列侯への勅諚へのカウンターにもなる。
聖国が新国王の即位を認めている以上、メルトルナ家が勅諚を持ち出して反対すれば、聖国を敵に回しているのと同じ事になるからだ。
それって内政干渉になるんじゃないかって? そもそも地球でも内政不干渉の原則が取り沙汰されるようになったのは、近代に入ってからだ。
昔は干渉しまくりだったから。というか、近年でも問題になっているって事は、今でも行われている、って事だから。
『だからと言って、周囲の敵軍が消えてなくなった訳ではありません。戦力的には不利な状況はそのままです。しかし、今日の事で潮目は変わったと見てもいいでしょう』
モニカさんはそう言うと、訳知り顔で僕を見上げた。
『最近ではご当主様とハヤテ様も、色々と動かれているようですし、ね』
何だろう。彼女のこの『全部分かってますよ』とでも言いたげな目は。心を見透かされているみたいで、何だか落ち着かないんだけど。
ティトゥは立ち上がるとフンスと気合を入れた。
『この国に私とハヤテがいる限り、敵の好きにはさせませんわ!』
君は本当にブレないな!
――まあいいや。この国が戦火に焼かれて困るのは、この国に住む人達。ティトゥやティトゥの両親、それに僕が今まで知り合った多くの人達だ。
カミルバルト国王が彼らを守るのなら、僕は彼の支持に回るよ。
次回「ピスカロヴァー伯爵の屋敷で」