エピローグ 王都
翌朝、我々マチェイ家御一行様――騎士団含む――は、無事に町を出発した。
ちなみに名もなき町はラーンスカーの町というらしい。さっき聞いた。名もなき町じゃないじゃん。
パンチラ元第四王子は、町長の使用人に背負われて馬車に運び込まれていた。
なんだ、まだグロッキーなのか? だらしないヤツめ。
たかだか30分ほど絶叫ツアーにご招待しただけなのに。
嬉ションまでしていたのに、どういうことだよ。
ティトゥは今まで同様、僕の操縦席のイスに座っている。
そうそう、昨日まで僕をグルグル巻きにしていた憎っくきロープだが、今日は最低限に抑えられている。
これは嬉しい仕様変更ですね!
とは言っても、最初からこの町を出る時にはロープを減らすことになっていたのかもしれない。
だって、あのままだとどう見ても「騎士団が捕獲した凶暴なドラゴンを連れての凱旋帰国」にしか見えなかったと思うしね。
まあ、僕としては待遇が良くなったことに文句はない。
塗装面にロープの跡も残らなかったみたいだし。良かった良かった。
ちなみに一昨日の夜、パンチラ元第四王子に切りつけられた翼の傷はすでに治りつつある。
ていうか、自動で治ってくれて良かったよ。
最悪、板金屋を探さなければいけないところだったんだからね。
あの傷跡は今では薄っすらとその痕跡が分かるだけで、穴自体はすでに塞がっている。
流石に塗装まではまだ戻っていないので、地金がむき出しになっているけどね。
操縦席はまだ少し匂うのだろうか? ティトゥは、直前にメイド少女のカーチャから渡された壺から何やら取り出して操縦席に撒いていた。
なんだろう、ポプリとかいうのかな?
乾燥した葉っぱやら木の実やらその他いろいろの詰め合わせだ。
操縦席の床にゴミが撒かれているようで少し気にはなったが、ティトゥが僕の匂いを我慢しながら乗ることに比べればまだましだ。
というか、これってそもそも僕の匂いじゃないからね。
パンチラ元第四王子の中身の匂いだから。
あの野郎、僕に恥をかかせやがって。
次の機会があったら今度はどうしてくれようか。
『ハヤテ。この旅では私は貴方に無様な姿ばかり見せてしまいましたわ』
おもむろにティトゥが僕に話しかけてきた。
『でも、二度と今回のようなことはないとここに誓いますわ』
毅然とした態度でそう宣言した。
ティトゥの気持ちが前向きになったのは喜ばしいことだ。
でも精神的な問題は本人の気持ちや頑張りでどうこう出来ないことが多い。
分かっていても、自分ではどうにもならない類のものなのだ。
でも沈み込んで俯いているよりは、空元気でも胸を張るのは良いことだ。
僕は君の決意を応援しよう。
「分かった。無理しないようにね」
『もちろんですわ』
言葉は通じないはずなんだけど、こういう時のティトゥはまるでこっちの言っていることが分かっているかのような返事をするよね。
どういうことなんだろう?
『マチェイ嬢にハヤテ殿、王都が見えてきましたぞ!』
騎士団の騎馬が一騎近づいて来ると、乗っていた髭モジャおじさんが荷車の立てる音に負けじと怒鳴った。
髭モジャおじさんことアダム班長の言葉にティトゥが立ち上がり、手をひさしにして前方を見た。
お客様、当機は揺れますので、席を立たないようお願いいたします。
ん? アレかな?
僕の目?にも遠くに薄っすらと三角屋根が見えた。
『王城のてっぺんがみえますわ!』
ああ、やっぱりあれがそうなのか。
みんなにも見えたのだろう。前方の馬車からもざわめきが聞こえた。
『マチェイ家の皆様、並びにドラゴンのハヤテ殿。王都騎士団を代表して皆様を歓迎致します』
アダム班長の宣言に荷車の周囲にいた騎士団員達が馬上で背筋を伸ばし、胸当てを叩いた。
ティトゥは膝を軽く曲げるカーテシーに似た挨拶を返そうとして、僕の上ではそれができないことに気が付いた。とっさに騎士団員のマネをして胸を叩く。
ポヨン。
そんな音がした気がした。
気まずさに目をそらす騎士団員達。
おいコラ! タココラ! ティトゥのおっぱいが揺れたところを見たんじゃねえだろうなコラ!
