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その10 竜軍師《トマス》立つ

 昼食を終えて僕のテントに戻って来たティトゥは、真剣な顔をしたトマスに一瞬、鼻白んだ。

 彼女は戸惑った顔で僕を見上げた。


『二人で何か話をしていたんですの?』

『ナカジマ様。今からハヤテ様に私を乗せて頂けないでしょうか。オルサークの屋敷まで運んで頂きたいのです』


 トマスの言葉に、ティトゥは今度こそ驚きで言葉を失くしてしまったのだった。




 この国の北に迫る隣国ゾルタ軍約三千。総指揮官はヘルザーム伯爵。

 というよりも、ゾルタは現在、国としては成立していない状態なので、今回の敵もゾルタ軍と言うよりもヘルザーム伯爵軍と言った方がいいだろう。

 トマスはヘルザーム伯爵軍が、南に現れた謎の軍勢と示し合わせた上でこの国に攻め込んで来ているのでは、と推測したようだ。


 ここでナカジマ家代官のオットーが疑問を挟んだ。


『可能性としてはありえそうですが、根拠はあるんですか?』

『証拠となるものは何も。私の推測としか言えません。しかし、状況証拠は揃っていると思います』


 ヘルザーム伯爵軍は、隣の領地を攻め落としたばかりで消耗している。何もわざわざこの時期に隣国に攻め込む理由は無い。

 それこそ、南の軍勢の存在を知っていなければあり得ないタイミングなのである。


『それは・・・敵対していた隣の領地を攻め落とした事で、領地の安全が確保されたから、とは考えられませんか? あくまでも南に軍勢が現れたのはたまたまで、後顧の憂いがなくなったから今だからこそ、この国に攻撃をかけると決めたとか?』

『それでも、普通であれば部隊の回復を優先するはずです。何もないなら、不利な時期に攻め込む必要はないのですから』


 トマスの話は一見、筋が通っているように思える。

 しかし、何となくだが後もうひと押し、何かが足りないような気もした。


 ここから後は、この時の僕達が知らない話となる。

 実はこの時、既にこの国の東の領主メルトルナ家が、王家に対して反意を表明していた。

 メルトルナ家当主、ブローリーは自軍を領境に集結させた。

 その数三千。

 メルトルナ家の動きに追従する形で、西のネライ領でも軍に動きがあった。

 こちらもその数三千。


 つまり、北のヘルザーム伯爵軍、南の謎の軍勢のみならず、この国の東西大貴族家の動きが完全に連動していたのである。

 流石にここまでタイミングが一致してしまっては、単なる偶然とは考えられない。この国の王家を狙う何者かが画策したのは間違いない。

 しかし、この時の僕達は東西の軍の動きを知らなかった。


『それで、トマスはハヤテに乗ってオルサークに戻ってどうするつもりなんですの?』


 ティトゥの言葉にトマスは頷いた。


『兄上を説き伏せ、ピスカロヴァー伯爵を説得に向かわせます』


 ピスカロヴァー伯爵家はトマスの実家、オルサーク家の寄り親である。


『そしてミロスラフ王国に向かったヘルザーム伯爵軍の後方を突かせます』

『?! ピスカロヴァー伯爵はこの国に味方をすると言うのか?!』


 オットーが驚きの声を上げた。


『いえ。この国に恩を――新国王カミルバルト陛下に恩を売ります。ピスカロヴァー伯爵領はミロスラフ王国に一番近い位置にあります。もし、新国王がゾルタに軍を進める方針を取った場合、交渉するための切り札とします』


