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その8 遅滞戦闘

 ”遅滞戦闘”という言葉がある。

 少数の戦力で敵の前進を阻害。可能であれば攻勢を押し止める、といった作戦の事を言う。


 僕は謎の軍勢と戦う決意をした。

 しかし、現実的に考えて、南から迫り来る四千もの軍勢に対して、僕一人だけで対応するのは不可能だ。


『ハヤテならきっと出来ますわ!』

『――私もハヤテ様なら何とかしそうな気がします』


 いやいや君達、何言ってるの。数は力なんだって。

 ティトゥ達が僕を信頼してくれるのは嬉しいけど、四式戦闘機たった一機の戦力では無理だから。

 仮に後方に航空基地があって、爆弾を積み込み放題、落としたい放題とかいうならまだしも、僕の250kg爆弾は一日たったの二発しか持てないから。

 絶対的に戦力が足りないから。


「といった訳で、僕の今回の作戦目的は敵の行軍を邪魔する事。敵の作戦行動の遅延――遅滞戦闘を中心とした戦闘を行います」

『ちたい戦闘? ですの?』


 僕だけでは戦力が足りないならどうするか? 他から持って来れば良いのである。

 具体的には王都からの援軍をあてにしようと思う。

 幸いな事にここの領主のヨゼフスさんは、将ちゃんの奥さんのお父さん。義理の父親である。

 その義理の父の領地が存亡の危機ともなれば、すぐにでも救援の軍を出してくれるだろう。

 だったら僕のやる事は、王都からの援軍がこの場所に到着するまで、敵の行軍を邪魔し続ければいいのである。


『けど、北からは小ゾルタの軍が来ているのでしょう? 王都の軍はそちらに向かうと聞きましたわよ』

「それは――その時は南からも軍勢が来ていると知らなかったからだと思う。それに小ゾルタの方は国境の砦もあるし、急いで援軍を送らなくても、しばらくは持ちこたえられると思う。だったらこっちの軍勢の方が、この国にとってはよっぽど差し迫った脅威と言えるんじゃないかな?」


 ティトゥはこの作戦に微妙な反応だ。

 ”遅滞”という言葉の響きが後ろ向きに感じられるせいかもしれない。


 ここでメイド少女カーチャがおずおずと尋ねた。


『ハヤテ様。敵の行軍を防ぐと言っても、どうするつもりなんですか?』

「そうだね。さっき行軍の様子を見ながら考えていた事なんだけど――ちょっとティトゥ。いつまでも拗ねていないで、僕の言葉をカーチャに翻訳してくれないかな?」

『私は別に拗ねてなんていませんわ』


 ティトゥはプンスとむくれながらも、僕の言葉をカーチャに伝えてくれた。



 さて。敵は細い山道を前後に長い隊列を組んで行軍している。

 彼らとしては、道が狭いためにやむを得ず隊列が長くなってしまっているのだが、実はこれは僕にとっても非常に都合が悪いのだ。

 僕の最大の武器は、言うまでもなく250kg爆弾だ。

 爆弾で最も効率的に被害を与えようと思ったら、敵には出来るだけ密集していて貰った方がいいのである。


『――だったら、どうにかして敵を纏めないと。それと何とか爆弾ではなく”双炎龍覇轟黒弾”ですわ』

「ああうん。その何とか弾『双炎龍覇轟黒弾! ですわ』 ゴホン。ゴニョゴニョ黒弾。・・・それで今回の場合、直接敵を攻撃するのは止めようと思うんだ」

『?』


 今回、細い山道が僕達の足を引っ張る形になっているが、だったら山道である事を逆に利用すればいいのだ。


「さっき空から調べた感じでは、道のあちこちに急な斜面があった。そこを250――ゴニョゴニョ黒弾で爆破すればいいんだよ」

『あっ! 敵の隊列を直接攻撃するのではなく、崖を崩して土砂で押しつぶすんですわね?!』


 そういう事。

 なにせ狭い山道だ。敵は前後を味方に阻まれて逃げる事も出来ずに押しつぶされてしまうだろう。


 カーチャはティトゥから説明を受けると、困った表情を浮かべた。


『あの、でも、同じ事なんじゃないでしょうか? 相手の軍が前後に細く長くなっているのは一緒なんですよね? だったら相手に被害を与える範囲が多少大きくなっても、やっつけられる敵の数はそれほど変わらないんじゃないでしょうか?』

『そ、それは・・・。た、確かにそうですわね』


 ティトゥは慌てて僕に振り返った。

 うん。カーチャの懸念は正しいと思うよ。けど、僕は最初に言ったよね。覚えてない?


