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その18 遅滞戦闘(二日目)

 といったわけで、僕達はこの国の南、ヨナターンに到着。

 そこから飛ぶ事少々。トルスター砦へとやって来た。

 僕を見付けた砦の守備兵達が、慌ただしく走り回っている。

 そんな光景を、ネライ家当主、ロマオさんは、表情の抜け落ちた顔で見下ろしていた。


『そ、そんなバカな事が・・・まだ一時(いっとき)(約二時間)も経っていないぞ』

『アンゼン バンド』

『ネライ様。ハヤテが着陸するので、安全バンドを締めて欲しいそうですわ』

『あ、ああ、済まない』


 ロマオさんは震える手で安全バンドを固定した。


『ハヤテ』

「了解」


 僕は翼を翻すと、昨日と同じように砦のそばの街道に着陸したのだった。




 僕がエンジンを切ると同時に、ティトゥが風防を開いて立ち上がった。

 総出で僕達を出迎えに出ていた守備隊員達が、サッと姿勢を正す。

 それだけでこの場の空気がピンと張り詰めた。

 なんだろうか、この緊張感。昨日は田舎の砦らしく、もう少し崩れた感じだったと思うんだけど?


『敵の軍勢はどうなっていますの?』


 ティトゥの呼びかけに、守備隊の隊長がキビキビとした動きで一歩前に出た。


『はっ! 敵軍は日が暮れる頃に土砂の撤去作業を終え、その後は少し下がった盆地で野営を行いました! 今朝は日の出と共に行軍を開始! この砦に向かっております!』

『分かりましたわ。ハヤテ』

「そうだね。時間の余裕はなさそうだ。話が終わったら直ぐに向かう事にしようか」

『ひいっ!』


 守備隊員の一人が悲鳴を上げてへたり込んだ。

 高校生くらいの年齢の若い隊員――って、昨日僕が脅したジャンピング土下座君じゃないか。

 どうやら僕の声を聞いて、恐怖のあまり腰を抜かしてしまったようだ。

 う~ん、薬が効き過ぎてしまったか。


『し、し、失礼い、い、致ましましました!』


 嚙み嚙みで、もはや何を言っているのか聞き取れないジャンピング土下座君。

 そして周りの守備隊員達の間に明らかに動揺が走った。


 あ。コレ分かった。

 昨日、僕が彼を懲らしめる姿を見て、みんな僕にビビってしまったんだ。

 いや、僕は彼の反省を促すためにちょっとお仕置きをしただけで、こんなふうにみんなを怯えさせるつもりはなかったんだけど。


『・・・別に構いませんわ』


 ティトゥも事情を察したのだろう。何とも言えない微妙な目で僕を見た。


『そろそろ行きましょうか。前離れー、ですわ』


 余程居心地が悪かったのだろう。ティトゥはさっさとこの場を離れる事にしたようだ。

 ティトゥの力ない声に慌てて道を開ける守備隊員達。ジャンピング土下座君も仲間の肩を借りて横に避けた。

 おっと、忘れる所だった。出発前に250kg爆弾を懸架しておかないと。

 突然翼の下に現れた二つの大きな塊に、守備隊員達から怯えた声が上がった。

 やり辛いったらないなあ、もう。


 ババババババ


 僕はエンジンを始動するとガタガタ道を疾走。タイヤが地面を切ると大空へと舞い上がったのであった。




 空から見下ろす敵の行列は、後方の盆地から細長く続いていた。

 さっき隊長は日の出と共に行軍が開始されたと言っていたけど、道が狭いせいで隊列が伸びる関係か、最後尾はまだ野営地を出発していないようだ。


『今日はどこを攻撃するんですの?』


 ティトゥはそう言いながらも、昨日の崖を見下ろしている。

 うん。僕もそれでいいと思うよ。


「昨日と同じ場所でいいんじゃない? 隊長さんは土砂の撤去は終わったって言っていたけど、見た感じ邪魔な土砂を脇に避けただけで、完全に片付けた訳じゃないみたいだし」


 そう。上空から見れば一目瞭然だが、昨日の土砂はまだあちこちに残っていて半分も片付いていない。

 多分、道が通れるように最低限の工事を行っただけなんだろう。だったらそこが狙い目だ。追加の土砂で身動きを取れなくしてやろう。


「安全バンドをお願い」

『もう締めてますわ。やって頂戴』


 ちなみにロマオさんはずっと安全バンドを締めたままだ。どうせ攻撃の時に締め直してもらうのは分かっていたからね。

 僕は翼を翻すと、昨日と同じ崖に向かって爆撃進路を取るのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ハヤテの見下ろす先。都市国家連合の傭兵軍団の行軍は遅れに遅れていた。

