その20 共感するシニア世代
僕はティトゥを乗せて一旦、コノ村に向かった。
そしてコノ村でティトゥがお昼ご飯を終えると、僕達は再びネライ家の屋敷へと戻って来た。
屋敷の庭に着陸すると、ユリウスさんが当主のロマオさん達と共に現れた。
『それでお話は終わりましたの?』
ユリウスさんは大きく頷いた。
『後の事はロマオ――ネライ家の当主殿に任せれば大丈夫でしょう』
なぜ、ナカジマ家のご意見番のユリウスさんが、ネライ家の屋敷にいるのだろうか?
実はユリウスさんは、ネライ領で何やら怪しい動きがあると聞き、その確認のために、ナカジマ領から一番近いネライ領の町を訪れていたんだそうだ。
まるでチェルヌィフ商人のシーロみたいな行動力だな。と思ったら、彼が王都に行って帰って来ないから、仕方がなく自分で調べる事にしたんだそうな。納得。
さて。そんな最中、東の大貴族メルトルナ家が、王家に対して反旗を翻した。
ユリウスさんが訪れていた町でも、町を治める貴族(※ネライ家の分家だったんだそうだ)が、反乱の動きに同調。町の外に兵士を集めだした。
そんなユリウスさんを助けてくれたのが、ネライ本家の人達だった。
ユリウスさんは彼らと一緒に町を脱出。この屋敷まで逃げて来たんだそうだ。
その後は、この屋敷に逗留。当主代理のロマオさんのお孫さんを助けて、事態の収拾に動いていたとの事だ。
そして今日、僕らが領主のロマオさんを乗せて屋敷にやって来た。
ユリウスさんは、「ネライ家当主と話をしたいので、少し時間が欲しい」とティトゥに言った。
つまりは、「事態の収拾に向けてこちらでも色々と動いていたので、それらの引継ぎをするための時間が欲しい」という訳だ。
僕達はこの待ち時間を利用して、先にティトゥのお昼ご飯を済ませる事にしたのだった。
ユリウスさんはロマオさんに振り返った。
『お互い、未練がましく引退しそびれているうちに、時代遅れの老人になってしまったようだな』
ロマオさんはいつも険しい顔を、更に不機嫌そうに歪めた。
『――不本意ながら。今ならユリウス殿が宰相を退いた時の気持ちが分かる気がする』
そう言うと二人は同時に僕を見上げた。
何かな?
『はあ・・・。何でよりにもよって我が国に。いや、おかげで今年の冬に帝国に滅ぼされずに済んだのだが』
『私も今回の件では助けられた。恩はあっても恨みはない・・・と言いたいが、なぜよりにもよってウチの領地の隣にこんな存在が。頭が痛いな』
微妙に主語をぼかした言葉で分かり合う二人。なんだか仲が良いですね。お爺ちゃん同士、同じ時代を生きたシニア世代だからかな?
仲良し老人コンビにティトゥが声をかけた。
『それでどうするんですの? コノ村に戻りますの? でしたらハヤテで送りますわよ』
『そうだな。お願いしよう。ワシとしてはあまり気は進まないが、ネライ当主から「一度は乗っておくべきだ」と言われたからな』
『そう。ならどうぞ』
ユリウスさんはティトゥの手を借りて操縦席に乗り込んだ。
色白の少年――ロマオさんの孫は、そんなユリウスさんを羨ましそうに見上げている。
どうやら彼も僕に乗ってみたかったようだ。
『こ、これは・・・結構狭いな。あちこち出っ張っていて体を打ちそうだ』
『後ろのイスに座って頂戴。そうそう、そのバンドで体を固定して』
『コラ、急に背中を押すな。頭を打つかと思ったぞ』
ユリウスさんはおっかなびっくり。あちこちキョロキョロと見回しながら操縦席の中を移動している。
ティトゥはユリウスさんを胴体内補助席に座らせると、ロマオさん達に振り返った。
『それではごきげんよう』
『ゴキゲンヨウ』
『あ、ああ。今日は大変世話になった。この礼はまたいずれ』
ロマオさんは、屋敷の使用人達の『やっぱり喋るんだ』『人間の言葉が分かるのね』といったざわめきの中、やり辛そうに返事を返した。
さて。ユリウスさんの準備も整ったようだし、そろそろおいとましますかね。
『前離れー! ですわ』
『あ! ナカジマ様、お待ちを!』
ロマオさんの孫が飛び出すとティトゥに声をかけた。
少年は少し言葉を探していたが、背筋を伸ばすと貴族の礼を取った。
『私はエリック。本日はお爺様を王都から送って頂きありがとうございました。ナカジマ領とは隣り合う領地同士。今後も色々とお世話になる事もあるかと思います。その際には是非ともよろしくお願い致します』
『分かりましたわ。その際はこちらもよろしくお願い致しますわ』
エリック少年は真っ直ぐな目でティトゥを見上げた。
