中間話2 王都のメイド少女
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私はマチェイ家のメイドのカーチャ。
私は今、王都の裏路地を走っています。
路地裏は狭くて薄暗くてどこもイヤな匂いがします。
心臓がドキドキ鳴ります。凄く怖いです。
走るたびに一昨日、ネライ様から鞭を受けた傷が痛みます。
なんで私がこんなことに・・・。
痛くて怖くて涙が出そうです。
時間は今朝に戻ります。
私はマチェイ家の使用人の方々と共に、王都にある宿屋で目を覚ましました。
睡眠が浅かったようで、ボウっとする頭を起こします。
背中の傷がまだ良くないため、うつ伏せに寝ているせいでしょう。
同室のメイド、カテジナさんが私の包帯を解くと傷口に薬を塗ってくれました。
このケガのせいで、私はいつもの仕事ができません。
いえ、痛みをこらえればできるのですが、皆さんが気を使って私に仕事を回してくれないのです。
私があの時不用意に走らなければ・・・。今は皆さんに申し訳ない気持ちでいっぱいです。
私はメイド服を着ると階段を降り、ティトゥお嬢様の泊まっている部屋へと向かいました。
部屋をノックする前に、体に巻いた包帯が服の下から覗いていないかどうか確認します。
ティトゥお嬢様は私のケガに大層心を痛めていらっしゃいますから。
ティトゥお嬢様は朝食を食べると、ハヤテ様のところに向かうそうです。
ハヤテ様は今、王都の城壁の外、王都騎士団の壁外演習場というところに預かってもらっているのです。
お嬢様は最初、自分もハヤテ様と一緒に演習場に泊まる、と言い張っていましたが、流石に貴族の令嬢をテントで寝泊まりさせるわけにはいけません。
みんなに説得されて、しぶしぶこの宿に宿泊することになりました。
それでも王都の奥にあたる貴族街にある宿ではなく、少しでも城門に近いこの宿に宿泊したのは、お嬢様のたっての願いをご当主様がお聞き入れになられたからです。
いつもなら私もお嬢様と一緒に向かうところですが、今日は買い出しの仕事が入っています。
ケガが原因で他の仕事はできないので、この仕事は責任を持って果たしたいと思います。
お嬢様には家令のオットーさんの右腕とも言えるルジェックさんが付いて行きます。
ルジェックさんはお嬢様より少し年上の、マチェイ家の使用人の中では比較的若い年齢の男の人です。
背も高くがっしりとしていますが、見た目と違って気が弱くて大人しい方です。
ご当主様がおっしゃるには、今、王都ではお嬢様が姫 竜 騎 士として大評判で、護衛となる男の人と一緒でないと危なくて出歩かせられない、とのことです。
もちろん実際にお嬢様のことを知っている人はほとんどいないのでしょうけど、念には念を入れるのは良いことだと思います。
そうでなくても、お嬢様の華やかな美しさはどこにいても目立ちますからね。
宿を出た私は王都の町を歩いています。
買い出しの内容とその場所までを簡単に記した端切れも忘れません。
出発前に王都を歩く上での注意点と共に渡された物です。
歩く上での注意点と言っても、土地勘のない者が大通りを外れては危ないとか、裏路地には決して近寄ってはいけない、とか、割と普通のことだったんですが。
実は私は昔一度王都に来たことがあるのです。
あれは私が初めてマチェイ家のお屋敷に、見習いメイドとして働くことになった年です。
そのころの私はメイド長のミラダさんの下でメイドの仕事を学んでいました。
その一環として、お城で開かれる新年式に参加されるご当主様について王都にやってきたのです。
生まれた時からマチェイ村でしか過ごしたことのない生粋の村娘だった私には、王都への旅も王都そのものも一度として体験したことのない未知の連続でした。
そういえば、あの時王都で初めてドライフルーツのたっぷり入ったキッシュを食べました。
お屋敷に帰ってからその話を料理人のテオドルさんにしたら、その日のうちに同じものを作っていたのには驚きました。
今ではお屋敷の定番のデザートになっています。
今回も何か新しい発見を持ち帰ることができるでしょうか?
王都の町はあの時よりも賑やかに感じます。
多くの人が近く開かれる戦勝式典を見に来たのでしょう。
今でこの混雑なら、当日が近づいたら一体どうなってしまうのでしょうか?
早めに宿が取れて良かったとホッとしました。
王都に来た時、マチェイ家の当主様のような下士位の貴族様は、今回のように王都の宿に泊まります。
上士位の方は、普通、王都の貴族街にお屋敷を持っています。
以前王都に訪れた時、ご当主様はマチェイ家の寄り親であるヴラーベル様のお屋敷に、同様に寄り子となる他の下士位の方々と共に宿泊されました。
ヴラーベル様は人柄の良い壮年の男性で、その時も下士位の方々に――
『この屋敷は毎年この時のためにわざわざ高い金を払って維持しているのだ、遠慮されては金をドブに捨てたことになる』
と、気風の良い事をおっしゃっておられました。
同じ上士位でもネライ様とは随分違うものです。
お昼も過ぎるころ、無事に全ての買い物を終えることができました。
ちなみに買い物と言っても、今私は何の荷物も持っていません。
貴族の使用人の買い物は、村娘の買い物と違ってその場で商品を受け取らないのです。
商人がお屋敷まで来て商品を売り、そこで代金を受け取るのです。
今回の場合はお屋敷ではなく泊まっている宿屋ですが。
背中をケガした私にこの仕事が回されたのはそういう理由があったからなのです。
王都を歩くとあちこちで姫 竜 騎 士が話題になっていて驚きました。
本当に王都中で話題になっているんですね。
そしてどのお店でも何かしら似たような絵が飾られていたのですが・・・
あれ全部姫 竜 騎 士の絵だったんでしょうか?
