その14 罰ゲーム
◇◇◇◇◇◇◇◇
トルスター砦は異様な雰囲気に包まれていた。
守備隊の者達は全員、砦の上に集められ、戸惑いの表情を浮かべている。
「ギャウー! ギャウー!(カーチャ姉! 探検! 探検に行きたい!)」
「ダメですよファルコ様。ハヤテ様に言われた通り、私達はここで待っていましょうね」
桜色のリトルドラゴンが砦の扉を引っ掻いているのを、メイド少女カーチャが抱え上げた。
中年の貴族――領主のヨゼフスが、ティトゥに声をかけた。
「それで、今から一体、何が始まるんだ?」
「さあ? ハヤテは”罰ゲーム”みたいなもの”と言ってましたわ」
ハヤテの言う罰ゲームが何なのかは分からないが、ティトゥも含め、彼らは絶対にこの場所から動かないように厳命されていた。
とはいえ、「ここから動かなければ絶対に危険は無いから」と言われて、心から安心できる者はそういないだろう。
兵士達は不安な表情で砦の下を見下ろした。
彼らの視線の先。砦の前には大きな杭が一本、地面に突き立っている。
そこにはまだ十代の若い騎士が一人、全身を固くロープで縛り付けられていた。
ティトゥに暴言を吐いた、例の家柄の良い副隊長である。
ティトゥも含め、ここにいる全員が砦の上に集められている中、彼だけがただ一人、ガチガチに体を固められ、身動き一つ出来ない状態で取り残されていた。
副隊長は、怯えた表情でキョロキョロと辺りを見回している。
彼はハヤテから「最後まで我慢したら許す」と言われていた。
もちろん、彼は一も二もなくハヤテの話に飛びついた。
何を我慢すれば良いのかは分からないが、このままナカジマ家から許しが貰えないままだと、実家での立場を失うのは目に見えていたからである。
一人残され、身動き一つ出来ない不安の中、彼は、「ひょっとして自分は早まった選択をしたのでは」と、後悔しつつあった。
その時、周囲にヴーンという低い羽音が響いた。
夏の青空にキラリと陽光を反射する大きな翼。四式戦闘機・疾風である。
ハヤテによる、副隊長の反省を促すための罰ゲームが遂に始まったのである。
ハヤテは砦の上を旋回。狙いを定めるとフラリと機首を下げた。
パパパッ
四式戦闘機の翼と胴体、四か所の点が小さな光を放つと――
ドドドドドドド
赤いキャンディーのような光が伸び、砦の脇の木立に吸い込まれた。
バキバキバキ
20mm機関砲の弾丸を浴びて、太い枝が弾け飛び、木の葉が舞い散り、バキバキと乾いた音を立てて木の幹が抉れる。
ヴーン!
