その26 ドラゴンリサイタル
屋敷の中庭は何とも言えない微妙な空気になっていた。
原因は先程運ばれて来たナカジマ銘菓である。
『モグモグモグ』
『モグモグモグ』
『モグモグモグ』
『・・・おい、少しは止さないか、はしたない』
困った顔の旦那さん達を無視して、ご夫人方は黙々とお菓子を口に運んでいる。
ていうか、あれだけ料理を食べたのに、よくお菓子が入るもんだね。
『甘い! 美味しい!』
『こっちも美味しいぞ、食べてみろよ』
子供達は嬉しそうにあちこち走り回って、お菓子を手にしては交換し合っている。
『ケリドの丘に~、紫雲立ち昇り~、・・・はあ。私なにやってんだろ』
僕の前で歌っていた、派手なドレスを着たオネエっぽいお兄さんが、遂に心を折られて黙り込んでしまった。
なんでも彼は王都の有名な吟遊詩人らしい。
パーティーの料理も大体終わって、ちょっとした出し物大会が始まった。
僕の前に簡易のステージが作られ、軽業師や、芸人なんかが現れ、芸を披露してはパーティーの参加者達の目を楽しませていた。
このオネエっぽいお兄さんは、今日の出し物の目玉、メインイベンターだったようだ。
登場した時にはご夫人方から黄色い声援と拍手喝采が送られていた。
こうしてステージの盛り上がりも最高潮。彼は滔々たる歌声で奥様方のハートをとろけさせていた。
しかし、彼の栄光は長くは続かなかった。
会場にナカジマ銘菓が運ばれて来たのだ。
女性達は即座に銘菓に殺到。あっという間に全員彼に背を向けて、お菓子を食べるのに夢中になってしまった。
今では彼の歌を聞いているのは男性客ばかり。数もまばらで、全員気まずそうな顔をしている。
そんなオネエ兄さんに、子供がお菓子を差し出した。
銘菓ナカジマ饅頭である。
『何よこんなもの。私に食べろって言うの? まあいいわ、どうせ誰も私の歌なんて聞いていないし・・・って、あっ! 甘ーい!』
ナカジマ饅頭を口にしたオネエ兄さんは、途端に表情をとろけさせた。
『何これ、すっごく美味しいじゃない! ちょっと僕、これどこから持って来たの?』
オネエ兄さんは子供に手を引かれて、軽やかな足取りでお菓子のワゴンへと去って行った。
完全な職場放棄だけど、いいの? これ。
この時、一台の馬車が屋敷を後にしていた。
馬車に乗っていたのはメルトルナ家当主ブローリー。
しかし、僕はパーティーの騒ぎに気を取られて、その事に気が付いていなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
僕の操縦席にはメイド少女カーチャが困った顔で座っていた。
とはいえ、今の僕は彼女に構っている暇はない。僕は何曲目かになる歌を歌っていた。
「さーいーたー、さーいーたー」
「「ギャウーウー、ギャウーウー(※遠吠え)」」
僕の翼の上で、僕の歌う「チューリップの歌」に合わせて熱唱? しているのは二人の子ドラゴン達。
『まあ可愛い。親子で一緒に歌っているのね』
『よもやドラゴンの歌を聞けるとはな。確か歌うドラゴンの芝居もあったが、あれは本当の事だったんだな』
『パパ! うちでも子供のドラゴンが飼いたい!』
なぜ僕がパーティー会場で『チューリップの歌』を歌うという羞恥プレーをしているのか。説明せねばなるまい。
ついさっき、メイド少女カーチャと屋敷のメイドがファル子達を抱きかかえて、こっそりパーティー会場にやって来た。
カーチャが言うには、ファル子が退屈し切って手に負えなくなったんだそうだ。
「ギャウー! ギャウー!(パパ! パパ!)」
『すみませんハヤテ様。お二人共ハヤテ様の背中にいれば落ち着くと思うんですが』
ジタバタと暴れるファル子を一生懸命押さえつけているメイドさん。
やれやれ。ファル子達にはパーティーが始まる前に、パーティー中はカーチャのいう事を聞いていい子にしているように、と言い聞かせておいたのに。