荷車に揺られながら怒り心頭の四式戦。
僕達一行が王都の門まで到着したのは2度の休憩を挟んだ後。午後になってからだった。
我々はついに王都に到着したのだ。
王都で僕とティトゥは、一人の少女を助けて、再び一緒に大空を飛ぶことになる。
だが、今の僕達にはそのことを知る由もない。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ではビビアナ、行ってまいりますね」
ランピーニ聖国・第八王女マリエッタは外出の支度を終えると、彼女の侍女にそう告げた。
特徴的な銀色の髪がサラリと額にかかった。
「姫様、やはり私が付いて行くことはできませんか?」
マリエッタの侍女ビビアナは納得ができないようだ。
「仕方ありません。貴方には伯爵から頼まれた仕事があるじゃないですか」
ミロスラフ王国でこのたび開催される戦勝式典に参加するため、クリオーネ島ランピーニ聖国からやってきたマリエッタ第八王女を代表とする友好使節団は、今は王城の敷地内にある迎賓館を与えられていた。
友好使節団の目的の一つは、ランピーニ聖国がミロスラフ王国の海岸線の情報を敵国に売ったという噂の否定だった。
しかし、実のところその件に関してはなんともいえない状況にあった。
誰も何とも思っていなかったのだ。
ミロスラフ王国は、彼らの言うところの隣国ゾルタとの戦いで竜 騎 士を投入、その圧倒的な力でわずか一ヶ月でゾルタ軍を退けることに成功していた。
今や王都ではその竜 騎 士の話題で持ち切りで、ランピーニ聖国の噂などほとんど聞くことが無かったのだ。
それどころか有力な上士位(ランピーニ聖国でいうところの伯爵位)である貴族達ですら、多くの者がその噂自体を知らなかった。
基本的なことをランピーニ聖国側は勘違いしていたのだ。
周囲を複数の有力な国に囲まれた中、長く独立を維持している島国のランピーニ聖国とミロスラフ王国とでは国際感覚が違うのだ。
ミロスラフ王国は言ってしまえば田舎の小国で、根本的に国際情勢に疎かったのだ。
いささか拍子抜けした友好使節団だが、だからと言って、このまま式典が始まるまでのんびりしていて良いというわけではない。
彼らは限られた日程を有効に使い、多くの有力者と知己を得るなり、友好を深めるなりしなければならない。
中でも使節団副代表でもあるメザメ伯爵は、毎日精力的に動いていた。
というより、本来の代表であるマリエッタ第八王女をないがしろにして、関係各所に出向いていた。
マリエッタ第八王女付きの侍女ビビアナはそのことに強い不満を抱いていたが、男爵位でも下位にあたる、いわゆる小男爵の令嬢である彼女には、名門メザメ伯爵に連なる彼には何も言うことが出来なかった。
せめてマリエッタ第八王女自ら行動を起こしてもらいたいものの、王女は使節団の役割を優先して、メザメ伯爵との衝突を極力避けていた。
「でも今日の大教会への敬意訪問はメザメ伯爵が受けてきたものだわ。ならば姫様に任せず自分で行くのが筋というものじゃないかしら」
「そんなことを言ってはダメよ。私が行った方が良いと、彼が判断したから私に頼んできたのでしょう」
姫様は人が良すぎる。
ビビアナは伝わらない思いに内心歯噛みした。
そもそも今日に限って自分に別の仕事が入るなど、どう考えてもタイミングが悪すぎる。
明らかに誰かの作為を強く感じずにはいられない。
誰かとはもちろんメザメ伯爵だ。
(あのアオダイショウ、一体何を企んでいるのよ)
青白いヒョロリと背の高いメザメ伯爵のことを、ビビアナは心の中ではこっそりそう呼んでいた。
「鐘八っつ(午後2時)には戻ると思います」
「・・・お気をつけて」
ビビアナは言い知れぬ不安を感じながらも彼女の主を送り出した。
そして彼女の予感は当たり、予定の時間がすぎてもマリエッタ王女は帰って来なかったのだった。
この話で第二章の本編は終了となります。
この後は第二章と第三章を繋ぐ話を入れてから第三章に移る予定です。
繋ぎの話は「中間話」とし、何話かかかる予定になります。
明日19日はこの小説を初投稿してから丁度一ヶ月になります。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
次回「中間話1 プロローグ 王都の城門にて」