その6 謎の軍勢
僕達は南から来る謎の軍勢を偵察するために、ヨナターン領の南、トルスター砦へとやって来た。
しかし、さあ今から偵察飛行――という段になって、砦の若い騎士団員君から待ったがかかったのだった。
「彼の好きにさせたら? ここからなら馬で行っても大した距離じゃないだろうし。ああ、勿論僕達は勝手にやらせてもらうけど」
騎士団員君の目的は、当主であるヨゼフスさんに自分達の存在をアピールする事にある。
だったら彼が満足するようにしてあげればいいだろう。
『それでいいのかしら?』
「いいんじゃない? 現場の人達と揉めるくらいなら、そっちの方がいいと思うけどな。彼らにだってこの砦を守っているプライドがある訳だし。それに、ヨゼフスさんがヨナターンの騎士団より、余所者の僕達の方を信頼しているように見えたら、そっちの方が問題になるんじゃないかな」
『おい! さっきから何を二人で話しているんだ?! 我々にも分かる言葉で話せ!』
ティトゥと僕が、自分の知らない言葉で相談しているのが気に入らなかったのだろう。騎士団員君が血相を変えて怒鳴った。
あるいは、僕が彼の悪口を言っているとでも思ったのかもしれない。
それよりも君。さっきヨゼフスさんは説明しなかったけど、ティトゥは小上士位とはいえ、領地持ちの貴族家のご当主様だから。
相手が女性だからってあまり強気に出ていると、後できっと後悔する事になると思うよ?
『もう終わりましたわ。ヨナターン様。ここはそちらの――ええと、威勢の良い方のおっしゃる通りにしてはいかがでしょうか?』
『だ、誰が威勢だけの男だ! 貴様、失礼な女だな!』
『おいよせ! 相手はあの姫 竜 騎 士だぞ!』
ティトゥに舐められているとでも思ったのか、顔を真っ赤にしていきり立つ騎士団員君。
流石に見逃せないのか砦の隊長さんが、慌てて彼を止めに入る。
どうやら彼はティトゥの噂を知っていたようだ。
ていうか、この隊長さんはいつもこんな風に部下の尻ぬぐいをさせられているから、くたびれた風貌になっちゃったんじゃない?
『おい、女! 我が家の家名を聞いて驚け! 私はヨ――』
『それじゃあヨナターン様の事はお任せ致しましたわ。私はハヤテと共に謎の軍勢とやらを確認しに行きますから』
『おい、待て! 女! 人の話は最後まで話を聞け!』
ティトゥはあっさりバッサリ騎士団員君との話を勝手に切り上げると、僕の翼にヒラリと飛び乗った。
流石の騎士団員君も、巨大な謎生物の上のティトゥに怒鳴り散らすほどの心臓は持っていなかったようだ。
悔しそうな顔で歯ぎしりをしている。
『おいおい、ナカジマ殿』
『ご心配なく、ヨナターン様。そちらの偵察が終わった頃に迎えに来ますわ。ファルコ、ハヤブサ、みんなにご挨拶をなさい』
「「ギャーウー(ごきげんよう)」」
『なっ! なんだその生き物は?!』
メイド少女に抱えられたリトルドラゴンズに、騎士団員君達はギョッと目を剥いた。
ティトゥは彼らの疑問を華麗にスルー。手慣れた動きで操縦席に乗り込むと、手を大きく横に振った。
『みなさんハヤテの前を開けて頂戴! 前離れー! ですわ!』
ティトゥの声に、僕を取り囲んでいた砦の騎士団員達が慌てて道を開けた。
ババババババ
『危ない! 食われるぞ!』
『ひいいいっ!』
え~っ。何そのリアクション。地味に傷付くんだけど。
君ら僕の事を何だと思っているわけ?