 オットーはトマスの言葉を信じられないようだ。

 普通に考えれば、隣国の伯爵家がほぼ一方的にこちらの味方をしてくれるようなものだ。

 そんな上手い話がある訳ない。そう疑うのも当然だ。

 しかし、僕はさっき、トマスからもう少しだけ詳しく事情を聞いていた。


 隣の領地を攻め落としたヘルザーム伯爵。彼は順当にいけば、次はピスカロヴァー伯爵領に攻め込む可能性が高いと見られているのだそうだ。

 ピスカロヴァー伯爵としても、ヘルザーム伯爵軍が弱っている今のうちに叩いておきたいに違いない。

 つまり彼らにとっては、自領の防衛のための戦闘が、結果としてミロスラフ王国に恩を売る形になるのだ。一石二鳥と言ってもいいだろう。


 最も、それはトマスがそう思っているだけで、ピスカロヴァー伯爵はヘルザーム伯爵とは敵対するつもりが無いかもしれない。

 あるいは敵対する覚悟をまだ持っていないとか。

 今回、戦ってしまえば確実に敵対してしまうのだ。まだ踏ん切りがついていない可能性だって十分に考えられる。


 トマスの読み通りにピスカロヴァー伯爵が動いてくれるかどうか。全ては彼の話の持って行き方にかかっているのだ。


『――話は分かりましたわ。でしたらご実家までお送り致しましょう。いいですわね、ハヤテ』

『サヨウデゴザイマスカ』

『ご、ご当主様!』


 オットーは慌てているが、僕はティトゥに賛成かな。

 トマスの提案は、僕達にとっても得はあっても損はない。ピスカロヴァー伯爵が動けば、ヘルザーム伯爵は後背を突かれる形になるわけだし、動かなければ動かないでこれまで通り。特別事態が悪化するような事はない。

 まあ、トマスのオルサーク家が僕達を裏切ってヘルザーム伯爵に合流、この国に攻めて来るというなら話は別だが、僕は彼らを信じているからね。

 僕の信頼を裏切らないでくれたまえよ。

 ――裏切ったら、直接実家にモニカさんを送り付けるからね。


『・・・ハッ。急に悪寒が。お聞き入れ頂きありがとうございます』

『別に構いませんわ。ハヤテで行けばすぐですもの』


 トマスは、僕がちょくちょく空から屋敷にお邪魔しているのを知っている。

 だからティトゥの言葉に驚くような事は無かった。

 そう言えばアネタはどうするの? 一緒に連れて帰るのかな?

 トマスは少し考えると、チラリとオットーの方を見た。


『・・・いえ。しばらく預かって頂けないでしょうか?』


 まあ、先日里帰りを済ませて戻った所だからね。アネタはまだ小さな子供だし、あまり環境がコロコロ変わって、体調を崩してもいけないからね。




 といった訳で、僕達は急遽、午後の予定を変更。トマスの実家に向かう事になった。

 そういや、そろそろ領主のヨゼフスさんが視察を終えて砦に戻っている頃かもしれない。

 うっかりしてたけど、コレってマズいんじゃない?


 ・・・まあいいか。

 この国を守るために払ったやむを得ない犠牲だったという事で。

 ヨゼフスさんにはしばらくのんびりと砦で待っていてもらおう。

 敵の進軍は落石で遅らせた事だし、今日中に王都に送り届ければ問題無いだろう。多分。


 さて。オルサークまで行くと言っても、トマスを送り届けるだけなので、メイド少女カーチャには、ファル子達と一緒にコノ村で待っていて貰う事にした。


「ギャウー! ギャウー!(パパ! ママ! 置いていかないで!)」

「キュウウウン。キュウウウン(※泣き声)」


 ・・・どうしよう。物凄い罪悪感なんだけど。


「ねえティトゥ。やっぱり二人を連れて行っちゃダメかな?」

『ハヤテは本当に子供に甘いですわね』


 ティトゥは呆れ顔で、『あなたには子供の教育を任せられませんわ』と、僕にダメ出しをした。


『アネタをごらんなさい。ちゃんと兄の言う事を聞いて、コノ村で待っているじゃありませんの。ファルコ達の意志を尊重するのと、わがままを聞くのとではまるで違いますわ。ハヤテはこんな事であの子達が立派なドラゴンに育つと思っているんですの?』

