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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第十四章 ティトゥの招宴会編
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その28 愚かな選択

◇◇◇◇◇◇◇◇


 時刻は宵五ツ(午後八時)を回った頃。

 夏の日は長いとはいえ、この時間、町はすっかり暗くなっている。

 ここは王都の貴族街。

 一台の立派な馬車が、屋敷の門をくぐった。

 多くの貴族の屋敷が立ち並ぶ中でも、特に大きな敷地面積を持つこの屋敷。

 『西のネライ、東のメルトルナ』と名高い貴族家、ネライ家の屋敷であった。


 敷地内に四つ立ち並ぶ屋敷の真ん中。使用人達からは母屋と呼ばれている建物の入り口に馬車は止まった。

 馬車のドアが開くと、白髪白髭の老貴族が降り立った。

 彼こそがネライ家当主、ロマオ・ネライその人であった。


 ロマオはいつも厳しい顔をさらに厳しくすると、屋敷の入り口を睨み付けた。

 彼の視線の先で慇懃に頭を下げているのは、ロマオとよく似た印象を持つ老人。

 この屋敷の執事である。

 彼はネライ本家の家令の息子で、二人は幼い頃から同じ屋敷でまるで兄弟のように育っていた。

 ロマオは最も信頼のおけるこの男に自分の息子を任せ、この王都の屋敷の執事をするように命じていた。


 その男がまさか自分を裏切るとは。


「一体どういうつもりだ?」


 ロマオは食いしばった歯の間から絞り出すように言葉を漏らした。

 常に自分を押さえつけていないと、怒りと混乱で何をしでかすか自信が無かったのだ。


 老執事は顔を上げると真っ直ぐにロマオを見つめた。

 その顔には何の後ろめたさも後悔も感じられなかった。

 その事実がロマオの怒りに火を注いだ。


 怒りで言葉を失くした夫に代わり、いつの間にか馬車から降りていたロマオの妻が執事を問い詰めた。


「なぜ、大事な書状を勝手に外に持ち出したりしたのです?」




 ナカジマ家のパーティーに参加していたロマオ夫婦の元に、屋敷の使用人が駆け込んで来たのは、丁度国王カミルバルトが王城に戻った直後だった。


「大変です! 屋敷の北屋の保管庫が開けられているのが発見されました!」

「俺が使っている保管庫が?! 屋敷の者達は何をしていた?!」


 使用人は余程慌てていたのか、説明はどうにも要領を得なかったが、断片的な話をつなぎ合わせる事で事件のあらましが判明した。


「まさか・・・あいつが」


 使用人が混乱するのも無理は無い。

 犯人は屋敷の老執事だったのである。


 彼はロマオが屋敷を出たのを見計らい、預かっていた鍵を使って保管庫を空け、中から書状を盗み出したと言うのだ。

 彼が盗み出した書状とは、”二列侯への勅諚(ちょくじょう)”。

 かつて前宰相ユリウスがカミルバルトの国王即位を防ぐために、ネライ家とメルトルナ家に極秘に送っていた命令書である。


「それで勅諚(ちょくじょう)――書状はどこに?!」

「そ、そこまでは存じ上げません」


 どうやら使用人も詳しい事は聞かされていないようだった。

 あるいは事件が発覚した直後に、急遽、報告のために送られたのかもしれない。


「分かった。急いで屋敷に戻る。馬車を回すように手配しろ」

「はっ! はい!」


 使用人は慌ててナカジマ家の使用人を探し始めた。

 ロマオはイライラと髭をしごきながら、もの思いに沈んでいた。

 そんな夫を彼の妻は心配そうに見つめているのだった。




 急ぎ屋敷に戻ったロマオを出迎えたのは、勅諚(ちょくじょう)を盗み出したという老執事本人であった。

 ロマオは混乱するとともに、怒りのあまりカッと頭に血が上った。


「書状は今どこにあるのです」


 ロマオの妻の詰問に、老執事はいつもと変わらない態度で答えた。


「メルトルナ家の使いの者に渡しました」

「メルトルナ?! 馬鹿な! 貴様それが何を意味するか分かっているのか?!」


 二列侯への勅諚(ちょくじょう)は、二通揃わないと意味を持たない。

 これはネライ家とメルトルナ家が勅諚(ちょくじょう)を恣意的に用い、王家に対して謀反を企まないようにするための安全装置のようなものである。

 つまり、二家が互いを牽制して軽々には動きが取れないように仕組まれているのだ。


 もし勅諚(ちょくじょう)がメルトルナ家当主、ブローリーの手に渡ったら、あの男は王家に対して叛意を表明するだろう。

 彼の宣言に他領の領主がどれだけ同調するかは分からない。

 だが、ここまで強引な方法を取った以上、既に何かしらの勝算があっての行動なのは間違いない。


 ロマオは今夜のパーティーで顔を合わせた領主達を順番に思い出していた。


 まず国王派。この筆頭はヨナターン家だ。あそこは娘をカミルバルトの側室に入れている。立場がハッキリしている以上、今更ブローリーに従う意味が無い。

 次いでナカジマ家。ナカジマ家の当主は昨年春の隣国ゾルタとの戦い、そしてこの冬の新年戦争と、カミルバルトに従って戦っている。領地の騎士団も王都騎士団出身の者で占められていると聞く。彼らが反国王の軍に従うとは考え辛い。


