その29 最悪の事態
大変だったパーティーから一夜明けて翌日。
昨日は屋敷の使用人が総出で片付けをした甲斐もあって、中庭はほぼいつもの景色を取り戻していた。
とはいえ、屋敷の中は掃除に片付けにと、今日は年末の大掃除さながらの忙しさになるそうだ。
なにせ国王の即位式はもう三日後に迫っている
これからはティトゥも城の式典に参加したりと、屋敷は連日バタバタする事になるだろう。
あまりのんびりしてはいられないのだ。
なにやら屋敷の方から賑やかな声が近付いて来たと思ったら、ナカジマ家の料理人ベアータが現れた。
そして彼女に続いて大勢の料理人達。
どうやらこの声は彼女を引き留めようとしている、屋敷の料理人達の声だったようだ。
『だから、アタシはコノ村に帰らなきゃいけないの! あんた達に教えている時間は無いんだってば!』
『そこをなんとか! 今日一日だけでもいいので!』
『俺の部下をあなたの弟子にして貰えませんか? 腕は俺が保証しますから』
オジサン料理人達はベアータに、若い料理人達はベアータの新弟子ハムサスへと群がっていた。
『なあ、俺もナカジマ家で雇って貰えないかな?』
『あんたの口利きでどうにか出来ないか?』
『ちょっと待ってください。私もまだ正式に採用されたわけではないので』
ベアータの方はまだ遠慮がちだが、ハムサスの方は年齢も近い男同士とあって、馴れ馴れしく腕や肩を掴まれている。
ハムサスがハンサム青年のせいか、なんだかホモォ感漂うイヤげな光景だ。
どうやら彼らにとって、パーティーで出されたドラゴンメニューはよほど衝撃的だったようだ。
屋敷で雇われた料理人達は、どうにか上手くベアータに取り入って、料理の秘密を盗もうと懸命になっている。
『そんなに気になるなら、アタシの作った”料理マニュアル”を見ればいいじゃないか!』
あまりのしつこさに、とうとうベアータがキレてしまった。
しかし、料理人達は「そういえば」とばかりに、ハタと手を打った。
呆れた事に、彼らは料理マニュアルの存在をすっかり忘れていたようだ。
ベアータは、自分達が苦労して作った自慢のマニュアルが無視されていた事を知り、すっかりへそを曲げてしまった。
『もう、付き合ってらんないよ! ハムサスもホラ! 早く乗って!』
ベアータはハムサスの手を引っ張ると僕の翼の上に押し上げた。
料理人達は我に返ると慌てて彼女の後を追った。
『あっ! ちょっと待って下さい! もう一度チャンスを!』
『ハヤテ様! いいから出して下さい!』
『マエ ハナレ』
エンジンがかかると料理人達は驚いて飛びのいた。
やれやれ。賑やかな事だね。
『ホントニ イイノ?』
『今朝、帰ると言った時からあの有様ですよ。ホント、イヤになっちゃう』
どうやらベアータは彼らにしつこく付きまとわれて、かなりうんざりしているようだ。
一刻も早くコノ村に帰りたいようである。
まあ、昨日は一日中大忙しだったわけだし。帰ってゆっくりしたいよね。
『サヨウデゴザイマスカ』
僕はエンジンをブースト。タイヤが地面を切ると、屋敷の庭を後にした。
こうして僕はベアータとハムサスをコノ村に送り届けたわけだが、実は昨日のパーティーではベアータ達以外にも、四~五人のメイドに手伝いに来てもらっていた。
僕は彼女達も送り届けるため、この後三回程王都とコノ村を往復する事になった。
とはいえ、四式戦闘機にとってみれば、大した距離じゃない。
午前中には無事に仕事を終え、今はティトゥとメイド少女カーチャ、それとファル子達を乗せてコノ村へと向かっていた。
「「ギャーウー! ギャーウー!(※歌?)」」
『何ですのそれ?』
ファル子達は昨日のパーティーで、僕と一緒に歌った?歌を気に入ったのか、リズムを思い出しながら即興で歌を歌っているようである。
怪訝な表情を浮かべるティトゥに、カーチャがパーティーでの出来事を説明した。
『私がパロマ様達の相手をしている時に、ハヤテはそんな事をして楽しんでいたんですのね』
ティトゥは恨めしそうに僕を睨み付けた。
ちょ、待って! 全然楽しくなんてなかったから!