「今回の目的は”遅滞戦闘”だから。敵を倒すのは、あくまでもついでになるかな。本命は大量の土砂で道を塞ぐ事にあるんだよ。敵も隊列を前後に分断されたままになんて出来ないだろ? 土砂を取り除かないと行軍が続けられないと思うんだ。これでこちらの作戦目的は果たしたことになるよね」

『ええ、そうですわ! ハヤテの言う通りですわ!』


 ティトゥは僕の話を理解すると同時に、ハタと手を打った。

 こうして僕達の作戦は決定したのだった。




 といった訳で、僕は再び謎の軍勢の上空へとやって来た。

 さっきの偵察で、狙い所の当たりは付けている。

 長く伸びた隊列の、最前列から見て四分の一程が差し掛かっている場所。向かって左の斜面が険しい崖になっている箇所だ。


『あそこですの?』

「うん。ちょっとした谷みたいになっているだろ? あそこが土砂で埋まってしまったら、取り除くまで行軍が再開出来ないと思うんだ。迂回しようにもホラ、左右を崖に阻まれているだろ? かなり大回りしなきゃいけないと思うんだよ」

『確かにそうですわね』


 ティトゥも納得したようだ。

 とはいえ、僕もティトゥも戦いの素人だ。出来れば騎士団の人達にでも確認しておきたい所だ。しかし・・・。

 しかし、彼らに僕の能力や作戦を説明、理解してもらって上で、現場を検討するような時間は無い。

 そんな事をしている間に、敵は今の場所を通過してしまうだろう。

 兵は拙速を(たっと)ぶ。戦いにおいては、作戦の出来不出来よりも、実行――行動する事の方が大切な時があるのだ。


「ギャウギャウ」「ギャウギャウ」

『ファルコ様、ハヤブサ様。今はハヤテ様の邪魔ですからね。じっとしていましょうね』


 僕達の緊張感が伝わったのだろう。リトルドラゴン達が落ち着きなく操縦席をうろつき回っている。

 カーチャは、僕達の邪魔にならないように二人を抱きしめた。


 僕は大きく旋回。爆撃進路に入った。


『さあ、攻撃開始ですわ!』

「了解!」


 ティトゥの掛け声に合わせて、僕はスロットルを絞ると急降下(ダイブ)

 ちなみにスロットルを開けたままの急降下(ダイブ)は、パワー・ダイブ――日本語では出力急降下、ないしは動力降下と呼ばれている。

 主に空戦時の空中機動(エア・マニューバ)で使用される方法で、今回のような急降下爆撃には用いられない。

 速度が出過ぎて照準が困難になるばかりか、爆弾投下後の離脱も危うくなるためだ。

 実際に僕も曲芸飛行の時にしか使った事は無い。空戦? いやいや、僕は一度も空戦なんてした事ないから。


 さて。いつもならピンポイントで狙いを付ける所だが、今回の目標は大きな崖だ。

 小さな(まと)は、当然狙うのが大変だが、大きすぎる(まと)は、それはそれでどこを狙って良いのか分からなくて困ってしまう。

 崖の上の方に大きな岩が見えるので、あの下辺りを目標にしようか。

 上手い形で崩れれば、あの大岩が転がり落ちて道を塞いでくれる――といいなあ。

 まあ、失敗してもその時はその時で。


 上空から迫る異音に気が付いたのだろう。

 行軍中の男達が僕を見上げて何か叫んでいる。

 だが、もう遅い。


 よし。今だ!


 ゴグン


 ええと、何とか黒弾が翼下の懸架装置から切り離された。

 二つの重量物を失った事で、翼に大きな揚力が生じる。

 僕は機首を上げると急上昇。背後でパッと大きな土煙が上がった事を確認した。


「キュウー! キュウー!(カッコいい! パパ、カッコいい!)」「ギャウギャウ! ギャウギャウ!(カーチャ姉放して! 私もやりたい!)」


 僕の華麗な空戦機動にリトルドラゴンズは大興奮だ。

 ぶっちゃけ悪い気はしないね。


『ハヤテは意外と親バカですわね』

『お二人共落ち着いて下さい!』


 ティトゥは呆れ顔で僕を見つめている。

 い、いいじゃないか。少しぐらいいい気になったって。こんな風に、僕の飛行技術を喜んで貰える事なんて、そうそうないんだから。

 大体みんな体液を垂れ流してグロッキーになっちゃうし。その後は避けられてしまう事の方が多いくらいだし。


『それはいつもハヤテがやりすぎるからですわ』

『流石にファルコ様達もアレを体験したら、ハヤテ様の事が嫌いになってしまうんじゃないでしょうか?』


 ちょ、カーチャ。怖い事を言わないでよ。

 僕は子供にウザがられるような親になる気はないから。子供の意志を尊重する、理解のある親になるつもりだから。

次回「トマスの決断」

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― 新着の感想 ―
[良い点] お、なんだかゾルタの足止めはやはりオルサーク家が引き受けてくれそうな感じなのかな?あとはネライ家のほうは位置的にナカジマ騎士団がメルトルナ家のほうは王都の軍勢が引き受けててくれれば大丈夫そ…
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