その5 緊張のトルスター砦
僕達は将ちゃんの婿入り先、ヨナターン領の屋敷に到着した。
ここで当主のヨゼフスさんを下ろして、無事にお仕事終了――となるはずだったが、話はここで終わらなかった。
『『『『『うわあああああああっ!!』』』』』
『姫 竜 騎 士!』『姫 竜 騎 士!』
ていうか、相変わらず屋敷の外の野次馬がうるさいんだけど。
ティトゥの話が聞き取りづらいから、君達ちょっと静かにしてくれないかな。
『――という訳で、ヨナターン様はもう一度王都に戻る事にしたんですわ』
おっと、ティトゥの話が終わったか。
ええと、一度整理しようか。
現在、北の国境に小ゾルタの軍、三千が進軍中。
そこでヨゼフスさんは、その戦いに参加するために自分の領地、ヨナターンへと戻って来た。
ところが彼を待っていたのは、予想だにしない報告だった。
なんとヨナターンの南に四千の軍勢が迫っているというのだ。
これではゾルタとの戦いに参加するどころではない。
というか、そもそもここには四千もの軍勢に対抗する戦力は無い。
そこでヨゼフスさんは、一度王都に戻って義理の息子である将ちゃんに助けを求める事にしたのだった。
この理解でオッケー?
『おっけー、ですわ』
ふむふむ、なる程。しかし謎の軍勢四千ね。
この国――ミロスラフ王国より南には国は存在していない。
正確に言えばいくつかの港町が存在し、それぞれが自治を行っているそうだ。
要は港町が一つだけのミニミニ国家の集まり、と考えればいいだろう。
これらを”都市国家群”と言い、そして都市国家群全体で一つの集合体――”都市国家連合”を形成している。
彼らは時には協力し合ったり、時には利権をめぐって争ったりと、大陸の国々をそっちのけで、好き勝手にやっているらしい。
独自路線。いい言葉だ。何だかロマンを感じるね。
さて。南から軍がやって来たのなら、それはこの都市国家連合の軍勢以外には考えられない。
しかし、国でもなんでもない港町の集まりが、四千もの戦力を集められるだろうか?
聞けば、謎の軍勢の装備は結構充実してたという。
流石にそれは、眉唾物なんだけど。
「う~ん。将ちゃん――じゃなくて、国王に報告をするなら、やっぱり正確な情報じゃないとマズいよね?」
『勿論ですわ』
マズいようだ。
まあ、将ちゃんなら、多少不確かな情報を伝えたからと言って、怒って処罰したりはしないとは思うけど。そもそも、ヨゼフスさんは将ちゃんの義理のお父さんな訳だし。
けど、あまりいい加減な情報を伝えたら、協力した僕やティトゥの立場が悪くなったりしないだろうか?
「あのさ。一度僕達の目で直接確認しておきたいんだけど、いいかな?」
どうせ半島の南なんて僕ならひとっ飛びだからね。
「兵は拙速を尊ぶ」なんて言うけど、あくまでもそれは正しい情報を掴んだ上での話だから。
いい加減な情報に振り回されて右往左往してもいい、なんて話ではないから。
『さっきからハヤテは何を言っているんだ?』
ヨゼフスさんがティトゥに尋ねた。
今朝の穏やかな顔とは違って、今は不安を隠し切れていない。
突然、領地存亡の危機的状況を知らされたんだ。無理はないだろう。
『ハヤテは、王都に戻る前に敵の軍勢を偵察しておきたい、と言っているのですわ』
『それは――勿論、そうして貰えればこちらとしては助かるが・・・』
『だったら決まりですわね』
ヨゼフスさんの了承も取り付けたし、これで問題無し。
じゃあ早速出かけようか。
「ギャウー! ギャウー!(ていさつ! 私もていさつする!)」
『ちょ、ファルコ様、落ち着いて下さい! ティトゥ様、ハヤブサ様の方をお願いします!』
『全く。ファルコは偵察の意味が分かってて騒いでいるんですの?』
なぜか偵察という言葉に反応して興奮するファル子を、メイド少女カーチャが慌てて取り押さえている。
ティトゥはカーチャからハヤブサを預かると、操縦席に乗せた。
「ギャウー(パパ、ていかすって何?)」
「ていかすって何だよ。ていかすじゃなくて偵察な。ええと、偵察というのはだな――」
「フウウウ。フウウウ(※意味不明の唸り声)」
『ファル子様、暴れないで下さい!』
『やれやれですわね。あ。ヨナターン様、先に乗って下さいな』
『あ、ああ、分かった』
ヨゼフスさんは、「本当にコイツらに任せて大丈夫だったんだろうか?」とでも言いたげな表情を浮かべるのだった。