「ひっ! ヒイイイイイッ!」
ハヤテは身動きの出来ない副隊長の頭を踏みつけるように真上を通過。風圧で副隊長の涙が千切れ飛んだ。
副隊長が恐怖の眼差しで見つめる中、ハヤテは上昇。ヒラリと翼を翻すと、今度は別の方向から地上を掃射した。
ドドドドド
四条の曳光弾の光が伸びると、乾いた地面にパパパパッと大きな土煙が上がる。
土煙は真っ直ぐ副隊長に近付いて来ると――
大きく彼から逸れて十メートル程先の地面を抉った。
その直後、ハヤテが大きな音を立てて通過。再び上昇を開始した。
「ひっ・・・ひっ・・・ひっ・・・」
副隊長は恐怖のあまり過換気になっている。
彼は砂埃が入って赤くなった目を目一杯見開き、口からは涎を垂らしながらハヤテの姿を凝視している。
彼の恐怖を知ってか知らずか、ハヤテは最初と同じコースで降下を始めた。
「うっ・・・うっ・・・うああああああああああっ!」
ドドドドドドドドド
バキバキバキ・・・ズシーン
20mm機関砲の銃弾の雨に、今度こそ木立ちは耐え切れなかった。
副隊長の絶叫が響き渡る中、大きな樹木が一本、そして二本、重い音を立ててゆっくりと地面に倒れた。
ハヤテはまたも副隊長の頭上を飛び越え、上昇に移る。
「イヤだ、イヤだ、もうイヤだああああっ! 許してくれええええっ! 勘弁してくれええええっ!」
副隊長は髪を振り乱して暴れるが、太い杭にガッチリと固定された体は、どんなに暴れようがビクともしない。
彼は懸命に首をよじってロープに噛みつこうとするが、きつく縛られたロープには届かない。
そうこうしているうちに、ハヤテは旋回。今度は別角度から副隊長に襲い掛かるコースを取った。
「あっ・・・・・・」
涙で歪んだ景色の中、ハヤテの20mm機関砲の光が瞬いた。
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何度目になるか分からない機銃掃射を終え、僕は砦の上を通過しながら翼を振った。
最初に決めておいた罰ゲーム終了の合図である。
僕は砦の中にみんなの姿が消えるのを確認してから、着陸したのであった。
さて、今回の罰ゲーム。
ジャンピング土下座君への罰と、反省を促すために行ったものだが、正直、僕としては別にやる必要は無かった。
ティトゥは気にしてない――と言うか、最初から相手にもしていなかったようだし、ティトゥが気にしていないなら僕から言う事は無かったからだ。
けど僕は、ジャンピング土下座君の上司、砦の隊長のことがなんだか気の毒になってしまった。
家柄の高さを鼻にかける生意気な部下を持って、さぞ毎日気苦労を重ねているに違いない。
彼のくたびれた姿を見ていると、そんな光景が目に浮かんでくる。
そんな勤め人の悲哀に、元サラリーマンの僕(※会社を辞めて引きこもり中だったけど)は、ついつい同情してしまったのである。
という訳で、ジャンピング土下座君には、罰として怖い目にあって貰う事にした。
とはいえ、あくまでも僕の目的は彼に反省してもらう事にあって、命を奪う事ではない。
そのため安全には十二分に配慮させてもらった。
僕はティトゥに頼んで、ちょっとやそっとでは動けないように、彼の体を広場に固定してもらった。
自由にしておくと、パニックに陥った彼が逃げようとして、逆に僕の射線に飛び込んで来る怖れがあったからだ。
同じ理由で、他の人達も全員砦の上に集まってもらった。
まさかこの高さから飛び降りる人もいないだろうし、砦の出入り口を封鎖しておけば、勝手に動き回る事もないからである。
後は機銃掃射を繰り返して、ジャンピング土下座君をビビらせるだけである。
本当は、最初の攻撃で木を倒して、20mm機関砲の威力を思い知らせるつもりだったけど、思いの外、木が太かったらしく、枝が折れただけだったのには少し焦ったけどね。
二度目の攻撃でどうにか上手く倒れたけど、その失敗があったせいで、ちょっと攻撃回数が増えてしまった。
本当は適当に数回で終わるつもりだったんだけど、効果に自信が持てなくて。
結局、全弾打ち尽くして弾倉が空になるまで続けちゃったよ。
おっと、最後の仕上げをしないといけない。
僕は着陸すると動力移動。ジャンピング土下座君にゆっくりと近付いて行った。
