その13 ジャンピング土下座
トマスとアネタを実家のオルサークの屋敷に送り届けた僕達は、コノ村でメイド少女カーチャを拾い、再びこの国の南、ヨナターン領の砦へと戻って来た。
道中は特に何事も無かったので描写はカット。僕達は無事にトルスター砦に到着した。
遠回りしてちょっとだけ遅くなったけど、ヨゼフスさんは待ちわびているかな?
小さな砦の上を旋回すると、守備隊の人達が手を振ってくれた。
今日だけで何度も訪れているからね。ようやく彼らの警戒心も薄れたようだ。
僕は彼らに翼を振って答えると、砦のそばの街道に着陸した。
相変わらずデコボコな街道に閉口しながらも、僕は着陸。
すると砦から一人の騎士団員が大急ぎで走って来た。
僕は慌ててエンジンをカット。このままだと彼がプロペラの回転に巻き込まれかねないからね。
『あら? あの騎士団員って・・・』
ティトゥは何かに気が付いたようだ。
僕が彼女に注意を向けたその時――
ダッ!
騎士団員は勢い余ってジャンプ。そのまま正座のような形で両手を突き、額を地面にこすり付けた。
某アクションゲームの悪の天才科学者もビックリの、それは見事な”ジャンピング土下座”だった。
ていうか、こっちの世界にも土下座の文化があるんだね。初めて見たよ。
『ナカジマ様におかれましては、先程のご無礼! 誠に失礼致しました! どうか平に、平にお許しを!』
あ。土下座で顔は見えないけど、今の声で思い出した。
彼はアレだ。やたらとティトゥに絡んで来た、高校生くらいの年の若手騎士団員君だ。
ティトゥの事を、やれ「失礼な女」だの何だのと怒鳴りつけていたけど、そうかそうか。とうとう知っちゃったか。ティトゥが自分よりも遥かに格上の貴族家の現役当主だって事を。
ティトゥはしかめっ面でため息をついた。
まあ、君は最初から彼を全然相手にしていなかったからね。そんな相手を許すだの許さないだの、心底どうでもいいんだろう。
砦から乗馬用の身軽な服を着た、人の良さそうな中年の貴族が出て来た。
領主のヨゼフスさんである。
彼の後ろから、この砦の守備隊の隊長が現れると、慌てて騎士団員君の所に駆け付けた。
『お前! またナカジマ様にご迷惑をおかけしているのか! いい加減にしないと本当に首が飛ぶぞ!』
『あ、いや。私は誠心誠意、謝罪をしようと――』
『いいから下がっていろ! これ以上、ご当主様に恥をかかせるようなマネをするな!』
自分の上司に怒鳴られて、騎士団員君は渋々引き下がった。
隊長さんは無言でティトゥに頭を下げた。
ヨゼフスさんは挨拶もそこそこに、ティトゥに詰め寄った。
『ナカジマ殿、先程のハヤテの攻撃は何だったのだ?』
『先程の攻撃ですの?』
攻撃って何? 彼が勝手にジャンピング土下座をしただけだけど?
『山を吹き飛ばしたあの攻撃だよ!』
『――ああ』
――ああ。250kg爆弾の事ね。
ていうか、山を吹き飛ばしたって何だよ。崖をちょっと崩しただけじゃん。
『”双炎龍覇轟黒弾”の事ですわね』
『そう・・・何だって?』
『双炎龍覇轟黒弾ですわ』
いや、ティトゥ。もうその覚え辛い名前はいい加減に止めにしない? 250kg爆弾でも別にいいじゃん。分かり易いしさ。
『ニヒャクゴジュッキロバクダンの方が分かり辛いですわ』
『その――何とかダン。あれは一体何だったんだ?』
『それよりも敵軍は今、どうしていますの?』
『ん? それなら街道上の土砂を片付けている最中だ。満足な道具も無いから正に人海戦術だな。あの様子だと今日中に復旧させるのは難しいだろう』
おっと、これは願ってもない情報だ。
どうやら僕の攻撃は予想以上の戦果を上げていたらしい。
僕はティトゥに頼んで、ヨゼフスさんに僕達の作戦――”遅滞戦闘”の内容を説明してもらった。
考えてみればあの時はつい勢いで先走っちゃったけど、せめて一言くらいはヨゼフスさんに相談しておくべきだったよね。
どうやら思った以上の規模の敵軍を前に、僕も平静ではいられなかったようだ。
砦の隊長が感嘆の声を上げた。
『なるほど、遅滞戦闘ですか。確かにナカジマ様のおっしゃる通りに出来れば、我々としてはこれ以上ありませんな』
『だがしかし、本当にハヤテ一人でどうにか出来るものなのか?』
『それはヨゼフス様がご自身の目でご覧になった通りですわ!』
不安そうなヨゼフスさんに、ティトゥは胸を張って答えた。
相変わらず、君の信頼が僕には重すぎるよ!