ウチの子達は落ち着きがなくてスミマセン。
ヨナターン領の最南端、山に囲まれた盆地の村トルスター。
僕達はひとまず、そこに作られた砦を目指す事になった。
『あれがその砦ですわね』
『・・・こんなにあっさりと。知ってはいたが、ハヤテの速度というのは、やはり凄いものだな』
ヨゼフスさんは砦を見下ろしながら、感慨深そうに呟いている。
そうかな? 大した距離じゃなかったと思うけど。
『それはお前が空を飛んでいるからだ。我々人間は山を越えなければならないんだぞ』
まあ確かに。ヨナターン領はそもそもほとんどが山だが、その山も南に行くほど険しくなっている。
確かにここを歩きで越えるのは、手間も時間もかかりそうだ。
『あの、そろそろ降りた方がいいんじゃないですか? 下では大騒ぎになっているみたいですけど』
恐る恐る口を挟んだカーチャの言葉に砦を見下ろすと、確かに上を下への大騒ぎになっている。
さっきから自分達の頭の上を、巨大な謎生物がグルグルと回っているのだ。そりゃあ大騒ぎにもなろうってもんだ。
『カーチャの言う通りですわね。ヨナターン様――』
『安全バンドだな。りょーかい』
ティトゥが僕のマネをして『了解』を繰り返すものだから、ヨゼフスさんまで口にするようになってしまった。
ティトゥはあまり変な言葉を覚えないで欲しいんだけどなあ。
『ハヤテ?』
「了解。着陸するから舌を噛まないように気を付けて」
あっ、つい「了解」って言っちゃった。
てなわけで、僕は無事に街道に着陸。
無事とは言ったものの、荒れた道だったせいで、いつもよりタイヤが跳ねてドキリとさせられたよ。
道は悪いし細いしで、街道と言うよりもザ・田舎道、といった感じだ。
僕が降りたのを見て、完全装備の騎士団員達がおっかなびっくり、砦からぞろぞろと姿を現した。
『何だ? 背中に人が乗っているのか――なっ?! あれはヨナターンのご当主様?!』
『砦の隊長だな。知らせを聞いてやって来たのだが』
四十がらみのちょっとくたびれた感じのオジサンが、ヨゼフスさんを見てギョッと目を見開いた。
ていうか、彼がここの隊長さんなんだ。
直立不動になった彼を見て、彼の部下達も大慌てで居住まいを正している。
これで全員? ちょっと少なくないかな?
『随分と人数が少ないですわね』
『ああ。日頃は街道を通る者もロクにいないからな。四~五十人もいれば十分なのだよ』
『・・・あ、あの、ご当主様。そちらのご令嬢は一体?』
隊長のすぐ横に控えた、高校生くらいの若い騎士団員が、怪訝な表情を浮かべた。
『こちらはティトゥ・ナカジマ殿。今日はドラゴン・ハヤテの騎手として来てもらった』
『『『『『ド、ドラゴン?!』』』』』
どうも。ド・ドラゴンです。
ティトゥが大きな胸を張った。
『ええ。彼が私のパートナー。ドラゴンのハヤテですわ!』
「どうも。ハヤテです」
『『『『『喋った!!』』』』』
騎士団員達はポカンと大口を開けて僕を見上げたのだった。
さて。恒例の挨拶は終わったし、これから謎の軍勢の偵察に――と思ったら、ここで騎士団員から待ったがかかった。
例の若い騎士団員君が、ヨゼフスさんが僕に乗って偵察に出る事に難色を示したのだ。
『いけません! ヨナターンのご当主様がよりにもよって、ド、ドラゴンなどという得体の知れない物に乗って、危険な場所に行かれるとは!』
どうも。ド・ドラゴンです。
じゃなくて。いやまあ、ご当主様の体を心配するのは分かるけど、君達の大事なご当主様はその得体の知れない物に乗って王都から領地まで飛んで来たんだけどね。
そこのところどう考えているのかな?
ティトゥとヨゼフスさんも僕と同じ事を思ったのだろう。
二人共何とも言えない微妙な表情になった。
『ハヤテで行かないならどうするんですの?』
『わが部隊の軍馬があります! 我々が命を懸けて護衛を務めさせて頂きます』
そう言って誇らしげに胸を反らす騎士団員君。
ああ、うん。分かった。これって売り込みだ。自分達のご当主様の目に留まろうと、ここぞとばかりにアピールしている訳ね。
気の強そうな子だし、きっと上昇志向も強いんだろうな。
ティトゥが僕に振り返った。どう判断していいか迷っているようだ。
う~ん。別にいいんじゃない? 彼のやりたいようにやらせてあげれば?
僕としては、自分の目で謎の軍勢とやらが確認出来ればそれでいいんだし。
次回「謎の軍勢」