その9 トマスの決断
崖を狙った僕の爆撃は見事に成功。
法面に擁壁工事もされていなかった天然モノの崖は、爆撃の衝撃にあっさりと崩壊。
大量の土砂が雪崩を打って谷底の峠道へと押し寄せたのであった。
被害の確認をしたいのだが、さっきから大量の土煙が谷底の道を覆い隠していて、いつまでも晴れそうにない。
ぶっちゃけ、ここまで広範囲に崩れるとは思ってもいなかった。
どうやらあの崖は想像以上に脆かったようだ。
砦の兵士達も、崖の脆さには日頃から手を焼かされていたのではないだろうか?
予想外の大惨事に僕は言葉を失ってしまった。
「キュウー(何も見えないね)」
『そ、そうですわね』
リトルドラゴン・ハヤブサの言葉にティトゥが頷いた。
砂煙の外、隊列の後方では、兵士達が慌てて走り回っているのが見える。
おそらく被害の確認を行っているのだろう。
何が起きたのか? 味方の被害はどのくらいか? 救助活動はどうするのか?
大きな土煙は当然、全員の目に見えているはずだ。
ここからでは想像も出来ない程、現場は大混乱に陥っているものと思われる。
敵軍の行軍を妨害するという目的は、十分に果たせたんじゃないだろうか。
「・・・・・・」
「ギャウ?(パパ?)」
「何でもない。思っていたよりも、大変な事になってしまって、ちょっと戸惑っていただけだよ」
『ハヤテ・・・』
ティトゥは僕が人殺しを忌避している事を知っている。
僕は心配そうにしているティトゥに軽く返事をした。
「大丈夫。今回はいつもと違って直接戦った訳じゃないからね。そのせいか意外とショックは少なかったよ。ショックが無かった事が逆にショックだったかもね」
勿論ウソだ。
直接だろうが間接的にだろうが、僕の攻撃で敵に被害が出た事に変わりはない。――人の命を奪った事実に変わりはないのだ。
相手はこの国を蹂躙に来た軍隊だ。
ここで僕が止めないと、この国の人達が酷い目にあってしまう。
彼らと戦うと決めたのは僕自身だ。だから同情するのは間違っている。少なくとも僕にそんな資格はない。
「戦いは始まったばかりだからね。いつまでもこうしていても仕方がない。次の行動に移るよ」
『ええ。私達の戦いは、始まったばかりですものね!』
ティトゥは私達の戦いの部分を特に強調して言った。
彼女は僕と一緒に心の重荷を背負ってくれたのだ。
「ギャウギャウ(パパ! ママ! 僕も戦う!)」「ギャウギャウ(私も! 私も戦う!)」
「勿論、ハヤブサ達も一緒に戦っていますわ!」
「わ、私も・・・ファルコ様達のお世話くらいしか出来ませんが、それで良ければ!」
ファル子とハヤブサ、それにメイド少女カーチャも、ティトゥに続いて宣言した。
そうだ。僕は一人で戦っているんじゃない。
戦う事が出来ない人、戦う力を持たない人、そんなみんなを代表して、この国の大勢の人達のために戦っているんだ。
僕は冷えてささくれていた心が、少しだけ温かさを取り戻した気がした。
といった訳で、僕達はコノ村に到着。
ヨナターン領からナカジマ領は、国を南から北に縦断して真反対にあたる。
とはいうものの、僕にかかれば簡単なお仕事ですよ。
代官のオットーは僕達の説明を聞いたショックで、ポカンと大口を開けて呆けている。
大丈夫? あまり大口を開けていると虫が飛び込んで来ちゃうんじゃない?