どうやら彼らは怒ったティトゥが僕をけしかけているとでも思ったようだ。何だろう、この釈然としない気持ち。
『ほら、ハヤテ』
「ちぇっ。離陸準備よーし! 離陸!」
『離陸! ですわ!』
「「ギャウー(離陸ー!)」」
『・・・ボソリ(離陸)』
タイヤが地面を切ると、フワリ。僕の機体は大空へと舞い上がった。
そして僕の四式戦イヤーは、メイド少女の小さな呟きを聞き逃さなかった。
分かるよカーチャ。一人だけ仲間外れはイヤだったんだね。
いいでしょう。ここは武士の情け。この秘密は黙って墓まで持って行く事にしようじゃないか。
『どうしたんですの? ハヤテ。妙に楽しそうですわね』
「いやね。カーチャがみんなに聞こえない声で、コッソリ『離陸』って言っていたのが超面白くて!」
『あっ! ハヤテ様、今、私の悪口を言いましたね! 言葉は分からなくてもそのくらいは分かるんですよ!』
ついさっき墓まで持っていくと誓った秘密は、ティトゥの巧みな誘導尋問(※個人の感想です)によってすっかり暴かれてしまった。
カーチャは何を言われたかは分からないながらも、自分にとって都合の悪い話をされた事だけは察したようだ。
相変わらず無駄に鋭い子だよ。
『いや、ハヤテが分かり易すぎるんですわ』
『ティトゥ様! ハヤテ様が何を言ったのか知りませんが、絶対に違いますからね! ハヤテ様は私に意地悪をしているだけですから!』
顔を真っ赤にして否定するカーチャ。
そして呆れるティトゥ。
『どうでもいいですわ。それよりも街道の南に向かって頂戴』
アイアイマム。
僕は翼を翻すと、街道の南、謎の軍勢の偵察へと向かうのだった。
謎の軍勢とやらはあっさり見つかった。
砦から直線距離で、ざっと二十キロメートル。
ここからだと約一日程度の距離、といった所か。
発見されたのが三日前と聞いていたので、思っていたよりも進んでいない気もするな。
・・・いや。ここには険しい山の間をぬうように走る細くて険しい峠道だ。
軍隊の行軍も平地のようにはいかないのだろう。
『かなりの数の軍勢ですわね。まだ最後尾が見えませんわ』
『高い空から見下ろしているせいでしょうか。まるでアリの行進のようにも見えますね』
ああ、確かに。どこか見覚えがあると思ったらそれか。
細い峠道を一~二列でゾロゾロと歩く彼らの姿は、言われてみれば確かにアリの行進を思い出させた。
しかしこのアリの群れは、ただのアリの群れじゃない。獲物に食らいつくと瞬く間に殺しにしてしまう、凶悪な人食いアリだ。
『これ程の数の軍勢に、さっきの砦は一体どれだけ持ちこたえられるのかしら』
ティトゥの呟きに操縦席の中がシンと静まり返った。
みんな、たった五十人しか兵士のいない、あの小さな砦の姿を脳裏に思い描いたのだ。
僕達の想像の中で、既に砦は無数の敵兵によって攻め滅ぼされている。
砦を抜けた敵は雪崩をうって、トルスターの村に押し寄せるだろう。
しかし、あの小さな村では到底彼らの腹を満足させる事は出来ない。
彼らは飢えたイナゴのようにヨナターン領を蹂躙。
やがてこの謎の軍勢はヨナターンの北、ヴラーベル領へと牙を向けるだろう。
ヴラーベルはティトゥ実家のマチェイのある領地である。
『ハヤテ・・・』
『ハヤテ様』
『ワカッテル』
この軍勢はここで止めなければならない。
トルスター砦の戦力はあてに出来ない。彼らにこれだけの大軍を止める事は不可能だ。
百聞は一見にしかず。こうして空から見てみて、敵の軍勢の規模が良く分かった。恐ろしさが実感出来た。
「ティトゥ――」
『何ですの、ハヤテ』
王都に戻って王家の救援を要請する。
ダメだ。時間がかかり過ぎる。
いや、当然救援は頼むが、将ちゃんの軍が到着するまで、ヨナターンがどれだけの被害を受けるか――どれだけの人達が殺されるか想像も出来ない。
「ティトゥ。僕に力を貸して欲しい――いや、頼らせて欲しい」
『勿論ですわ。私達は永遠のパートナー。頼って頂いて結構ですわ』
僕は――
「僕は、あの軍勢を止めたい」
ティトゥは黙って僕の言葉を聞いている。
「けど、僕にどこまで出来るかは分からない。
ヨゼフスさんはいい人だ。ヨゼフスさんの奥さんも、娘さん達も、ティトゥを好きな町の人達だって、良く分からない軍勢に、訳も分からずに蹂躙されていい人達じゃない。
僕の機体は戦闘機――戦うために設計され、作り出された”兵器”だ。
この世界の人間相手には完全なオーバーキル。一方的に彼らを殺すだけの理不尽な存在だ。
だけど――いや、だからこそ僕は怖いんだ。
僕は人殺しの兵器だ。一度の戦いで何十人も、何百人だって殺す事が出来る。
でも、それだけ殺しても、何千人もいる敵の軍勢の一部でしかない。
僕が全力で戦っても――全力で人を殺しても、敵軍は止まらないかもしれない。
そうなれば僕のやった事は、ただの虐殺だ。この世界の人達に僕の身勝手な正義感や独りよがりの価値観を押し付け、殺しただけの人殺しだ。大勢の命を無意味に奪った大量殺人者だ。こんな傲慢が許されるはずはない。少なくとも僕なら絶対に許せない」
けど、それでも――
「けど、それでも僕はヨナターンの人達のために、戦ってでもあの軍勢を止めたいんだよ」
ティトゥ、僕は――
『良いですわよ』
ティトゥ、僕は戦ってもいいのだろうか?
『ハヤテはハヤテのしたいようにしてもいいのですわ』
僕はいかさま同然の存在だ。こんな僕がこの世界人達の争いに参加してもいいのだろうか?
そんな勝手が許されるのだろうか?
『私とハヤテは一心同体。二人で一人なのですわ』
でも――
『誰が何を言おうと、私があなたを許します。だってあなたの望みは私の望みだもの。だからハヤテ』
――ああ。
『一緒に戦いましょう』
ありがとうティトゥ。
やっぱり君は僕のかけがえのないパートナーだよ。
この世界に転生して最初に出会ったのが君で本当に良かった。
次回「初撃」