四式戦闘機の巨体に威圧されているのか、彼は怯えた目で僕を見上げている。
僕はなるべく重々しく聞こえるように、頑張って低い声で彼に告げた。
『ツギハ ユルサナイ』
ジャンピング土下座君はビクリと体を固くすると、首がもげそうな勢いでガクガクと頷いた。
うん。これにてミッション・コンプリート。
レシプロ戦闘機の尾輪は、ガッチリとして大きな主脚と違って、小さく頼りない。
僕は尾輪がうっかり岩にぶつかって破損しないように、注意深く後方確認をしながらゆっくりと下がって行った。
僕が下がると共に、ジャンピング土下座君は、砦の人達によって杭から解放された。
自由になってホッとしたのだろうか。彼はその場にぐにゃりとへたり込んだ。
十分に脅しの効果があったようで何よりだ。
ティトゥはそんな彼らを横目で見ながら、真っ直ぐに僕の所にやって来た。
彼女は腰に手をあてると、キッと僕を睨み付けた。
『ハヤテ。あなたやりすぎですわよ』
どうやら彼女的には今回の僕はやりすぎだったようだ。
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砦の上では、守備隊員達の悲鳴が上がっていた。
しかし、それも最初のうちだけ。
執拗に繰り返されるハヤテの攻撃に、今では全員が青ざめた顔でドン引きしていた。
「あ、あの、ナカジマ殿。ハヤテはいつになったら彼を許すんだ? まさか一日中あれを続けるつもりじゃないだろうな?」
「さ、さあ? もうすぐ終わる――と、思いますわ」
ティトゥはハヤテが体に似合わない慎重な性格――小心者である事を知っている。
(きっとハヤテは、自分のやってる事に自信が持てずに、念のため、念のためと、繰り返して、止め時を失っているんですわね)
ティトゥのこの予感はズバリ的中している。
ハヤテはもう何度も「これを最後にしよう」「次で決めよう」などと思いながらも、踏ん切りがつかずに攻撃を繰り返していたのだった。
ティトゥの耳に、砦の守備隊員達のヒソヒソ話が届いて来た。
「ひ、ひでぇ。まるで猫が獲物をいたぶっているみたいだ・・・」
「それよりもヤバイぜ。俺達は人間、相手はドラゴンだぞ」
「おっかねえ。ドラゴンの恨みってのはああまで恐ろしいのか」
ティトゥにとって、ハヤテが人間達に畏怖される光景はむしろ喜びである。
しかし、彼女が望んでいるのは、あくまでも超越的な存在を敬い、仰ぎ見る恐れであって、こういう「たちが悪い」といった方向の恐れではない。
これではまるでチンピラ・ドラゴンだ。
(もう! 何をやっているんですのハヤテ!)
ティトゥはハヤテの要領の悪さに内心でイライラした。
「あっ。ハヤテ様が翼を振っていますよ」
メイド少女カーチャの声に空を見上げると、確かにハヤテは翼を振っていた。
事前に彼から告げられていた、罰ゲーム終了の合図である。
ティトゥは仏頂面でハヤテに手を振り返したのだった。
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僕はティトゥから猛烈なダメ出しを食らっていた。
『あんなに何度も繰り返す必要がありまして? ハヤテはもっと自分に自信を持たなければいけませんわ。あなたは偉大なドラゴンで人間に恐れられる存在なのよ。前々から思っていたけど、ハヤテは人間に気を使い過ぎですわ。もっと堂々と威厳を示す事は出来ませんの? それに日頃から細かい事を気にし過ぎですわ。そんなに立派で大きな体をしているんだから――』
『あ、あの、ティトゥ様』
ティトゥはカーチャをジロリと睨み付けた。
『ヨナターンのご当主様がお待ちになっています』
『あの、ナカジマ殿。そろそろよろしいかな? 屋敷に送って貰いたいのだが』
カーチャの後ろにはヨゼフスさんが、申し訳なさそうにしながら立っていた。
ティトゥは黙って後ろに下がり、彼に道を開けた。
ヨゼフスさんはカーチャに手伝って貰いながら、僕の操縦席に乗り込んだ。
彼は身をかがめて胴体内補助席に向かいながら、小声で一言僕にこぼした。
『――お前も色々大変なんだな』
この時、僕とヨゼフスさんとの間に、世代を超えて男同士、何かが通じ合った気がした。
次回「王后ペラゲーヤ」