 昨日、まだ日が残っているうちに、どうにか道を通れる程度に土砂を片付けたものの、それらは最低限の工事でしかなかったためである。

 掘り返された道には大小様々な石がゴロゴロと転がって歩き辛く、人力では片付けられない巨大な石が所々で彼らの行軍を邪魔していた。


「おい、見ろよあそこの土砂。人間の手が生えてやがるぜ」

「うへぇ。まだ誰か埋まっているのかよ・・・いや。案外、千切れた腕が捨てられているだけかもしれないな」


 圧倒的な質量を持つ土砂崩れを前に、行軍中の傭兵達はなすすべが無かった。

 彼らは押し流され、岩につぶされ、土の中で生き埋めになった。

 幸い、細い峠道で隊列が長く伸びていたため、直接土砂崩れに押しつぶされた者達の数は意外と少なかった。

 それでも広範囲に広がった土砂は、一度に百人もの命を奪っていた。


「急げ! この辺りは地盤が緩んでいるかもしれん! 崩れる前に通過するんだ!」


 恐怖で青白い顔をした男達が、喉を涸らせながら叫んでいる。

 傭兵の中で良く目立つ、傷一つない装備を身に着けた男達だ。

 それもそのはず。彼らは傭兵ではない。指揮官として同行している、都市国家連合の守備団員達であった。


 傭兵達は守備団員に蔑んだ目を向けると、当てつけのようにわざとゆっくり歩いている。


「貴様ら! 急げと言っているだろうが!」

「いえね。俺達もおっしゃる通りにしたいんですが、こうも足元が悪いとねえ」

「そうそう。ケガで寝ていても給料の出る守備団員様方と違って、俺達傭兵は体が資本。足をくじいて歩けなくなっちまったらメシの食い上げなんでさ」

「何だって? 守備団員様は寝てても給料が出るのか。そいつは羨ましいぜ。だったら何で危ない戦場なんかに出て来るんだ? 俺なら寝て暮らす所だぜ」


 誰かの軽口に、傭兵達は「そいつは違いねえ」とゲラゲラと笑った。

 守備団員達は怒りのあまり、サッと顔を赤く染めるが、悔しそうに歯ぎしりをするだけで何も言い返さない。


 もしも彼らが一斉に守備団に反旗を翻した場合、大きく数に劣る守備団ではとても抑えきれないからである。

 そうでなくとも傭兵達は昨日一日、慣れない土木工事に駆り出されて、不満を溜め込んでいる。

 彼らを暴発させないためにも、頭ごなしに怒鳴りつける事は出来なかった。


 都市国家連合では、近年、増えすぎた傭兵達による治安の悪化が問題になっていた。

 今回の遠征では、都市国家連合に拠点を置く大手傭兵団のほぼ全てが駆り出されている。

 つまりこの戦いは、彼らを適度に間引く目的も隠されていたのである。


「ふん。ビビリやがって。これだから守備団なんて軟弱――ん? 何だあれは?」


 一人の傭兵が空を見上げて眉間に皺を寄せた。

 彼の視線の先には、夏の青空をバックに不思議な何かが浮かんでいた。

 猛禽のように翼を広げた謎の飛行物体は、何度か上空を旋回すると、一直線に崖を目指した。

 ヴーン、という低い羽音が地上に届き、何人かが不思議そうに辺りを見回す。

 そして――


 飛行物体が翼を翻すと、崖に二つの大きな土埃がパッと上がった。

 音は遅れてやって来た。


 ドドーン! ドドーン ドドーン ドドーン・・・


「何だ?! 何の音だ?!」

「この音は?! 俺は昨日も聞いたぞ!」


 爆発音が谷間にこだまする中、低く腹に響く不気味な音が辺りに響き渡った。


 ドドドドドドドドド・・・

 

