その27 大きな企み
屋敷の入り口から、パーティーの参加者達がぞろぞろと戻って来た。
彼らはカミルバルト国王とパロマ王女の見送りに出ていたのだ。
そろそろパーティーもお開きの時間。
国王達は馬車に乗って王城へと帰っていった。
『我々もそろそろ帰りますか』
『そうですね。夜も更けて参りましたし』
参加者達は、家族ごとにまとまると、屋敷の使用人に入り口に馬車を回すように頼んでいる。
長かったパーティーもようやく終わりを迎えるようだ。
長かった。長かったよ。特に最後の僕のリサイタルがっ!
だって誰も止めてくれないんだもん。
メイドのモニカさんもすぐに屋敷の中に戻っちゃったし。
メイド少女カーチャは全然役に立たないし。ファル子達は早々に飽きて寝てしまうし。
孤独な戦いの中、歌のレパートリーも底をつき、いよいよ際どくなったタイミングで、国王が帰るので見送りをするという知らせが来たからね。
ホッとして思わず膝から崩れ落ちそうになったから。
四式戦闘機のボディーは膝も無ければ崩れ落ちる事も出来ないんだけど。
ふと視線を感じて振り返ると、ホクホク顔のオネエ兄さんと目が合った。
彼はドヤ顔で僕に向けてグッと親指を立ててみせた。てか、ふざけんな!
君が歌ってくれないから僕が歌う羽目になったんじゃないか!
お前、それは八つ当たりだろうって? 知ってるよ!
参加者達は、最後の挨拶を交わしながら談笑している。
『しかし、パーティーを楽しみ過ぎて、挨拶回りは全くはかどりませんでしたな』
『私もですよ。こんなパーティーばかりでは困ってしまいますな』
楽しいパーティーで困っている件について。
まあ、彼らの言いたい事も分からないでもない。
参加者にとって、パーティーはあくまでも名目で、本当の目的は貴族家同士の顔つなぎと派閥確認なんだろう。
今夜の彼らはうっかりそれを忘れて、普通にパーティーを楽しんでしまった、という訳だ。
つまりは、「今日は仕事にならなかったなあ」と、愚痴をこぼしているのである。
彼らの気持ちは分かるけど、主催者の僕達が気にする事じゃないかな。
それに、君達もたまには仕事抜きでパーティーを楽しんだっていいんじゃない?
屋敷の入り口にはひっきりなしに馬車が到着しているらしい。使用人が忙しく周囲を見渡しては、馬車の持ち主に声をかけている。
こうして櫛の歯が欠けるように、ポツポツと人の数が減っていった。
じきに誰もいなくなり、屋敷の使用人達がパーティーの片づけを始めるのだろう。
さっきまでやたらと賑やかだっただけに、寂寥感もひとしおだ。
これぞ祭りの後の寂しさ、というヤツか。
けど今は何事もなく無事にパーティーを終えられた事を喜ぶとしよう。
こうしてティトゥが初めて主催したパーティーは、大盛況のうちに幕を閉じた。
しかし、この時の僕は知らなかった。
この国を混乱に巻き込む大きな企み。
賑やかなパーティーの裏で既に事態は動いていたのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
王城に到着したカミルバルト国王の馬車は、来客用の館の前に止まった。
カミルバルトはパロマ王女の手を取り、少女が馬車から降りるのを手伝った。
「今夜は大変楽しい時間を過ごさせて頂きました。ナカジマ様にはよろしくお伝え下さいませ」
パロマ王女はふと、使用人達が馬車から大きな荷物を降ろしているのに気が付いた。
王女の視線を追ってカミルバルトも怪訝な表情を浮かべた。
「あの、あれは一体?」
「さて? おい、それは何だ?」
「はっ! ナカジマ様より参加者の皆様に配られたお土産ですが」
使用人はやや自信が無さそうに答えた。
カミルバルトはそこはかとなくイヤな予感を覚えて眉をひそめた。
「土産? そんな大きな箱がか? ここで開けてみろ」
「はっ! ――うわっ!」
「何だ?! どうした?!」
使用人は微妙な顔つきで箱の中身を取り出した。
箱から出て来たのは――
「それは・・・ハヤテか?」
「まあ。そっくり」
箱の中に入っていたのは『本人完全監修 1/24 ドラゴン・ハヤテ木製模型』であった。
四角い台座には”02/99”の通し番号が入っている。
カミルバルトはハッと目を見開いた。
「おい! まさか俺の方の土産にも――」
「あ、はい。同じ箱が」
早速調べてさせみるとそちらにも全く同じ物が入っていた。
ただしこちらの番号は”01/99”。自国の国王への贈答品とあって、ハヤテも気を使ったようである。
ちなみに数字上の分母は”99”となっているが、木製模型は全部で20体ほどしか生産されていない。
大袈裟な数字にしたのはハヤテの見栄である。
「ハヤテ・・・あいつは全く」
「ですが、姉上に良いお土産が出来ましたわ」