いやまあ、ファル子達は楽しんでいたかもしれないけど、少なくとも僕は大変なだけだったから。ちっとも楽しんでなんていなかったから。なんならカーチャに聞いてみてよ。
それからは昨日のパーティーの話になった。
と言っても、ほとんどはティトゥの愚痴だった。
自分より爵位が上の領主達の相手に、途中からは国王とパロマ王女までもが参加したとあって、貴族の社交場を苦手とするティトゥとしては、身の置き所のない辛い時間を過ごしたようだ。
「それはお気の毒様。けど、これに懲りたのなら、少しはユリウスさんかモニカさんから社交場での立ち振る舞いを教えて貰うといいよ」
『それでカーチャ。大広間の方はどうだったんですの?』
ティトゥは耳に痛い忠告は華麗にスルーすると、無理やり話題を変えた。
『中庭と変わりませんでした。あっ。ハヤテ様が歌い出してからは、みんな中庭に見に来ていたみたいですね』
なっ! それでか! どうりでいつまで歌っても全然人だかりが消えないと思った。
飽きた人が離れた分だけ、後から新規の聴衆が追加されていたのか。
そりゃあいつまでも人が減らない訳だ。失敗したな。それを知っていれば、適当なサイクルで同じ歌を繰り返したのに。
みんな結構真面目に聞いているから、「あれ? これさっきも歌ってたよな」て思われたら悪いと思って、頑張って違う歌を歌っていたのに。僕の努力は全くの無駄だったわけだ。
『ハヤテは時々、変な気を回しますわね』
『最初から最後までずっと聞いている人もいましたよ?』
カーチャが言っているのって、絶対にあの吟遊詩人のオネエ兄さんの事だろ。
大体、彼が代わりに歌ってくれたら僕があんな恥をさらさずにすんだのに。
それなのになんだよ。仕事を放棄して自分はお菓子を食べに行っちゃってさ。
それでメモを取りながら僕の歌を聞いていて、最後にニッコリ笑ってサムズアップって。
何だか思い出したら腹が立って来た。
今度会う機会があったら、絶対に一言文句を言ってやる。
『ハヤテにも調子を狂わされる相手がいるんですわね』
自分だけがひどい目に会った訳じゃないと分かったからか、ティトゥの機嫌もやや持ち直したようだ。
ファル子達の調子っぱずれな歌に合わせて鼻歌を歌っている。
『あっ。コノ村が見えて来ましたよ』
カーチャが前方を指差した。
あれ? そういえば何で僕はティトゥを乗せてコノ村を目指していたんだっけ?
ベアータ達は送り終えたから、今日はもう飛ぶ必要は無かったよね。
『今更それを言いますの?』
『気が付いていなかったんですか?』
呆れ顔になるティトゥとカーチャ。
ちょっと待って。確か、メイドさんを運び終わって屋敷に戻ったら、当たり前のようにティトゥが乗り込んで来たんだっけ。
朝から何度も往復していた僕は、すっかり「また飛ばなきゃ」という気分になって、深く考えずに屋敷を飛び立って――って、これって全然意味の無い飛行じゃないか!
『今更気付いたんですの?』
『なんで気が付かなかったんですか?』
なんでって、いや、君達が当たり前のような顔で乗るからじゃないか!
それにティトゥが『ではお願いしますわね』なんて言うから!
ていうか、カーチャは気付いていたなら、何で言ってくれないんだよ!
『せっかくここまで来たんだから、コノ村にも寄っていきましょう。ほら、ハヤテ』
・・・なんだろう。この釈然としない気持ち。
僕はティトゥに促されるがまま、今日何度目かのコノ村の外への着陸コースを取るのだった。
コノ村でゆっくりしてから王都の屋敷に戻った僕達は、三日後の即位式が延期になったという話を聞かされる。
詳しい話は分からないが、王城の方で何かがあったらしい。
今、王城にはパロマ王女が滞在している。
何があったのかは知らないけど、彼女が巻き込まれるような事がなければいいんだけど。
この時の僕達はそんな事を考えていた。
延期の理由が判明したのは翌日。
アダム特務官の部下の、サブだったかボブだったかが、ティトゥの屋敷までやって来たのだ。
なんでも王城に賊が侵入して、前国王が残した遺言状を盗み出したらしい。
驚く僕達に彼は協力をお願いして来た。
どうやら賊は既に城を逃げ出し、王都のどこかに行方をくらませているそうだ。
彼は僕達に、空から賊を探して欲しい、と頼んで来た。
なぜこんな情報を僕達に漏らしたのかと思ったら、そういう事情だったんだな。
ティトゥは快く彼の依頼を引き受けた。
こうしてこの日、僕とティトゥは、王都に潜伏中という賊を空から捜索した。
しかし結局、それらしい集団を発見する事は出来なかった。
ヘリコプターならまだしも、四式戦闘機の巡航速度では、町に隠れる人間を捜索するのは無理があったのだ。
僕達の捜査は空振りに終わった。
サブだかボブだかは、仕方がないと言ってくれたが、ティトゥは軽く落ち込んでいる様子だった。
どうやら彼女は、いつものどこから出て来るのか分からない謎の自信で、僕ならきっとどうにか出来ると思っていたようだ。
ティトゥの期待に応えられなかった事は素直に申し訳ないとは思うが、僕の体は四式戦闘機で、中身の僕は所詮ただの一般人だ。
当然、出来る事と出来ない事がある。僕は不可能を可能にするスーパーヒーローでもなければ、物語の主人公でもないのだから。
さて、逃げた賊と、彼らが盗んだ遺言状とやらは一体どこに行ったのか?
その答えは十日後に判明する。
この国でもネライ家と並ぶ大貴族のメルトルナ家。武闘派として知られるこのメルトルナ家が、遺言状と”二列侯への勅諚”を手に、「カミルバルトの即位は王位の簒奪である!」と表明したのだ。
メルトルナ家はカミルバルトを糾弾しただけにとどまらず、自らの軍を動かし、武力に訴える事も辞さない構えだという。
更にこの動きに西のネライ領も追随する動きを見せた。
西のネライ、東のメルトルナが、共に王家の敵に回る。
この最悪の事態に――いや、事態はこれだけには終わらなかった。
この国の北。隣国ゾルタの軍も動き始めたのだ。
東西からは二つの領地軍が、北からはゾルタの軍が、同時に三方向から進軍を開始する。
こんな出来過ぎた偶然なんてあるはずはない。
間違いなくこの三者の動きは連動している。
これは彼ら敵対勢力が共謀した、カミルバルトを狙った包囲網だったのだ。
次回「エピローグ 包囲網」