「うぐぅ・・・。返す言葉もございません」


 僕がティトゥに子供達の教育に関するお説教を受けている間に、トマスはアネタとの別れを済ませたようだ。

 アネタの表情は暗く沈んでいるようだ。

 自分だけ異国に残されて(あ、いや。護衛の騎士団員はいるけど)兄と離ればなれになるのは不安なのだろう。


『ちょっと、ハヤテ。あなた聞いているんですの?』

「ゴメン、ティトゥ。少しいいかな?」


 やっぱり黙っていられない。僕はティトゥにお願いした。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 トマスはアネタから平たい木の箱を受け取った。


「トマス兄様。これをお母様達へ。さっき急いでベアータにお願いして、詰め合わせて貰ったの」

「これは――ナカジマメイカか。母上達もきっと喜ぶよ」


 こうして気丈に振る舞っていても、アネタが不安に思っているのは分かっている。


(しかし、余計な誤解を招かないためには、俺かアネタ、どちらかがこの国に残らなければならない)


 ゾルタからヘルザーム伯爵軍が進軍して来たこのタイミングで国に戻ると言っても、本来であれば足止めをされるのが普通である。

 何せ二人はゾルタの貴族の子女なのだ。防諜の面でも、人質としても、手放しで送り出せるはずがない。

 確かに、この冬の帝国軍との戦いの際、ナカジマ家とオルサーク家は同盟を結んでいた。

 しかし、ヘルザーム伯爵軍が攻めて来た事で、この同盟は破られたと考えられても仕方がないだろう。


(俺達の立場は微妙なものになっている。勿論、俺がナカジマ様にした話に噓偽りはない。俺は本心からピスカロヴァー伯爵様を動かし、ヘルザーム伯爵軍の背後を突かせるつもりでいる。しかし、ナカジマ様が俺を――ナカジマ様の家臣が俺を信じてくれるかどうかは、また別の問題だ)


 仮にアネタと二人でオルサークに戻ったら、ナカジマ家では「上手い事を言って逃げ出したのでは?」との疑惑が広がるだろう。

 勿論、伯爵の説得に成功出来たなら「誤解だった」で済む。しかし、もしも失敗すれば「それ見た事か」「やはり裏切ったのだ」と思われてしまうだろう。

 せめてどちらか一人は残る必要があるのだ。そうする事で疑惑の目を向けられずに済む。

 つまりアネタは人質なのだ。


 トマスが真に恐れるのはドラゴン・ハヤテである。

 あの(・・)ハヤテと敵対するような事態だけは、なんとしてでも避けなければならない。

 ハヤテは五万の帝国軍をものともしない。人知を超えた超生物である。

 そしてトマスは、ハヤテが戦いに関しては驚く程繊細で、妥協を許さない性格である事も知っている。ハヤテは力に奢る単細胞でもなければ、力に溺れる愚者でもないのだ。


(最低でも、ピスカロヴァー伯爵領だけはハヤテ様と敵対しないようにしなければ)


 もちろん、ヘルザーム伯爵がピスカロヴァー伯爵領を次に狙うという噂があるのは本当だ。

 しかしトマスの本当の目的は、ヘルザーム伯爵軍との戦いで旗色を鮮明にする事。「我々はヘルザーム伯爵軍とは関係ありませんよ」とハッキリとした形で周囲に示す事にあったのである。


「トマス兄様」

「ん? ああ、スマン。少し考え事をしていた。このナカジマメイカはお前からだと母上達に伝えておくよ」

「ううん。違うの。さっきからナカジマ様が呼んでいるの」

「えっ?」


 慌ててトマスが振り返ると、そこにはファル子とハヤブサ、二人を抱えたティトゥが、困った顔をしながら立っていたのだった。

次回「初フライト」

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[良い点] トマス君ってばハヤテよりしっかりしてるのでは…?w [気になる点] もしかしてファル子とハヤブサが自力で…?
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