わざわざ挨拶をしてくるなんて、随分と真面目な子だね。
僕は彼のティトゥを見つめる熱っぽい視線に、ちょっと心がモヤっとした。
・・・いや、違うか。何と言うか、彼の視線は、憧れのスターを見るような目だ。
多分、自分とさほど歳の離れていないティトゥが領主としてやっているのを見て、「すごいなあ」と感心しているのだろう。
まあ、こちらとしては、わざわざお隣さんと事を構えるつもりはない。
ネライ領とは住人の移住やら何やらで、険悪になりかけている部分もあるけど、仲良く出来るならそれに越した事はないのだ。
老人は老人同士で仲良くしているようだし、若者は若者同士で仲良くするのはいい事だ。
それに話によると彼は15歳。ティトゥの方が少し、いや、大分お姉さんだ。
ティトゥの方には彼を意識している様子は見えないし、あくまでもナカジマ領の領主と隣の領地の領主(将来)というだけの関係だろう。うん。間違いない。
『どうしたんですのハヤテ?』
「(ドキッ!) な、何が?! 僕は別に何も言ってないけど?!」
『? 挨拶は終わったので、もう出発してもいいですわよ』
いつの間にかティトゥは風防を閉めて、イスに座って安全バンドを締めていた。
「そ、そうだったね。・・・ゴ、ゴホン。前離れー!」
『それはさっき私が言いましたわ。前には誰もいませんわよ。ハヤテ。あなた本当に大丈夫ですの?』
「ははは。そうだったそうだった。もちろん分かってるって」
ババン! ババババババ・・・
僕は慌ててエンジンを始動させると動力移動。庭木の残骸を踏みにじりながら(庭師のみなさん、ごめんなさい)離陸のコースに入った。
「離陸準備よーし! 離陸!」
僕はエンジンをブーストさせると疾走。屋敷のみんなのどよめきを背に受けながら大空へと舞い上がった。
『なっ・・・ほ、本当に飛んでいるのか?』
『何を今更。あなた何度もハヤテが飛ぶ所を見ているじゃないですの』
ユリウスさんは目を白黒させながら、『わ、分かってはいるが、心の準備というものがだな』などと呟いている。
『はいはい。もう安全バンドを外して大丈夫ですわ。ほら、ネライのお屋敷が見えますわよ』
『こ、これは・・・。ワシは今、グランヴァーを一望しているというのか』
グランヴァーってこの町の名前? なんだかロボットアニメの主人公メカの名前みたいでカッコいいじゃん。
流石はこの国最大の貴族家のお膝元。町の名前まで強そうだな。
僕のテンションが上がるのを見て、ティトゥが呆れ顔になった。
『そんな理由で喜ぶのもどうかしら?』
『ハヤテは時々、幼子のような事を言うんだな』
なっ?! まさかユリウスさんにまでツッコミを受けるとは思わなかった。
何だろう。凄く恥ずかしい気がして来たんだけど。
『・・・コノムラ モドル』
『分かりましたわ。ユリウスさんも構いませんわよね?』
『ん? ああ、任せる』
僕は羞恥心を誤魔化すように翼を翻すと、コノ村を目指すのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
この日、ハヤテ達はコノ村にユリウスを降ろすと、再びこの国の南、ヨナターン領トルスター砦へと向かった。
都市国家連合の傭兵軍団は、未だに土砂の撤去に手間取り、行軍は再開されていなかった。
ハヤテは彼らの様子を確認すると、部隊の後方へと飛んだ。
ハヤテ達の狙いは、大軍を支える補給線。山を一つ越えた先に作られた物資集積場にあった。
突如として空から襲い掛かったハヤテに、集積所の守備隊は何の抵抗も出来なかった。
彼らはティトゥが投じた火壺――火炎瓶によって物資を焼き払われるのを、呆然と眺めている事しか出来なかった。
我に返った守備隊の者達が、ようやく火を消し止めた時には、物資の大半は使用不可能な状態になっていた。
最も、仮に被害が最小で済んでいたとしても、ハヤテとティトゥはしつこく反復攻撃を繰り返し、物資を焼き尽くすまで立ち去らなかっただろうが。
ハヤテ達は散々敵の後方基地を引っ掻き回すと、悠々と王都の屋敷へと引き上げた。
そこで彼らは自分達が留守の間に王城からの使いが来ていた事を知らされるのだった。
「明日、戴冠式を行うんですの?!」
それは、王城に賊が侵入して以来、ずっと延期になっていた戴冠式を明日、執り行うという知らせだった。
慌ただしく執り行われる事になったこの式典で、国を揺るがす大きな発表がされる事になるのだが、ティトゥとハヤテもこの時点では知らなかった。
次回「新国王誕生」