モチーフが”ドラゴンに乗った女性”という以外は全部違う絵でしたよ。
”ドラゴンは緑色””女性の髪はピンクないしは赤、服は白”の絵は多分間違いないでしょう。
でもドラゴンが赤色で女性の髪が緑色だったり、途中で緑色の顔料が無くなったのか、頭だけ緑色で身体は真っ黒のドラゴンだったりしたのは何だったんでしょうか?
ましてやドラゴンのデザインときたら本当に出鱈目で、仔馬のようなサイズに描かれていたり、大きな翼が4枚もあったり(ハヤテ様の尻尾に付いている小さな羽根を大きな翼と聞き間違えたんでしょうか?)、蛇のような体に描かれていたりと、みんな描きたい放題でした。
面白そうな絵や、キレイに描かれた絵は、ハヤテ様へのお土産に買って帰るのも良いかもしれません。
『こんなのは私のハヤテじゃありませんわ』
お嬢様がヘソを曲げてしまう姿が目に浮かびます。
私はクスリと笑い、慌てて口元を隠しました。
周りの人達に一人で笑い出す変な娘だと思われなかったでしょうか?
後、姫 竜 騎 士関連の名前を付けた屋台料理が多いのも気になりました。
・・・そういえばお腹も空きましたし、軽く何か食べて帰りましょうかね。
実は宿を出る時に、少しお小遣いをもらっていたのです。
料理人のテオドルさんが喜んでくれるような食べ物が見つかればいいんですが。
もっともテオドルさんは、最近ずっとハヤテ様から教わる料理に夢中で、王都の食べ物になんて興味を示さないかもしれませんが。
ハヤテ様から聞いた料理を再現したテオドルさんの作る料理は、どれもビックリするくらいに美味しくて、最近ではみんな食事の時間が近づくとそわそわして仕事が手に付かなくなるほどです。
確かに以前からテオドルさんの作る料理は美味しかったのですが、最近の料理は今までと同じ食材で作った料理とは思えないほど、意外性のある美味しさだったり、深い味わいだったりするのです。
・・・・。どうしましょう。テオドルさんの作る料理が無性に食べたくなってきました。
というか、もう三日もテオドルさんの作る料理を食べていないんですよね。
なんだか王都で目に入る料理が色あせて見えて仕方がありません。
でもせっかくなので姫 竜 騎 士サンドを食べてみることにしました。
立派な名前に負けない味でしょうか? ハヤテさん、お願いしますよ。
姫 竜 騎 士サンドはブラッドソーセージを挟んで緑色のマスタードをかけたホットドッグでした。
味は・・・普通?
私の舌が肥えているんでしょうか?
日頃から一介の村娘とは思えないほど美味しい料理を食べていますからね。
でもボリュームはあったのでお腹はかなり膨れました。
次は飲み物が欲しいですね。ワインを薄く割ったものとかないでしょうか?
その時、大通りの向こうで馬が暴れる騒ぎがありました。
慌てて逃げる人達と、それを遠巻きに見る野次馬の姿が見えます。
村でも極たまに見る光景です。
私は何となくそちらに目を向けて・・・
たまたまそれが目に入りました。
大通りの外れ、裏路地と言っても良いんでしょうね? 薄暗く、ゴミゴミした建物と建物の隙間の細い路地です。
綺麗な銀色の髪がサラサラと流れるのが見えました。
銀色の髪の持ち主は私より幼い女の子でしょうか。
すぐに路地裏の奥に走り去って見えなくなりました。
私は猛烈にイヤな予感に襲われました。
サラサラの綺麗な髪の時点で、あの女の子が路地裏にいて良い人物とは思えません。
私はお屋敷で働いているため頭も清潔にしていますが、普通の村娘でさえ普段は髪は洗わず、油で撫でつけて纏めているのです。
ましてや路地裏に住む女の子なら全身薄汚れている方が自然でしょう。
そう考えると、着ている服も良いものだった気がします。
おそらくここは、見なかったことにするのが正しいのでしょう。
あるいは宿に戻って、誰かに相談するのも良い方法かもしれません。
私自身は何の力もない、ただの村娘に過ぎないのですから。
ん~っ! ダメだ!
私は女の子を追って走り出しました。
湿っぽい路地裏に入った瞬間、強い恐怖と後悔が私に襲い掛かりました。
ティトゥ様なら、ここであの子を見捨てたりなんて絶対にしません!
私だってティトゥ様のメイドなんです!
私は痛む背中と見えない恐怖に目の端に涙を溜めながら女の子を追いかけました。
次回「中間話3 王都の第八王女」