あ、再起動した。
『い、いやいや、待って下さい! 小ゾルタの軍?! 南の軍勢?! 大変な事態じゃないですか! そんな簡単な説明だけじゃ分かりませんよ!』
『ちゃんと分かっているじゃないですの』
ここは僕のテントの中。
ティトゥは、料理人のベアータが昼食の準備を整えるのを待っていた。
『最近だと、隣のネライ領にも不穏な動きがあるという話なのに、隣国の軍まで動いていたなんて・・・』
オットーは難しい顔で、何やらブツブツと呟いている。
ちなみにファル子とハヤブサは到着早々、縄張りの確認をしに行ってしまった。
今頃はいつものように海で遊んでいるんじゃないだろうか。
メイド少女カーチャには二人のお世話係――と言いたい所だが、彼女には別の用事をお願いしている。
あ。噂をすれば、丁度カーチャが戻って来たようだ。
カーチャは大きな木の箱を抱えてテントに入って来た。
『コレ、全部持って来て良かったんでしょうか?』
『いくつ使う事になるか分かりませんし、構いませんわ』
カーチャが重そうに抱えている木の箱には、トックリのような小さな壺がいくつも入っている。
衝撃や振動で割れないように、壺と壺の間には念入りに藁束が詰め込まれている。
ナカジマ家の秘密兵器、”火壺”だ。
火壺とは、要は火炎瓶の事である。
昨年の冬。帝国軍との戦争の際には、航空爆撃に夜襲にと大活躍を見せた、ナカジマ家の虎の子の兵器である。
材料となるガソリンは、今の所、僕が提供する分しかない。
そのため在庫は限られるが、こんな可燃物、大量にストックしていても火の不始末から大火事になる未来しか見えないから、最低限の数だけ残しておけば十分だろう。
一応、外側の壺だけは作り置きをしてもらっている。
容器さえあれば、僕がガソリンを提供し次第、即座に増産可能だからね。
そう。僕達は何もティトゥのお昼ご飯のために、コノ村に戻って来たのではない。いやまあ、それもあるけど。
けど、本当の目的は火壺を回収する事。
この火壺を使って、今度は敵軍の後方に存在するであろう、物資集積場を焼き払うのである。
この世界の軍隊に詳しくない僕は、敵軍が兵士に何日分の物資を携行させているかは分からない。
しかし、僕が遅滞戦闘を続ければ、いずれは彼らの手持ちの物資は尽きるはずだ。
そうなれば、後方からの補給に頼らざるを得ない。
その補給元を、今のうちに根こそぎ叩いておくのである。
『・・・私はハヤテ様を敵にしたらいけないと思いました』
『領地を預かる代官の身としては、相手の軍に同情をしてしまいます・・・』
『流石はドラゴン。恐ろしい・・・』
『もう! みんなハヤテの事を悪く言い過ぎですわ! ハヤテはこの国を敵軍から守って戦ってくれているんですのよ!』
ドン引きするオットー達に、ティトゥが切れ気味に叫んだ。
ちなみに今のセリフはそれぞれ、カーチャ、オットー、トマス、ティトゥだ。
そう。隣国ゾルタのオルサーク男爵家の幼い貴族、トマスとアネタの兄妹は、里帰りを終えていつの間にかコノ村に戻っていたのである。
ここでティトゥの食事の準備が整ったので、一旦、話し合いはストップとなった。
ティトゥはカーチャを連れて、自分の屋敷? 小屋? へと入って行った。
そういや、いつまでティトゥはコノ村で生活を続けるんだろう。一応、港町の予定地の工事は進んでいるらしいので、いずれはそちらに引っ越すはずなんだけど・・・
なんだかいつまでもこのままズルズル居続けそうな気もするな。
ナカジマ家のご意見番にして貴族社会の常識人、ユリウスさんの頑張りに要期待である。
『あの、ハヤテ様』
ん? 全員テントを出たと思ったが、まだトマスが残っていたようだ。
明るいオレンジ色の髪をした、小学校四~五年生くらいの賢そうな男の子である。
ちなみに彼の妹のアネタはここにはいない。多分ファル子達と遊んでいるのだろう。