 翻って反国王派。言うまでも無く筆頭はメルトルナ家。次いで謹慎中のマコフスキー家辺りが怪しい。

 オルドラーチェク家、モノグル家、ヴラーベル家は中立、ないしはブローリーに懐柔されて反国王派に与しているかもしれない。


「どうしてそのような事をしたのです! 申し開きがあるならここで言っておしまいなさい!」


 妻の言葉にロマオはハッと我に返った。

 そうだ。理由を聞かなければ。なぜこの男が自分を裏切るようなマネをしたのか。

 何かそうせざるを得ない、理由があったに違いないのだ。


 その時、ロマオはふと視線を感じて屋敷に目を向けた。

 いつの間に屋敷に戻っていたのか、窓からこちらを見ていた息子のアマラオと目が合った。

 アマラオは気まずそうに目を逸らすと、ロマオの視線から逃れるように体を隠した。


 その瞬間、ロマオは理解した。

 自分に忠実なこの男が何のために、いや、誰のために自分を裏切ったのかを。


 彼は頭から冷水をかけられたような気持ちになった。

 そして自分の息子に対する呆れと情けなさで顔を覆いたくなった。


「アマラオに頼まれたのか」

「?!」


 背後で妻が息を飲んだ。

 老執事は頷いた。


「さようでございます」

「馬鹿な! どうしてそんな事を! あれ(・・)がそんな愚かな事をしでかさないように、お前を王都に残したというのに! 俺がなぜお前にあれ(・・)の世話を任せたか、それが分からないお前ではあるまい!」


 ロマオは信じ難かった。

 息子が、アマラオがブローリーの口車に乗せられて、反国王派に加担した事が、ではない。

 この聡明な執事が、アマラオの暴走を止めもせず、彼の意思に従って愚かな行動に加担した事が理解出来なかったのである。


 老執事は静かな声で答えた。


「ご当主様」

「何だ?」

「ご当主様は私の名前を覚えていらっしゃるでしょうか?」

「? 何を言っているんだ?」


 知らない訳が無い。ずっと兄弟同然に育ったのだ。


「キリアーレだ」

「それは家名でございます。私の名前、ファーストネームをお答え下さい」

「そ、それは・・・」


 ロマオは言葉に詰まってしまった。

 そういえばいつから自分はこの男を名前で呼んでいなかったのだろうか。

 なまじ兄弟同然に育ったせいもあるかもしれない。ロマオはずっと彼の事を「お前」としか呼んでいなかった。


 老執事は屋敷を振り返ると、窓からこちらを見ていたアマラオに尋ねた。


「若様はごぞんじでしょうか」

「・・・エリックだ。お前の名はエリック・キリアーレだ」


 老執事は満足そうに頷いた。

 ロマオはこうして答えを聞かされた今でも、「そうだったか?」としか思えなかった。


「私がご当主様ではなく、若様を選んだのはこれが理由でございます」

「たった・・・それだけの事で?」


 もちろんこれが全てではない。


 長年に渡って執事としてアマラオに仕えて来た時間。

 甘さが抜けずに手のかかるアマラオを、自分が支えなければならないという使命感。

 アマラオから我が身に寄せられる全幅の信頼感。


 それら全ての積み重ねがあった上での、先程のやり取りである。


 ロマオにとって自分は、頼りには出来るが代替の利く選択肢の一つに過ぎない。

 しかし、アマラオにとっては、替えの利かない、正に半身のような存在である。


 これが彼がロマオではなく、アマラオを選んだ理由であった。


「それに、最初に私に若様に仕えるように命じたのはご当主様でございます」

「・・・愚かな。なんと愚かな」


 ロマオは小さくかぶりを振りながら、疲れ果てたように同じ言葉を繰り返した。

 愚かとは誰の事を言っているのだろう。

 ブローリーの口車に乗ってしまった息子、アマラオに対してだろうか。

 あるいはアマラオに頼られて、誤った選択をしてしまった老執事に対してだろうか。

 あるいは老執事の心の動きに気付けなかった自分に対してだろうか。


 こうして二列侯への勅諚(ちょくじょう)はネライ家から持ち出された。

 勅諚(ちょくじょう)がメルトルナ家当主ブローリーの手に渡るのは、彼が自領に戻ってから後の事になる。

次回「最悪の事態」

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― 新着の感想 ―
[良い点] そういやロマオの爺さんはブローリー君と完全に手を組んだわけじゃなかったね…裏を警戒してたし…まぁ足元を掬われてしまったけど(苦笑) [一言] いざ内乱になっても聖国とゾルダはカミルバルトに…
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