鳥頭の彼女はすっかり忘れてしまったようだ。
そんなファル子達を参加者の子供が発見した。
『あっ! ドラゴンの子供だ!』
『何? ドラゴンの子供? ほほう、あれがそうか』
『あら可愛い。親と違って随分と小さいのね』
『ドラゴンの子供だって? どこどこ?』
ちょうどお菓子騒ぎがひと段落ついた所だった事もあり、カーチャ達の周りはあっという間に黒山の人だかりとなってしまった。
『み、みなさん、前を空けて下さい! お二人をハヤテ様の所までお届けしないといけませんので!』
カーチャは慌てて走り出すと、咄嗟に僕の翼の上によじ登った。
「ギャウー! ギャウギャウー!(カーチャ姉! 私も! 私も!)」
『はい! ファルコ様もこちらに!』
カーチャは翼の上にハヤブサを降ろすと、メイドからファル子を受け取った。
こうして翼の上にカーチャとファル子達が揃った訳だが、話はここで終わらなかった。
どうやらパーティーの参加者達は、今から何かの出し物が始まると勘違いしてしまったのだ。
彼らは僕の周囲を取り囲み、何が始まるのか今か今かと待ち構えていた。
『こ・・・これ、どうしましょう?』
カーチャはすっかり困り果てている。
どうしましょうって、どうしよう。
何かやらないと収まりそうもない雰囲気なんだけど。カーチャ、ここで何か芸を披露してくれない?
『私が?! 無理無理! 絶対に無理ですから!』
顔を真っ青にしてブルブルと頭を振るカーチャ。ですよねー。知ってた。
けどどうしよう。「別に何も無いですよー」と言って納得してくれるかな?
みんなの期待に満ちた視線に耐え兼ねたのか、カーチャが真剣な表情で僕に振り返った。
『ハヤテ様』
『ナニ?』
『歌を歌ってくれませんか?』
ここで? 僕が? みんなの前で?
しかし、こうなってしまっては、何でもいいからやらないと収まらない雰囲気だった。
こうして僕のドラゴンリサイタルが始まったのだった。
さあ何かを歌え、と言われて、咄嗟に人前で歌えるものではない。
少なくとも僕は出来ない方だ。
歌も思い付かなければ、歌詞だって頭からすっ飛んでしまう。
そんな僕が辛うじて歌えたのが童謡だった。
「ドングリころころ、転がってー」
「「ギャウウー! ギャウウー!(※遠吠え)」」
『なんだか不思議な歌だな。どういう意味の歌詞なんだろう』
『可愛い歌だわ』
『ころころー。ころころー』
くっ。なんという羞恥プレー。
ちなみにカーチャは僕を巻き込んでおきながら逃げようとしたので、操縦席に座るように指示している。
死なば諸共。こうなれば、せめて一緒に恥ずかしい思いをして貰おうじゃないか。
ずっと退屈していたというファル子達は、僕の歌に合わせて遠吠えをしている。のんきなもんだ。
全く、誰のせいで僕達がこんな目に会っていると思っているのやら。
『どんぐりころころ』は主に子供達に大好評だった。流石は長年歌い続けられてきた日本の民謡である。
異世界人の心にも何か訴えるものがあるのだろう。
それとそこのオネエ兄さん。なにやら熱心に書き留めているけど、まさか耳コピして自分でも歌うつもりじゃないだろうね。
”歌のお兄さん”じゃないんだから。『どんぐりころころ』は君のファン層には刺さらないと思うよ。
ていうか、君は本職なんだから、僕に歌わせていないでステージに出て来て歌ってくれないかな。
こうして僕のリサイタルは続いた。
歌うドラゴンという存在がよほど物珍しかったのか、観客はなかなか僕の周囲から去ろうとしなかった。
後に引けなくなった僕は、彼らに求められるまま、歌を歌い続けた。
やがてメイドのモニカさんが中庭に現れた。
どうやらカーチャとファル子達を捜していたようだ。
彼女は僕の起こした騒ぎを見付けて、『あなた一体何をやっているんですか?』と言いたげな表情でこちらを見た。
いいから! そういうのいいから! お願いだからこの状況から僕を助けて!
次回「大きな企み」