まあ、今日は狙った以上の大戦果だったからね。ティトゥが鼻高々になるのも分からないではないかな。
ヨゼフスさんはティトゥの勢いに呑まれたのか、『た、確かに、その通りだ』とタジタジになっている。
『それでその、ええと、何とかダンとやらは、まだ使えるのか?』
『今日はもう無理ですが、明日になれば大丈夫ですわ』
ティトゥには、250kg爆弾は一日二発、20mm機関砲は一日四門各150発、使える事を話している。
ティトゥの言葉に、『おお~っ』というどよめきが上がった。
ヨゼフスさんは鼻息も荒くティトゥに詰め寄った。
『そ、それは心強い! では明日も是非、頼めるだろうか?!』
『勿論、構いませんわ!』
ティトゥの頼もしい返事に、砦の守備隊の人達の間から喜びの歓声が上がった。
『さすがは姫 竜 騎 士だ!』
『俺の見た芝居は随分と大袈裟にしていると思っていたが、あれって本当の事だったんだな!』
『馬鹿野郎! 本物の方がもっとすごいぜ! 山を崩して敵の軍勢を生き埋めにしちまったんだぞ!』
いやいや、だから僕が崩したのは崖の、しかも一部であって、山とか全然崩してないから。
君らこそ大袈裟な話にしてるから。ティトゥも顔をだらしなく緩めてないで、彼らを注意してくれないかな。
ティトゥの高々と伸びた鼻は、今や雲を突き破って成層圏まで届きそうな勢いだ。
彼女の浮かれポンチな姿に、メイド少女カーチャは目を反らして小さなため息をついている。
話はこんなところだろうか。だったら出発してもいいかな?
というか、このままにしておくと、ティトゥが際限なく調子づきそうで怖いので。
『ではヨゼフス様。王都にお連れ致しますわ』
『いや、待ってくれ。私は屋敷で降ろして欲しい』
『?』
ヨゼフスさんは、もし、僕達がこのまま敵の進軍を妨害し続けるのであれば、その間に兵士を集め、この砦を中心に防衛線を構築するつもりでいるそうだ。
『ナカジマ殿が稼いでくれた時間で、この地にヨナターン軍を集結する。敵の軍勢を撃退するのは無理でも、カミルの援軍が到着するまで持ちこたえる事は出来るはずだ。私はトルスターに住む領民達を見捨てたくはないのだよ』
ヨゼフスさんの言葉に、守備隊の人達も心を打たれた様子で聞き入っている。
『それに敵軍の報告なら、私がしなくともナカジマ殿にお任せすれば問題は無い。ならば私がすべきは、領地に留まって軍を編成する事だろう』
『――分かりましたわ。私も報告の大任、しかと承りました』
『ナカジマ殿とハヤテなら、万に一つの間違いもないでしょう。よろしく頼みましたぞ』
こうして僕達は急遽予定を変更。
ヨゼフスさんはお屋敷で途中下車する事が決まった。
彼はこのまま領地に留まり、軍を編成してこの砦で防衛線を構築する。
僕達は王都に帰り、王城に謎の軍勢の報告をし、援軍を求めるのだ。
そうと決まれば早速、行動開始。
――ところが、ヨゼフスさんが僕の操縦席に乗り込もうとした所で、守備隊隊長から待ったがかかった。
『ご、ご当主様! あの、ナカジマ様にシヴィル副隊長の取り成しをお願いしていた件ですが・・・』
『ん? ああ、済まない。ついうっかりしていた』
ヨゼフスさんはティトゥに向き直ると小さく頭を下げた。
『ナカジマ殿。先程は砦の若い者が失礼な事を言って申し訳なかった。どうもアレはウチの分家筋の者だったらしい。本人も反省しているようなので、どうか許してやってくれないだろうか?』
『はあ。そうですの』
隊長さんに背中を押されてやって来たのは、さっきのジャンピング土下座君だった。
ていうか、さっき副隊長とか言ってなかったっけ? この若さで?
なる程。高校生くらいの若者が、そんな要職に就いていれば、そりゃあ調子に乗って天狗にもなるだろうね。
実家も領主の分家筋という話だし、今までどこに行っても彼に注意する人間なんて誰もいなかったんだろうね。
『私は別に何とも思っていませんわ』
ティトゥはあっさりと謝罪を受け入れた。
というか、彼に全く興味が無いようだ。
『ハヤテもそれでいいかね?』
僕? ああ、そういえば『ドラゴンなどという得体の知れない物』とか言われたんだっけ。
僕も別に構わないけど、これで何もお咎めなしで終わると、かえって彼のためにならないんじゃないかな?
・・・ふむ。
『ハヤテ?』
「ねえティトゥ。ヨゼフスさんに言ってくれない? 許してあげてもいいけど、一つだけ条件があるって」
『条件ですの?』
まあ、大したものじゃないよ。言ってみればちょっとした罰ゲーム?
ここはジャンピング土下座君に「口は禍の元」という言葉を、是非思い知って貰おうかな。
次回「罰ゲーム」