「が、崖崩れだ! みんな逃げろ!」

「ひいいいいっ!」


 彼らは武器を投げ出し、必死に逃げ出した。しかし、人間の走る速度程度では崖を崩れ落ちる土砂の速度には到底敵わない。

 あっという間に土砂が押し寄せると、大質量が多くの人間を飲み込んだ。

 こうして傭兵団は、昨日に引き続き多くの犠牲を出したのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ハヤテ達竜 騎 士(ドラゴンライダー)は、上空を旋回しながら崖下の惨状を見下ろしていた。

 とはいっても、高く立ち込めた土埃で、峠道はすっぽりと覆い隠されている。

 いくら高性能なハヤテの視力でも、土煙の先を見通す事は出来ない。この土煙が晴れるまで、敵の被害状況を確認するのは不可能であった。


『どうかしら? ハヤテ』

「う~ん。昨日と同じくらいの成果かな? ――いや、崩れた範囲だけで言えば、ひょっとして昨日よりも広いかも。一度崖崩れが起きた事で地盤が緩んでいたのかもしれない」


 実際に崖崩れは昨日よりも広範囲に及んでいた。

 これはハヤテの予想通り、爆発の振動で爆心地周辺の地盤が緩んでいたせいである。


 ネライ家当主、ロマオは、背筋を凍らせながら、食い入るように眼下の光景を見下ろしていた。


(何だこれは? 私は一体、何を見せられている。ドラゴンは――ハヤテは一体何をしたんだ? いや、何をどうすればこれほどの災害を引き起こせるんだ?)


 胴体内補助席の視界は悪い。

 安全バンドで座席に固定されていたロマオは、先程ハヤテが何をしたのかまるで見えていなかった。

 ただ一つだけハッキリしている事は、この惨状はハヤテがひき起こした、ただそれだけであった。


 ロマオも当然、ハヤテの情報を一通りは掴んでいる。

 ただし本物のハヤテのデタラメさは、彼の聞いていたあらゆる話よりも、桁外れに上回っていた。


(ハヤテは正真正銘の化け物。規格外のモンスターだ。まさかこれ程の恐ろしい力がこの国に存在していたとは。なぜ今まで誰も問題にしなかった。なぜカミルバルトは化け物(ハヤテ)が王都の貴族街にいるのを許している)


 ロマオは激しく混乱していた。胃の腑がキリキリと痛んで吐き気がする。

 今更のように自分が怪物の背中に無防備に乗っている事実に恐怖したのである。


 そんな彼の耳にハヤテ達ののんきな会話が届いた。

 

「う~ん。まだ詳しい状況は分からないかな。後で砦の守備隊の人達に聞こうか」

『そうですわね。午後になったらもう一度様子を見に来ましょう』


 ティトゥの言葉に、ロマオはハッと我に返った。


『午後に? もう一度?』


 ティトゥはロマオの呟きを聞いて、『あっ』と声を上げた。


『心配しなくても、ちゃんと今からネライ領に飛びますわよ。もう一度来るのはあなたを屋敷に送り届けて、コノ村でお昼を食べた後の話ですわ』

『そ、そうか』


 ロマオは既に返す言葉もなかった。

 ハヤテは王都からヨナターンの南端まで飛び、そこからネライまで飛んだ後、ナカジマ領に飛び、そこで昼食を食べた後、この場所まで戻って来ると言うのだ。

 ほんの二時間前の自分が聞けば、呆れて正気を疑うようなこの言葉を、ロマオは今では実現可能な言葉として受け止めていた。


 ハヤテは化け物だ。

 だが、このハヤテを当たり前のように受け入れているこの娘(ティトゥ)も、やはり理解の及ばぬ化け物だ。


 竜 騎 士(ドラゴンライダー)は普通じゃない。


 ロマオは戦慄と共に強く思い知らされていた。

次回「当主の帰宅」

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― 新着の感想 ―
[良い点] やはり毎朝更新見ないとなんだか落ち着かないですね…更新感謝です。 [気になる点] ロマオの爺さんはハヤテの圧倒的な力を信じた…というか信じさせられたでしょうけど、それを果たして部下に信じさ…
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