呆れかえるカミルバルト。そしてクスクスと笑いを堪えるパロマ王女。
パロマ王女の言う姉とは、勿論、宰相夫人の長女サンドラの事である。
カサンドラがハヤテ達竜 騎 士に対して、複雑な感情を持っている事を知っての発言であろう。
その時、一人の騎士が慌てた様子でこちらに走って来た。
思わず身構える親衛隊を、カミルバルトが手を上げて抑える。
騎士はカミルバルトの信頼する部下、アダム・イタガキ特務官であった。
「アダム、どうした」
「陛下! あ、失礼を。あの、出来ればあちらで」
ここでは言えないのか、アダムはチラリとパロマ王女の方を見た。
どうやら何か緊急の事態が発生したようだ。
パロマ王女はアダムの様子から事情を察し、軽く頷いた。
「では私はこれで。お見送りはここまでで結構ですわ。みなさまごきげんよう」
王女が館へと去ると、カミルバルトは妻と娘を馬車で送らせるよう指示を出した。
これでこの場に残ったのは、カミルバルトとアダムだけになる。
カミルバルトは手を振って親衛隊を遠ざけた。
「お前達は離れて警備を続けろ。――それでアダム、何があった」
アダムは少し言葉を探していたが、端的に事実を告げた。
「賊が侵入しました。人数は十人程。賊は今も王城の奥に潜んでいると思われます」
「なにっ?!」
アダムの報告は信じられないものであった。
カミルバルトはアダムを従えて、急ぎ足で王城の廊下を歩いていた。
アダムは”賊”と言ったが、彼らはこっそり忍び込んだのでもなければ、強引に押し入ったのでもなかった。
彼らは貴族家筆頭ネライ家当主、ロマオが国王カミルバルトに宛てた書状を携えて、堂々と正面から王城へと乗り込んでいたのだ。
「俺に宛てた書状?」
「そちらは確認しましたが、全くのデタラメでした」
書状には確かにロマオ本人のサインが入っていた。封蝋の印璽もロマオのもので間違いなかった。
ただし中身はカミルバルトに宛てたものではなく、全く別の人物に宛てた別の内容だった。
賊はその書状をカミルバルトに宛てたものと偽って、取次を頼み、王城の控えの間から姿を消したのである。
「だが控えの間から王城の奥に行くには――そうか。内部に手引きをした者がいた、という事か」
「おそらくは。そちらは現在調査中です。控えの間から行方をくらませた賊の数は八人。偶然彼らに遭遇したと思われるメイドが死体となって見付かっております。この女の犠牲がなければヤツらの行動に気付いていなかったかもしれません」
つい三十分程前。巡回中の衛兵が、城の窓からメイドが転落するのを見た。
メイドは地面に落ちた衝撃で首が折れ、即死だった。
しかし彼女の背中には、大型の刃物で切り付けられたと思わしき、大きな傷跡が残っていた。
慌てて衛兵が調査して回った所、控えの間にいたはずの男達が忽然と姿を消していた。
「おそらく犠牲となったメイドは、城内をうろついていた賊に偶然遭遇してしまったのでしょう。慌てて逃げ出した所を後ろから切られ、痛みとショック、それと恐怖で前後不覚に陥って、窓から身を投げてしまったのではないかと思われます」
「・・・なる程。賊は今、城のどの辺りにいるか分かるか?」
アダムはかぶりを振った。
「まだ発見の報告は入っておりません。相手は八人。こちらもまとまった人数で捜索しなければ、返り討ちの危険がありますので。
しかし、そろそろ発見されていてもおかしくはない頃かと思われます」
そうこうしているうちに、二人は王城の一角、宰相府へと到着した。
現在、宰相府は臨時の司令部となっていた。
騎士団の詰め所では現場となった王城奥からは遠すぎるし、カミルバルトの執務室では司令部にするには狭すぎる。
適当な距離にあって、適当な広さの部屋がここしか無かったのである。
宰相府の中では城内の警備を担当する衛兵隊長と、場外の警備を担当する騎士団隊長が、難しい顔で顔を突き合わせていた。
カミルバルトはこの場に親衛隊の隊長がいない事に気が付いた。
「陛下! この度は我々の落ち度で――」
「構わん。それよりも今の状況はどうなっている」
慌てて立ち上がった衛兵隊長に、カミルバルトは手で座るように促した。
「はっ。賊の数は現在判明しているだけで二十四人「二十四人だと?! 賊は八人ではなかったのか?!」
先程聞いた話の三倍もの数に、カミルバルトは思わず声を上げた。
衛兵隊長は少しためらっていた様子だったが、やがて意を決して答えた。
「城内に賊を手引きした内通者がおります。その内通者に従う者も含めた数が十六人。全体で二十四となります。そして――」
ゴクリ。衛兵隊長は緊張に喉を鳴らした。
「おそらく内通者の中心人物は親衛隊の隊長ストロウハル。親衛隊隊長こそが賊を手引きした裏切り者だと思われます」
次回「愚かな選択」