『先程の話ですが――ゾルタの軍勢の話。もう少し聞かせては頂けないでしょうか?』
どうやらトマスは自国の軍が気になったようだ。こんな僻地のナカジマ領にはまだ情報が届いていないのだろう。
彼はゾルタの貴族とはいえ、特に隠す必要はないかな。
ゾルタは帝国軍に王家が根絶させられて以来、国として纏まっていない。
今回攻めて来たのもヘルザーム伯爵とやらで、トマスの実家オルサーク家にも、寄り親の何とか伯爵(※ピスカロヴァー伯爵)にも関係が無いはずだからね。
『ヘルザーム伯爵ですか。・・・なる程。三千の兵とはなかなかの数ですが、カメニツキー伯爵領を吸収した後だし、その数自体は分からないでもありません。しかし、よもやミロスラフ王国に攻めて来るとは』
トマスは眉間に皺を寄せた。
トマスの説明によると、今回攻めて来たヘルザーム伯爵とやらは、少し前まで隣の領地に攻め込んでいたそうだ。
トマスが里帰りしていた時にも、寄り親の何とか伯爵(※ピスカロヴァー伯爵)にも協力要請が来ていたのだという。
『ピスカロヴァー伯爵はカメニツキー伯爵とも親交のあったため、「自分にそんな不義理は出来ない」と突っぱねたと聞いています。なので、ヘルザーム伯爵がカメニツキー伯爵を打ち取った今、次に攻め込むのはピスカロヴァー伯爵領ではないかと噂されていたのですが・・・』
それにしても、しばらくは消耗した騎士団を再編制しなければならないため、動きがあるなら来年以降になるだろう。
そんな風に考えられていたそうだ。
『確かにヘルザーム伯爵は、大のミロスラフ王国嫌いで知られています。しかし、このタイミングで攻め込む意味が分かりません。どう考えても準備期間が不足しているはずです。伯爵には今、攻め込めば勝てるという確信があったのか、それとも今、攻め込まなければならない理由が何かあったのか・・・』
攻め込まなければならない理由。
――それってまさか。
「ミナミノ ヘイ。ヘルザーム?」
『この国の南から攻めて来ている軍勢の事ですか? ハヤテ様はそれがヘルザーム伯爵の軍ではないかとおっしゃるのですね? いえ。おそらくその可能性は低いと思います』
僕はヘルザーム伯爵が軍を半分に割って、その半分を船に乗せ、南の都市国家から上陸させて、この国を南北から挟み撃ちにしたのではないかと考えた。
しかし、トマスによると、それは考え辛いそうだ。
『確かにヘルザーム領には港がありますが、南に現れた軍勢は四千との事。ヘルザーム領にはそれだけの戦力を一度に送る事の出来る大型船はありません。それに伯爵軍本隊三千と合わせれば総戦力は七千にもなります。流石にヘルザーム領ではそれ程の戦力は維持出来ないでしょう』
なる程。あまりに南北で進軍のタイミングが一致していたせいで、示し合わせた上での行動かと思ったけど、どうやら僕の考え過ぎだったらしい。
『あ、いえ。示し合わせた可能性まで否定したいわけじゃありません。むしろそちらは疑うべきかと思われます』
どういう事?
トマスが言うには、南の軍勢はおそらくヘルザーム伯爵の軍ではない。しかし、互いに行軍を示し合わせた可能性は十分にあるだろう。との事だ。
確かに、ここまでタイミングが合っている以上、単なる偶然とは思えない。
ならば南北両軍は結託していると見るべきだ。
もしそうであるなら、ヘルザーム伯爵が消耗した戦力を回復させる間もなく、この国に攻め込んだ理由も理解出来る。
ヘルザーム伯爵としては、南から軍勢が攻め込む今こそが、この国を攻める最大のチャンスだったのである。
『・・・・・・』
トマスは少しの間、難しい顔をしてジッと考え込んでいた。
やがて彼は顔を上げると、覚悟を決めた表情で僕を見上げた。
『ハヤテ様。今から私を乗せてオルサークまで飛んで頂けないでしょうか?』
次回「竜軍師立つ」